雪風に転生しました。これより深海棲艦の指揮に入ります! ……どうして? 作:氷水メルク
「ホ級の名前……。ぱっと思いつくのは
改装を終えてわたしたちの名付け会議に参加するホ級。
改装を終えたホ級の見た目はあんまり変わってない。
元々白い部分はいくらか出てたからかな。
メタ的に推理するなら、ホ級に後期型がいないからなのかもしれない。
だから改装をしても見た目に対して変化がない。
まぁ、元々艦娘が改になった程度だから。
本来は変化しない方が普通なのかもしれない。
白露が小首を傾ける。
「野分? 阿波沖?」
野分?
阿波沖?
「阿波伎、正確には阿波伎原。黄泉の国から帰ったイザナギが穢れを落とすために行った川? 海? だよ」
「なんでそこ曖昧……短く! 一番短くね!」
……白露、なんで短くをそんなに強調するの?
何でもかんでも長くは語らないよ、わたし。
なんかこう納得いかないけど、わたしはジェスチャーを踏まえて説明する。
「上流、中流、下流で清めるってシーンがあってね。川っぽい表現なんだけど。どうも上流、中流、下流は水深を指してるらしくて。ワダツミが生まれたこともあって海だと思うんだけど……。写真で見ると湖なんだよね」
「ブレブレじゃん」
わたしの曖昧過ぎる説明に白露がツッコんでくれる。
わたしも話だけ聞いてもよく分からないんだよね、あれ。
もしかしたら諏訪湖みたいに変化していった可能性もあるけど。
……今見ると湖の上流、中流、下流から生まれた
……これで生まれたワダツミってスサノオ含めると四柱? 住吉三神含めると七柱?
でも住吉三神は航海の神であってワダツミでは無かったような?
いくら航海の神といってもスミヨシだと……人の名前すぎるもんね。
わたしもよく分からない名前を付けるのは嫌かな。これは止めよう。
「ちなみに日河比売は川に奉仕する神、瀬織津姫は川で穢れを流す払いの神、水光姫は光る井戸の神、多岐津姫は激流を司ってるみたい」
「全部海カンケーネージャン」
「五月雨を集めて早し最上川。そーだよ。そもそも川は穢れを流す神聖なものだから。深海棲艦には合わないんだよ」
軽巡は確か河だっけ。
川内、多摩川、あと那珂ちゃんもだっけ。確か長良もあったような?
夕張はどう考えてもメロン。……スマホで検索掛けたけどこれも河なんだ。
だから河から取ってみようと思ったけど、河って龍寄りなんだよね。
ほらっ、幾重にも枝分かれして山から麓まで続く川を見てると、なんだか巨大な龍が寝そべってた跡みたいに見える。
龍脈、ファンタジーのあれも土壌の魔力が河のように流れてるとかなんとか。
とある作品に登場する剣の呼吸、ヘビも水の派生形と言われてる。
他にも河の話と言えば、雛流しとかあったよね。
川には厄災を振り払う逸話が多く、それはもう深海棲艦に合わない。
「意外ト考エテンダナ、クソテートク」
見直してるところ悪いけど悪雨。
わたしそんなに深く考えてないよ。
ソシャゲでいう名前とその神格だけ使ってる状態だよ?
アマテラスやスサノオとか逸話ひっどいものだし。
ヤマトタケルとかも……ねぇ。女装して不意打ちだもんねぇ。
話を戻して日河比売は龍神の娘、確か淤加美神の娘だっけ。
瀬織津姫も穢れを祓う系だし。
水光姫は光る井戸の神なのは分かってるんだけど。
それ以上の情報がほとんど無いというか。
そもそも井戸であって河じゃないし。
水路を河と見立てるなら話は別だけど。
井戸……イド……自我……ホ級って自我が出てるかなぁ?
