雪風に転生しました。これより深海棲艦の指揮に入ります! ……どうして?   作:氷水メルク

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今後の動き

 

 時津風に「必ず遊ぶから、これでも食べて待ってて」と、島で取れた木の実を工房まで戻った後に艤装から出して渡す。

 瞳を輝かせた時津風が木の実に両手にスキップしていくのを見送り、わたしはお風呂場の掃除を再開する。

 ただひたすらに掃除してるところなんか、見てても面白くないからね。

 わたしも面白くない。一向に汚れが落ちないから。

 

 本当にどうしよっかな。

 

 わたし深海棲艦のスパイではないんだけどなぁ。

 実体で見ればもっと酷いものだけど、別に深海棲艦全艦の味方ってわけじゃないし。

 深海側ってわけじゃなく、艦娘勢力、深海勢力、そこになぜかいる第三勢力って感じだし。

 うーん。

 

 白露に相談しよっ。

 

 掲示板に相談した方が早い気もするけど。

 何でもかんでも掲示板で相談して、交流を深めるチャンスを不意にするのはね。

 それにまともな答えが返ってくるかどうか分からないし。

 詳しくは分からないけど、掲示板って便所の落書きとも言われているから。

 多分、大丈夫だと思うけど。

 どのみち潜水艦の起用の仕方が分からないから、いつかは書き込むかもね。

 

 わたしの中で潜水艦といえばオリョールクルージング。

 二期勢だけどね。

 そもそも怨念の方が欲しい。

 欲しいけど手に入れるには植物を除いた生き物を殺す必要あり、艦娘を沈める必要あり。

 なお一番怨念の数が取れるのは艦娘を沈めることとする。

 

 怨念が大量にあると深海棲艦はelite化できるみたいだけど、切れると元に戻っちゃうのがね。

 悪雨もelite化したのに、やったことと言えばわたしに砲撃をしただけ。

 それだけでelite化が切れちゃったからね。

 あの時消費した怨念を返して欲しい! 

 

 ふいぃとおっさんみたいに声を出して、わたしは掃除用具を片付ける。

 理由は簡単。飽きた。

 お風呂掃除は止めどきを見失うのでもうやりたくない。飽きたってなった時に止めるようにしてる。

 所詮自己満足だしね。

 明日か明後日になったら、やることなくてまたやってる。

 最初の頃と比べてまぁ入れるかなぁ、くらいには綺麗になったと思う。

 元の惨状を知ってたら絶対に入りたくないけどね。

 

「終わったよー、時津風ー」

 

 外に出たわたしは時津風の名前を呼びながら鎮守府を彷徨する。

 会いたいときに限っていないんだよね。

 

「時津風ー。時津風ー」

 

「聞き覚えのある声っぽい」

 

 鎮守府の曲がり角からひょっこりと、見慣れた艦娘の夕立が現れた。

 夕立は口を不思議そうに持ち上げると、小首を傾ける。

 

「深海の提督さん、どうして夕立たちの鎮守府にいるっぽい?」

 

「資材が余り過ぎてて」

 

「贅沢な悩みっぽい」

 

 夕立は目元を一文字に伸ばし、穏やかな口調でそう言った。

 わたしはごもっともと意味を込めて、乾いた笑みを浮かべてた。

 

「怨念があればねー。それより、白露いる?」

 

「目的は時津風じゃないっぽい?」

 

「時津風とは遊ぶ約束したんだけど、どこにも居なくて。それで相談事があるから、先に白露と話しがしたいなーって」

 

「夕立のお姉ちゃんは人気者っぽいー」

 

 なんかねー。

 白露が物凄くまともというか、相談に熱心に向き合ってくれるというか。

 MMDとか小説で見た白露と違って、ここの白露はなんか頼りになるというか。

 相談に乗ってほしいなーって。

 これはわたしのところじゃ絶対に解決できない悩みだしね。

 

「白露なら部屋に入るっぽい。夕立も一緒について行ってあげるっぽい」

 

