雪風に転生しました。これより深海棲艦の指揮に入ります! ……どうして? 作:氷水メルク
地下は湿気が強くてジメジメしている。
明かりなんて無いに等しく、あったとしてもずっと眠りこけている。
そしてハッと起き上がるかのように、パチンと電気が通るのみだ。
コツン、コツン、コツン。
石階段の音が反響する。
ゆっくりと階段を下って行くと、まるでヘビに飲み込まれる気分になる。
時津風がわたしの服の裾をぎゅっと握り締めてくる。
階段を下った先にある厳重な鉄扉。
圧倒的な拒絶感を与える扉を、わたしはもう一度蹴りぬいた。
中にいるのは四人。
鎮守府が攻撃を受けているのに、卓を囲んで暢気に酒盛りをしている。
「なんだてめーら、こんなことしてどうなるか——」
いや、三つあるとびらのひとつ。
そこから肌を叩く音が聞こえる。五人か。
そのうちのひとりが、酒瓶を片手に卓を叩いて立ち上がる。
顔を赤らめさせた無精髭だらけのおっさんは、見るに堪えない。
これが憲兵。まだ山賊と言われた方が納得できる。
しわくちゃの制服。サイズが合ってないようで毛深い腹が飛び出ている。
一週間以上洗い続けていない男性のパンツ臭がする。
鼻を摘もうにも臭いが貫通してきそう。
ゲヘゲヘと下卑た眼差しで寄ってきた男性。
時津風がさらに強くわたしの服を握る。
「新入りか? なら、この鎮守府での礼儀というのを覚えないとな!」
拳を鳴らしながら近づく山賊にわたしは思う。
艦娘を性的にしか触れられない時点で、鎮守府にいるべきではない。
見てしまうのは仕方がない。
わたしだって前世はそういう目で見てきた。現世もふとした時、そういう目をしてしまう。
わたしは欲望の抑えを人に強いるつもりはない。
愛情があって、合意の上なら手を出しても良いかなとわたしは思う。
わたしは純愛好きだし。互いが互いに好き同士なら、外から口出しする権利は無い。
でもね。
「艦娘は処理道具じゃない!」
わたしは時津風の手を放させる。
向かってくる山賊。狙いは当たり判定の馬鹿でかいまん丸な腹。
わたしは爪先で飛び蹴りをする。
ヒットストップ!
蹴りを入れた状態でもう一度さらに押し込み抉る。
涎を吐いて蹲る山賊。
わたしは足横でもう一度蹴っ飛ばして壁に寄せる。
「……嘘だろ、こいつ人間を。……殺した? ウソだ。艦娘が人間を攻撃できるわけ」
大丈夫。したくないけど手加減はした。骨は折れてるけど死んでないよ。
肩が上下に動いてちゃんと呼吸をしてるでしょ?
わたしは顔を上げて山賊共を見据える。
山賊の顔がみるみるうちに狼狽していく。
「ひ、止めろ! 来るな! 悪かった!」
「寄るな化け物! こっちくんな!」
「やったのはそいつだ! 俺は関係ねー! 関係ねーんだ!」
抵抗されないと思っていた奴に、殺されそうになって。
この山賊共、ひとりに罪を押し付けて命乞いをし始めた。
しょうがない。
「許しますよ、わたしは」
「艦娘に」
「でも、
にこりと良い笑顔を憲兵にぶつけてやる。
時津風に連装砲を手渡しでパス。
わたしは機銃を握る。狙いを外さないように。一気に距離を詰める。
山賊の目が機銃に吸い込まれる。表情を恐怖に歪め。刻一刻と迫る死に呼吸を荒くしている。
わたしは機銃から手を放した。
山賊は視線移動が追い付いていない。その隙に山賊の服を引っ張る。
そのまま飛び上がって山賊の腹に膝蹴りを入れる。
同じような要領で、他の山賊にも蹴りを入れて鎮静化させる。
撃つわけないでしょ。死んじゃうじゃないですか。
この人たち飲んだくれるばかりでまともな訓練をしていないんじゃないですかね?