多岐津姫は激流だけど……、激流ねー。
穢れって側面で視たら黄泉にいた神様、ホノイカヅチとか思い付くけど。うん。
他にはイザナミが変性したヨモツオオカミ。直訳すると黄泉の大神。
オオカミだけついててもなんのこっちゃ分からないよね。
それにオオカミだけなら、イヌイヌで有名な
仏教的に考えるならひとつ、深海棲艦に当てはまりそうな河が考えつく。
考えつくんだけど……。
三途の川。
……最悪な目にあいそう。
名前聞くたびにあの曲が流れてくる。
「日本神話以外で考えよー」
「……ナン……ダト。テートクガ」
「大変! シロコ、氷氷!!」
「死ぬ前に時雨に会いに行って欲しいっぽい!」
「イヤ! 死ンジャ嫌ヨ司令官!」
「みんなわたしのことを何だと思ってるの?」
悪雨が身体を仰け反らせて驚愕。
白露は慌ただしく氷を探しに行って。
夕立はわたしの手をとって艤装を付けないまま海に駆け出そうとして。
シロコはもう反対のわたしの手にしがみ付く。
……なにこれ?
「シズメ」
「アタイモウアキター!」
つまらなくてごめんね、イゴー。
ホ級の上に居るのは良いけど、その位置だとパンツ見えるよ? わたしも人のこと言えないけど。
雪、雪ねぇ?
そうなるとやっぱり日本神話は捨てよう。
実のところ、日本神話的に雪の神は淤加美神くらいしか知らない。
よく雪は降る癖にほとんどいないんだよね、雪の神。
ほとんどいないというか、ひとりもいないっていうか。
淤加美神も元々雨や天候に関する神らしくて、雪ひとつってわけじゃないみたい。
わたしはホ級の上でふんぞり返るイゴーを抱っこして……逃げられた。
流石にこればかりは降参の白旗を振り、初めてみんなに助けを求める。
「みんな、何か良いアイデアない?」
* * *
わたしがみんなに振りだしてから小一時間ほど。
ああでもないこうでもないと考える。
途中アイデアが出てくるけれど、大体却下される。
しまいには夕立もわたしと同じように神の名前を繰り出したことで、戦争が勃発した。
「ヘラ! アルゴノーツ! オケアノス! 夕立はアルテミスやメデューサ辺りも良いと思うっぽい!」
「夕立姉貴ガテートクウイルスニ感染シタ!」
適当に片っ端から神様の名前を言うのはどうかと思うんだ。
ギリシャとか北欧行くと海外艦っぽくなるから。
カッコいいけど。
悩むと今度神の名前とか割と安直な名前を付けだすよね。
中々艦隊に人の名前を付けづらいのも問題のひとつだと思う。
あと悪雨、わたしウイルスって何?
「やっぱり
そんな中、白露が悪く言えば安直、良く言えば当たり障りのない名前を台に上げる。
「ホ級、どう?」
「シズメ」
白露がうかがうように尋ねると、悪雨はホ級の気持ちを通訳する。
「良イッテヨ、ソレデ」
「じゃあ今日からホ級は雪河で!」
「シズメ!」
ホ級は腕を大きく上げて喜びの舞を見せる。
そのまま白露を持ち上げ、「シズメシズメ」言いながらグルグル回す。
「すっごく怖い!」
「……分かる」
わたしは腕を組んでしみじみと呟く。
沈めしか言わないから喜んでるんだろうけど怖いんだよね、ホ級の愛情表現って。
心配なら艤装付けとく? 付けてるか。
念のためにこの家では艤装の着用推奨です。
わたしと悪雨、イゴーも付けてないけど。
あと、川に雪が積もることってほとんど無いと思う。
多分大抵凍ると思う。よっぽどの豪雪じゃないと。
なんて言える空気じゃないし、名前を考えるの少し疲れたから。
わたしはほっと一息つく。
その刹那、後ろで行われた建造が終わったみたい。
白色に輝いてた恒星が元の空亡色へと戻ってた。
どうやら名づけと改装を行ってるうちに四時間くらいの時間が経ってたらしい。
異界の扉からサイドテールの女性が生まれ落ちた。
まず一番に目についたのは、胸元がはだけまくってる衣装。
ボロボロの黒いジャケットの隙間からは、今まで出会った深海棲艦の誰よりも大きなお胸が見えた。
艤装に関しても同様。イ級やロ級の人型じゃない艦を除き、わたしたちの使ってるものとは桁違いの大きさを誇ってる。
特に何なのだろう。あの巨大な大口を模した艤装は。
顔中に赤筋を浮かび上がらせ、口からは紅炎を今にも噴き出すかのようなその姿。
怨念や怒りに飲み込まれた復讐者。
例え相手が元々の艦であろうと、大顎を持ち上げてバリバリと捕食できてしまいそう。
……なんか、想像の百倍以上とんでもないのが出てきた。
わたしはスマホで調べる前に白露に聞いてみる。
「あれ、分かる?」
「……雪風、落ち着いて聞いて。あれ空母棲姫だよ。鬼じゃなくて姫の方の」
わたしの質問にそう答えてくれる白露。
その顔に恐怖を貼り付けて、身体を震わせてるのを見るに、もしかして相当にやばいの?