 夕立はぴょんことジャンプする。

 夕立にも知っておいてもらったほうがいいかもしれない。

 わたしは「ありがとー」とお礼を言って、白露のいる部屋まで目指す。

 

 駆逐艦の寮。

 床や壁の板が黒ずんでおり、歩くたびに板が沈んだり、ぎぃぎぃ軋んだり。

 虫が湧いてたり、なんかぬめっとしてたり、腐臭がしたり。

 板が浮かんでたり、穴が開いてたり、獣欲の臭いが混じってたり、ネズミが横切ったり。

 思わず床を踏み抜きそうになってわたしは飛び跳ねる。

 この建物良く燃えそう。

 

 木材とかもお裾分けした方が良いのかな。

 でも島の自然に手を出したくないんだよね。

 虫や魚含めて動植物が居なくなったらわたしも困るし。

 苗木だって成長するまで何年掛かるか分からない。

 今だってその辺の誰も居なさそうな島から木を取ってきてる。

 ただでさえうちの家はだだっ広い分、木材もかなり使うからねー。

 わたしの拠点すべてに島の木材を使用してたら、今頃島の自然は三割ほど無くなったかもしれない。

 

 資材じゃなくて木材くれないかなぁ。

 鋼材で作っても夏だと暑苦しいもんね。

 いや、夏じゃなくても暑苦しいか。

 

 なので寮の修繕は鎮守府側に任せるとして。

 

 白露の部屋前まで来たわたしはコンコンと二回ノックする。

 白露の返事が聞こえるが先か、隣の夕立は勢いよく扉を開け放った。

 白露は出てくる直前だったのか、立ち上がった状態でわたしと夕立を見やった。

 

「雪風、いらっしゃい! ここは艦娘の、鎮守府だよ」

 

「さっき夕立とやったよ」

 

「一番にできなかった!?」

 

 激しくショックを受けた様子で白露は身体を仰け反らせる。

 わたしたちの中では定番だもんね。

 最初に始めたのはわたしだけど。

 艦娘なのに深海棲艦の住処がどうとか、っていうネタね。

 わたしが始めた時は別にネタのつもり無かったのだけど。

 あと、わたしは艦娘だよ。

 

「改めていらっしゃい。今日もどうしたの? 時雨に会いに?」

 

「白露に相談があって。夕立も良い?」

 

「あたし? いやー、一番だとモテるねー。さっ、入って入って」

 

 快くわたしを部屋に迎え入れた白露は、座布団を三人分畳に敷いてくれる。

 夕立は「ぽい?」と、自分もとでも言いたげに自分の顔を指さす。

 ので、わたしは夕立の反応に頷いた。

 

 白露に促されるままわたしは座布団に座り、相談事を話し出す。

 わたしには人間の野望を止めるという目的がある。

 この野望というのが何なのかはまだ分からない。

 けど天の声直々に頼まれたものだから、必ず対処しなければならない。

 

 これから来る提督への対応。

 もしも前の提督のように艦娘に危害を加えるような人ならば、わたしは再び深海棲艦を動かすと思う。

 けれどわたしはすぐにボロが出てしまう性格。

 すぐに本性をポロリと零しちゃいそうなんだよね。

 よく言えば正直者。悪く言えば考えなし。

 面白そうかな、で言っちゃいけない言葉も平然と言ってしまう。

 子どもっぽい衝動は雪風になったころからではなく、転生前の大人の頃から。

 もうそういう脳の作りか性質となっていると受け入れた方が良い。

 受け入れたところで、何分状況は悪くなってるってことだけ分かる。

 

 それにこの鎮守府内にいる艦娘の全員が、わたしを深海棲艦の提督として知ってしまってる。

 居場所までバレてしまうと、人や艦娘から脅威として排除される可能性が高い。

 

 でも人間の野望を止めるなら、人間の近くで情報収集したい。

 できれば、提督の勉強もしたい。

 そんなことを上からリスト化して相談してみる。

 すべてを聞き終えた白露は両腕を組んで唸る。

 

「雪風ってどこの所属でもないよね」

 

「逸れだね」

 

「だよね。じゃあ雪風にとって深海棲艦って? 一番に浮かんだのを答えて」

 

 深海棲艦? 

