雪風に転生しました。これより深海棲艦の指揮に入ります! ……どうして?   作:氷水メルク

28 / 34
状況開始

 

 海原に立つのは二匹の艦。

 それとも獣だろうか。

 片や艦娘、片や深海棲艦。

 人類の味方と人類の敵。

 本来相容れない二つの存在が、静かに波打つ水面の上に佇んでいた。

 

 少し灰色がかった荒れた空。

 夕立は艤装の調子を確かめてから、ゆっくりと呼吸を行う。

 

「今カラデモ演習弾ニシテイイゼ?」

 

「変えて欲しいなら変えるっぽい」

 

「マサカ」

 

 お互いに軽口を叩く。

 今回の演習、夕立には実弾を譲れない理由があった。

 

 過去ばかり見ていても、明日は必ず来る。

 春雨を引き摺ったままじゃ誰も守れない。

 白露が、時雨が、身近な艦娘たちが沈むことになる。

 

 悪雨に言われた通り、夕立は悪雨に春雨を重ねていた。

 だからこの島に来た時には本当に驚いた。

 春雨が深海棲艦の姿をして生きていたのだから。

 

 でも話してみてすぐに分かった。

 悪雨は春雨ではない。

 春雨とは、似ても似つかぬ性格すぎる。

 それでも心の奥底では、きっと重ねていたのだろう。

 悪雨を春雨として見ていたのかもしれない。

 

 だから悪雨と戦う。

 もう春雨と重ねないためにも。春雨を引き摺らないためにも。

 

 夕立は自分の連装砲を撫でる。

 中に込められた弾丸の重さが、夕立に語り掛ける。

 当たり所が悪ければ悪雨は沈む。

 そんな確かな実感が適度に心地の良い実戦の緊張感を与えてくれた。

 

 演習弾ではダメ。

 演習をしている気分が上回る。

 いつものように演習をして、当たったらただの笑いごとで済ませてしまいそうだから。

 だから実弾を所望した。

 

 夕立はチラリと砂浜で魂の入っていない時雨に目をやる。

 

「ガラクタナンカニ目ヲ向ケ──」

 

 ここぞとばかりに野次を飛ばす悪雨。

 そんな悪雨を夕立は見据えた。

 夏風のような心地の良い闘気を込めて。

 

 悪雨は言い掛けた言葉を飲み込み、代わりに音のない口笛を吹いた。

 

「楽シイハレノ日ニナリソウダ!」

 

「えぇ、楽しいパーティをしましょうっぽい!」

 

 心臓の音が聞こえる。

 世界がゆっくりと流れていく。

 夕立の身体は自然と戦闘の体勢へと変わっていく。

 そして、PT小鬼が状況開始の合図を鳴らした。

 

  *  *  *

 

 時は雪風が島へと帰ってきた頃より少し遡る。

 窓から入る日差しを受け、白露はゆっくりと身体を持ち上げる。

 ひとつ大きなあくびを零し、今見ている視界が少し高いことに気が付いた。

 

 眠り眼を手で擦り、白いシーツを手に取ったところで、昨日のことを思い出す。

 シロコに膝枕で眠った昨日の出来事を。

 隣りを見れば、赤ん坊のように包まった姿でイゴーがすぅすぅと寝息を立てていた。

 いつの間にベッドに、なんて考えることも無い。

 

 十中八九、シロコがベッドまで運んだのだろう。

 シロコに甘える白露を誰にも見せないように。

 一回で雪月たちの寝返りで踏まれないようにするために。

 

 シロコの気づかいに感謝してから、白露はベッドのすぐ近くに畳まれてある服に袖を通す。

 軽く伸びをしていると、ドタドタと慌ただしく階段を駆け上がる音が鳴り響いた。

 何事かと白露が音のする方へと目を向けると、水を得た魚のような勢いで、夕立が階段を駆け上ってきたのが見えた。

 夕立は白露を発見するとすぐに走り寄ってくる。

 

「白露おはようっぽい! 悪雨見なかったっぽい?」

 

 鬼気迫る勢いの夕立に白露は「タイム!」と手を突きだす。

 それから夕立の、悪雨を見なかったという発言について考えだす。

 

 どうしてまた悪雨を探しているのだろうか?

 昨日今日だ。

 夕立はまだ、悪雨に春雨の影を重ねているのだろうか? 

 

 昨日のあの様子から、たった一日で元気になるだろうか。

 まるで悪雨に言われたことなどとうに忘れてしまったかのよう。

 昔の、そのまた昔の夕立ならあり得たかもしれない。

 不安になった白露は探るように尋ねる。

 

「夕立、もう大丈夫なの?」

 

「大丈夫っぽい! 夕立、くよくよしてる場合じゃ無いっぽい!」

 

 それは果たして大丈夫なのか大丈夫じゃないのか。

 

 少しの間考えた後に、白露は夕立の目を見ることにする。

 目は口程に物を言う。

 その言葉を実感したことなどほとんど無いが、ある程度気持ちを読み取るのに最適だ。

 

 あの腐敗した鎮守府にいたころから、人の顔色を伺うのは慣れている。

 後ろめたいことがあるとき、陰りがあるとき、何かを隠しているときはすぐに気づける。

 気づけなければ、理不尽に暴力を振るわれるだけ。

 気づけなければ、姉妹たちを元気づけることは出来ない。

 

 白露は夕立の目を射抜くように見つめて息を飲む。

 

 その瞳は果たして、赤く煌々としていた。

 まるで冷たくも赤く燃えるルビーのように。

 到底現実から逃げるような子がする目じゃないと、白露は考えを改める。

 

(夕立には必要なことなのかも)

 

 白露は妹の成長の兆しに、口元を綻ばせて小さく拳を握る。

 妹が決めた以上、悪雨を探すことに反対は無い。

 白露は任せておけとばかりに胸を張る。

 

「見ては無いけど、あたしが一番に見つけてあげよう」

 

「ほんとっぽい!?」

 

「多分、今頃は食べ物を調達しに森か釣りに行っていると見たね」

 

「行ってくるっぽい!」

 

 夕立はまたもこうしてはいられないとばかりに、回れ右して駆け出す。

 階段を駆け下るその前に、白露にもう一度振り返る。

 

「時雨を外に連れ出してほしいっぽい!」

 

 外に?