MMD的にはそんな感じしないんだけど。
なんだったら小説で見ても割とワンパンされてる人のような?
艦これの映画的にも……あれは深海吹雪の印象の方が強い。
……そもそもアニメに出てないから分からない。
そうこうしてると空母棲姫が眉にしわを寄せ、わたしと白露、夕立を赤い瞳で睥睨する。
「ナゼ、艦娘ガ居ル」
空母棲姫は不愉快そうに顔をしかめ、腕を前に突き出す。
「シズ──」
「待ッタ新入リ! アソコニイル小ッチャイ奴ガ悪雨サンタチノテートクダ」
艤装が開いて今にも爆撃を始めそうな空母棲姫を悪雨が走って止めに入る。
しかし空母棲姫は同じ深海棲艦の姫である悪雨にも嫌悪の眼差しを向ける。
「貴様……、駆逐艦如キガ私ニ意見スルカ」
「……オイオイ、悪雨サンモ姫ダゾ? ソッチコソ先輩ニ対シテ口ノ聞キ方ガナッテナインジャナイノカ?」
「替エノ効ク駒如キガ。随分ト吠エルデハナイカ!」
「井ノ中ノ蛙ガケロケロケロ、イッチョ前ニ笑イノ才能ハ持ッテイルジャネェカ!」
なんで生まれて数分で一触即発に!
ここは提督のわたしが動かないと。
「待って待って! 落ち着いて二人とも!」
悪雨と空母棲姫の間に入ってみる。
悪雨はこちらを見てくれるけど、空母棲姫はわたしに目を向けることもしない。
路上に転がる石でも扱うかのように無反応。
「貴様ハ必要ナイ」
空母棲姫が悪雨に攻撃を宣言する。
わたしはすぐでにも爆撃をしそうな空母棲姫の腕を掴む。
「話を聞いてって!」
「ナンダ貴様。……妙ナ気配ダ。艦娘デアリ、艦娘デハナイ。深海ノ気配モ感ジル」
「わたしの前で艦娘も深海棲艦も沈めることは許しません!」
「ナゼ指図ヲ聞カネバナラン」
なにこの深海棲艦らしい深海棲艦は!
今までこんなことなかったじゃん!
悪雨もすこし怪しかったけど全然そんなことなかったじゃん!
