死んで生まれ変わる魔法   作:トマトルテ

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7話:王

 

 ハイターの酒を飲む手がピタリと止まった。

 

「どうした? 吐くならトイレに行けよ」

 

 上機嫌だった顔を一転させて、青ざめさせるハイターにアイゼンがここで吐くなよと忠告する。

 まあ、今までアイゼンが見てきたハイターは、ただの酒好きの生臭坊主だ。

 実際に吐いたこともある。

 でも、幼い頃から兄弟同然に育ってきた僕には分かる。

 ハイターはやるときはやる男だってことを。

 

「ハイター、何があったんだい?」

「……にわかには信じられませんが、王都の結界が解除……いえ、破壊されようとしています」

「フリーレン、君も感じるかい?」

「うん。ハイターの言っていることは多分事実だ」

 

 完全に酔いが醒めたハイターに、いつも以上に表情が消えたフリーレン。

 ただ事じゃない。

 僕はそう判断し、勢いよく椅子から立ち上がる。

 

「任せろ、食後の運動だな」

「流石だな、アイゼン。僕の考えをこうも簡単に読むなんて、やっぱり君をパーティーに誘ってよかったよ。すまない、店主。急な用が出来た。銅貨10枚を置いて行くから支払いはこれで頼むよ」

 

 王様から貰った銅貨10枚を机の上に置いて、アイゼンと一緒に結界を破壊しようとする元凶の下に向かおうとする。でも、フリーレンがそこに待ったをかけて来る。

 

「……戦いに行くの? やめた方が良い。むしろ、今のうちに逃げた方が良い」

「フリーレン、僕達は勇者パーティーだよ?」

 

 冷たい物言いで、この街を見捨てて逃げた方が良いというフリーレン。

 そんな彼女を勇気づけるために、何を怖気づいているんだい。

 と、続けて言おうしたんだけど。

 

「今回ばかりはフリーレンに同意ですね。私の隠密魔法なら魔力探知にも引っかからずに逃げれます」

 

 ハイターまでもが、それに同意する。ハイターは良い奴だ。

 少しひねくれているが、僕がやりたいことにはほとんど付き合ってくれる。

 そんな彼が真っ先に逃亡を提案しているということは、つまり。

 

 今の僕達では万に一つも勝ち目がないということ。

 

「……敵は一体何者なんだ?」

 

 ポツリと零した、僕の呟きに応えるように何かが砕ける音が聞こえる。

 そして、次の瞬間に襲ってきたのは魔法使いでもない僕でも感じられる、膨大な魔力の圧。

 いや、僕だけでなくアイゼンも、他の客もみんなが感じている。

 それ程までに、結界を破った何かに生物としての格の違いを思い知らされた。

 

「誰なんだ!?」

「あ! 待ってください、ヒンメル! 今外に出るのは危険です!?」

「諦めろ。どうせ、この手の敵からは逃げられん。俺達も行くぞ」

「はぁ……初日から、最低の運だね」

 

 いてもたってもいられずに酒場を飛び出す。

 そして、僕は空に浮かぶ―――黒い太陽を見た。

 

 

 

「勇者ヒンメル」

 

 

 

 地の底から這い出して来るような、低い声。

 視線そのものに、人の命を奪う力があると錯覚する眼光。

 嘔吐してしまいそうになる程に美しく、妖艶で、醜悪な顔。

 そして何より、光を焼き尽くす漆黒の太陽のような存在感。

 

 ああ、きっとそうだ。

 僕の目に映る存在こそが、僕達の旅の目的。

 

「……魔王」

「ほぉ、余が何者か分かるか?」

 

 魔王だ。

 とっさに剣を抜き放ち構えるが、いつも頼りになる相棒が今はとても頼りなく見えた。

 そんなボクの姿に魔王は、喜ぶかような、馬鹿にするかのような顔でフルフルと首を振り、ニィと笑う。

 まるで、長年の友にでもあったかのような反応だ。

 何となくそう思うが、理由は分からない。

 

「余を一目で何者か理解した褒美だ。卿には余の名前を教えてやろう」

 

 そう言えば、魔王と言われるだけで名前は知らなかったなと、よく働かない頭でボーっと考える。

 ひょっとして、僕は人類で初めて魔王に名乗られた人間になるかもしれない。

 

「余の名前はゲーテ。人類と魔族の共存を願う魔王だ」

「僕の名前はヒンメル。君をいつか討ち滅ぼす勇者だ」

 

 だから、その名誉に応じて僕もしっかりと名乗り返す。

 

「余を滅ぼすか、ククク。大きく出たものだな、余が怖くはないのか?」

 

 そう言って、愉快そうに僕の方を睨む魔王。

 悪寒がする、吐き気がする、眩暈がして今にも膝を屈してしまいそうだ。

 だとしても、僕は決して負けるわけにはいかない。

 だから、僕は大きく息を吸って答える。

 

「超怖いよ!!」

「…………」

 

 魔王の視線が、若干呆れたものを見るようなものに変わった気がする。

 でも、しょうがないだろう!