 時雨を? 

 白露はまたも疑問符を浮かべる。

 聞き出そうにも夕立はもう居なくなっていて。

 何か考えがあるのだろう。

 艤装を着用した後に、白露は近くで蹲っている時雨を小脇に抱えた。

 

 *  *  *

 

「悪雨、海戦を申し込むっぽい!」

 

 家から出てすぐ、白露の耳に夕立の声が届けられた。

 どうやら特に労することなく見つけられたようだ。

 白露が声のする方へと走っていくと、海浜で釣りをしている悪雨に説得をする夕立の光景が見えてきた。

 

「夕立が怖いっぽい?」

 

「アァ、テートクガナ」

 

「深海の提督さん?」

 

 白露は今までの会話の流れが掴めなくて、夕立と一緒に首を傾げる。

 

「悪雨、それで夕立の海戦を受けてくれないっぽい!」

 

「アァ、断ル。ヤンナラテートクヲ説得シテクレ」

 

 普段なら歯茎を剥き出しにしそうなほど戦いに貪欲なのに。

 なのにその悪雨が海戦を断った。

 しかもその理由は雪風。

 白露はまたも疑問符を浮かべる。

 普段の光景を思い返してみても、悪雨が雪風を怖がるとは想像つかないからだ。

 むしろ大抵雪風が気づかずに悪雨の虎の尾を踏んで、謝罪までがいつもの光景と言っていい。

 どこに雪風を怖がる要素があるというのだろうか。

 

「夕立が怖くて嘘ついてるっぽい?」

 

「姉貴タチガ責任ヲ半分負ッテクレルッテンナラヤッテイイゼ」

 

 かったるそうに釣竿を肩にかけ、悪雨は魚の入ったバケツを持ち上げる。

 こうまでして断る理由は何か。

 仮に悪雨の言っていることを本当だとする。

 その場合、どうして怖いのかを白露は考える。

 すると過去に一度だけ、雪風が悪雨を怖がらせたのを思い出した。

 

「もしかして、資材を勝手に使うと怒られる?」

 

「アノ時ニ限ッテコエェーンダヨ。姉貴タチモ知ッテンダロ? テートクニハ勝テネェー」

 

 言われてみれば確かにと白露は思う。

 雪風は駆逐艦なのにたった一隻で空母の姫を落とす実力を持っている。

 あの時は深く考えなかったが、今にして思うとどうなるか。

 

 鬼や姫を一撃で大破する砲撃。

 魚雷を使えば空母や戦艦なんかも目じゃなく、その方法は槍投げ。

 相手が魚雷の効かない地上にいるとかは関係ない。

 しかも本人は姫の攻撃を受けても小破すらせず、いるだけで無限に資材が配られる。

 

 白露はここでようやく、雪風の異常性に気が付いた。

 

 なんだこの深海棲艦を滅するためだけに生まれてきたかのような艦娘は、と。

 

 今までの努力は何だったのか。

 仲間たちが深海棲艦と戦い、海域を奪い奪われを繰り返し。

 その力は深海棲艦の方が圧倒的で、駆逐艦の砲撃ですら戦艦に致命傷になるほどで。

 幾度となく無能な提督も含めて仲間たちが海に沈み。

 資材を得に海に出かけることすら命懸け。

 

 なのにそのすべてが、雪風で解決できる。

 

 流石に空爆は厳しいかもしれない。

 けれど雪風ならばそれすら耐え抜いて空母に接敵できるのではないかという予感すらある。

 なんせ姫の攻撃が直撃しても小破しないのだ。

 実は空爆を受けても平気と言われても、今更不思議に思えない。

 

 ここまで来るとなんで深海棲艦の提督なんかやってるのか、艦娘なんだから人類の味方をしてよふざけんなとすら思えてくる。

 しかも本人は大して大多数の人間に恨みがあるわけじゃない。

 せめて艦娘を虐げる鎮守府に居たくらいの重たい設定は無いのかと、白露は変な方向にまで思考が行き始める。

 

 世の中不公平だ。

 

 そんな不条理の塊である雪風だからこそ、悪雨は龍の逆鱗に触れることだけは避けたいのだろう。

 

「分カッタラ、テートクヲ説得スルンダナ」

 

「それでも夕立と海戦してほしいっぽい!」

 

「アノナー、夕立ノ姉貴」

 

「夕立が悪雨の分も謝るっぽい! 全部全部夕立のせいにしていいっぽい! だから夕立と海戦してっぽい!」

 

 夕立は悪雨に頭を下げる。

 流石にここまで訴えて来るとは思わなかったのだろう。

 悪雨は気圧されたのか、助け舟を求めるかのように白露へ視線を送る。

 

「あたしからもお願い! 夕立に海戦をさせてあげてほしい」

 

「……ッタク、シャーナイ。テートクニハチャント言ッテオイテクレヨ」

 

 悪雨は了承の意を示し、夕立と白露の隣を通り過ぎる。

 目につくすべてに食らいつく獰猛な野獣の笑みを浮かべて。

 

「ダガ、ヤルトイッタラヤル。手加減シテヤル。全力デコイ、艦娘」

 

「その舐めた態度をすぐに折ってやるっぽい!」

 

 *  *  *

 

 そうして場面は冒頭に戻る。

 PT小鬼の合図が鳴ると同時に水面が弾けた。

 先手を取ったのは夕立だ。

 

 本来演習はより実戦に向けた形式でやるものだ。

 艦載機や探知機を使用し、お互いに姿が見えないところから始まる。

 これは艦娘が相手とする深海棲艦は、性質上潜水艦でなくとも海に潜れる性質を持っているからだ。

 いつどこからか現れるのか分からない以上、臨機応変に対応する癖は身に着けておいた方が良い。

 そのため毎回とは言わないが、演習はお互いに見えない位置から始めるのが規則ともいえる。

 