でもここで引き下がるわけじゃない。
今の空母棲姫を野放しにするのは絶対ダメ。
わたしから離れてすぐにでも艦娘を狩りに行ってしまいそうだから。
何よりわたしが生み出した深海棲艦によって艦娘を沈めてしまうのはもってのほか。
「わたしはあなたのしれぇだよ! わたしが頼んで建造した、わたしの仲間だよ!」
「酔狂ナコトヲ。ソコマデ言ウナラ、私ニソノ力ヲ見セテミロ」
「良いよッ! わたしが勝ったら、わたしの言うことを聞いてもらうからね!」
「フッ、所詮ハ駆逐艦。空ノ厄災ニオノノクガイイ!!」
わたしの宣戦布告に空母棲姫は口をにぃと開いて嘲るのだった。
* * *
「と、いうわけで。空母棲姫の名前を決めよう!」
演習を終えて戻ってきたわたしは、パンと手を叩いて悪雨たちにそう宣言する。
シロコとイゴーが居なくなってるけど、まぁ全員集合の用ってわけじゃないから別に良いよね。
わたしの後ろでは目をぎゅっと一文字に閉ざし、正座する空母棲姫。
空母棲姫の中では駆逐艦ひとりにやられるのがよほど恥ずかしかったのか、頬を少し赤く染めてた。
流石に、練度が違い過ぎた。
調べてみたところ深海棲艦って基本練度1みたいだけどさ。
それって艦娘とは一線を画すステータスなのと、とんでも耐久と装甲があるから別に鍛える必要が無いってだけで。
深海棲艦すら凌駕するステータスの艦娘相手だと、まったく意味を成さないよね。
つまるところ、演習開始から魚雷一発ぶち込んだら空母棲姫の敗北判定になって終わった。
時間にして大体三分くらい。
カップ麺ひとつ作るくらいの時間で、初期のゾロとミホークみたいな結果になった。
大口を叩いておいてこのありさま。悪雨たちからの視線に耐えられなくなったのか、空母棲姫が声をあげる。
「魚雷ヲ投ゲルナド、貴様ソレデモ艦カ!」
「魚雷は投げるものでは?」
「魚雷ハ! 投ゲルモノデハ! 無イ!!」
「魚雷は雷撃。雷撃とは雷が大きな音を立てて落ちることを言う。雷は空から降ってくるものだよ。だから放物線上に落ちる魚雷こそが雷撃だよ!」
「落チテコナカッタデハナイカ!」
こればかりははっきりと空母棲姫が間違ってると言わせてもらう。
魚雷は投げるものではない、その思い込みこそ真に間違いだよ!
だって双眼鏡で照準を合わせて、一ミリもずれないように角度調整して放つという三工程を掛けるより、サーチアンド投げるの方が速い。
せっかく艦じゃなくて人の姿をしてるのだから。
というか、この世界で魚雷を投げる人わたし以外にも居るよ!
夕立が人差し指を顎に当てて小首を傾ける。
「夕立もたまに魚雷を投げるっぽい!」
「ナンダト!?」
「潜水艦娘も手で魚雷を放つよね」
「ゴーヤの魚雷はお利口さんっぽい!」
白露の追撃にもう何も言えなくなった様子の空母棲姫。
これ以上何か言おうものなら単なる負け惜しみになっちゃうもんね。
それよりそう、そうなんだよ。
わたしが魚雷を投げるという着想に至ったのは、とあるMMD動画ととある優等生の漫画から。
わたしが始めたものではない。
艦娘の戦術としてちゃんと伝わってるんだよ!
「ソウカ、私コソガ間違ッテイタカ。敗北ハ敗北。今後ハ貴様ヲ上トシ、見定メルノモ悪クハナイ!」
綺麗に三段高笑いを決めて見せる空母棲姫。
中二病かな?
まぁ、単純に相手が悪かっただけという評価にしておこう。
大丈夫。ズルしてるって自覚は大いにあるから。
「それで名前決めだけど」
「私ニハ空母棲姫トイウ名ガアル」
「えっとね、この場所では他と区別がしやすいように名前を付けるの」
「フム、ヨクハ分カラヌガ郷ニ従オウ!」
高らかに細かいことを笑い飛ばして見せる空母棲姫。
この場所で細かいことを気にしすぎると変な方向に飛んでくからね。
艦娘が居るのを不思議がるのも、深海棲艦としては普通の反応だしね。
それじゃ、名前を決めよう!
