雪風に転生しました。これより深海棲艦の指揮に入ります! ……どうして?   作:氷水メルク

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交渉()

 

「ほんとにあった!」

 

 深海棲艦の溢れ出る怨念が海を赤く染め上げる現象。

 変色海域。

 スランプに悩まされた芸術家がキャンパスに赤い絵の具をぶちまけたかのような。

 水平線の彼方まで赤く染まりあがっている。

 

 わたしが変色海域を見たのはこれで二度目。

 一度目は軽巡棲鬼が作り出したあの時。

 こうして変色海域と通常海域の境目、境界を見ることは無かったのだけど……。

 

 どうなってるのかな、これ。

 

 まるで結界。

 この先から世界は違うのだと証明するかのように。

 ここから先は踏み込めば命の保証は出来ないと表明するかのように。

 定規で引かれた線のように、海はビシッと直線を描いて別けられてる。

 まるで鳥居みたい。

 

 一歩足を踏み入れる。

 途端、世界の法則が書き換えられた気がした。

 

 なんだろう、このなんとなぁく嫌な空気。

 入ったことは無いけど、心霊スポットに行ったらこんな気分を味わうのかな。

 不可解で言いようの無い怖気にわたしは背筋を撫でられたかのような気がして、自分の身体を抱く。

 

 そういえば、幽霊の正体は 18HZや19HZの低周波とかなんとか。

 深海棲艦は周波数でテレパシーを行えるから、常に微弱な低周波が出てる可能性も。

 そんなわけないか。

 あれでも、わたしのところに居る深海棲艦って怨念を自然発生させる機能を取られてるんだっけ。

 

 何よりこの変色海域は違う。

 軽巡棲鬼と鎮守府に攻め込んだ時も変色海域だったはず。

 なのにこう何か、根底が。

 多分、軽巡棲鬼の変色海域はあくまで鬼だからなのかも。

 

 だからこの変色海域の先には、姫以上の深海棲艦が居るのかも。

 

 何でも良いけど、地獄のひとつに血の池地獄を連想する。

 詳しくは知らない。

 知りたくもない。

 

「アハハ! 雪月コノ環境好キ!」

 

「ウフフ」

 

「オイ雪月! 一番ハコノアタイダ!」

 

 変色海域の上を楽しそうに滑走する深海棲艦ズ。

 わたしは居心地の悪さを感じるんだけど。

 深海棲艦ズはわたしと真逆の感想らしい。

 修学旅行で親元を離れ、観光地を巡る小学生のようにピョンピョン興奮した様子。

 

「待って!」

 

 興奮しすぎて雪月とイゴーがわたしより前に行こうとする。

 隊列を崩すのは良い……、いや良くは無いけど! 

 逸れるのだけは勘弁して! 

 手を伸ばすわたしだけど、どうにも身体の調子が悪い。

 

 艤装は問題ない。

 

 問題なのは身体。

 呼吸が荒い。

 そう、例えるなら夏場の雨の日の湿気が纏わりつく感じ。

 トカゲが急に体温を下げられると動けなくなるように。

 環境が急に変わったせいでわたしの身体が鈍くなってる。

 

「雪月! イゴー! 待って!」

 

 そう呼びかけるわたしの隣を風が通り抜ける。

 

「お願い御潮、止めて!」

 

 わたしの声に風は、──御潮は静かに頷いたような気がした。

 御潮はテンションマックスでわたしの声など届いてない二人の首根っこを掴む。

 ぐえっと二人は潰れたカエルのような声を出して動きを止めた。

 ありがとう、御潮。

 

「二人とも、わたしたちの目的は深海棲艦の元ともいえる怨念の回収(かいしゅー)だよ! 良い環境(かんきょー)なのは分かるけど、固まって行動(こーどー)するように!」

 

「司令官、大丈夫?」

 

大丈夫(だいじょーぶ)だから気にしないで。これでも深海棲艦のしれぇだからね!」

 

 膝に手を置き、少し呼吸を荒くしながら額の嫌な汗を拭う。

 そして一度大きく息を吐いて整える。

 

 むしろ、わたしがこの程度で済んでるのは深海棲艦の特性も持ってるからだと思う。

 なんとなく分かる。

 わたしが鈍くなったのは環境の変化だけじゃない。

 

 この世界の環境そのものが生あるものを否定するように出来てる。

 この感じ、前にも……。

 そう、初めて島に降り立って怨念を触った時に感じた時の。

 あの時のように怨が自分を取り巻き、侵食するほどの酷い物では無いけれど。

 

 寒い。寒い。寒い。

 魂までもが凍えそうな冷気に、わたしは身体を震わせる。

 

 この世界の艦娘、こんな艦娘に対して怨念をぶちまける領域に居てまともに戦えるのかな? 