 魔王だぞ!? 人類の最大の敵が今目の前に居るのに、平常心で居られるわけないだろう!

 

「余が怖いか? では、なぜ逃げないのだ? あまつさえ、何故戦う姿勢を崩さない?」

 

 指をさして、剣を構える僕を嘲る魔王。

 いや、単純に疑問なだけかもしれない。

 魔族だって生きてる。自分が死ぬのを分かって、戦おうとするやつはいない。

 

「そりゃあ、僕だって逃げたいさ。というか、普段なら逃げる、逃げてる。でも、今だけは逃げることは出来ない。僕の後ろには多くの人達がいる。僕がここで君を逃がせば、きっとその人達が殺されるだろう。だから、僕は逃げない」

 

 でも、誰かを守る場合なら別だ。

 100%死ぬと分かっていても、それで誰かを守れるかもしれないのなら、立ち向かうそれが――

 

「……やはり人間は面白い」

 

 ―――人間だ。

 

「逃げる、隠れる、不意打ちする、他人を犠牲にする。いくらでも、生き残る道があるのに、他者を守るために命を捨てる。何故そうまでして守ろうとするか、余には理解できぬ。だが、理解できぬが故に興味をそそられる」

「…? 分からないのかい? 君は()()なんだろう」

 

 誰かを守るために自分を犠牲にする。

 その行為が理解できないという魔王に首を傾げる。

 おかしいな、僕は魔王は魔族達の王だと思っていたんだけど。

 

「余が魔王であることと、他者を守ることを理解できぬことに何の関係があるのだ?」

 

 心底不思議そうに首を傾げる魔王に、何故だか僕はもの悲しさを覚える。

 そうか、分からないんだな。

 こんなに単純なことなのに。

 

「いや、だって―――王様は自分の民を守るものだろう?」

 

「うむ。よくぞ言った、勇者ヒンメル!」

 

 先程、僕を処刑しようとしていた王様の声が聞こえ、思わず振り返る。

 それと同時に、矢が魔法が、投石が、それこそ雨のように魔王へと降り注いでいった。

 

「王様…!」

「勇者ヒンメルよ。なぜこの王都では、儂に無礼な口を利いた者を処刑できると思う?」

「え? 王様が偉いから……ですか?」

 

 続いて、攻撃の煙がまだ晴れない中で飛び込んでいく歴戦の戦士達。

 すごいな、1人1人がアイゼン以上の猛者だ。

 

「違う。儂がこの国の民、全ての者の命を背負っているからだ!」

 

 そして、最後に王様自らが杖から極大の魔法を放つ。

 

「魔王よ、この国には貴様ら魔族如きにやる命など1つもないわ!! まったく……貴様ら魔族を見ると()()()()()()のことを思い出して、腹立たしい」

 

 ……王様ってすごいな。

 正直、ため口を利いてしまったことを本気で後悔している。

 

「ほぉ……面白い。王は自らの民を守るか。人間の価値観とは不思議なものだ」

 

 本当に愉快そうな声が煙の中から聞こえて来る。

 そして、ゆっくりと煙が消えて行った後に出てきたのは、無傷な魔王。

 矢も魔法も、戦士の剣もまるで意味をなしていない。

 防御したのか、それとも分厚すぎる魔力に阻まれたのか。

 それは分からないが、1つだけ分かることがある。

 僕がまだ生きているのは、魔王に戦う気がないだけだ。

 

「教えてくれ、人間の王よ。何故(なにゆえ)人間の王は民を守るのだ? 力と恐怖で支配した方が効率的ではないか?」

「力と恐怖で支配する王など三流よ。そもそもの話、それは()に従っているのではなく、力と恐怖に従っているだけだ。より強い力と恐怖が現れれば、民は戸惑いもせずにそちらに流れるだろう」

「……なるほど、少し身に覚えがあるな」

 

 なるほどと頷く魔王に、疑問が湧く。

 魔王は今に至るまで一切の攻撃態勢を取っていない。

 わざわざ、本拠地である魔王城から離れてまで、楽しくお話にでも来たのだろうか?