確かさっき厄災がどうこう言ってたよね。
空母じゃないけど、歴史の授業で航空機の及ぼした被害について学んだことがあった。
銀の怪鳥。
戦争の悲惨さをわたしは良く知らない。
理不尽に奪われる命、その恐怖と凄惨さをわたしは知らない。
空から降り注ぐ爆弾と土地を焦がす劫火は、正しく天災とも言えるものだよね。
日本神話的に厄災といえば、イザナギが禊を行ったあの時。
かの有名なアマテラスとスサノオと出番のないあの神が生まれたあの瞬間。
払われたとされる黄泉の穢れから生まれた災厄の神、マガツヒ。
そこに天から、もしくは天の神を表すアマツを合わせる。
マガツヒだと神霊になる。
空母棲姫は生きてるから、精霊、神として扱うならばマガツヒじゃなくマガツチの方が良いかも。
そうなると……。
……アマツマガツチ?
「ダイソン。変わらないただひとつの吸引力」
「マータテートクガ変ナ名前ヲ」
「違っ! これは違うから! 名前じゃないから!」
「ナラ良イケドナ」
止めよう。
あんまり関係ないけどアマツマガツチは龍感が強い。
どっちかというと災厄をもたらす側の龍だけど、わたしの中ではなんか違う。
今まで調べてきた日本神話にアマツマガツチなんて神様出てきたこと無いけど絶対違う。
バリスタを掴まないといけない気分になる。
……そういえば時雨から難しく考える必要はないって。
確かに難しく考える必要ないかも。
「よしっ、決めた。今日からあなたはマガツチ! 日本神話の厄災の神!」
「悪意の神に厄災の神が揃ったかー」
わたしの言葉に、白露が体勢を後ろにそらしながら揶揄うように口にした。
「深海棲艦の居場所だし」
今そこ突っ込むのは止めて。
あえて深海棲艦らしい名前を付けてるんだから。
深海棲艦なのに祓いの神のイヅノメとか名前付いてたらおかしいでしょ。
というわけで……どうかな、空母棲姫。
空母棲姫が「フハハハ!」と笑い始める。
「貴様ラガ呼ビタイヨウニ呼ブガイイ」
「じゃあ今日からマガツチって呼ぶね!」
厄災の神霊だからある意味深海棲艦そのものでもあるんだよね。
改めて調べてみると、マガツヒはスサノオの荒魂である説があると先生は語ってる。
荒魂、神の持つ二つの側面のひとつ。
簡単に言えば艦娘と深海棲艦の関係。
我ながらマガツチは良い名前を付けたかもしれない。
でもねー、スサノオを主神として祀ってる神社にあるんだよねー。
とある重巡と同じ名前の神社……。熊野が。
カグツチを使わないと言ってた手前、少し複雑な心境。
確証があるわけでも、日本書紀でそうであると語られたわけでもない。
あくまでスサノオの別側面というのは説のひとつだから気にしないでおこう。
こうしてわたしたちは、また新たに空母棲姫のマガツチを仲間に加えたのだった。
* * *
マガツチを仲間に加えた日から幾日が経った日の昼下がり。
わたしは白露たちの鎮守府にお邪魔してた。
無論、自分の家に大量に余ってる資材を届けに。
わたしの居るところくらいだと思う。駆逐艦の遠征で逆に資材が無くなるの。
現在、深海棲艦でも怨念を使わずに、普通の資材で演習が出来ないか検証中。
深海棲艦は存在が悪霊や怨霊のものと言われてるため、今のところ無理と結論付けられてるけど。
「よいしょっと」
わたしは持ってきた資材を工房に置いてく。
初めの頃は妖精もかなり衰弱してた。
顔や身体を動かすのも億劫。妖精なのに身体が何だか痩せこけてみえた。
鎮守府所属じゃないわたしを見ても無反応で、資材を置いても糸の切れた人形のようにその場を動かなかった。
その後はかわいそうと思ったわたしが、島から木の実を持ってきてプレゼントするようになり。
今では体力が回復したのか、適当に置いてくだけでも妖精が勝手に仕分けしてくれる。
えっちらおっちら、資材を機械や手で持ってく妖精を見てるとふと思う。