 それとも日本神話の神様は人間の目には見えないし触れないのと同じように。

 艦娘と深海棲艦、二つの存在なら踏み入れる場所に、人間の魂を持ってるわたしだからこそ、こんな状態になってるのかも。

 

 なんてつい、変な方向に思考が飛ぶ。

 

 明らかに拒絶の意思が強すぎるよ。

 ……色々と考察したいことはあるけど、今は置いておこう。

 そこに思考を割いたら、どこかしらでケアレスミスをするのがわたしだから。

 

「雪月、イゴー、二人にはもう少しだけゆっくり動いてもらうね。ごめんね」

 

「コッチコソ司令官ノ言葉ヲ聞カナクテゴメンナサイ」

 

「ジャアアタイガ先頭ニ出ル! ミンナハソノ後ロヲ!」

 

「……」

 

「ユ、雪風ニ従ウヨ」

 

 み、御潮の目が怖い。

 イゴーの我儘を眼力で黙らせた。

 なんだろう、この無言の圧。

 大丈夫だよ、イゴー。

 わたしにも御潮の後ろに不動明王が見えてるから。

 

 わたしはなだめるように御潮の頭を撫でてから、改めて音頭を取って先頭を進む。

 

戦闘(せんとー)にならないと良いんだけど」

 

 変色海域内なら怨念はどこからでも取れるけど……。

 勝手に侵入して勝手に怨念を取ってくのは、変色海域を作り出した深海棲艦に不信感を持たれてしまうかもしれない。

 言うなれば勝手に縄張りに入ってきて、何か好き勝手するようなものだから。

 

 敵対しないためには、交渉をした方が早いとは軽巡棲鬼の言。

 でも軽巡棲鬼の前例があるから。

 鬼級以上とは絶対に戦闘にならないという保証が無いのよね。

 

「そのためのこれだけど」

 

 わたしは期待を込めた目で持ってきたドラム缶に目をやる。

 帰るときにはこれが全部怨念に変わってればいいなぁ。

 

「見テ見テ司令官! 悪雨ガイルニャシィ!」

 

 雪月に肩を叩かれて指さす方向を見る。

 本当だ、駆逐棲姫。

 でも、わたしたちの家にいる駆逐棲姫とはだいぶ雰囲気が違う。

 じっとわたしたちの存在を無機質な、ゲームで見る彼女のような、抑揚のない目。

 わたしのよく知ってる方の駆逐棲姫。

 

 いや、良く知ってると言ってもこの場合ゲームや動画の方で、わたしの良く知ってる駆逐棲姫はあの夜戦夜戦寝る直前で騒ぐ秘書艦になるんだけど。

 

「ドコヘ行ク気?」

 

 駆逐棲姫は深海棲艦の艦隊から外れて、わたしたちに話しかけてくる。

 その一挙手一投足の動きから、警戒が見て取れた。

 少しでもわたしたちが不審な動きをすればすぐにでも海戦が始まる予感がする。

 

 わたしは周りに目をやる。

 やっぱり変色海域。

 

 どこもかしこも深海棲艦の群れ、群れ、群れ。

 まるで軍隊アリ……は言い過ぎかな。

 数えるのも億劫。

 その嫌になるほどの深海棲艦たちが、砲身を持ち上げてわたしたちに興味を示す。

 正直ちょっと羨ましい。

 

 御潮が滑走してわたしより前に出る。

 

「ウフフ、ワタシタチノ怨念ガ足リナクナッチャッテ。アナタタチノボスニ融通シテモラエナイカ交渉ニ来タノ」

 

「ソウ。ソノ中身ガ?」

 

 駆逐棲姫がわたしたちの持つドラム缶に指さす。

 良かった話し合いに乗ってくれた。

 

「ソウヨー」

 

 御潮は言いながらドラム缶の蓋を取り、その中身を開示する。

 わたしたちは会話を御潮に任せて行く末を見守る。

 

