雪風に転生しました。これより深海棲艦の指揮に入ります! ……どうして?   作:氷水メルク

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雪風のけじめ

 

 赤く変色してた海色が元の鮮やかな青を取り戻す。

 工場から上がった排気ガスのような緋色の靄も消えて。

 今では雲一つなく、太陽が存分に自身の輝きを主張する。

 

 あの空は、いったい誰の心を写し取ってるのだろう。

 この鎮守府の艦娘の心だろうか。

 それとも……。

 少なくともわたしの心ではない。

 わたしの心は、未だに深い霧の中を彷徨ってる気分だから。

 

 海を滑走していくと時雨たちの姿が見えた。

 時雨と白露は呆然となのか、それとも気持ちが追い付いてないのか。

 ただ何も言わずに佇んでいた。

 

「時雨」

 

 咳をするように、わたしは時雨に声を掛ける。

 時雨が顔を上げる。

 微笑。

 時雨は今にも消え入りそうな顔をしてた。

 

「助けるって。守るって。難しいね。ごめん……雪を……守れなかった」

 

 時雨は絞り出したかのようなしゃがれた声を出す。

 そうだね。

 壊すのは簡単だけど、創り上げる、守り抜くのはいつだって難問なことだから。

 どれだけ築き上げるのに時間を掛けても、平家物語のように崩れるときは一瞬のこと。

 料理だって作り上げて届くまでの時間より、食べ終わる時間の方が早いからね。

 守る、助けるのはとてつもなく困難なこと。

 

 時雨の近くにいた夕立は、首を傾けてわたしに距離を詰める。

 

「そんなことより深海の提督さん。山風はどこっぽい?」

 

「山風……は……」

 

「もしかして安全な場所に避難させているっぽい?」

 

「えっと。それは……」

 

 夕立はもう終わったことのような反応をする。

 それこそそう、転んで膝をすりむいてしまった程度とでも言わんばかり。

 

 夕立はその場でクルクルと回り、「やったー! 早く山風に会いたいっぽい!」と真っ先に駆け出した。

 夕立の後ろ姿にわたしは声を飛ばす。

 

「山風は——」

 

「悪雨に聞くっぽーい!」

 

 グングンと速度を上げて、もう声の届かない場所まで。

 わたしが「山風は」の後に続けた言葉など聞こえてなかったのかも。

 まるで新しい玩具でも買ってもらった子どものよう。

 

 人の死に衝撃を受けない者、当たり前と感じる者を、人は悪魔と呼ぶらしい。

 わたしは違うと思う。

 戦場、医療関係者。

 どうしても人の死が身近にあれば慣れてしまう。

 なのに衝撃を受けないからと、それらすべてを悪魔として片付けるのはいかがなものだろう。

 

 この鎮守府にいる艦娘を、誰が悪魔と呼べるだろうか。

 

 わたしが振り返ると、時雨が目を白黒とさせてた。

 白露は歯を噛んで顔を背けてた。

 事態を飲み込めてないかのように、時雨は力なくわたしの肩に手を伸ばす。

 

「山風が……死んだって。嘘だよね?」

 

「……うん。死んだのはほんとだよ。山風は最後、時雨たちにありがとうって」

 

 わたしは今どんな顔をしてるだろ。

 ちゃんと前を向けてるかな? ちゃんとまっすぐに時雨を見てるかな? 

 艤装の出す音が少しだけ耳に障る。

 

 ごめん、時雨。

 嘘をつかないでって言われたばっかなのに。

 こればっかりは譲れないや。例え余計なお世話だと言われてもね。

 今にしてエグゼイドの歌詞が身に染みる。

 知らない方が幸せ。そう思うよ。

 

 時雨はわたしの顔を見る。

 その目は真っ黒としていて、何を考えてるのか分からない。

 一分一秒、わたしは地獄の閻魔に判決を下されるかのような気分で、時雨の反応を待つ。

 

「雪。本当は、何を見たの?」

 

「山風の死体を──」

 

「もう一度聞くよ。何を見たの? 雪」

 

 やっぱり時雨はわたしが嘘をついてることに気づいてる。

 ずっとってわけじゃないけど、一緒に暮らしてたから。

 恐らくわたしの態度で気づけるんだと思う。

 だからここまで来てしまったわけだしね。

 