MMDだと剣道とか柔道とか空手とかしているイメージがありますけど。
警察も柔道は必須技能ですよね?
「さっ、奥のも倒しますかね」
「雪風、どうして人間を攻撃できるの!?」
「艦娘の英雄、だからです」
「えいゆーすご──い!」
純粋で可愛いなーという感想の前に、心が痛い。
わたしはヴィランですよ、ヒーラーですよ。
純粋な子どもを騙しているのは心が痛い。
ほんと、辛い。しかしながら時津風の純粋さは癒される。
音のする扉に手を掛けて、わたしは時津風に振り向く。
「ここから先は入ったらダメ。入ったら悪者です!」
「分かった雪風! 絶対に入らない! 入らないよ!」
「わたしは入る」
「雪風がわるものになっちゃった!?」
奥の扉を開けて、興じている山賊も後ろから殴って気絶させておく。
助け出した艦娘、これは睦月かな? 多分睦月ですね。
隣で物凄い物音がしていたのに気が付かない。
こいつらは本当に人間?
よっぽど好きなんでしょうね。
本能に従い相手のことを考えないとか獣性ですよ、それ。
身体中痣だらけ。入渠させてゆっくりお風呂に入れてあげたい。うちに石鹸無いのが難点か。
いやいや、うちに持って帰るわけにはいかないでしょ。
わたしは制服を脱いで睦月に着せてあげる。替えの服を持ってくれば良かったな。
わたしの中身は男なので、下着姿でも羞恥心とかない。
むしろ雪風にごめんって罪悪感が湧くくらいしか、何も思わない。
スカートがあれば着せてあげたのに。
雪風って、なんでスカートを穿いてないのでしょう。
睦月を連れて部屋を出ると時津風が騒いでいた。
「大変大変、雪風がわるものになっちゃったー! どうしよーどうしよー!!」
可愛い。
「……この子、任せていー?」
「雪風!? ……と、新しー妹?」
「わたしの服を貸した。流石に裸じゃかわいそーなので。頼んだよ英雄」
「……うん! えいゆー時津風、任されたよ!」
わたしは睦月を時津風に預ける。
時津風は睦月に心配そうな目を向け、そして悪臭に嫌がることなく肩を貸していた。
時津風は優しいね。
わたしは、こんな雪風嫌だに入る雪風ムーブしてるのに。
本来の雪風も時津風側だと思う。
わたしは時津風に睦月を任せる。
さっ、本来の目的を果たさないと。
「さて、山風はどこにいますかね」
「山風? ……ここは地下だよ? 山じゃないし風も吹いてないよ?」
「白露型の山風です」
「んー? そうだそうだ! えいゆー時津風は囚われの艦娘を助けに来たのだ!」
この子、さっきまで塞ぎこんでいましたよね?
元気な姿が艦娘、子どもには似合いますけどね。
子どもは純粋な方が良い。それが一番可愛い。
時津風が指さした扉へと入る。
一応ゆっくりと歩いて警戒はしておく。
耳にも集中して、ばったり憲兵と出くわさないように。
こういう時、視覚より聴覚が役に立つ。無人島生活で学んだこと。
その先で見つけた鉄扉を潜ると、丸ガラスの付いた壁を隔てた部屋に出てくる。
ここが面会室かな?
「連装砲ありがとねー!」
わたしは感謝の言葉を言って、時津風から連装砲を返してもらう。
時津風と睦月を部屋の外で待機させる。
わたしは連装砲から弾を取り出して壁に立てかけてセット。
その弾を機銃で打ち抜いて爆発させる。
わたしの連装砲は戦艦を大破出来る。
そのままの威力を地下の壁にぶち込むのは少し怖かった。
もう一度入ってみると壁が崩れていた。
土ぼこりが鼻に入ってくしゃみをひとつ。
わたしは目を腕で守りながら、瓦礫をどかして部屋へ入る。
一面真っ暗闇。探照灯とか持って来ればよかった。
この部屋は面会室で良いはず。
なんでスピーカーとマイクが置かれてあるんでしょう?