 そりゃ海を穢す人類の大敵とか? 

 突如現れて母なる海を占拠し、絶望を振りまき続ける沈めなきゃいけない艦の怨念たち。

 海の災厄。

 それが深海棲艦……。

 そう答えるのが、普通の艦娘だよね。

 わたしは少し考えてから答えを出す。

 

「親戚、友達かな? 挨拶すれば返してくれるし、一緒にいると楽しい。心の底から安らかになれる」

 

「だよねー。悪雨たちは良い子だもんね。だから難しいよねー」

 

「その時点で艦娘側じゃないっぽい」

 

 鎮守府にいる時点で必ず出撃はある。

 遠征でも深海棲艦に会う可能性は高い。

 そこにわたしのような艦娘がいると、他の艦娘に対して迷惑になる。

 ひとりだけ相手を沈める気がなんて無くて、むしろ……。

 

「というか良いの? 鎮守府に提督が来て、指示が出たらあたしらは容赦なく深海棲艦を沈めるよ」

 

「……こっちで説得してみます。それが無理ならもう仕方ないかと」

 

 深海棲艦って、いや艦娘も同じ。

 深海棲艦の中にも良い人がいて、艦娘にも良い人がいて。

 でも戦いで顔を合わせたりすると、良い人とか関係なく殺し合いが始まるから。

 わたしはわたしの前で誰も沈めないことだから。

 でも、深海棲艦、艦娘。

 お互いにとってこれほどはた迷惑な言葉を掲げてる艦娘も中々いないよね。

 電だって、沈んだ敵をできれば助けたいなのだから。

 

 深海棲艦の中にはむしろ救われたくて攻撃してる人や、恨みを撒き散らすために行動してる人もいる。

 わたしが普段話をしてる深海棲艦も、わたしたちが近くに居るから何もしないだけで。

 わたしたちが居なくなれば艦娘を沈める、人間を容赦なく殺す悪鬼へと変貌する。

 誰も彼も例外なく助けようとしたら、間違いなくその誰も彼もが艦娘や人を沈める。

 だから、わたしはわたしの目の前で誰かが沈まないようにするだけで精いっぱい。

 それ以上は望まない。

 

「深海棲艦は沈めると艦娘へと変性する。その逆も同じ。誰も沈めないために相手を沈める覚悟も必要」

 

「そうだね」

 

「だからそこはもうしょうがないです」

 

「そっか」

 

 わたしの仲間に手を出したら沈まない程度に攻撃するけど。

 白露たちがわたしの艦隊を沈めるとは思わないけど、鎮守府の艦娘が絶対に手を出してこないとは限らないもんね。

 分かりやすいように名札とか付けておいた方が良いかな? 

 ……どこに? 

 白露は畳に手を付いて姿勢を楽にする。

 

「雪風が鎮守府に溶け込むのは無理でしょ。一番頼りにされてるあたしがどう頑張って考えても、深海棲艦側って感じ」

 

「夕立的には居て欲しいっぽい!」

 

 夕立はわたしの肩に手を掛けて体重を預けてくる。

 白露は両手を背中の後ろに立てて、夕立を流し目で見る。

 

「人間を攻撃できる唯一の艦娘だしねー」

 

「それに深海の提督さんには助けられてばかりっぽい!」

 

「だね。力に成れるんだったらあたしも成りたい!」

 

 白露も力強く宣言してくれる。

 その言ってくれるだけでも嬉しい! 