 でも言わない。絶対に。

 ……追求から逃れるようにわたしは、時雨の手を振り払う。

 そして――

 

「誰も居なかった、でしょ?」

 

 冷や水をぶちまけられたかのように、全身から血の気が引いた。

 予想だにしてないところから、真実が飛んできた。

 息をするのも忘れて、わたしは声のする場所へと目を向ける。

 時雨も同じように、言葉の主へと身体ごと顔を向けた。

 

「あの地下には誰もいない。山風の声を録音した機器だけがあった。そうでしょ?」

 

 まるで悟り妖怪。

 わたしの記憶を見通すかのように、白露は時雨と似た儚そうな顔で言葉を続けた。

 

「馬鹿なこと言わないでよ白露……。山風といつも真っ先に話していたのは白露じゃないか。そんなこと……。どうしたの雪?」

 

 時雨がわたしへ再び視線を送る。

 ダメ、ちゃんと嘘をつかないと。

 時雨に不審感を与えてしまう。

 わたしはすぐにでも首を左右に振る。

 

「ち、違う! あそこには山風が居て!」

 

「雪風」

 

 白露がわたしの頭に手をやる。

 少しだけ眉毛を下げた困った顔をして。

 本当なら真っ先に駆け出してそうな白露は、言葉を選ぶかのように眉間を指で掻く。

 

「ありがとね。あたしたちの心を守ろうとしてくれて」

 

「……」

 

「その気遣いだけで、雪風が艦娘の敵ではないとはっきり分かったよ。でもお願い。前を向くためにも、あたしたちに真実を教えて!」

 

 白露の水晶のような瞳に晒される。

 あんな環境の中で、それでも濁り切らなかったその瞳に。

 わたしは息をのむ。

 

 否定をすれば逃げられる。

 激昂でもして信じられないのかと言えば、それ以上の追求は飛んでこないはず。

 時雨を味方に引き入れれば、絶対に逃げられる。

 わたしが甘い言葉を囁き続ければ、時雨は必ず都合の良い話に釣られるはず。

 そうすれば、白露も納得はしてくれるかもしれない。

 

 だって人は、自分にとって都合の良い話を真実とするから。

 例えそれが虚偽なものだとしても。

 

 でも。

 逃げられるのは今この時だけのような気もする。

 後悔はいつまでも付きまとう気がする。

 時雨や白露たちの顔を見るたび、あそこでああすればよかったって。

 なんでこうしなかったんだろって。

 青春を謳歌できなくて、小学生に戻りたいと考える社会人のように。

 ここでの選択が、まるで亡霊や怨霊のように、いつまでもわたしを祟り続けると思う。

 

 それに真実を知って壊れてしまう。

 これは、わたしの一方的な決めつけ。余計なお世話。

 時雨の言葉通り、艦娘を信じきれてないと証明してしまう気もする。

 だからわたしは。

 

 上から順番に。

 姉妹同士の会話のなりそうな言葉を選んで。

 マニュアルを見ながら電話対応をする研修のような気分で。

 

 背中の下着に残していた、最後のICレコーダーの再生ボタンを押した。

 

 声は山風の物では無い。

 山風の物は最初に潰したから、この世にはもう存在してない。

 わたしのひとりよがりで。

 

 なんてことをしたんだと、今更ながら悔やみが濁流のように押し寄せる。

 あれはここの山風が残した最後の言葉なのに。

 例え時雨たちが他の山風に出会ったとしても。

 確かにここに居た山風の声を時雨たちが聞くことはもう……。

 

「嘘……いつから……」

 

 時雨が壊れたロボットのように後ずさった。

 徐々に呼吸が荒くなる。

 目の焦点が合わない。両手で自分の頭を抱え込み、口が開けっぱなしになる。

 白露がわたしの見た真実を継ぐ。

 

「初めからだよ。山風が地下に閉じ込められたあの日から」

 

「嘘だ……。白露、雪。嘘をつかないでよ」

 