それに……この部屋、妙に綺麗ですね?
いや、綺麗すぎる。
埃とかじゃない。全体的に赤くない。
部屋にはまだ扉がある。その先へと進むことにする。
その前に。
「ありがとー! ここからはもう大丈夫! 先に避難してて!」
わたしは時津風と睦月に避難を促す。
地下が崩れてしまっても、わたしなら抜け出せるから。
それになんででしょうか。
この先に進んではいけないという直感が、ずっと脳に囁いてやまない。
開けるな開けるな開けるな!
開けるなら、この子たちを連れて行くな!
そんな思考が駆け回る。
「やだやだ、時津風も行く! 雪風ばっかりずるい! わたしもえいゆー、えいゆーだから!」
「知ってるー? 時津風。英雄とは英雄になろうとした瞬間失格らしいよー? 時津風いきなりアウト——」
「分かった雪風! 避難する! えいゆー時津風、脱出します!」
「海に出たら足の無い浮かんでいる深海棲艦の近くに行って!」
「えいゆー様のお通りだー!」
聞いてないし。
はぁ、心が痛い!
心の中で雪風含む陽炎型全員に謝ろう。
でもやっぱり純粋な子どもは可愛いと思います!
あっ、今更だけど睦月にわたしの服を着せて大丈夫かな。
悪雨辺りに……何となく大丈夫な気がする。
むしろ深海棲艦カラーの服だから、なんとなく事情を察してくれるかもしれない。
ある意味ラッキー。先に進もう。
扉を開けた先を進んでいく。
目はすっかり慣れて、暗闇でもばっちり見える。
しかしながらこの無機質な石廊下を進んでいると、ホラーゲームの主人公にでもなった気分。
怖くはない。怖くはないね。
「人の気配がしない?」
時雨の話に聞いていた牢屋は無いみたい。
いったい、どこにあるのでしょうか。
……綺麗ですね、この廊下も。
艦娘置き場と書かれた立札。それが掛けられた扉を見つける。
艦娘をどこまで道具として見れば、気が済むのか。
ドアノブを捻ってみる。
鍵は……掛かってないみたい。
開けてみる。
部屋はわたしの予想に反したものでした。
ここは……、物置部屋?
壁沿いに手を当てて、電気のスイッチを探り当てる。
パチッと、電球は寝起きが悪そうについた。
わたしはゆっくりと瞼を開けて、改めて部屋の内装を見る。
壁にチェーンで繋がれた板棚の上に、木箱がひとつ、その下にもうひとつ。
部屋の大きさからして、大勢の艦娘が住める環境じゃない。
小部屋。やっぱり物置部屋?
艦娘置き場とはどういうことでしょうか?
床や壁を叩いてみる。鈍い音が響くだけ。遠くに響く空洞のある音は鳴らない。
鳴っていたなら歩いている時に気づいているはず。
脳に警告音が再び流れた。
置かれた木箱には紙が貼りつけられている。
如月、文月、初雪、荒潮、那珂、北上、秋雲先生。
知っている名前も多い。
警告がうるさくなる。
開けてはいけない。開けてはいけない。
そんな直感を抑え込んで、わたしは木箱を山風と書かれた木箱を手に取る。
木箱に手を掛ける。蓋を開く。
黄緑色の、纏められた大量の髪。わたしの視界に、最初に飛び込んできたのはそれだった。
一瞬上げそうになった悲鳴を飲み込む。
髪の他にはICレコーダーかな?
起動して調べてみると、数種類のボイスが録音されている。
いや、そんなまさか。
ICレコーダーの使い方は分かる。
何かのヒントかなと、わたしは上から順に再生のボタンを押してみる。
だけど、未だ能天気に考えていたわたしの予想は簡単に裏切られた。
『……こんばんは』