 でも、人間の野望を食い止めるためにはどうしても人間の近くで情報収集をした方が堅実なんだよ。

 どうしたものかと悩んでると、白露が意を決するかのように言葉を紡ぐ。

 

「その情報収集、あたしの方で任せてみない?」

 

「良いの?」

 

「良いよ! あたしたちもね、ほらっ、色々あったじゃん? だからさ、売られちゃった艦娘を探したくてさ」

 

 売られた艦娘。

 山風のことかな。

 時雨から直接売買された娘もいるって聞かされてたし。

 そっか、山風を探そうとしてるんだ。

 確かにそれなら、情報収集の過程で人間の野望についての情報が入ってくるかも。

 助けを求められたら、わたしも絶対動くしね。

 

「夕立も。夕立も協力するっぽい」

 

 夕立は手を上げて艦娘探しに賛同してくれる。

 山風のこと、死んだって聞かされてるだけなのに。

 手伝ってくれるなんて優しいなぁと、わたしは夕立の頭を撫でてみる。

 ……髪の毛結構ゴワゴワしてる。

 シャンプー無いもんね。わたしのところもだけど。

 今更だけど日用品が欲しくなったかも。

 

「深海の提督さん、暖かいっぽい」

 

「わたしは、艦娘だからね! ただ売国奴なだけで!」

 

「売国奴。意味としては間違っているような、間違っていないような? 多分、間違っているよ」

 

 そうかな? 

 深海棲艦側の時点で立派な売国奴だと思うけど。

 ……でもこれだとわたしのところに通ってる白露たちも売国奴になるっぽい? 

 日本に被害を出してるわけじゃないから、確かに売国奴ではない? 

 うん? 

 今そこ大事じゃないねと、わたしは話を戻す。

 

「じゃあお願いしていい? わたしも偶に様子を見に来るから」

 

「とか言って、提督が来てもしばらくは居るんでしょ?」

 

「心配なものは心配なので!」

 

「あっはは、連絡を取る手段があればいいけど、あたしらも自由に動けなくちゃうから」

 

 白露たちはスマホを持ってないみたいだから。

 通信機はまだPT小鬼群が開発してくれてないし。

 

「ひとまず連絡を取る手段は保留で」

 

「オッケー! あたしの方でも、雪風を鎮守府に置けないか、残ったみんなと相談してみる」

 

「夕立たちに任せるっぽい」

 

 白露は二本の指で丸を作って了承し、夕立も親指を立ててくれる。

 だから白露たちは頼りになる。

 相談した甲斐があった。

 あとの問題はと言えば……、わたしは手を突いた反動で立ち上がる。

 

「それじゃあ時雨のところに行こっかな」

 

「あたしも」

 

「ぽい!」

 

 *  *  *

 

 わたしは白露たちを連れて時雨が引き籠ってる部屋前まで歩く。

 元々白露たちと同じ部屋だったみたい。

 時雨が部屋に引きこもってからは別の部屋になったとか。

 白露と夕立は今も入れないらしく、時雨の心の壁が部屋のドアという物理的なものとなって現れてる。

 わたしはともかく二人を入れないのはどうかと思う、なんて考えてると白露が切り出してくる。

 

「ありがとね、いつも時雨に会いに来てくれてさ」

 

「うん? あぁ、それはね。わたしも初めてできた艦娘の友達だし」

 

 最初何を言われたか分からなかったけど。

 なんというかそれは、わたしにとって当たり前なことだし。

 わたしは上を見上げて言葉を続ける。

 

「それに、しれぇは傷ついた仲間に寄り添うのも仕事の、同じ仲間として当然のことでしょ?」

 

「深海棲艦の提督がなにを」

 

「あー、今そこを掘り返すー?」

 

 わたしにだって理想の提督像はある。

 全然理想の提督には成れてないけど。

 それでも近づこうと頑張ることはできる。

 

 楽しそうに笑う白露に、わたしはじぃと半目を向ける。

 そうだけどね。わたしの仲間なんて言ったら深海棲艦側って意味になるしね。

 それでも提督であるならば、艦娘に温情を掛けたって良いはず。

 

「夕立は深海の提督さん好きっぽい」

 

「雪風の下は大変そうだけど。一番楽しそうだよね!」

 