 時雨は何かに縋るかのような、壊れた笑みでわたしへと視線をやる。

 わたしは目を一文字に強く瞑る。どうしようもない感情に奥歯を噛む。

 矛先の無くなった怒りを拳に込めて、喉を詰める。

 本当なら騙された? って言ってあげたい気持ちを飲み込んで。

 わたしは今度こそ、真実の言葉を口にする。

 

本当(ほんとー)だよ。わたしが地下に行ったときは既に居なかった。真実は分からない。けど、時雨、言ってたよね? 艦娘が売られてくって。山風は、売られたんだと思う」

 

「じゃあ僕たちは……」

 

「人間の持つICレコーダーに、話しかけてただけ」

 

「信じない」

 

「目の前で姉が襲われてるのに、何の反応も示さない妹。時雨も薄々分かってたよね?」

 

「信じない! そんなのが真実なら、僕たちは……いったい。……なんのために」

 

 睦月が襲われてるとき、文月だっけ? 

 如月のもあったからごっちゃになっちゃったけど、時雨はその時思ってたはずだよ。

 おかしいって。

 

 時雨は力を失ったかのように、その場に崩れ落ちた。

 艤装の浮力は壊れない限り全身に働く。

 海面にお尻を付けた時雨は顔を落とし、海水を掬う。

 

「ねぇ、雪。もし僕が深海棲艦になったら、君は僕を受け入れてくれる?」

 

 そうだね、もしそんなことになったら。

 暗く重い時雨の言葉にわたしは背を向ける。

 

「嫌。受け入れない。目の前のイ級が時雨だと分かったら絶対に鎮める。万にひとつ、睦月や時津風、白露や夕立ならまだしも。今の時雨は絶対、仲間になんてしない」

 

「……」

 

「わたしから真実を聞きたかったんだよね、時雨。これは白露にあげる」

 

 わたしは白露に持っていたICレコーダーを渡す。

 わたしが持っていてもしょうがないものだから。

 ICレコーダーを受け取った白露は、力なく笑って見せる。

 

「ありがと。……その顔で悪雨たちに会いに行ったら叩かれるよ?」

 

「どんな顔してる?」

 

「酷い顔。深海棲艦の提督が、艦娘を想ってしちゃいけない顔」

 

 白露はICレコーダーと代わる代わるハンカチを取り出した。

 そのままわたしの目元を拭ってくれる。

 

「あたしは一番優しいから見なかったことにしてあげる! 時雨は、この一番の姉であるあたしに任せて!」

 

「ごめん。任せる」

 

「任された!」

 

 白露が自分の胸をドンと叩く。

 わたしは自分の顔に手をやって、悪雨たちのいる場所まで航行する。

 

 後ろではパン! っと、乾いた音が響いてた。

 

 *  *  *

 

「止めるっぽい」

 

「オイイ級、離レロ!」

 

 波止場まで戻ってくると、ホ級がイ級を持ち上げてるのが見えた。

 必死に暴れるイ級を夕立と悪雨も押さえつけてる。

 わたしは喉に力を込めて、気管を通る空気をせき止める。

 気持ちを切り替えないとと、わたしは頬を叩く。

 空気と一緒に顔から出ようとする悲しみを抑え付ける。

 少しして軽く深呼吸。みんなに見せる顔を作ったところで、わたしは合流する。

 

「今度こそ、睦月はここまでみたい。如月ちゃん。弥生ちゃん、卯月ちゃん、皐月ちゃん、水無月ちゃん、文月ちゃん、長月ちゃん、菊月ちゃん、三日月ちゃん、望月ちゃん」

 

 よくよく見てみると、睦月が地面で横たわってた。

 乾きかけてたわたしの服がまた濡れてるのを見るに、イ級が睦月を襲ったってところかな。

 それでホ級がイ級を持ち上げて睦月を救出したと。

 睦月の言葉を聞いて再びイ級が暴れだす。

 頭を落として顔を暗くする睦月に、時津風が寄り添う。

 

「だいじょーぶ?」

 

「……沈んだらみんなのとこに行けたのかな」

 

「それいじょーはダメ! ダメだよ! 時津風が許さないからね!」

 