 わたしが会話をしても会話にならないし、同じ深海棲艦が話せばある程度相手側も聞いてくれる。

 軽巡棲鬼からそのように助言をもらってた。

 御潮が。

 わたしは何にも聞かされてないよ、提督なのにね。

 

「ソレ全部?」

 

「ソウヨー。家ニ帰レバモットアルノ。ダカラ怨念ヲ分ケテチョウダイ」

 

「少シ時間チョウダイ」

 

 駆逐棲姫が自分の頭に手を置く。

 表情が動いてる辺り多分通信してるのかな。

 やっぱり良いよね、深海棲艦の超音波会話。

 しかも自由に周波数が弄れるみたいで、わたしたちの深海棲艦には聞こえてないみたい。

 人型のトランシーバーにもなれるんだから、深海棲艦ってずるいよね。

 

 ……んっ? 今何かが引っ掛かったような。

 こういう時はわたしより頭の良い人に考えてもらおう。

 

「ねぇ御潮、深海棲艦って繋がりたい相手と周波数(しゅーはすー)を弄れるんだよね?」

 

 ……。

 御潮は何も返事をしない。

 ただ駆逐棲姫と同じように、自分の頭に手を添えた。

 

「ナ! 雪月ノ方ガ司令官好キニャシィ!」

 

「アタイヲ子ドモ扱イスルナー!」

 

「……」

 

「司令官ノ無駄知識垂レ流シ?」

「雪風ノ無駄知識垂レ流シ?」

 

 酷い! 

 今、何をしたか分かった。

 何を言わせたのかも分かった! 

 分かったついでにわたしの心も傷ついた! 

 信じてたのに! 

 

「アレ?」

 

「アッ、待ッテ! 司令官違ウ! 違ウニャ!」

 

 御潮は何も言わずにわたしの隣に立つ。

 まるで自分は味方だと言わんばかりに。

 

「御潮、流石に分かるよ」

 

 わたしが少しムッとした声でそういえば、御潮は何でもない仕草で白い舌をチロリ。

 ……その姿を記念にスマホでパシャリ。

 後で朝潮型LOVE提督に送っとこ。

 特に深い意味は無いけど別世界だからこそ気軽に出来ることもある。

 

 抗議する雪月をなだめ、小首を傾げるイゴーの頭を撫でる。

 

 御潮もこういうイタズラするんだ。初めて知った。

 普段口数少ないけど駆逐艦(こども)っぽい一面を見れて少し嬉しい。

 わたしが言うのもなんだけどね。

 その後の対応にはちょっとばかし卑しさを感じるけど。

 

 もしくは気まぐれでそういう行動を取ったのか。

 

 まぁいいかと、再度わたしは御潮に問おうとして。

 

「あれ、なんだっけ。忘れちゃった」

 

 内容を忘れた。

 割と大切な話だったような気がするんだけど。

 大切なことだった気がしたんだけど……忘れちゃったよ。

 基本物忘れ酷いもんね、わたし。

 何を聞こうとしてたんだっけ?

 

「モウ話シテモ大丈夫?」

 

「アラー、ゴメンナサイ」

 

 わたしたちの一連のやり取りを見てた駆逐棲姫がひと段落ついたタイミングで声を掛けてくる。

 ごめんなさい、少し忘れてた。

 でも少しだけ、ほんの少しだけだけど、いつもの調子が戻ってきた。

 環境に慣れてきたとも言う。

 わたしの身体の変化を察してか、御潮はわたしの胸の中心を手のひらで撫でた。

 

「許シガデタ。コノ先ヲマッスグ行ケ。戦艦水鬼様ガ待ッテル」

 

「ありがとーございます!」

 

「下手ナコトヲハ考エナイデ」

 

 そう言って駆逐棲姫は艦隊に一声を掛けて、自分もその群れの中へと消えてった。

 ここに居る駆逐棲姫も良い人みたい。

 わたしたちも早く先を目指さないと。

 

「それじゃ行こっか!」

 

 *  *  *

 

 時刻はそろそろ三時を過ぎる。

 スマホをポケットに戻したわたしはあまり変化のない海に少し辟易としてた。

 本当にすごい数、深海棲艦がいる。

 まるでゾンビ映画みたい。

 唯一違うのは、わたしたちもゾンビたちの仲間で、ゾンビたちはわたしたちを見るだけで興味を示さないことかな。

 