 しかし今海戦においては別だ。

 夕立と悪雨、お互いに見える位置から始まっている。

 

 つまりは不意打ちや先手必勝等で、相手を崩す戦法が取れないのである。

 

 だからこそ夕立は、ゲートが開かれるのを待つ騎手のように。

 相手に考える隙を与えぬよう速攻を狙った。

 主導権を握るために。

 

 目標を悪雨に定めて大砲を手で固定。

 裂帛の気合を込めて引き金に指をかける。

 

 だが悪雨には通じない。

 直後悪雨の立っていた場所から、夕立の起こした波を大きく超えた津波が荒ぶった。

 まるで足元で爆発でも起こしたかのような。

 気づいた時には悪雨はもう正面に居て。

 

「オセェヨ」

 

 夕立に悪雨の声が届いた瞬間。

 

「沈メル気デ来イヨ!」

 

 夕立の腹部に意識が一瞬だけブレるほどの鈍痛な衝撃が襲い掛かる。

 夕立からしてみれば一瞬、刹那の出来事だった。

 反応なんてしている暇等ない。

 考える隙も無い。

 その隙に、悪雨は夕立に膝蹴りをしたのだ。

 ただズキズキと痛覚を訴える腹部を抑える。

 吐き出しそうになる胃液を押し戻す。夕立は次の攻撃に備えて前を見る。

 痛みに意識を向けている暇などもう無い。

 

「ホラッ、沈ムゾ? 沈ムゾ?」

 

 悪雨が楽しそうにバスターを撃ちまくる。

 海面に水の樹木が突き出るたび、振動が重く響き渡る。

 躱せば躱すほど狙いは正確となってくる。

 至近弾も積み重なれば洒落にならない。

 

 夕立は気づく。

 本気で沈めようとしてきているのだと。

 そこに後でドックに入れば良い、などという甘い考え方なんて無い。

 

 悪雨の迫力なんかに負けていられないと、夕立は冷静に距離を取る。

 

 絶対に負けられない。

 昨日偶々目撃してしまった白露の、自分の姉が誰にも見せなかった涙。

 今まで時雨を、夕立を、励ますのにどれほどの苦労を負っていたかは分からない。

 分からないがこれだけは言える。

 

 白露はいつも夕立たちを気に掛けてくれる自慢の姉だ。

 

 自分が苦しい時でも悔しい時でも、その姿をおくびにも出さなかった。

 いつもいつでも元気な姿で白露型に和みを与えてくれた。

 そんな白露が夜一隻で泣いてるなんて知ったら、いつまでもくよくよして甘えてなんかいられない。

 夕立もひとりの艦娘。ひとりの白露型。

 白露にもう大丈夫だと伝えるために。

 

「負けないっぽい!」

 

「オッ、ヤレバデキルジャネェーカ!」

 

 悪雨の猛攻の隙を突いて、夕立は反撃に転じる。

 僅かにだが、悪雨の動きに付いてこれている。

 この日まで悪雨と何度か演習をしてきたからだろう。

 このまま押し切ろうと一歩前に踏みでて。

 爆風に隠れた魚影を目撃する。

 

「魚雷っぽい!?」

 

 夕立は回避に専念する。

 直後、夕立のすぐ近くで爆風が吹き荒れる。

 次々に発射される魚雷に夕立は回避行動を取り続ける。

 

「魚雷ノ利点ハ相手ノ不意ヲ付ケルコト、威力ガ高イコト、ソシテターゲットヲ追尾スルコトダト思ウンダガナァ。ドッカノ馬鹿ハ威力ガ高イカラッテ投ゲルダトカ、接近シテ魚雷ブッパダトヨ。シカモ開幕雷撃。雷巡カヨ。無駄ニ命中精度良イノガマタ腹立ツゼ」

 

 悪雨の攻撃が鳴りやむ。

 魚雷によって生じた暴風が少しづつ晴れていく。

 水林の隙間を抜けて、悪雨の姿が見えた。

 

「悪雨サンハソウイウ頭ンネジ狂ッテンノハ苦手ダカラサ」

 

 夕立はすぐにでも察する。

 罠だ。

 

「正攻法デヤラセテ貰ウゼ!」

 

 もし魚雷を砲弾で対処しようものなら、逆に悪雨のバスターが火を噴く。

 魚雷を回避しようにも視界がクリアになっている。

 やはり悪雨から攻撃を受ける。

 ならば夕立に取れる選択肢はひとつのみ。

 

「開幕膝蹴りしてきた奴が言うなっぽい!!」

 

 艦じゃ出来ないことが何だ。

 大体、艤装の見た目だけ見れば足なんて無い癖に。

 悪雨も十分深海の提督さんに毒されている。

 

 夕立はそんな悪態を腹に押し込み、苦し紛れに悪雨へと引き金を引く。

 牽制をしてから回避する。それのみ。

 爆風によって服を焦がし、見た目上中破姿となった夕立。

 荒げた息を少しでも整えるように呼吸をする。

 肝心の悪雨はというと、攻撃が当たった様子はなく、涼しい顔で夕立を見下していた。

 深海棲艦はどうしてこうこんなにも艦娘と性能が違うのか、夕立は心の中で悪態をつく。

 

「ガッカリダ。モット当テル気デ来イヨ」

 

「やってるっぽい!」

 

「イイヤ、ヤッテナイネ。マサカ夕立ノ姉貴、マダ重ネテンジャアネェダローナァ?」

 

「違うっぽい! 悪雨は悪雨っぽい! 春雨とは!」

 

「止メテ夕立姉サン!」

 

「……ッ!」

 

「キヒヒヒヒッッ!! ホントニ表情ガ変ワッタナァ! ナラッ」

 

「止めろ! 止めろっぽい!」

 

 曇る夕立に悪雨はにんまりと悪い笑みを浮かべる。

 

「ナンデ助ケテクレナカッタノ? 私ガ沈ンダノハ、全部夕立姉サンノセイダヨ!」

 

 *  *  *

 

(心ノ弱サニ付ケイルノハ、性ニ合ワネェンダヨナァ!)