 両手を頭の後ろに組んで、白露は何でもなさそうに言ってくる。

 わたしはあまり楽しくないよ。

 悪雨に怒られて、悪雨に殴られて、悪雨に砲撃されて、寝坊すれば耳元起床ラッパ。

 たまにシロコにイゴーの教育に悪いとマガツチと一緒に叱られる。

 

 MMDを見てると、あんな感じで上下関係があまりない職場は良いよねとは思う。

 思うけど、一方的にわたしだけやられてるような気がする。理不尽だよ。

 でも居心地は良いと思えるよ。何かあったら絶対に守ろうって思える。

 

「わたしは仲間を見放さない。だから時雨も見放さない。友達としても、しれぇとしても。今の時雨はほっとけないんだ」

 

 わたしは自分の小さな手で握り拳を作る。

 むしろ今の時雨をほっといたら、それこそ悪雨に魚雷直撃とかされそうだしね。

 それは絶対に嫌だし。わたしも、時雨を見捨てるのは絶対に嫌だ。

 白露が「はぁ」とひとつため息をつく。

 

「最近、深海棲艦が羨ましいって思うことあるんだよね。なんでだろ」

 

「夕立も深海の提督さんの下が良いっぽい」

 

「ダメだよ。わたしは深海の提督だから。深海棲艦バンザイ!」

 

「このスパイ、知れ渡ってるからって堂々としすぎでしょ」

 

 まぁね。

 あと、夕立の下は悪雨に加勢してわたしを矯正するって意味でしょ。

 仲間に加えたら絶対悪雨と一緒にわたしを嬉々としていじめて来そう。

 悪雨のノリに夕立もノッてくる光景が容易に想像できるよ。

 わたし多分、その時泣いてると思う。

 

 時雨の部屋まで来たので、わたしは部屋の引き戸をノックしてみる。

 

「時雨ー! 来たよー!」

 

 やっぱり返事はない。

 扉の取ってに手を掛けてみるもガタガタと音が鳴るだけで開かない。

 老朽化が激しいから無理に開けようとすれば開くかもしれないけど。

 

「時雨ー! いるー?」

 

 再度呼んでみるけどやっぱり返事はない。

 これでほんとはいない、とかだったら恥ずかしいけど。

 わたしは扉に耳を当ててみる。

 …………物音は聞こえない。

 

「いないー?」

 

「雪風ちょっといい?」

 

 白露はわたしの肩を叩いて下がらせる。

 何をするつもりなのかな。

 白露は「すーはー」と深呼吸。脱力した身体に力を漲らせ、扉のど真ん中に苛烈なキック。

 まるで空手家のような一連の動作に、バキッと引き戸が部屋へと倒れてく。

 木粉と埃が舞い上がり、わたしは目をぎゅっと瞑り、腕で鼻を塞ぐ。

 

 ……こ、壊した!? 

 良いの、壊しちゃって!? 

 

 唖然とするわたしをよそに白露は、倒れた扉に足を付ける。

 部屋に差し込む太陽の光が、体操座りをして塞ぎこんでる時雨を照らし出す。

 

 反応は……やっぱりない。

 見向きもされないと……なんかこう、生きてるのか分からない。

 物理的にではなく、精神的に。

 ちゃんと食べてるのかな。

 

「時雨!」

 

 白露は時雨の肩を掴んで揺らす。

 

「雪風が来てるよ! ほらっ!」

 

「……白露、僕は今そんな気分じゃないんだ」

 

「気分じゃなくても挨拶くらいはする! ほらっ」

 

 白露が時雨を立ち上がらせる。

 しかし手を放すと同時に時雨は膝からその場に崩れ落ちた。

 その際尖った木の棘が時雨の膝に突き刺さる。

 血が出てるけど無反応。大丈夫かな? 

 

 なんて声を掛けよう。

 山風関係はわたしが軽々しく口にできるものではないと思うし。

 お見合いみたいだけど当たり障りのない言葉を。

 

「今日は良い天気だね、時雨。あっはは、なんて……」

 

 わたしは後ろ頭を掻いて時雨に声を掛けてみる。

 ……やっぱり無反応だよね。

 こういう時悪雨とかならなんて声を掛けるかな。

 連れてくれば良かったかな! 