「ネェネェ司令官! 司令官! アレモ鬼ナノカナ!」

 

 中には見知った鬼級の深海棲艦もちらほら。

 駆逐棲姫が下っ端として使われてるって考えるとね、

 どこの変色海域もこんな感じなのかな。

 それともここが特別なのかな。

 わたし艦これ詳しくないから分からないんだけど。

 もし、もしこんなにも姫や鬼が居たら、それこそ人類は人類で大丈夫なのかな、なんて思う。

 

 わたしはすぅーはぁーと深く呼吸をする。

 やっぱり艦娘には空気が重いよ、この環境。

 これからこの変色海域の主に出会うと考えると、それも含めて荷が重い。

 いつも新しい人に出会うとストレスが掛かる。

 

 なんて考えてても、進んでる以上必ずゴールには辿り着けるわけで。

 

「フン、ホントニ艦娘ガイヤガル」

 

 異形。

 それとしか形容しようの無いタイラントが待ち構えていた。

 目や鼻などの一切合切無駄な部位を削ぎ落したかのような二つの大口。

 鎖で繋がれたその巨腕は、まるでコロッセオから連れてきた剣闘士みたい。

 赤い。全身が血だらけになお活動停止することを許されない。

 二人が溶け合うように歪に、無理やりひとつの存在へと落とし込んだ、尊厳の無い姿がそこにはあった。

 まさに自由を求めるために無辜の民を何人も傷つけ、暴君へと堕ち、その結末が意志も無い奴隷という、ひとつの物語が思い浮かぶかのよう。

 

 わたしは知ってる。

 知ってるからこそ気圧される。

 あれは本当に艤装の一言で片付けて良い物なのかな。

 

「ガキハ嫌イダ。ヨウガアンナラサッサトシロ」

 

 そんな暴虐の化身を背に立ってる女性は舌打ち交じりにわたしたちを見やる。

 真っ白な雪の肌に良く映える漆黒のドレス。

 そう、誰だろうこの人がこの艤装の主。

 戦艦水鬼。

 MMDでは戦艦棲姫の方を良く見てきたけど。

 今こうしてみると後ろの迫力が強すぎる。

 

「ニャ、ニャー」

 

「ア、アタイ、全然怖ク」

 

 雪月は完全に委縮してしまってる。

 イゴーもすっかり震え上がってしまってる。

 御潮は唯一表情こそ普段通りだけど、その手は少し彷徨ってからわたしの手を握り締めた。

 ここは提督として、旗艦として、わたしが話さないと! 

 

「あの──」

 

「ダメヨ、水鬼。ソンナニ威圧シタラ話セル物モ話セナイジャナイ」

 

 ポチャンっと。

 荒れる波長を正すかのように、新しい波長が差し込まれた。

 

「ハァ……」

 

 戦艦水鬼はかったるそうに艤装に腰掛け、声の主に顔を向ける。

 

「コンニチハ、艦娘ノオ姉サン」

 

 あれは。

 かすかな息と共にわたしは目を見開く。

 戦艦水鬼の視線の先、そこへ居たのは二人の深海棲艦。

 

「ホッポハ北方棲姫。呼ビ方ハ何デモ良イワ。姫デモ深海棲艦デモ北方棲姫デモ」

 

 小さな小さな二本の角の生えた白い体躯。

 北方棲姫。

 あまり艦これを知らないわたしでも知ってる。

 だって深これに居るし、あまたのMMD作品においてその存在が出てこなかったことは無いほど人気の深海棲艦。

 まさかこんなところで。

 でも、わたしの知ってる性格とだいぶ違うような……。

 そしてもうひとりが。

 

「同ジクリトーダヨ、オ人形サン! アナタハドンナ悲鳴ヲ奏デテクレルノカナ!」

 

 ……えっとごめん、誰? 

 黒いゴシックロリータの衣装を纏った、わたしより少し大きいくらいの子ども。

 飛行場姫のような赤い滑走路を伴った艤装を見るに、空母なのかな? 

 でも深海棲艦の空母って滑走路とか基本的に持ってないよね? 