 そして、その疑問は僕だけでなくこの場にいる全員のものだった。

 

「そちらの質問には答えてやった。魔王、今度はこちらからの質問ぞ。貴様は何をしに儂の国に土足で踏み込んできた?」

「ふむ。理由は2つ程ある。1つは勇者ヒンメルを一目見ること」

 

 え、僕?

 この国全員の目が自分に向いていると錯覚するような、視線が向けられる。

 

「ふふふ、流石僕だ。まさか、魔王まで虜にしてしまうイケメンだったなんて」

「そんなわけないでしょう……」

 

 咄嗟にカッコいいポーズをとってみんなの視線に応える。

 横にいたハイターには呆れられてしまうけど、ファンサービスはしっかりしないとね。

 まあ、僕も本当はそれどころじゃないのは分かっているけど。

 

「この若造を? ……まさか!」

「そのまさかだ。余の腹心“全知のシュラハト”の予知能力で余は見たのだよ。

 今から10年後の未来、勇者ヒンメルは―――魔王を討ち取るとな」

 

 

 

「―――皆の者! 勇者ヒンメルを決して死なすな!! この者は人類の希望ぞッ!!」

 

 

 

 宮廷魔法使いが、戦士が、僕のパーティーが、そして王様が、僕を守るために魔王と僕の間に立つ。

 僕が魔王を討つ…? 本当に?

 

「ヒンメル、私達のことはいいので逃げてください」

「ああ、ここは俺達に任せろ」

「たぶん死ぬだろうけど……しょうがないか」

 

 ハイターが笑顔で逃げろと言い、アイゼンがドンと胸を叩く。

 そして、フリーレンが達観した表情で死ぬかもしれないと呟く。

 

「ま、待ってくれ、みんな。何を言っているんだい? 僕が魔王を討つのなら逃げる必要なんて――」

「今から10年後と魔王は言いました」

「だが、今日は旅立ちの日だ。つまり」

「今のヒンメルなら殺せるってこと」

 

 さっさと行けとばかりに、僕に背を向けて死地に赴こうとする仲間達。

 仲間達だけでなく、王様も魔法使いや戦士達も、僕を逃がそうとする。

 立ち向かえば、自分が死ぬのが分かっているのに。

 

「勇者ヒンメルよ。必ずや生き残り、世界を救うのだぞ。この国の全ての者の命と引き換えにしてでも貴様は守って見せる」

 

 王様が僕に微笑みかける。

 他のみんなも同じような表情で僕を見送ろうとする。

 みんながみんな、僕のために死ぬつもりなんだ。

 

「ごめん……みんな」

 

 そんなみんなの想いを受け、僕は少し俯く。

 そして、偽物(レプリカ)の勇者の剣を強く握りしめ――

 

 

 

「―――僕は逃げない」

 

 

 

 魔王に切っ先を向ける。

 

「何を言ってるんですか!? 殴りますよ、ヒンメル!!」

「ヒンメル……俺達のことは気にするな」

「…………」

 

 本当に珍しく僕を怒鳴りつけるハイター。

 表情は読めないながらも、怒っているような気配を出すアイゼン。

 そして、何も言わずに僕の方を見つめて来るフリーレン。

 

「すいません、王様。そこを退いて下さい」

「貴様……自分が何をしているのか分かっているのか?」

 

 王様に怒気を込めた視線を向けられるが、それでも道を開けてくれる。

 そして、僕は僕を守る人達の前に、魔王の真正面に立つ。

 

「逃げないのか? 余としても、これだけの戦力を相手にするのは骨が折れる。逃げられる可能性は十分にあるのだぞ」

「魔王ゲーテ。君を討つのは()()()()()()で間違いないんだね?」

「ああ、勇者ヒンメルこそが我が人生の終着点だ」

 

 こうして、改めて前に立つと圧倒的な力の差が理解できる。

 いや、本当は完全には理解できていないのかもしれない。

 それだけの力の差が今の僕と魔王にはある。

 だとしても。

 

「じゃあ、尚更逃げられないな。仲間を見捨てて逃げるのは、()()ヒンメルの行いじゃない」

 

 勇者なら仲間を置いて逃げたりなんてしない。

 いや、僕がただのヒンメルであっても、仲間を見捨てることを良しとしない。

 

「愚かだな、勇気と無謀は違うぞ?」

「そうだね。きっと僕にとっての勇者の勇は勇気の勇じゃなくて、蛮勇の勇なんだろうね」

 