 でも鎮守府に悪雨を連れてくるのは色々とまずいし。

 

「時雨、いつまでそうしてるっぽい?」

 

 夕立は時雨の前でしゃがみこみ、覗き込むように顔を下げる。

 

「山風は夕立たちの暗い姿なんて見たくないはずっぽい」

 

「そうだよ。ほらっ、いい加減外に出る。悪雨も会いたがってたよ」

 

 そうなの? 

 悪雨そんなことわたしには一言も話してなかったのに。

 なんか信用の差を感じるのは気のせいかな。

 ……わたし、やっぱり提督としてまだまだなんだろうね。

 あはは……、頑張ろ。

 

 白露の伸ばした手を、時雨は振り払う。

 

「ほっといて」

 

「山風みたいなこと言わない!」

 

 再び体育座りモードに入りそうな時雨を前に、白露は顔を歪める。

 そして時雨の肩に手を掛ける。

 

「夕立反対の肩持って! 雪風は足をお願い!」

 

「っぽい!」

 

「はい!」

 

 夕立は白露とは反対の肩を、わたしは言われた通りに時雨の両足を持ち上げる。

 それでこの後どうすれば。

 

「外に出す。海の潮風でも浴びれば気がまぎれるでしょ」

 

 引きこもりを無理やり外に連れ出すのって逆効果な気もするけど。

 メンタルが壊れるとか、余計に引き籠ってしまうとか聞いたことがある。

 最悪な場合自殺を考えたり。

 こういうのって結局のところ本人にしか解決できないものだから。

 でも放っておけない。

 引きこもりの環境に慣れて外に出て来なくなったら、それこそダメな流れだし。

 大抵の場合は逃げる環境に慣れた方が楽だと気づいて、余計引き籠る流れになる。

 だから多少なりと荒療治は必要なのかも。

 だってここ鎮守府だし。

 海軍的に動けなくなった艦娘なんて必要ないとか言い出すかもしれないし。

 

「演習でもする?」

 

「良いね! 雪風は審判ね!」

 

「資材もよろしくっぽい!」

 

「わたしは?」

 

 気分転換に演習という案を出してみたけど、なんでわたしだけ仲間外れ!? 

 胸に手を当てて考えろ的なパターンですか!? 

 あと夕立、男性だからお会計よろしくみたいなノリで言わないでよ。

 

 他に気分転換といったら……。

 

「わたしの島に来る? 元気で明るく風通しが良いし、悪雨も喜ぶし、時雨には来て欲しいかも」

 

 風通しが良すぎてちょくちょく仲間に暴力を振るわれるよ。

 

「今はその方が良いかも。でも深海棲艦が心配」

 

「ぽいね」

 

「二人ともわたしの島に来るのに良く言うね」

 

「違う違う! 雪風みたいになると心配なの!」

 

「ぽいぽい」

 

 夕立はもう少しちゃんとした返事をしようよ。

 あとわたしみたいに、ってどういうこと? 

 深海棲艦は友達! って感じになること? 

 それとも人間より深海棲艦の方が守る価値あるね、みたいな価値観になるってこと? 

 そして時雨は自分に関係することが勝手に決まってるのに、全く反応ないんだけど。

 初めて出会った時の、何をしても表情の動かなかった時雨を思いだす。

 今の時雨は、あの時よりも酷い。

 むしろ山風は死んだと聞かされてるのに、やさぐれてた時よりも元気な夕立の方が、心は強いのかもしれない。

 

 ……今、邪な考えが脳裏をよぎった。

 やっても多分無反応だと思うけど、邪は邪なのでわたしは首と一緒に考えを振る。

 

「時雨には時雨の、居場所に居て欲しかったけど」

 

「……」

 