 時津風が睦月の手を引っ張って立ち上がらせる。

 それから時津風はわたしに気づいたみたい。

 わたしに顔を向けるとムッとした顔で、「雪風なんか嫌い!」とそっぽを向いて見せた。

 わたしはそんな時津風に手を合わせて「ごめんね」と一言だけ謝る。

 本当はもっと謝りたいんだけど、深海の提督としてやらないといけないことがある。

 

「みんな、ホ級とイ級を残して怨念掃除の続き……と、言いたいんだけど。少し聞いて」

 

 わたしの号令に悪雨、シロコ、イ級ロ級ホ級の視線が集まる。

 わたしは深海棲艦のみんなが話を聞いてくれるのを確認してから、次の行動に出る。

 

「ごめん!」

 

 わたしはその場で膝を折る。

 額を地面に少し浮かせて、手を横に折り畳む。

 土下座。

 みんなに申し訳ない気持ちを表すために、自分に出来る姿勢で謝罪する。

 

「わたしはしれぇ失格でした」

 

 今回の襲撃作戦を振り返ってみて、わたしは自己評価を下した。

 最低最悪。

 仲間との約束を破る。仲間を信じきれない。指示の撤回。

 あれやってこれやってと、意見をコロコロと変えて定まらない。

 挙句、感情をコントロールできずに暴走して。

 一度自分の感情で決めたことを、また自分の感情で撤回した。

 

 これじゃあ仲間を引っ張るどころじゃない。

 むしろ現地で仲間を混乱させ、轟沈という名の危険にも晒す。

 今回の鎮守府は自滅したようなものだからまだよかった。

 でも、次の鎮守府は? 

 少しばかりまともで、ちゃんと統率を取ることが出来る艦娘が相手なら? 

 

 遅かれ早かれ仲間は次々に沈んでく。

 そしていずれは、仲間との間に亀裂が生じて取り返しの付かないことになる。

 

 提督はブレちゃいけない。

 いや、提督だけじゃない。これは上司として当たり前。

 上に立つのであれば、部下を引っ張る責任を負う覚悟と度胸が必要。

 この人だからこそ付いていけると思わせる、姿を見せないといけない。

 こんなにぶれてちゃ、ダメなんだ。

 

 訓練をしてなかった、なんてのは言い訳の理由にもならない。

 わたしは提督。

 これはゲームなんかじゃない。

 人は簡単に死ぬし、深海棲艦と艦娘も沈む。真剣な時くらい、遊んでちゃダメなんだ。

 

「謝って済む問題じゃないのは分かってる。本当(ほんとー)にごめん! わたしは取り返しの付かないことをたくさんした!」

 

「……デ、クソテートクハソノ誠意ヲ悪雨サンタチニドウ見センダ?」

 

 悪雨がわたしの頭を掴んで持ち上げる。

 髪を引っ張ってこない悪雨は本当に優しい。

 こんな優しい悪雨をわたしは信じきれなかった。

 

「悪雨たちが、わたしをしれぇとして相応しくないと判断したら、いつでもわたしに向かって砲撃して」

 

「砲撃ダケカ?」

 

「良いよ、雷撃でも爆撃でも。お願い……ううん、命令だよ! 悪雨だけじゃない。シロコも、イ級もロ級もホ級も! わたしがしれぇとして相応しくないと判断したらじゃんじゃん撃って!」

 

「了解!」

 

 悪雨がわたしから手を放して離れる。

 二十メートルほど。

 悪雨が腕を持ち上げる。

 そこから先はスローに見えた。

 シロコがすぐにでも止めに入る。時津風と睦月がビックリした顔でわたしに駆け寄ろうとして。

 ロ級が二人に体当たりする形で二人の行く手を阻む。

 悪雨は連装砲をもう反対の手で固定して。そして。

 

 ズドン! 