 

 春雨を偽りながら悪雨は、今の自分に舌打ちをする。

 

(ヤッパリ、マダ悪雨サンヲ春雨トシテ見テイタカ)

 

 春雨のような言葉で夕立を牽制、動きが止まったところで砲撃をする。

 いくらこの戦法が有効的と言っても、卑怯者、三下のやりそうな戦法だ。

 悪雨としてはもっと、バーサーカーのような。

 互いにぶっ壊れるほどの熱い戦い。

 それこそ夕日をバックに男と男が殴り合うかのような、そんな暑苦しい方が好きなのだ。

 夜戦であればもっといい。

 夕日がバックなのに夜戦なのは、気にしちゃいけない。

 

(悪雨サンハヨク知ラネェケドヨ。春雨ッテ奴ガ本当ニコンナコト言ウト思ウカ?)

 

 目も当てられない表情で、反撃することさえ諦め逃げ惑う夕立にそう思う。

 

 悪雨は春雨に愛される妹のようなイメージを持っている。

 主張こそ控えめなものの、ひとつの芯を持っている。

 守ってあげたくなるような、誰にでも愛される愛嬌があると。

 自分とまるっきり正反対な性格じゃないかと悪雨は感じていた。

 

 なお、そこへ独占欲が強めだとか性欲の魔人だとか殺人麻婆春雨CVジョージだとか、雪風からの情報がまた悪雨を混乱させる。

 ただ悪雨の中では、雪風の艦娘の話題にはどれも一貫性が無く、時雨も天才やら病んでるやら卑しか女やらオーガやらペットやら、変な情報ばかりなので当てにならないのだが。

 そもそも駆逐棲姫に対しても春雨みたい、ドジを踏む、調子に乗って痛い目を見る、とどこ情報なのか分からないことを言うので嘘をついているのは明白だろう。

 仮に白露がアホの子だとして、それより数千倍アホなお前はいったい何なのか。

 大切な友達にペットの印象を抱く雪風の艦娘話題は閑話休題。

 

(過去ヲ乗リ越エルンダロ? ナラ、コンナバレバレナ三文芝居程度サッサト乗リ越エロヨ!)

 

 姉妹のせいで海に沈み、怨念を振りまく妹を演じながら、悪雨は冷静に夕立を観察する。

 

「春雨を馬鹿にするなっぽい!」

 

 口での威勢こそ一丁前だが、それに伴う行動は見えない。

 戦況が良くなることも、悪くなることも無い。

 ただの現状維持。

 何にも変わらない。

 流石の悪雨も飽きてくる。

 

(アンマリコウイウ手ハトリタカネェンダガナァ。ワリィ、白露ノ姉貴)

 

 悪雨は砲塔の照準を夕立とは明後日の方向へと向ける。

 

「そっちは!」

 

「ミンナ一緒ニ沈モ? 白露姉サン」

 

 悪雨は白露へ連装砲を向ける。

 内心で謝りながら。

 ドン! 

 火薬が弾けた。

 息を飲む声。

 ゴォォーン!! っと、悪雨の耳に着弾の音が届く。

 

 だが音の発生源は砂浜からではない。

 悪雨の砲からでもない。

 どこかと探るまでもなく、悪雨の身体は大きく仰け反る。

 海面を滑る。

 ようやくか。

 悪雨は少笑する。

 視界の先。

 夕立の砲からは硝煙が上がっていた。

 

「もう誰ひとりとして沈めないっぽい!」

 

「私ハ沈メタノニ?」

 

「お前は、お前は春雨じゃないっぽい! いつまでも、夕立たちの妹を、貶めるなっぽい!」

 

 *  *  *

 

 あそこで夕立が悪雨を砲撃していなければ、今頃この世にはいなかった。

 

 夕立と悪雨、二人の激戦は過激なものとなっていく。

 もう一時間近く経過したのではないだろうか。

 それでもここに来てさらに動きを良くする夕立を、白露は見守る。

 決して口を出さずに夕立の行く末を。

 

 もどかしかった。

 夕立が悪雨と春雨を重ねていたのが。

 相手は自分の妹とよく似た姿をした深海棲艦だ。

 わずかに残ってあの地獄の日々を生き抜いてきた姉妹の一隻。

 自分が絶対に守るのだと決意した、大切な妹の一隻。

 そんなたった一隻しかいなかった、掛け替えのない妹と似た姿の深海棲艦。

 そんな深海棲艦と、今こうして実弾を交えて沈め合いをしている。

 

 いったいどれほどの傍観者が悲劇だと嘆くだろうか。

 皮肉屋、へそ曲がりならば笑うかもしれない。

 前の提督のような人の心が無い人間ならば、知るかと無関心を決め込むかもしれない。

 昔読んだ少年漫画の主人公ならば、踏み越えて強くなっていくのだろう。

 関係性を知っている者なら、単なるじゃれあいだと思うだろう。

 

 でも白露はどれでも無かった。

 白露はただ夕立を信じて待っていた。

 夕立ならば必ずまた前を向けるようになる。乗り越えられると信じて。

 そして夕立の、嘘も偽りも無い心からの明るい笑顔が、時雨の助けにもなるのだと信じて。

 

 ならば白露に出来るのは夕立を信じることのみ。

 

 しかし相手は深海棲艦の姫だ。

 そう簡単に戦える相手ではない。

 戦艦並の火力を有する砲撃、雷巡の如き雷撃。

 これらが駆逐艦の速度で飛んでくる。

 装甲や耐久力なんかも駆逐艦とは言え艦娘とは比べ物にならない。

 一般的な深海棲艦と違い、悪雨は装甲など過信しない。

 避けられる弾は無理なく回避行動を取る。

 怨讐の炎に支配されておらず、理性を持って動いてくる分、そこらの海域で出会う鬼や姫なんかと比べても遥かに強敵と言える。

 もはや深海棲艦と呼んでいい物かどうかの仕上がりだ。

 