 

「リトチャン、ソノオ姉サンハ普通ノオ人形サントハ違ウワ」

 

「ソーオ? 全部全部一緒ダヨ! 全部全部、回シテ捻ッテ千切レレバ、ソレハモウオ人形サンデショ!」

 

「艦娘ヲオ人形ト侮ルノハ、リトチャンノ悪イ癖ヨ」

 

 このほっぽちゃんは何かうすら冷たい。

 言葉遣い、目線や手、あいさつの時にカーテシーをする仕草のひとつひとつ。

 ……この子、本当にほっぽちゃんなの? 

 わたしの知ってるほっぽちゃんは、むしろそっちのリトーと呼ばれた子みたいな感じなのに。

 

 ……。

 深海棲艦は基本的に何かの反転。

 なんとなく分かった。

 シロコはレ級に対するイメージの反転って考察があった。

 ということは、このほっぽちゃんももしかして、北方棲姫という概念に対する反転なのかも。

 ほっぽちゃんはわたしの顔をチラリ。口元に手をやりクスっと笑む。

 

「落チ着イタヨウデ安心シタワ」

 

 そういえば。

 自分が少しでも知ってる深海棲艦に会えたからか。

 それとも威圧感の無い外見だからなのかな。

 落ち着けたような気がする。

 

「オ名前ナンテ言ウノ! リトーハ離島棲鬼! コウミエテ元アイドルヲヤッテイタコトモ」

 

「リトチャン、嘘ハダメ。嘘ハダメダワ。怖イ閻魔様ニ舌ヲ引ッ張ラレチャウモノ」

 

「モー! 北チャンハ北チャンデ頭固イヨー! アト、嘘ジャナイモン!」

 

 こくりとわたしは唾液を喉に通らせる。

 誰にも気づかれない程度に小さく息を吐いてリトチャン? の質問に答える。

 

「わたしは陽炎型駆逐艦の八番艦、雪風です! お願いがあってここに来ました!」

 

 話を聞いてくれればまだこちらの物なんだけど。

 ほっぽちゃんは少し目を丸くさせてる。

 戦艦水鬼はあくびをしてて、話を聞いてくれてるのかもわからない。

 

「オ喋リスルナンテ珍シーネ! リトー欲シーナー! 四肢ヲ剝キ割レバ良イカナ!」

 

「リトチャン。冗談ハソコマデ。分カリニクイワ」

 

 冗談? 冗談なの!? 

 冗談にしてはかなり洒落にならないことを言ってたような。

 あれだけ戦艦水鬼の艤装にビビってたわたしの気持ちはどこへやら。

 なんか、急に和やかになったような気がする。

 怪物に幼女混ぜると場がふんわりするのって、本当のことなのかもしれない。

 

「ハァ、ガキ共ガ。邪魔ダカラアッチイッテロ」

 

 戦艦水鬼はほっぽちゃんとリトチャンに手を振ってから前に出る。

 

「マッタク、戦艦水鬼モ。復讐ノ焔ヲ灯ス化身ダカラコソ、品性ダケハ大切ナノヨ。ソレジャオ姉サン、後ロノ子タチヲ借リルワ。大丈夫、チョットオ話シヲスルダケヨ」

 

「リトーモ!」

 

「えっと、それじゃ御潮だけ残って。出来れば目の届く範囲でお願いします」

 

「ソーネ、心配ダモノ。北方棲姫ノ名ニカケテ、悪イヨウニシナイト誓ウワ」

 

 見た目が一番子どもっぽいのに、誰よりも大人をしてるような。

 でもさっき復讐の焔を灯す化身とか言ってたような。

 

「アナタノオ名前ハ何カシラ?」

 

「雪月ダヨ!」

 

「……イゴー! 潜水新棲姫ノ……イゴーロナク! 長イカラミンナイゴートカ、ゴーロッテ呼ブゼ!」

 

「ソウ、雪月チャントイゴーロナクチャンネ。良イオ名前ネ。ホッポ、覚エタワ」

 

 やっぱり笑顔の感じが子どもっぽくないんだよね。

 あどけない顔立ち、なんてものじゃないから分かりにくいのだけど。

 笑顔が酸いも甘いも知ったお姉さんって感じ。

 

 暁とか反転したらこうなるのかな。

 あと、イゴーの伊5679にちょっとした違和感があったような……。

 気のせいかな?

