雪風に転生しました。これより深海棲艦の指揮に入ります! ……どうして?   作:氷水メルク

7 / 34
ブラック鎮守府2

 

 ご飯を食べた後、白露たちは幽閉された山風に面会の申請を求めた。

 艦娘たちの士気向上を目的としているためか、こういう時だけ憲兵の仕事は早い。

 申請はすぐにでも届き入れられ、二名の憲兵お付きのもと地下へと進んでいく。

 そうして中の様子が暗くて見れない小窓の付いた部屋に通されるのだ。

 ぱっと光ってはすぐ消えるを繰り返す電球。

 小窓の先が少し照らされる。山風の緑黄色の髪の毛が映る。

 冷房は通っていない。蒸し暑い部屋の中で白露が最初に口を開く。

 

「山風、大丈夫!」

 

「……こんばんは」

 

「うん! こんばんは!」

 

 アッハッハッハと後ろ頭を掻いて、元気そうに笑う白露。

 反対にずっと地下室に閉じ込められているためだろう。山風の声は抑揚が少ない。

 当然だろう。

 この地下室に日の光など入ってこない。

 今が何時なのか、昼か夜かも分からない。

 ずっと牢屋に幽閉されて、満足に運動をすることさえできやしない。

 トイレやベッドがある。しかし鉄格子で囲まれたその部屋はすべてが丸見え。

 最低限の尊重すらされていない。

 電気が通るのもこうして誰かが面会に来た時だけ。

 気温調整などの設備も無い。

 ただただ薄暗い闇の中で救われる日々を待ち続けるだけ。

 そう時雨たちは憲兵から聞かされている。

 

 それでもこうして白露たち姉妹の声が聞けて嬉しいのだろう。

 会話をしていくと、食い気味に「うん」や「そう」といった気のない言葉が聞こえる。

 時折言葉が無い時もあったが関係ない。

 山風の声を聞ける。それだけでも白露の会話は弾んでいく。

 時雨、春雨、夕立はこの間ほとんど無言であった。

 一番の理由として何を話していいのか分からない。

 時雨も春雨も、何を話題にして良いのか分からないのだ。

 なので何でもないように話す白露は、本当に頼もしいのである。

 白露から一方的に、グイグイと話をしていくと、山風が少し呼吸を置いて切り出してくる。

 

「構わなくて……良いのに……」

 

「構うよ!」

 

 ここに来るたびに言われる言葉。

 山風の声に答えたのは、意外にも時雨であった。

 叫んでしまってからハッとしたように時雨は顔を逸らす。

 白露はそんな妹の姿に少し笑顔を浮かべて見せると、小窓の方に振り向く。

 

「あたしたちは待ってるよ! 山風と一緒に暮らせるの! だから……、だからもう少し待ってて! 大丈夫、一番に解放できるように頑張るから!」

 

「……」

 

 山風からの返答はない。

 つかのまの空白。

 白露は再び微笑を浮かべると、小窓に背を向ける。

 

「また来るよ!」

 

「……うん、またね」

 

 その言葉を最後に憲兵から地下室を出るよう命じられ、白露たちは外へ出る。

 途中、文月から離れられずにいる睦月がいた。

 傍に居続けてあげたいのだろう。

 だが、面会の時間はとうに過ぎていた。

 そう、過ぎていたのだ。

 

 時雨はすぐにでも目を伏せた。

 白露は拳を握り締めた。

 春雨は手で顔を覆い、夕立は自分の耳を塞いだ。

 

 全身の鳥肌が立つような打撃音。

 睦月の悲鳴が響く。

 何度も、何度も、何度も。

 殴打の音が木霊する。

 やがて悲鳴は鳴りやむ。

 それでも音は響き続ける。

 憲兵のものと思しき、男性の怒号と共に。

 しばらくすると音が鳴りやむ。

 白露たちの隣を少女だったものが引き摺られていく。

 服のズレ、新しい汚れは見ないように。

 

 顔や身体中を痣だらけの睦月は瞳から光を無くして彷徨い歩く。

 夜はまだまだ更けていく。

 時雨は傘も差さずに小雨から手を仰ぐ。

 手をすり抜けて顔に掛かる雨水を拭わない。

 肌に纏わりつくほど服が濡れていることに気が付かない。

 

「山風……」

 

 白露は僅かな声を絞り出す。

 一番狂っているのは少女に平然と手を出す憲兵か。

 殴られること承知で居座る艦娘か。

 それとも目の前で暴力を振るわれているのに、無反応を示し続ける妹艦か。

 こんな鎮守府が何の綻びも無く稼働できていることか。

 