「時雨、ちゃんと見て! 夕立の勇姿を」

 

「……」

 

「時雨!」

 

 夕立よりも心配なのが時雨だ。

 白露は時雨の肩に掴み掛かる。

 指が食い込む勢いで。強く時雨に言い放つ。

 

「そうしてたって山風は帰ってこない! いい加減前を向け!」

 

「……白露、僕は」

 

 時雨の言葉は相変わらず煮え切らない。

 夕立が過去を乗り越えようと頑張っているのに。

 なのにその勇姿を見ようともせず、俯いたまま。

 

「お願いだから。そんなんじゃ、あたしも夕立もいつか沈むよ!」

 

 いったいどうすれば時雨は心を開くのか。

 悪雨の言葉通り手を振り上げたところで白露は気が付く。

 

 何かがこちらに向かってきている。

 

 時雨から手を放し、白露は海戦をしている二人の邪魔にならないよう海に出る。

 もしかしてと近づけば三隻の艦娘が見えた。

 その内の一隻は爆風から二隻を庇う。

 悪雨と夕立、二人の海戦に手首を鳴らす仕草をしていたので、白露は一秒でも早く飛びつきに行く。

 

 なにせこの艦娘は、悪雨と夕立を止めるくらい訳無い、不公平すぎる性能をしているのだから。

 

「時津風、睦月、ちょっと待ってて。あの二人止めてくる」

 

「その待ってに待ったー!」

 

 そして白露の意図しないラリアットは雪風の首へ綺麗に吸い込まれた。

 雪風は悶絶した。

 

 *  *  *

 

 悪雨と夕立の海戦を音楽に、わたしこと雪風は白露からことの顛末を聞き終わった。

 なるほど。大体分かったような気がする。

 

 はぁぁぁぁぁーーーーーー。

 あのさぁ、ほんと何やってるの? 

 馬鹿なの? 

 わたしから言われるのは屈辱の極みだと思うけどさぁ。

 馬鹿なの? 

 

 必要なこととはいえ実弾で演習? 

 それも提督のわたしに無断で資材を使用? 

 

「あはは、わたしでも怒ることはあるんだよ?」

 

「それは何度も謝る! あたしたちが悪雨に無理言ったことだから! 悪雨は悪くない!」

 

「分かってるよ。分かってるけど善悪とか関係ないんだー。悪雨は家のルールを破った。この意味、海軍なら分かるよね?」

 

 わたしはこれを北条さんから教わった。

 悪雨もわたしがそうなるように望んでいるはずだし、わたしもああいう風になりたい。

 

「資材の無断使用及び実弾及び許可無しでの演習。艦娘を沈める気なのかなぁ? わたしに喧嘩売ってるのかなぁ!」

 

「お願い! 足りない分はあたしたちが――」

 

「悪雨が使用してるのは怨念だよ? 怨念と怨念の鉄と怨念の弾。深海棲艦の元であり、艦娘には猛毒なもの。わたしですら触れないんだよ」

 

 マイクラで考えると怨念は動物やモンスターを倒せば自動的に落としてくれるものだけど。

 艦これの世界でのモンスターと言ったら深海棲艦だよ?

 それこそわたしに喧嘩を売ってるようなもの。

 艦娘を倒せばいい深これ世界ともわけが違う。

 

 わたしの中じゃこの怨念はボーキサイトなんかよりも、よっぽど希少な資材なんだよ。

 ……流石に手に入らなさすぎだし、後で天の声に相談してみるけど。

 

「でも、どうせならもっと」

 

 今回のことについて、悪雨は悪雨なりに考えた動いた結果でもある。

 そこは汲み取らないと。

 本来、わたしがやらなくちゃいけないことだったし。

 わたしがさっさと時雨を立ち直らせてれば、夕立の歪に気づいてれば。

 むしろ悪雨には尻拭いをしてもらってるようなもの。

 

 別の方法があったとは思うよ。

 

 けれど当事者、夕立には夕立なりの考えがあって実戦という形式を取った。

 それに悪雨は応じた。

 なら提督として怒りはしても、止めるべきじゃない気がする。

 

 提督ならば仲間の背中を押すことの方が大切。

 そもそも規律規律って、ここは海軍じゃないから。

 むしろ海賊側だよね。

 なら多少なりとも緩くたって問題ない。

 怨念の紐はまったく緩めたくないけどね!

 

 帰りたいなんてぼやいてないで、さっさと帰れば良かった。

 わたしは白露の説明を受けて海に向かう。

 

 どっちを応援するかなんて決まってる。

 吸い込む。

 肺いっぱいに空気を。

 そして心のままに声を張り上げる。

 

「わーるーさーめー!! 負ーけーるーなー!!」

 

「はっ?」

「ハッ?」

 

 白露と悪雨がシンクロした。

 夕立との激戦の中で悪雨がわたしに身体を向けた。

 だからわたしは親指を突きあげる。

 

「楽しんできて!」

 

 悪雨が最初にして見せたのは困惑顔。

 言われたことを飲み込み咀嚼する、その段階での表情。

 次に見せたのは楽しそうな顔。

 全身から喜びのオーラが溢れてる。

 

「……キヒヒッ、キヒヒヒヒヒッッ!! ダソウダ、夕立ノ姉貴! ワリィガ、コッカラ先ハモットギアヲ上ゲサセテモラウゼ!!」

 

 おぉ、悪雨見て分かるほど高揚してる。

 大体一時間程度経過してるはずなのに。

 その悪雨に食らいつける夕立。

 いったいどれほどの演習を重ねてきたんだろ。

 

 ゲーム的に考えるのなら、一戦一戦夜戦が発生してる時点で、一時間なんて生易しい時間で行われてるわけじゃないのは分かってるけどさ。

 任務の演習だって、夜戦含めれば十日間経過してるような気がする。

 