 深海棲艦側ではなく、艦娘側にいて欲しい。

 だからわたしはあの時、時雨を置いてきたのに。

 ……。

 …………。

 ……悪雨たちにも相談してみよ。

 荒い治療でも構わないから元の時雨に戻らないかなって。

 久しぶりに会ったのにこうも無反応をかまされて、挨拶をしたのに無視されて、運ばれてるのに抵抗のひとつしやしない。

 お腹の底からなんか込みあがってくる。

 純然な雪風ならいたずらとかできたのに、わたしでやると色々と問題があるから出来ない。

 

 艤装を取りに行った後、わたしたちは海風に晒されてる時雨を回収。

 時雨の艤装は夕立と白露が持ってくれてる。

 艤装を付ければ時雨ひとり持ち上げることくらい、艦娘なら容易だからね。

 

 あと時津風ごめん。遊ぶ約束しちゃったのに。

 今日戻れるか分からないけど、出来るだけ戻ってこれるよう努力するから。

 

 大海原へと漕ぎだしてしばらく、白露がわたしの隣まで滑走する。

 

「今更だけど、良くあたしらの本拠地に艤装を置けるよね。怖くない?」

 

「怖いと言ったら怖いけど、今まで平気だったから平気だよ」

 

「信用してくれるのはありがと。でもさ?」

 

「正直に言うと、艤装背負ってるとわたしを知らない艦娘からの目線がね」

 

 何か企んでるんじゃないだろうなぁって感じに険しくなるから。

 わたしとしても背負ってた方が安全なのは理解してる。

 でも身体を動かしてる最中にうっかり誤射したりとか、連装砲をその辺に置いて撃たれたりとかされると困るし。

 時津風に抱き着かれたときとか艤装を背負ってると危ないし。 

 背負ってると力加減や艤装の重さで建物が壊れそうとか。

 掃除とか力仕事ではあるけど、艤装なくてもできることだし。

 鎮守府に居る時は、何かと艤装を背負ってない方が都合良かったりする。

 

 わたしの曖昧な答えに、白露は若干納得してなさそうな顔をしてわたしから離れた。

 

 途中わたしの艦隊じゃないイ級やル級とかに出会ったけど、わたしを見るなり特に何もせずに帰っていった。

 

「今日はいつもより多いねー」

 

 イ級とかタ級とか。

 海域が解放されてないからかな。

 なんかいつもより数が多い。

 それとも軽巡棲鬼が近くにいるとか? 

 もしくは別の鬼や姫、水鬼級が率いてるとか? 

 でも海色は変色してないから、素でこれだけの数がいるのかもね。

 

「いつもより多いで済ませる数じゃない」

 

「夕立、沈まないか心配っぽい」

 

 大丈夫大丈夫。

 沈みそうになったら全力で助けるので。

 帰りも何とかするよ。

 深海棲艦の雑木林を抜けてわたしの島に到着する。

 

「雪風ダ!」

 

 木々をかき分けて白髪の一番小さな少女、イゴーが姿を現す。

 イゴーはとてとてと駆けてくるや、白露と夕立に手を上げ、挨拶を交わす。

 それから目ざとく、わたしの腕の中にいる元気のない時雨を見つける。

 

「攫ッテキタノカ?」

 

「ちーがーう。悪雨はどこ?」

 

「悪雨ネーチャンナラ家ニイルゾ!」

 

「なんでわたしは呼び捨てなの?」

 

「悪雨ネーチャンハ悪雨ネーチャンダケド、雪風ハ雪風ダロ!」

 

「わたし悪雨より先に生まれたよ!?」

 

 ……どういうこと? 

 わたし年上にみられる要素ないってこと? 

 わたしイゴーより身長上だよ? 

 悪雨より年上だよ? 

 

 それを理由に提督呼びを強制するようなことはしないけど。

 でもほらっ、わたしが先に生まれてるわけだし。

 白露がわたしの肩を押して歩かせる。

 

「一番に生まれたのはこのあたし! ありがとね、ゴーロ」

 

「オ安イ御用ダ!」

 

 胸を反らしてふんぞり返るイゴーに、わたしと夕立もお礼を言って自分の家へと目指す。

 

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