 鎮守府の霧を映す警報が鳴る。

 艦隊の帰還。それはまた仲間がひとり以上轟沈した合図。

 この先も艦娘は無差別に、海の底へと沈む。

 そして新しい艦娘は何も知らずに建造され、沈むか売買の二択。

 

 夢であるのならば、例え悪夢でも終わらないでいて欲しい。

 涙は枯れた。声は潰えた。味も忘れた。希望などとうに解けた。

 ただ疲れた。

 衆悪な世界に包まれて、もう明日を見ることさえない。

 耳にこびりついた雨音が消えていく。

 時雨は白露と共に部屋へ戻る。

 いっそ、夕立みたいに精神が崩壊すれば楽になれるだろうか。

 最後の視界を無くそうと、時雨は自身の心を凍らせようとした時である。

 

「逃げよう」

 

 白露がそう言い出したのは。

 

 *  *  *

 

 白露以外の誰もが言葉を失った。

 春雨も時雨も白露の提案に、何の反応もできずにいた。

 部屋は静寂に陥る。

 白露は自身の脇腹に手を置いて、柔らかい笑みを作る。

 

「このまま何もしないよりマシ!」

 

 声を大にする白露の主張は、時雨の心にガツンと響き、そしてすぐに凍気を取り戻していく。

 時雨と春雨は無言で白露を見つめ続ける。

 

「ここに居ても、沈むか、売られるか、夜枷しか選択肢はない。あたしはそんなの我慢できない! あたしたちは艦娘! 人間を守る艦だけど、自由に生きても良いはずなの! 時雨、春雨、夕立!」

 

 白露は時雨と春雨、そして夕立の肩を揺さぶりにかかる。

 呪詛で縛られた心を祓う。

 白露の言葉は、元気を与える力があった。

 聞いているだけでも心が大きく揺れる。

 白露の手は冷たい。けれど、それでも時雨の心を溶かすには十分な熱を持っていた。

 

「……山風は……どうするの? っぽい」

 

 呪海から伸びる腕が、白露たちの心をがっしりと掴んだ。

 声は夕立のものであった。

 今までの夕立とは違う、全てを憎んでいる声。

 あらゆる感情がぐちゃぐちゃになって吐き出された呪言。

 いや、呪言の一言では片付けられない。

 赤黒い怨念。

 深海棲艦の言葉そのもの。

 久しぶりに聞けた夕立の言葉。

 その夕立の言葉は、楔となって時雨と春雨を掴んで離さない。

 ただひとり、白露を除いて。

 

 白露はやはり微笑んだ。

 夕立から発せられる深海の気をものともしない。

 力強くその肩に手を置いた。

 

「見捨てたりなんかしない! 山風もあたしたちの姉妹だから! 絶対に見捨てたりするもんか!」

 

「逃げたら殺されるっぽい」

 

「逃げなきゃみんな殺される。山風だけじゃない。春雨も、時雨も、夕立も、あたしも。みんな殺される。深海棲艦にじゃない。憲兵に、提督に、鎮守府に殺される」

 

「……それは嫌っぽい」

 

「うん、あたしも嫌だ。だから逃げる。少しでも多く、この鎮守府の実情を知ってもらうために」

 

 白露の言葉に夕立は自身の身を震わせる。

 白露は夕立の隣に腰を下ろして、夕立の顔を引き寄せる。

 

「……でも、会えなくなるっぽい」

 

「会えるよ。必ず会える!」

 

「そんなのは……」

 

「あたしが言うんだから絶対だよ! みんなで生きて、あたしたちはあたしたちらしく生きる! 生きるんだよ!」

 

 敵わないな、と時雨は思う。

 心が折れそうな中、それでも白露は矢面に立って鼓舞してくれる。

 白露が居なければ、間違いなく自分たちは夕立と同じく心を凍らせていたことだろう。

 

「……でもどうやって?」

 

 時雨は問う。

 逃げると言ってもどうすれば良いのかを。

 白露は少し考える素振りを見せてから、時雨を指さした。

 

「時雨が出撃中に逃げれば良い! 轟沈はこの世界じゃ日常茶飯事だし」

 

「白露たちは?」

 

「あたしたちは大破しているから。海に出ても沈む可能性が高い。だから、時雨が助けを呼んでくるの。あなたは白露型の希望!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。