 空間が破裂するかのような、轟きが響き渡る。

 悪雨の弾丸は幸運にもわたしの胴へと直撃する。

 海上へ激突後、生じた爆風はわたしをさらに押し飛ばす。肌を溶かしそうなほどの爆炎がわたしの身体を飲み込む。

 

「雪風!」

 

「雪風ちゃん!」

 

 時津風と睦月が驚愕した顔で、わたしに向かって腕を伸ばす。

 大丈夫、大丈夫だよ。

 そんな心配しなくていい。だって。

 バシャン! っとわたしは海面の上を二、三回ほどバウンドして着地する。

 悪雨はつまらなそうな顔で、砲身を肩に乗せる。

 

「ズリィヨナ。今ノデ小破スラシネェーンダゼ、ウチノテートク。ホントニ駆逐艦ノ艦娘カヨ」

 

 悪雨の言葉通り、わたしの艤装は正常通りに機能してる。

 変な異音がでたりだとか炎を噴いたりだとか、海水が浸水したりなんてこともない。

 これといった外傷もなく、ただ悠然と健在してる。

 悪雨の攻撃はわたしにとって。

 

 ただちょっぴり身体が痛くて。

 張り裂けそうなほど、心が痛いだけ。

 

 ゆっくりと歩いてみんなの元まで戻るわたしを、悪雨は指さす。

 

「今回ハコレデ勘弁シテヤルヨ。次ハ雷撃コミナ! 夜戦デ全部ブチコンデヤルヨ!」

 

「ごめん、そしてありがとう悪雨。またお願いする」

 

「良イッテコトヨ。ンジャ、悪雨サンタチハ仕事ニ戻ルゼ!」

 

 悪雨とシロコはロ級を連れて怨念掃除へと歩き出す。

 シロコは悪雨に何か言いたげに口をもごもごさせていた。

 けれど、最終的にわたしの顔を見て飲み込んだみたい。

 悪雨は何も悪くないからね。むしろこの程度で許してくれただけ、本当に温情だと思うよ。

 わたしと悪雨を少し見比べる夕立に、わたしは手を振って見せる。

 それに何を感じたのかは分からない。

 夕立はいてもたってもいられないといった様子で駆け寄り、悪雨に声を掛ける。

 

「私は山風に会いにいくっぽい! 悪雨、みんなはどこに集まってるっぽい?」

 

「ドックニ居ルゼ! ダガ、山風?」

 

「早く会いにいくっぽい!」

 

 その速さはまるでじゃれつく犬のよう。

 艦娘の集まった場所を聞いた夕立は、続きの言葉を聞くことなく足早に去って行った。

 夕立は真実に。いや、死んだという悲報に耐えられるのかな。

 

「雪風なんか大っ嫌い! 心配させないでよ! 雪風が沈むのは嫌だよー!」

 

「雪風ちゃん、ごめんね」

 

 時津風は睦月に肩を貸して、夕立についていった。

 途中、時津風はわたしに振り向いてあっかんべーをしてた。こっちも大丈夫かな。

 心の中でもう一度、わたしは時津風に謝っておく。

 目元がすごい赤く腫れてたから。

 

 わたしのことを怖いって言ってたけど、その辺りはもう何ともないの。

 悪雨か夕立辺りが話を付けてくれたのかな。

 

 それからわたしはもうひとつの問題に目を向ける。

 

「イ級、どーしたの?」

 

 イ級が未だにホ級から抜け出ようと暴れてる。

 足? をじたばたさせて、尋常じゃない反応を見せてる。

 もしや睦月の身に何かあったとか? 

 人間の生き残りが居たとか? 

 でも、悪雨たちは何も言ってなかった。

 

「艦娘のピンチが近いとか?」

 

 ホ級はイ級を横に抱えると、もう片方の手を横に振る。

 

「じゃあイ級がイ級自身の理由で睦月を襲った?」

 

 ホ級はまたも手を横に振る。

 襲ったわけじゃない? 

 でも、周囲からは襲ったように見えたと。

 現状よくわからない。分からないので、

 

「イ級はここで待機。わたしもここに残るので、ホ級は怨念掃除をお願い」

 

 わたしにはもう、ここの鎮守府に出来ることは何一つない。

 せいぜい大本営? 