 ごめん。

 みんなの想いも分かるし、きっと僕がみんなの立場なら同じことをしたと思う。

 でも、やっぱり僕は1人で逃げることなんて出来ない。

 

 

「ごめん、みんな! 僕と一緒に―――死んでくれないかな?」

 

 

 僕達はパーティーなんだから、戦う時も逃げる時も死ぬ時も、みんなで一緒だ。

 

「そこはせめて、逃げてくれでしょう」

「死ぬのは構わんが、魔王を討ち取ってからだな」

「はぁ……逃げればいいのに」

 

 強張っていた仲間達の表情に若干の笑みが戻る。

 うん、やっぱり僕達はこうじゃないと。

 これからずっとしかめっ面で旅をするのも辛いしね。

 

「……貴様は馬鹿だな、勇者ヒンメル。まるで民を守るために魔族に()()()()()()のようだ。だが……貴様のような馬鹿が、世界を救うには必要なのかもしれぬ」

 

 王様も呆れた表情をしながらも、それ以上僕に逃げろと言わなくなった。

 みんなが死ぬ気でいた暗い空気が、前向きになる。

 これなら、きっとなんとかなる。

 そう、思った時。

 

 

 

「そうだ…! そう! ―――勇者ヒンメルなら、そうする!!」

 

 

 

 背筋が凍り付くような魔王の笑いが辺りに響き渡った。

 まるで、こうなることを心底望んでいたように。

 この光景が見たくて仕方がなかったと言わんばかりに。

 

「ああ、ここまで言われて手を出さぬのは、卿らに失礼だろう。お望み通り、余の胸を貸してやろう」

 

 瞬間、()()()()()()()魔力が解放される。

 これからが戦いの始まりだと否応にも理解させられる。

 

「……まるっきり災害だね」

 

 フリーレンが冷や汗と共にポツリと言葉を零す。

 それも無理もないだろう。

 

 それは嵐のように僕達の身体を叩きつけ、洪水のように飲み込んでいくのだから。

 ただの魔力だけだというのに、これだ。

 これが指向性を持った魔法になった時、一体どうなってしまうんだろう。

 そう、内心で畏怖しながら、汗ばむ手で剣を握り締めたとき。

 

 

「ふむ、では遠慮なく胸を借りるとしよう―――魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)!」

魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)!!』

 

 

 魔王を目がけて、2本の極大の閃光が飛んでいく。

 

「来たか、南の勇者。それに……エーヴィヒよ」

 

 それを魔王は防ぐでも受け止めるでもなく、躱した。

 今までどのような魔法や攻撃も、防御すらしなかった魔王がだ。

 つまり、あの魔法は有効打になり得る。

 

「あの魔法……とんでもない魔法だ。魔族だけを殺すために異常に術式が練られてる。作った奴は心底魔族を憎んでる奴だね」

 

 そんな魔法を見て、フリーレンが感心したように呟く。

 良く分からないけど、あの魔法なら魔王に攻撃が通じるみたいだ。

 

「さて、魔王よ。若き勇者をやられるわけにはいかないからね。すまないが、大人しく帰ってもらってもいいかね? どうせ、若き勇者を見に来ただけなのだろう」

「そういう訳だ。ご退場願うよ、魔王さ……魔王」

 

 南の勇者と言われた人が双剣を、エーヴィヒさんが杖を構えて魔王を挟み込む。

 見ただけで分かる、あの2人は僕よりも遥かに強い。

 周りの人達も、口々に2人の名前を口にして顔を輝かせている。

 それだけ、すごい人達なんだろう。

 だとしても。

 

「確かに、素晴らしいものを見れたのだ。余は満足した……が、まだやるべきことが残っている」

 

 魔王は揺らがない。

 悠然とした佇まいを崩さずに、汗の1つもかかない。

 きっと、魔王はここにいる相手全てを相手取っても勝つ自信があるんだ。

 

「さて、人間の王よ。余がここに来たもう1つの理由を言っていなかったな」

「フン、今更興味はないがな」

「まあ、そう言うな。きっと卿らも気に入ってくれる。余はな、ある魔法を見てもらいたいのだ」

 

 魔法を見て欲しい。

 チラリとエーヴィヒさんを見た後に魔王が告げた言葉に、場の緊張が高まっていく。

 

「まさか……」

 

 攻撃か? そう考えて、みんな身構える中、魔王はある1つの魔法を唱えた。

 

 

 

『―――死者を生まれ変わらせる魔法(リインカーネーション)

 

 

 

 この世ならざる魔法を。

 

 




魔王「ヒンメル良いよね」
王様「いい……」
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