 

 っと、今はそっちに意識を割いてる場合じゃない。

 わたしはわたしでやることをやらないと。

 

「オイ、マズソノ願イトヤラヲ話セ」

 

 戦艦水鬼の高圧的な声がわたしの意識を引き寄せる。

 ほっぽちゃんとリトちゃんのおかげで、さっきみたいな緊張感は無い。

 二人の存在に感謝の念を送りながら、わたしは交渉を開始する。

 

「ありがとうございます。頼みというのは、その、怨念を融通(ゆーづー)してもらえないかなぁ……なんて」

 

 さぁ、どうかな。

 鬼が出るか蛇が出るか……鬼はもう出ていたね。

 戦艦水鬼はわたしの言葉を咀嚼するかのように、目を閉じ、つまらなそうにわたしたちを睥睨する。

 

「クダラネェ。好キニ持ッテイキヤガレ」

 

「良いん……ですか?」

 

「ウッセェ、沈メンゾ。ソレハ置イテケ」

 

 ドラム缶を指さした後、戦艦水鬼はもう興味を失ったとばかりにわたしたちに背中を向けた、

 良い……みたい。

 こ、交渉とは? 

 あまりにも簡単に行き過ぎて頭の中真っ白になっちゃった。

 わたしは御潮に視線を送る。

 

「……」

 

 御潮はわたしの視線に反応してひとつ頷きを返す。

 御潮も大丈夫だと判断したなら持って行こう。

 

「雪月、御潮、イゴー、怨念を取ってくよ」

 

 その前に。

 わたしは持ってきたドラム缶を、ほっぽちゃんとリトちゃんに渡す。

 

「アリガトウ。ボーキサイトハイクラアッテモ困ラナイモノ」

 

「同ジク! コレデ飛行機ブンブン飛バセルネ! 烈風ハ無イケド!」

 

 良かった、ドラム缶いっぱいに詰まった、ボーキサイトを持ってきておいて正解だった。

 軽巡棲鬼にもしもの時の交渉材料になるから持ってけって言われてたんだよ! 

 肝心の交渉にすらならなかったけど。

 いや、持ってこなかったら通されてない可能性があるかも。

 持ってくるのはどのみち正解だったってことね。

 

「デモ良イノカシラ? ホッポタチハコレデ艦娘ヲ沈メルワ」

 

「そこはですね」

 

「ソンナニ固クナラナクテ良イワ。肩ノ力モ抜イテ。言葉モ崩シテ大丈夫ヨ」

 

「えっと、それじゃ。わたしも思うところはあるよ。でも怨念が無いんだ。見ての通りわたしは艦娘だから。怨念を生み出せないから、仲間の深海棲艦を建造(けんぞー)することもできない」

 

 ほっぽちゃんはわたしの答えに目を開く。

 リトちゃんがはいはいと名乗りを上げる。

 

「デモソレッテオカシクナイ? 艦娘ヲ沈メルノニ思ウトコロガアルンデショ? ジャアナンデ深海棲艦ヲ建造シテルノ?」

 

 意外にもリトちゃんがわたしの解答に反応する。

 まぁ、いつもの質問だよね。

 もう何度聞かれたか分からない。

 

 大丈夫。

 もう自覚してる。

 わたしに隠し事なんてものはできない! 

 だからわたしたは今どのような状況なのかを話そうとして、

 

「ココハ任セテチョウダイ」

 

 御潮がわたしの身体を遮る。

 

「ワタシタチハワケアッテ鎮守府ニ帰レナイノヨー」

 

 と前置きをひとつおいてから語りだす。

 まず大前提として自分たちは艦娘を使った実験を見てしまった艦娘であると。

 実験内容は艦娘に深海棲艦の因子を与えて、深海棲艦を滅ぼそうとしてること。

 しかしそれらの実験はあくまで表向きで、本当は艦娘までもをこの世界から排除しようとしてること。

 わたしは、艦娘に深海棲艦の因子を与えて作られた唯一の成功例であること。

 だから艦娘なのに深海棲艦に襲われることが無いこと。

 でも与えられた深海の因子のせいで、こちらは深海棲艦しか建造できないこと。

 

 書類上、わたしの居た鎮守府は既に消されており、当然雪風の名前も無いため、人間全体で認知されてないこと。

 例え雪風の名前が知られていたとしても、それは別個体の雪風であり、わたしとは何の関係も無いこと。

 

 真の敵が人間なのでこちらとしても深海棲艦と敵対する気は一切なく、裏に居る人間を倒したら両者の戦いに介在することなく、ひっそり暮らそうと考えてること。

 