 わたしは腰を降ろして夕立と悪雨の戦いを眺める。

 それから時雨と白露に目を移す。

 

 優しさだけじゃ、共感だけじゃ、人を救えないね。

 夕立と悪雨。

 艦娘と深海棲艦の戦い。

 甘やかすだけが人のためにはならない、ね。

 ……ありがと、悪雨。

 

 ゴロゴロと空が鳴り始める。

 ぽたぽたと雨が降り、海も段々と荒れてくる。

 

「伊5679!! マガツチー!!」

 

 わたしが呼ぶとすぐ後ろの林から、マガツチがイゴーを抱えて現れる。

 

「雪風ー呼ンダカ?」

 

「駆逐艦ガ私ヲ顎デ使ウトハ。ドウシタマスター」

 

「いつからサーヴァントになったの、マガツチは」

 

 最初こそ尊大な態度なのかと思ったのだけど、最近は中二病なのかと思うようになった。

 見た目だけで言えば加賀さんっぽいのにね。

 声質はわたしと似てるからちょっと複雑。

 コホンと、わたしは咳払いをして感情を戻す。

 それから悪雨と夕立の海戦を指さす。

 

「悪雨側で加勢してきて」

 

「……雪風、頭ダイジョブカ?」

 

「……フフフハハ!! ドウシタ駆逐艦! 中々面白イコトヲ考エルデハナイカ!」

 

「じゃ、よろしくー。当然実弾で。あとついでに悪雨の補給もしてきてあげて。それとマガツチ、今度駆逐艦呼びしたら雷落ちるから」

 

 わたしの意図を組んだ様子のマガツチが高笑いしながら、頭にハテナを浮かべた様子のイゴーを連れて、工房へと駆けてった。

 わたしの行動に真っ先に噛みついたのは悪雨だった。

 

「テメークソテートク! 悪雨サン応援シテオキナガラドウイウ了見ダ!」

 

「悪雨に乗ったんだから! これくらい良ーでしょー!」

 

「夕立ノ姉貴、冗談抜キデ沈ムゾ!」

 

「いーよー!」

 

 悪雨は怪訝な顔でわたしを睨みつける。

 衝撃波が鳴りやむ。

 夕立も驚いて攻撃の手を止めた。

 

 これくらいやった方が良いよ。

 むしろこれくらい徹底しないと。

 

「艦娘、沈メタクネーンジャナカッタカ?」

 

「どう答えを返そうかなぁ……」

 

「イヤ、分カッテイルゼ。分カッテル。テートク、本当ニ良インダナ?」

 

「だからいーよー」

 

 わたしの言葉に、悪雨は空を見上げる。

 

 雨はすっかりどしゃ降りで。

 傘を差そうものならすぐに裏返り骨組みまで壊れそうなほど。

 

 何かを堪えるかのように、悪雨は一呼吸置いて顔を落とす。

 そこにあったのは無機質な顔。

 戦いを楽しむいつもの悪雨の顔じゃない。

 冷酷な深海棲艦としての顔がそこにはあった。

 

 ドンと放たれる砲弾。

 そこには明確な殺意が込められてた。

 

「ゆーきーかーぜ!!」

 

 全力ダッシュしてきた白露が絶叫にも似た悲鳴を上げる。

 雨に濡れたその拳で、わたしの胸倉に掴み掛かってくる。

 

「冗談でもやっていいことと悪いことがある!」

 

「ねー、姉妹がひとり沈むね」

 

「雪風は艦娘側じゃなかったの。これじゃ!」

 

「……」

 

 わたしは白露の手首を持てる全ての力を込めて逆に握り返す。

 痣が出来るかもしれないけど。

 痛いよね。ごめんね。

 でもわたしは白露の手を引き剥がす。

 

「遅かれ速かれ一緒だよ。どーせみーんな海の底」

 

 わたしは言いながら白露から時雨に視線を移す。

 これでもダメ。

 白露がフッと軽く息を吐いた。

 

「上等、先に援軍を出したのそっちだから!」

 

 わたしに捨て台詞を吐いて、白露は時雨の腕を引っ張る。

 でも時雨は動かない。

 動こうとしない。

 

「時雨! いい加減目を覚ませ馬鹿! 雪風のせいで夕立が沈むよ! またあたしたち、大切な妹を失うんだよ!」

 

「……雪、どうして」

 

「もういい。雪風も時雨も勝手にしろ!」

 

 初めから艤装を背負ってた白露が大海原へと漕ぎだしてった。

 そうやって時間を潰してるうちに、マガツチとイゴーも悪雨側に加勢する。

 これで夕立たちは、空母と潜水艦と駆逐艦の姫級を三人も相手にしないといけなくなった。

 普通に考えて詰んでるね。

 転生者、異能力者とかでもない限り、この状況をひっくり返す方法なんて無い。

 どうあがいても夕立たちは沈む。

 この島は少し寂しくなるなぁ。

 

 悪雨からすればせっかくの楽しみに水を差された気分でしょうね。

 夕立との交戦を止めてため息をつく。

 

「コリャ、前ノ白露ノ姉貴ノテートクノ方ガ正シカッタミテェダ」

 

「どういう意味っぽい」

 

「分カンネェーカァ? 山風ダカナンダカシンネェガ、ソノ山風ッテ存在ハ身体ヲ蝕ム病源菌カ何カカ? ソウイヤテートク曰ハク、禍イヲ振リマキ憎シミヲ伝染サセル怨念ノ集合体ハコウ呼バレテルンダッタナ、深海棲艦ッテヨ。面白レェ、最初カラアノ鎮守府ニハ深海棲艦ガ居タワケダ」

 

「山風まで馬鹿にするなっぽい!!」

 

「ダトスルトオカシィナ、ソノ山風ッテェノハ深海棲艦ノクセシテ人間ニ奉仕シテヤガッタノカ。オーン? コレハオカシイ。意味ガワカンネェ」

 

