雪風に転生しました。これより深海棲艦の指揮に入ります! ……どうして? 作:氷水メルク
時雨から鎮守府の場所を聞いて滑走中。
海は見事に赤いまま。
わたしの艤装は赤い海を滑っても、やっぱり何の影響もない。
結局、シロコを置いてきたのは痛かった。
あの性格ですし。理解はされるけど、心苦しい思いもさせるかもね。
「酷イ茶番ダッタワァ」
「ソウカ? 悪雨サントシテハ、テートクナリノ優シサダト思ウゼ!」
「ダカラ不快ナノヨォ。深海棲艦ノ提督ノクセニィ、ナニ艦娘ト仲良クシヨウトシテルワケェ? ソンナノ、無理ニ決マッテイルノニネェ」
「ありがとー悪雨。そして軽巡棲鬼目線そー見えるよね。ごめん、付き合わせちゃった!」
「次カラハ手伝ワナイワァ」
あははは。
わたしには乾いた笑顔を浮かべるだけで精いっぱいだ。
「悪雨、出る時に時雨と何話してたの?」
「チットナ」
「ちょっとと言われても分からないよ?」
「ダカラチットダ。ソレヨリ、アレジャネーカ?」
はぐらかされた。
悪雨は正直者だと思ってたのに。
悪雨が手を伸ばす方を見れば、確かに見えてきた。
「あれ……が……」
言葉を失った。
何をすればあんなことになる。
何をすれば鎮守府があんなことになる!
漏れ出る血液を浴びて暗澹と輝く鎮守府。
怨念だ。怨念が臓器のように脈動している。
壁や窓はもちろんのこと、外のコンクリートにまで赤い怨念が染み出ている。
足の踏み場が無い。
地獄よりもさらに奈落のドレッド世界。
見ているだけで吐き気を催す。こんなの艦娘どころか、人間だって住める環境じゃない。
わたしには、鎮守府という化け物が、大口を開けて艦娘を貪っているように見える。
「良イワネ良イワネ! 最高ノ環境ジャナイ!! コンナ場所早ク来タカッタワァ!」
「テートクテートク!! 最ッ高ダゾ! アレ全部持ッテ帰リテェ!」
「バカネェ? ココヲ拠点ニシタ方ガ早イワヨォ?」
「ンナコトシタラ時雨姉貴ノ。イヤ、モウココハ艦娘ガ住メル環境ジャネーシ、ソレモアリカモナ!」
今にもこの鬼と姫は小躍りしそう。というか、していた。
深これ的には艦娘が何百と沈みまくった環境だからでしょう。
深海棲艦からしたら、まさに天国ですねこの環境。
これを人間が作り出したんですよね。
「その前に閉じ込められた艦娘の
「聞イテタカ、雪風テートク? コンナ環境ジャマトモナ艦娘ハモウイネーッテノ」
「時雨の鎮守府だから! ちゃんと帰られるようにするってわたしは約束した」
「……ハァ。ッタク、ワァーッタヨ。ヤレバイインダロ。ヤレバ。雪風テートクモ、キッチリヤレヨ」
「うん。悪雨、期待してる!」
「キヒヒッ、ソノ言葉ヲ早ク言エッテノ!」
悪雨はわたしの頭をパシパシ叩いてから駆け出していった。
軽巡棲鬼と悪雨が攻撃をしている間に、わたしは気づかれないよう鎮守府に乗り込む。
本当に足の踏み場が無い。普段どうやって生活をしているんだろう、ここの艦娘は。
軽巡棲鬼と悪雨が攻撃を開始した途端に、中から艤装を付けた艦娘が出てくる。
みんな中破以上。無事な艦娘はひとりとしておらず、またみんな目が死んでいる。
統率もなっておらず、軽巡棲鬼の連れてきたイ級一匹落とすのにも苦労している。
轟沈させないでとは言ったけど、轟沈しているも同然の艦娘たち。
悪雨にはかなり酷なことを頼んでしまったかもしれない。
見ている暇はない。先を急ごう。
場所は時雨に教えられている。
憲兵が待機している第三寮の地下。
第三寮の……地下。
寮が五つあるみたいだけど、どれが第三寮でしょう?
どこかにこの鎮守府の艦娘がいれば……居た。
「ちょっと良ーですか?」
「誰? ……雪風? この鎮守府に雪風いたっけ?」
わたしが声を掛けたのは、ダークブラウンの髪がワンコみたいな艦娘。
わたしと同じ体系、わたしと同じ制服。
雪風を知っているのは、わたしの姉妹艦だからかな。
類に盛れず目に光が宿っていない。服も大破以上に面積が少ない。
誰だっけこの子。なんか知っている。知っているような気がするけど、思い出せない。
「
「第三寮? 第三寮に何しに行くの?」
「騒ぎに扮して仲間を助けに行きます。場所はどこですか?」
「第三……寮……。やだ。やだやだやだ!! 行きたくない!」
ワンコ娘は悲鳴を上げて蹲った。
頭を抱えて、耳を塞いで、頭を振って拒絶する。
これが鎮守府の闇、その一端。
「やだやだやだやだやだやだ!! 痛い痛いよ! あんな痛い場所やだああああーー!!」
「大丈夫! 雪風は何もしないから!」
「こないで! こないでぇー! 時津風が、時津風が悪いの。ごめんなさい! ごめんなさい!!」
時津風……。そう時津風!