 等々、御潮はわたしでも良くそんなに設定を考えたよねと感心してしまうレベルの嘘を語ってく。

 

 いや、人間と敵対してることは別に嘘じゃないし、わたしが艦娘なのに深海棲艦に襲われないのも嘘じゃないけど。

 御潮の語る内容には妙な説得力がある。

 

 元艦娘だから艦娘を沈めたくないって考えるのは当然だもんね。

 深海棲艦しか建造できないの理由ある。

 

 内容の大半が真実だからかなぁ。

 前に嘘の中に真実を混ぜるとそれっぽくなるって話を聞いたことがあるけど、人によっては真実だけで人を騙せるんだよね。

 御潮はそっちのタイプなのかな……。

 

 今後、その設定を語ろうかなぁわたしも。

 

 転生したから襲われませんより説得力あるもんね。

 

「資源ヲ得ルニハ深海棲艦ノ協力ガイルノヨー。ダカラ、艦娘ト敵対スルノハ必要経費ト割リ切ッテル部分モアルワー」

 

「モシカシテ、ダカラカー。ウン、深海棲艦ト敵対シタラモット場所無クナッチャウモンネ! デモデモイツマデモ隠レテタラ人間ノ居場所ヲ掴メナイヨネ! トイウコトハ?」

 

「エェ、スパイヲ潜リ込マセテルワー。タダ潜伏ノタメニ沈メラレチャ困ルカラ、ホンノ塩ヲ掛ケタスパイヲネー」

 

「ヘー! マー、ソコハショーガナイカー。チナミニ雪チャンノ名前ヲ出シタラ助ケテモラエタリ?」

 

「反応ハスルワネー」

 

 わたしはいったい何を見てるのだろう。

 あのリトちゃんって子、要所要所を聞いて的確に自分の助かる方法を探してる。

 怖い。

 背後にとんでもない闇が見える。

 いや、リトちゃんだけじゃなく御潮の背後にも大天狗級の妖怪が見える。

 塩掛けたスパイならそれもうスパイスだよね! なんてギャグが喉に引っ込む程度には。

 

「北チャン! ダイタイ分カッタヨ!」

 

「結論ハドウカシラ?」

 

「ウーントネ! トリアエズ相手ニ雪風トイウ裏切者ガイルッテ話シヲシテモ無駄ッテコトカナ。アト、スパイガ誰ダカ分カラナイシ、簡単ニ沈メラレルモノデモナイト思ウカラ、今マデ通リデ良イ。コウイウノハ敵対シナイデ仲良クヤル方ガ良イヨ!」

 

 軽巡棲鬼と似たような結論に至ってる……怖い。

 というか、さらっとわたしを艦娘側に売ろうとしてたの!? 

 わたし以外にも別の雪風が居る世界だから無駄だと思うのはわたしも同じ。

 わたしの知ってる時雨以外にも時雨がいるってことだからね。

 

「賢明ナ判断ヨー。ウフフ」

 

 御潮がここぞとばかりに釘をさす。

 止めて! リトちゃんと御潮の圧がすごすぎて後ろでイゴー震えてるから! 

 元ロ級と鬼の威圧で姫が震えてるから! 

 

「ハイハイ! ジャアリトーカラ質問良ーカナ、雪風チャン!」

 

「はっはい、なに?」

 

「仲間ガ深海棲艦ニ襲ワレタラドウスルノ?」

 

 斬る! 

 じゃないよね、答えは。

 

「助けるよ。絶対に」

 

「オォー! 即答ダネ! ジャアモシモ、モシモダヨ? 仲間ヲ助ケルカ、艦娘ヲ沈メルカ。ソノ二択シカ無イトシタラ? チナミニ、艦ノ制御装置ヲ破壊スル解答ハ無シネ! 当然、ソウナラナイヨウ立チ回ルトイウ選択モ、今ハ禁止デ!」

 

「艦娘を沈めるかな、その場合。知らない艦娘より、知ってる仲間だよ!」

 

「ソレガ相手ニ、例エバ敵ノ本拠地ニ自分トイウ存在ガ伝ワッテシマウ状況ニナルトシテモ?」

 

「答えは変わらないよ」

 

「ソッカ。デモ、雪風チャンハ深海棲艦デモアルンダヨネ? ナラ、艦娘ヲ沈メタラ深海棲艦ニナルンジャナイ? ソレデモ沈メルノ?」

 