なんか物足りないなと。
妖精は妖精で、ちっちゃい艦娘って感じで可愛いんだけど。
うちの島の妖精はPT小鬼の姿をしてるから。
わたしの家の方がおかしいのは自覚してるんだけど、なんかこうじゃない感が大きい。
そんな風に思いながら工房を出る。わたしも今の生活に慣れたなぁと空を見上げる。
この鎮守府は現在、慢性的な資材不足。
提督が不在な為か大本営から資材が送られてこないらしい。
恐らくは勝手な出撃をされないためか、はたまた脱走をされないためか。
もしくは提督のいない鎮守府の艦娘に、資源を割く余裕が無いのかもしれない。
食料の供給はあるみたいだけど、それも最低限みたい。
うちの場所は平和だけど、基本的に戦時中だからだろうか。
海に行っても深海棲艦のせいで魚を取れないから困ってるとは、夕立の言。
働いてないからむしろあるだけ御の字って奴だろう。
まぁお腹減ったら白露と夕立はわたしの家に来るんだけど。
わたしの渡した燃料で。
悪雨と一緒に良く沖で釣りをしてる。
深海棲艦に絶対に襲われない絶好のスポットとか言って。
実際、わたしの艦隊以外の深海棲艦が通りかかっても、悪雨の居るおかげで襲われることは無い。
艦娘に対して敵意剥き出しにするんだけど、悪雨を視界に入れると何事もなかったかのように通り過ぎてく。
悪雨がお花を摘み等いない間は、雪月や雪河が代わりに入る。
わたしの居場所、マジで平和そのものである。
鎮守府で釣りをすればいいのに、とは言えない。
釣りの餌がいないみたいで。買おうにもお金がない状態らしい。
提督の部屋にあった無駄な嗜好品を質屋に出せばいいのにと思わなくも無いけど。
一応提督の私物、勝手に持ち出すわけにはいかないとそのままになってるとか。
そのためこの鎮守府は提督が居なくなったおかげで平穏を取り戻せたけど。
お金も食料も資材も無いという、かなりの痛手を負ってる。
新しい提督が着任すれば……とは思うけど、前の提督みたいな奴だったらまた潰しに行かないとだし。
わたしとしては心配なので足しげなく通い続けてる。
それに時雨も、ショックで部屋から出てこなくて心配だし。
時雨以外の艦娘もかなり精神をやられている。
人間怖いと塞ぎこんでる子も居るから、これが療法になるか悪化するか。
などと考えながら、わたしはお風呂場の掃除に励む。
入渠場ではなくお風呂。
この世界の入渠は艤装修理。何時間も艦娘や深海棲艦がお風呂に入り続ける必要はない。
なのでお風呂はお風呂と別枠で存在してる。
それで、この場所のお風呂がまた酷い臭いを放ってる。
憲兵用の男風呂の方がまだマシ。女風呂なんて……わたしが掃除をするまで絶対に入らないでね、と残った艦娘に釘を刺してる。
勝手に入ったら深海棲艦をけしかけるよ? って。
こんなスラム街の一画みたいなお風呂で身体を洗おうものなら、間違いなく病気にでも掛かりそう。
女の子が酷い目にあうタイプの大人向けゲームじゃないんだから。
敗北者エンドとかバッドエンドとか、一言で表すと本当にこんな感じ。
それほどまでに酷い惨状。これで鎮守府の地獄の一端でしかないと思うと、背筋が凍り付く。
そもそもこの鎮守府所属の艦娘は、ひとりを除いて警告なんか無くても近づきすらしてこない。
白露や夕立すら、わたしが出てきたのを見計らってから声を掛けてくる徹底ぶり。
わたしを遠目に見る艦娘の多くは、女風呂に対して尋常じゃない反応を見せる。
女風呂を綺麗にして解放したところで、トラウマまでを掃除できるわけではない。
そこはもう、本人が向き合っていくしかないと思う。
無責任だけど、わたしは心のケアまで出来ないから。
それでもお風呂に行きたい艦娘には、先に男風呂の方を綺麗にして解放してる。
お風呂場に行きたくない人用に、外にはわたしが持ってきた資材で作られた簡易的なお風呂も用意してる。