陽炎型の、確か雪風の妹!
時津風ってとある動画を見た時は、もっと元気で人懐っこい子だったはず。
それがこんなにも塞ぎこむなんて。頭を抱えて人間に怯えて泣き出すなんて。
時津風は過呼吸になり、膝を抱えて蹲る。わたしはそんな時津風の背中に、連装砲を外して腕を回す。
「
優しく声を掛けて、背中を擦ってあげる。
なんとかって言っても何をすればいい。
安心してと声を掛けても、安心できないでしょうに。
今はどんな言葉を掛けても、時津風には届かない。
……この気持ちはなんでしょう。わたしまで泣きたくなってきました。
怒り。そうこれは怒りです。
怒りで震えて涙が止まらないって奴です。
それと同時に歯痒くて仕方ないです。
こうしてあやすことでしか、現状時津風を落ち着けられないなんて。
許さない。雪風の妹を……子どもをこうまで泣かせる奴は。生かしちゃいけない。見つけ次第提督を……とにかく許さない!
予感ですけど、わたしは今憲兵の姿を見たら確実にキレ散らかします。自分でも制御付かないほどキレます。
殺すなんてやっぱり無しです。死とは救済。殺してしまえば、もう後には骨しか残りません!
「よく頑張ったね、時津風。でもお願い、あと少しだけ
「やだ! やだやだ! みんな同じ。艦娘は人間を攻撃できない。抵抗だって出来ない。だから!」
「ありがとー! こんな時でも雪風を心配してくれるなんて、時津風は優しーね!
わたしは時津風の頭を撫でる。髪をすくうようにして、手櫛でボロボロの髪を整えてあげる。
人間に対する怒りを今だけは飲み込む。
ちゃんと真正面から時津風に笑顔を向ける。
顔を上げた時津風の目は、赤く腫れあがっていた。
ボロボロで、ぐしゃぐしゃで。
艦娘から目を背ければまだまだ小さな女の子。
そんな女の子にトラウマに対峙してなんて。なんて過酷なことを要求しているのでしょうね。
でも、だからこそ。わたしが自信を持っていないといけない。
この子の前で、わたしは強いのだと胸を張って宣言しないといけない。
いや、するのだ!
「雪風は絶対に沈みません!」
わたしは立ち上がる。そのままにっこりと太陽の笑みを浮かべて、時津風に手を伸ばす。
「力を貸して時津風! みんなを助けよ!」
「……無理だよ。でもでも」
「お願いします! 今みんなを助けられるのは時津風だけです! 雪風が行っても助けられません! 雪風には時津風が頼りです!」
時津風は顔を動かして周りを見る。
この場に、他の艦娘は見えない。
わたしにとって、頼りになるのは本当に時津風だけ。
憲兵がいないのも、幸運のひとつ。
こんな場面を見られていたら、また時津風のトラウマが出かねない。
時津風はわたしの手を見る。
力なく腕を伸ばして……やっぱり引っ込めてしまった。
「雪風は人間を知らないからそう言えるんだよ」
……やっぱり、ダメでしたか。
わたしは目を数舜だけ目を閉じる。
時津風は悪くない。絶対に悪くない。
もしこれで文句を言う艦娘が居たのなら、わたしは逆に言うよ。
あの時、時津風の立場で絶対に助けられると、見ず知らずの余所から来た艦娘に言われて信用できるのかってね。
わたしは伸ばした手で時津風の頭を撫でる。
「ですね! じゃあ場所だけ教えて!」
「ううん、行くよ。時津風も! こっちだよ」
そう言って、時津風は後ろを振り返らずに走ってしまう。
待ってと、わたしは置いた連装砲を回収して後を追う。
時津風に先導されてついていく。
走りながら思う。
戦火の花が酷くなってきている。黒煙は立ち昇り、軽巡棲鬼の笑い声が聞こえてくる。
救出は早めにした方が良いかもしれない。
「ここが第三寮だよ」
「ありがとう! 時津風はみんなを助けた
「時津風が英雄。えへへー、そうかな? 時津風が英雄、英雄! 良い響き!」
第三寮に到着。
よく見ればこの寮ともうひとつの寮だけは綺麗な外観をしていますね。
怨念もほとんど無いですし。
逆に劣悪な環境に艦娘は住んでいるということでしょう。
寮の入り口隣に、鉄の扉が付けられた土の盛り上がり場所がある。
「ここだよ雪風! 地下はこっちにあるの!」
ここね。憲兵はいませんね。
今のうちに入ってしまおう。
入り口と思われる鉄の扉を蹴り破って中に入る。艦娘の力はやっぱりすごい。
「待ってよ、英雄時津風を置いていかないで!」
わたし達は地下へと続く階段を下って行った。