 艦これの上の組織は良く分からないので、そこに連絡することくらい。

 でもわたしが連絡すると、それはそれで問題だらけの気もする。

 ここで大人しくイ級に寄り添うことが、唯一わたしに出来ること。

 

「この先、ここはどうなるのかな」

 

 わたしはイ級に寄り掛かりながらぼやく。

 深海棲艦に襲われて、提督も憲兵も居なくなった鎮守府。

 もうここは機能しない。

 残された艦娘は解体とかされるのだろうか。

 ただでさえ人間に深いトラウマを持つ艦娘達。

 後任の人間に心を開くかどうか分からない。

 二次創作やMMDによると、艦娘というのはいくらでも変えの効く消耗品でもあるらしいし。

 艦娘のメンタルケアをするよりか、全員解体して新しく建造をした方がよっぽど合理的っちゃ合理的。

 

 この世界で解体がどういう行為を指してるのかは分からない。

 分からないけど、もし解体が艦娘を殺すことと同義であるならば。

 その時は……まぁ、本人たちの意思を尊重するけど。こっちで受け入れるようにしよう。

 それが一度関わると決めたわたしの責任だから。

 

 艦娘を指揮する能力なんか無い。

 

 けど面倒を見ることはできる。

 幸いにもわたしの近くなら深海棲艦に襲われない。

 

 だってわたしは深海提督雪風だから。

 わたしの前で艦娘や深海棲艦を沈めたりしない。

 今までの、雪風を真似ただけの薄っぺらい言葉じゃない。

 これはわたしとしての誓い。

 

 雪風が沈まないんじゃない。

 わたしの仲間はみんな沈まないし、沈ませない。

 

 そのためには知識が必要。

 わたしは知らないことばかりすぎる。

 船の操縦もそうなんだけど、ぶっちゃけ艦載機しか知らない。

 爆撃機と偵察機の区別がつかない。

 知る機会の多い瑞雲くらいしか知らない。

 陣形のこともよく分かってない。時雨に教えられたけど、どうしてその陣形をするのか分からない。

 ずっと単縦陣と単横陣でやってた弊害がね。

 

 もっとスマホを使おう。

 せっかく支給されてるわけだし。

 あと建造もしないと。

 イ級たちを信じるといった手前なんだけど、やっぱり心配は心配だから。

 

 その後わたしはイ級を見張りながら、深海棲艦の帰りを待ってた。

 二人きり。いつもならわたしに飛び込んでくるイ級も、なんでかずっと頭を落としてた。

 途中で戻ってきた時雨とは、一言も言葉を交わさずに別れる。

 

 あぁいや、わたしは「みんなドックにいるよ!」とだけ伝えたっけ。

 

 時雨はわたしの言葉など聞こえてない様子で、寮の方へと向かってた。

 白露はわたしに「ありがと!」と感謝の言葉を述べてくれた。

 

 しばらくして掃除を終わらせた悪雨たちが帰ってくる。

 わたしたちは全員揃ったことを確認した後に、海面に足を付けて帰路についた。

 

 *  *  *

 

 鎮守府襲撃から、太陽が五回ほど登った。

 無人島の家へと戻ったわたしたちはゆっくりと英気を養ってた。

 わたしは賠償を支払う気でいたのだけど。

 賠償を貰う気が無いとの言葉通り、わたしの前に軽巡棲鬼が姿を見せることは無かった。

 恐らくはもう二度と会うことは無い。会ってもお互い不干渉かもね。

 

 わたしはロ級に寝そべりながら、なんとなく天井を見上げてた。

 問題は山積みなのに、問題を解決する手段が無いんだよね。

 わたしはとりあえずスマホを取り出して、現状を何とかする方法でも探ってみる。

 

 今更ながらではあるけど、このスマホはいったいどこから電波を拾ってくるのかな。

 最初こそレシピとか地図とかしか見れなかったけど。

 あの鎮守府を襲撃して以降、ネットとか見れるようになってるんだよね。

 前世のネットを引っ張ってるのか。

 はたまた今世のネットなのか分からない。

 

 ただ調べ物はできる。

 艦これの用語とか、艦これのラノベとか読める。

 なのでここ最近はスマホとにらめっこしながら、演習とか用語とか掲示板で勉強をしてた。

 掲示板を覗いてみると、わたし以外にも多くの艦これ世界が存在してるみたい。

 今度質問とかしてみようかな。

 

「テートク! オイテートク! 聞コエテッカ!」

 

「……聞こえてるよ、悪雨。どーかしたの?」

 