 ここぞとばかりに悪雨は手をポンと叩いて続ける。

 

「ソウカ、ソウユウコトカ、近クニイル艦娘ガソレシカ出来ネェカラ。ソレガ挨拶ダト勘違イシタワケカ! コリャ傑作ダ! 艦娘ハ揃イモ揃ッテ娼婦集団ッテコトカ! キヒ──」

 

 おっと、手が滑った。

 悪雨のすぐ正面まで雨を泳いだ魚雷が爆裂した。

 当たらなかったなんて、幸運だね、流石わたしの艦隊だね。

 悪雨がわたしに指を突きつけて抗議する。

 

「テメークソテートク! ドッチノ味方ダ! アッブネェーダロォガ!」

 

「イゴーに悪影響が出たらどーするの! あと、それだとわたしも娼婦ってことになるから訂正して! しれぇは娼婦じゃないって訂正して!」

 

「ヤカマシイ! セメテ砲撃ニシヤガレ幸運艦! テートクノ魚雷ハ訳ガチゲーンダヨ!」

 

「あと、山風はせいぜい生まれてくる価値が無かった程度に収めて!」

 

「メンドックセーナコノ艦娘テートク。生マレル価値クレェハアッタダロ」

 

「無い!」

 

 だって投獄されて姉妹の時間奪って、時雨の心を沈めて。

 山風に価値なんて無い。

 

「いつまでもいつまでも時雨が塞ぎこんだ原因なんかいらない!」

 

「ダカラ価値アルッツッテンダローガ!」

 

 どういうこと? 

 ……あぁそういうこと。

 艦娘の身体にいつまでもしがみ付いて弱体化させる。

 深海棲艦的には生まれた価値あるかも。

 

「雪!」

 

 何やら激昂した雰囲気を醸し出した時雨がわたしの胸倉を掴んでくる。

 

「君には失望したよ。さっきから好き勝手言って。僕達にとって山風は大切な妹なんだ。馬鹿にするなら例え雪でも──」

 

「どこが! むしろ一番大切にしてないのは時雨の方でしょ!」

 

「君に何が分かるんだ!」

 

「ならそーやって、いつまでも閉じこもってればいーよ! その内に夕立が、白露が、時津風が、睦月が、鎮守府のみんなが。沈むかもしれないけどね!」

 

 わたしはまたも乱暴に時雨を引き剥がす。 

 そしてドンとお腹を押し出す。

 わたしは多分、今かなり冷たい目をしてると思う。

 前の鎮守府のこと? 心が死んだこと? 

 そんなの知らない。知ったことじゃない。

 少なくともその原因となった鎮守府はもう無いのだから。

 わたしは表情を取り繕うことすらせず、貫くように時雨を睨みつける。

 

「今度は夕立が沈むけど良かったね! また逃げる口実(こーじつ)が出来た。だいじょーぶ、寂しくないよう次は白露の番! 時雨が目を向ける相手がどんどん増えてくよ! これでまだ、生きてる可能性(かのーせー)のある山風を考える必要(ひつよー)なくなったね!」

 

 時雨は見開いた目でわたしを見る。

 表情はまだ死んでる。

 表情筋が動かなくなってるのかな。

 それでも奥歯を噛み締めるように口元は震え。浜の砂をぐっと握り締めた。

 

「……僕は……僕は!」

 

「時雨一隻で状況(じょーきょー)が変わるわけないけどね」

 

 わたしはほとほと嫌気が刺したよ。

 今の時雨は尋常じゃないくらい面倒くさい。

 そして艦娘を名乗る資格すらない。

 夕立が物凄い形相でこちらに全速前進してくる。

 

「時雨!」

 

「止マレ、夕立ノ姉貴」

 

「そこをどけっぽい! その艦娘に化けた深海棲艦を、夕立は!」

 

 良いところに夕立が来た。

 わたしは自分の手にある連装砲、その照準を夕立に定める。

 

「今まで楽しかったよ、夕立!」

 

「止めろオオオオォォォォォォー!!!」

 

 時雨がわたしに飛びついてくる。

 でも艤装を背負ってるわたしに敵うわけがない。

 せいぜい一度目の照準がずれる程度。

 今度の二発目は外さない。

 時雨がわたしの砲撃から夕立を庇うように飛び出す。

 

「……良いよッ、乗ってやる! 雪には僕たちに土下座で謝ってもらうから!」

 

「弱い犬はすぐに吠える。艤装ならもう修理(しゅーり)終わってるはずだよ」

 

 わたしは連装砲をその辺の海浜に放り投げる。

 これでも魚雷以外で夕立たちに危害を加えることはできないよ。

 時雨はわたしを睨みつけると、工房の方へと駆け出していった。

 

 ……もう、大丈夫そうかな。

 はあああああぁぁぁぁぁっと、どでかい溜息を吐く。

 こういうのわたしの柄じゃないんだけど。

 体育会系ってほんと苦手。

 何でもかんでも根性でどうにかなるわけ無いし。

 どこぞの頑張れ頑張れ絶対できるってやれる気持ちの問題だ、でお馴染みの実在現人太陽神様も根性論否定派閥だしね。

 

「夕立。もう分かってる通り、春雨や山風は居ない。みんな海の底、もしくは深海棲艦に成り果ててるかもしれない。それでもどう? 前を向いてられそう?」

 

「……そんなの決まってるっぽい! 結局、夕立がくよくよしてる姿なんか、春雨も山風も望んでないっぽい! それに、悪雨と改めて戦って分かったぽい。悪雨は春雨とは全然似てないっぽい!」

 

「それは良かった。どっちかっていうと江風らしいし」

 

「夕立はもう吹っ切れたっぽい!」

 

 ……良いね。

 第一印象では一番やさぐれてたけど。

 やっぱり夕立はこうじゃないと。

 明るく元気なみんなのムードメイカーぽ犬。

 

「じゃあやってよ! 流石に駆逐艦二人じゃ厳しーもんね。うーん、そーだ! じゃあ悪雨を大破させてみてよ! マガツチとイゴーは小破(しょーは)! どれかひとりでも出来たらそっちの勝ち! 今までのことちゃんと謝るよ!」