簡易的なお風呂は外で置いてあるため丸見えではあるのだけど、ここに憲兵はいない。
それでも恥ずかしいと感じる艦娘は、もう洗面器にお湯でも張って持ってってる。
大抵の艦娘は羞恥の感情など、とうに消え失せてるみたいだけど。
例外としては白露と夕立。
うちはホテルでも宿屋でも温泉宿でもないんだけど。
「もう壊そーかな」
壊して埋め立てて新しく上に再建した方が速そう。
男風呂にだけ置かれてた洗剤でお風呂場を洗い、わたしは黒ずんだスポンジを持った手で額を拭う。
どうせ誰も使わないだろうし、綺麗に洗う必要なさそう。
リフォームの匠みたくドカンとやった方がすっきりするんじゃないかな。
脳内でその様を想像して静かに笑ってると、ドタドタと廊下を走る音が聞こえてくる。
入ってこないようにと何度も言ったのに。
「雪風雪風雪風雪風!!」
ガララ! と音を立てて開かれる扉。
髪が犬耳のようになったわたしと似た服装の、時津風が元気いっぱいな様子でわたしに抱き着いてくる。
時津風はここに来るたびに謝ろうと思ったのだけど、別れて次の日会ったらもうこんな感じだった。
懐いてくる時津風にわたしは強く突き放すことが出来ず、会うたびに少しの間だけ遊ぶようにしてる。
「遊べ遊べ!」
「まだ
「なんでなんで? なんで入っちゃダメなの雪風? ねぇ、なんでなんで!」
「それはそのぉ……」
男性の獣性の臭いがするとか、子どもに言えるわけがない。
今のわたしも時津風とあんまり背丈は変わらないけど。
精神的には大人なので!
「隠れてこそこそそーじなんて怪しいぞー? もしや言えないことをしてるんじゃないな! 深海棲艦の手先め!」
「ただの
お湯の入ったバケツにスポンジを突っ込み、わたしは時津風をおんぶしながら立ち上がる。
わたしの鼻はこの獣性に慣れてしまったため、ほとんど機能しなくなっちゃったので聞くしかない。
「どーかな? 臭いにおいとかまだする?」
「すんすん、雪風からよくないにおいがする。よくないなぁー」
「こういうのは。じゃなくて、お風呂の方」
「んー、臭い! 動物の臭い! 息したくない」
「そっかー……。
「それより雪風雪風! 聞ーて聞ーて!」
わたしの背中ではしゃぎまくる時津風。
うん、良いよ。もう大人しく時津風の話を聞いてあげた方が、満足して帰ってくかもしれない。
わたしは時津風を下に降ろして、洗剤用具一纏めにしてバケツを持ち上げる。
こんなところに子どもを居させるわけには行かないので、一度お風呂場から出る。
「どーしたの?」
「ビッグニュースビッグニュース! 何日かしたら、新しーしれーが来るんだって!」
ブラック鎮守府物にありがちな、艦娘視点のエピローグみたいな話題だね。
そっかー、ようやく……と言ってもそんなに時間は経ってないけど。
提督って妖精が見える人じゃないとなれないらしいけど。
替えの効く人材なのかな? とりあえず。
「それじゃあ何日か後のフタヒトマルマルに深海棲艦全艦待機命令でも出しておこー」
「ほんしょーを表したな、深海棲艦のスパイめ! こーしてやる! こーしてやる!」
時津風がわたしの脇腹や脇の下に手を入れて擽ってくる。
着任早々姫がトラウマにならない人なら良いけど。
でもそっか、これから着任する提督からしたら、艦娘の提督として着任したら深海棲艦の親玉が潜伏してた件みたいになるのね。
それまでにわたしが出来ることをしていこう。
時雨にも、会いに行かないと。
わたしはこの鎮守府所属じゃないから、その辺りも上手く立ち回らないといけないし。
気軽に白露と夕立も、わたしのところに遊びに来なくなるんじゃないかな。
それはまた追々やるとして。
「止めてよー時津風! あはは!」
「どーだ参ったかー!」
この子をどうにかしないと。