 わたしはスマホから目線を悪雨に映す。

 身体を起こしてロ級の上にお尻を付ける。

 

「悪雨サンタチハ改造デキルヨウニナッタゾ」

 

「誰が出来るようになったの?」

 

「全員。イ級、ロ級、ホ級モ行ケルゼ!」

 

「そっか。じゃあみんな工房に……って、うちには無かったね」

 

「ソレナラPT小鬼共ガ建造場所ヲ勝手ニ広ゲテイタゾ。ソモソモ、建造場所ガアンノニ工房ガネー方ガオカシイ」

 

「そこに疑問を持たなかったわたしはもっとおかしー、かな」

 

 まったくだと笑う悪雨。

 わたしも「あはは」と誤魔化すように笑う。

 

 ラノベを読んだ後だと、わたしの無知っぷりが際立ってね。

 正直、笑えないとこまで行ってた。

 それから何となくで艤装使ってたことに恐怖した。出撃したこと遠征してたことも怖かった。

 鎮守府に横須賀とか佐世保とか舞鶴とかあるの知らなかった。

 

 佐世保の時雨、呉の雪風ってそういう。

 

 さて、そろそろ準備に取り掛からないと。

 時雨の鎮守府の件がバレたら、わたしたちのことが大きく知れ渡る可能性がある。

 結局、あそこの提督と人間はみんな深海棲艦に殺されてる。

 悪い深海棲艦として、救うべき艦娘たちから標的にされたらまずいもんね。

 もっと主力を増やしておかないと。

 わたしはロ級の上から飛び降りる。

 

「悪雨、建造(けんぞー)するよ! 改造(かいぞー)も一緒。イ級たちにはその時に、名前を付けてあげようと思うんだけどどう?」

 

「イーンジャネェーカ? ダガ、ネーミングセンスハ自重シロヨ、クソテートク」

 

自重(じちょー)して治るものじゃないよ?」

 

「見張ッテネェート新入リガ可哀想ナコトニナルナ、コレハ。セッカクダシ、見テイクカ?」

 

 悪雨は太陽のように笑いながら、家の玄関へと目を向ける。

 ちょうどその時、玄関から二人の艦娘が入ってくる。

 

「深海棲艦ノ誕生ヲサ!」

 

「それ、あたしたち艦娘はどんな気持ちで見れば良いの?」

 

「見たいような見たくないようなっぽい?」

 

 白露は目を垂らし、口を微妙に開けて複雑な顔を晒す。

 言わんとしてることは分かる。

 時雨も同じような反応をしてたから。

 

 夕立は少し後ずさり、それからわたしの後ろにいるロ級と悪雨を交互に見る。

 ここの深海棲艦だけが特別なだけで、普通の深海棲艦は普通に沈めてくるもんね。

 というかひとつ言わせて。

 

「……なんで二人ともいるの? ここ一応、深海棲艦の住処だよ? 別にまだ上から何か言われてるわけじゃないよね?」

 

「未だに鎮守府に資源を届けてくれるお節介焼きの艦娘と悪雨たちに会いに?」

 

「悪雨に会いに来たっぽい」

 

 そんな個人的な理由で、わたしが仕送りで手に入れた資材を使って。

 帰るときに補給だけじゃ飽き足らず、資材まで大量に持って行って。

 挙句深海棲艦対策に、鎮守府近くまで悪雨にお見送りしてもらって。

 たまにシロコ、悪雨たちと演習をして。

 そしてまた、ここに遊びに来る。

 

 うちの深海棲艦の戦力を削りに来てるのかな?

 とは、自分から削るわたしの言えることじゃない。

 仕送りあるから実質無傷だし。

 いや、嘘。悪雨のお見送りが滅茶苦茶痛い。

 

 表にしてみると色々と軍規違反っぽいよね。

 新しい提督が着任してないから良いけどさ。

 着任してないからこそ、ここに居る理由も無いんだけど。

 でも艦娘の出撃には許可証が必要って聞いたことあるような? 

 

「……まっ、良ーか」

 

 まっ、それはそれ。これはこれ。

 今はわたしに出来ることとして、新しい深海棲艦を建造しよう。

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