「それは……」

 

 そうだった、その可能性を考えてなかった。

 そっか、わたしが艦娘を沈めると深海棲艦になっちゃうかもしれないんだ。

 うーん、でもねぇ。

 

「多分、わたしが沈めても深海棲艦にはならないんじゃないかなぁ」

 

 例えば酸性が艦娘で、アルカリ性が深海棲艦だとする。

 この場合、どちらかの力を過剰に注げば、酸性はアルカリ性になるし、アルカリ性は酸性になると思う。

 で、わたしって艦娘と深海棲艦両方の性質を併せ持ってる状態。

 つまるところ中性、水なんだよね。

 酸性に水を入れても、中和するだけのような? 

 ……あっ、いや待って。

 その場合、艦娘も深海棲艦もわたしのような状態になるってことなんじゃ? 

 

 そんなわけないか。

 リトちゃんは自分の頭に手を添える。

 深海棲艦が仲間と無線を飛ばす際にやる行動。

 

「ソッカ。ソレジャ、ソノ覚悟ヲ今カラ実行スルコトニナルネ」

 

 そう言ってリトちゃんが動き出す。

 わたしたちから距離を取るように。

 

 えっ、これから戦うってこと!? 

 最近この流れが多いような……。

 

 リトちゃんは途中くるりとターンして、わたしたちにも聞こえるほど大きく吠える。

 

「ココハ変色海域ダヨ! 深海棲艦ガ人間、艦娘カラ占拠シタ支配海域! ダカラ」

 

 だから? 

 だから……。

 だから…………。

 

「もしかして!」

 

「忠告ヲシテオクワ、理知的ナオ姉サン。アナタノオ仲間、オヒトリイナクナッテルワ」

 

 ほっぽちゃんの言葉が、わたしの頭から熱を奪い去ってく。

 

「雪月!?」

 

 雪月が居ない! 

 攫われた? 

 いや、そんなことは無い。

 そんなことがあったら真っ先に御潮が気付くはず。

 ということは、はぐれた!? 

 隊列を崩さないよう言ってたのに! 

 

「北チャン! 奴ラダ! 奴ラガ来ル! リトータチカラ家ヲ奪ウ、正義ヲ語ル海賊達ガ!」

 

「逆風ニ張ル帆モ、高揚震ウ汽笛モ、喝采スル仲間モ無イ。デモホッポニハ煮エル怨念ガ、身体ヲ動カス慟哭ガアルワ」

 

 ほっぽちゃんは小さなその手をきゅっと握り締める。

 わたしはその姿に言葉を飲み込みそうになった。

 まるで身体の奥底から炎が噴き出すかのようで。

 

 いったいどんな経験をしたら、ここまでの絶望を吐き出せるのか。

 分からない。

 まるで得体のしれない、見たことも、感じたことも無い化け物が、胸を締め付けてくる思いだった。

 

「ダカラドウカ、ドウカスグニデモココヲ離レルコトヲオススメスルワ、初メテ優シク接シテクレタ、奴ラニヨク似タオ姉サン。アナタダケハ撃チタクナイワ」

 

 その声色にじゃあね、またね、なんてまたいつか必ず会える、みたいな甘い意味は含まれていなかった。

 もう二度と会えないさよならを告げるかのように。

 もうわたしたちに振り返ることなく走り出した。

 

「提督」

 

 御潮がわたしの袖を小さく摘む。

 その行いが、どこかへと漂流してたわたしの意識を釣り上げた。

 うん、そうだね。そうだよね。

 わたしもわたしに出来ることをしないと。

 考えるよりも先に動かないと。

 

「御潮はイゴーを連れてこの海域(かいーき)から撤退。その際、雪月にも家に帰るよう呼びかけて欲しーな」

 

「提督ガ行クノカシラー?」

 

「頼りないのは分かってるよ。でも雪月はわたしの家族だもん」

 

 わたしは御潮に後を任せて走り出す。

 そうだよ、迷ってなんかられないよ。

 わたしはわたしの家族を失うのは嫌だから。

 例えいつか失う定めだとしても、助けられるなら絶対に助ける。

 

 だから──

 わたしは、走りながら御潮に向き直り拳をぐっと突き出す。

 

「わたしはしれぇ! 雪風の名に懸けて、仲間は絶対に沈めないよ!」

 

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