 

「目に物見せてやるっぽい! それから」

 

 夕立は海戦の続きに戻ろうとする前に、背中で語り掛ける。

 

「山風が生きてるかもしれないって、夕立にははっきりと聞こえたっぽい。後で、詳しく聞かせてもらうっぽい!」

 

「それで塞ぎこむ?」

 

「そんなわけ無いっぽい! むしろ時雨を叩いてやるっぽい!!」

 

 そう言って夕立は三人の姫に挑んでいく。

 幻覚かな、夕立がキラキラしてるように見える。

 流石の悪雨も、戻る最中に攻撃をするのは自重したみたい。

 ……ふぅ。

 わたしは再度砂浜に腰を降ろし、深海棲艦と艦娘の海戦を見守る。

 

 とんだ茶番だよね。

 さっきまで本気で殺し合いをしてたのに。

 時雨が居なくなった途端に、適当に海戦してる風を装ってるんだから。

 悪雨もイゴーもマガツチも、相手にまったく弾を当てる気が無い。

 躱せると判断した時だけ狙い弾を撃ってる。

 至近弾すらない。

 夕立と白露は本気でやってるみたいだけど、それでも動きが雑い。

 駆逐艦の弾なんか当たっても痛くないと割り切ってるのか、直撃を狙いに行ってる。

 

 まるでお互い、ようやく時雨が立ち直ったかと愚痴を語り合ってるみたい。

 

 もう夕立も、時雨も、大丈夫だからかな。

 この海戦、元々二人が前を向いて明日を迎えるためのものらしいし。

 目的が達成した以上、本当はもう続ける必要ないんだよね。

 

 でも実弾を使用してるんだからあんまり無駄遣いしないでよ。

 資材が大変なことになる。

 

 わたしは頭を抱えてその場で蹲る。

 はぁ……。

 罪悪感で胸が潰れそう。

 わたしはなんてことを。

 嘘とはいえわたし艦娘を沈める発言をした。

 もういや。

 嫌われるよね、絶対。

 

 例え白露が、夕立が、嘘だと気づいてたとしても。

 死者を貶める発言をしたことに関してはちゃんと謝らなきゃ。

 

「ゆ、雪風ちゃん……」

 

 意気を消沈させたわたしに睦月が恐る恐るといった様子で話しかけてくる。

 だからわたしは顔だけ向ける。

 

「……どーしたの?」

 

「……雪風ちゃん、ほんとに嘘つけないんだね」

 

「そんなに分かりやすかった?」

 

「仲間のことが大切って気持ちはよく伝わってきたよ」

 

 睦月が何の警戒心も無くわたしの隣に座ってくる。

 

「でも、そういう深海棲艦の提督が居てもいいかも」

 

「昔時雨に似たこと言われたよ。覚えてるかどうか分からないけど。君が深海棲艦のしれぇになったとしても。君はちゃんとした艦娘なんだからってね。例え鎮守府の艦娘が沈みたがっていても、絶対に沈めないでとも言われたっけ」

 

「時雨ちゃんとの約束、守ってるんだね」

 

「守れてたら、時雨の心は沈まなかった。しれぇとして艦娘との約束、破っちゃったから。わたしはまだまだだなぁ」

 

「そうかな? 睦月はそうは思わないよ。雪風ちゃんは雪風ちゃんなりに、沈んだ艦を助けたんだから」

 

「でもそれじゃダメなんだよね。深海棲艦の提督なんだから」

 

「あはは、ほんとだ」

 

 そんな風に睦月との会話に花を咲かせてると、艤装を背負った時雨が戻ってくる。

 ので、わたしは睦月を人質に取る動作をする。

 すっかりいつもの調子に戻ってしまったわたしには、何にも返しが思いつかない。

 というかさっき武器放り投げちゃったよ!?

 こんなところで魚雷爆破させるわけには行かないし。

 えっと、なんて言おう。なんて言おう! 

 

「雪は相変わらず、分かりやすいね」

 

「えーっと」

 

「でも、それはそれとして山風を貶め、夕立たちを沈める指示を出したのは許さない!」

 

 時雨は大海原へと飛び出していった。

 わたしの言葉を嘘だと断言して。地味にわたしの心を抉って。

 全部時雨のためにやったことなのに。

 これで良かった。これで良かったはずなのに。

 なのにどうしてかな。

 

「しれぇとして誇らしく思えない」

 

「い、良いことだよ! 雪風ちゃんは嘘つけない良い子なんだよ!」

 

「だから良い子じゃダメなんだよぉ!」

 

 良い子、これは特に特徴が無くて適当に誤魔化すために使われる免罪符のひとつ。

 気が付くとアッカリ~ンしてるんだ。

 

 わたしは本格的に戻った海戦から視線を落とす。

 そんなわたしの頭を睦月は撫でてくれた。

 なお時津風は後ろでわたしを指さして大爆笑してた。

 今回のことで一番口を出せずに怪人百面相をしてたのは時津風なのに。

 

 雨も上がってきたみたい。

 豪雨は長く、続かない。

 時雨風に言うなら、雨はいつか止むね。




夕立「そういえば悪雨ー、楽しい晴れの日にはならなかったぽいね!」

雪風「ハレの日、というのは日常の特別な日を指す言葉で晴れた日って意味じゃないんだよ! 祭りとか祝日って意味! ちなみに何でもない普通の日はケの日って言うよ! ケガレって言葉もあるみたいだけど、雨の日とか不浄な日を指すらしくて、わたしには良く分からないや!」

白露「悪雨さぁ、雪風に染められてない?」

悪雨「ホットケ」


~また別の日~

雪風「幸運艦なのに不公平、幸運艦なのに不公、平。フフッ」

白露「趣味といい雪風ってなんかおっさん臭いよね」

雪風「ガーン(꒪д꒪II」



 なんてことがあったり。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。