雪風に転生しました。これより深海棲艦の指揮に入ります! ……どうして? 作:氷水メルク
「こうして僕は……逃げてきたんだ」
淡々と語る時雨の姿に、わたしは浮かない顔をする。
……なんて言えばいいんだろう。
わたしはその時雨のいた環境にいたわけじゃない。
当事者じゃないからこそ、わたしにはこの一言でしか片付けられなかった。
「地獄ですね」
わたしの答えに時雨はうんともすんとも言わなかった。
ただその瞳の奥にある闇だけが、わたしの解答に返事をしていた。
分かっている。安易に地獄だけで片づけて良い物では無いのだと。
もしかしたらもっと酷いことをしているのかもしれない。
そして、これだけ壮絶な鎮守府の出来事を話しておいて、涙ひとつ流さない時雨はもっとやばい。
完全に心が壊れている。
わたしは少しだけ話題を変える。
「えっと、そう海域! 海域とか深海棲艦から取り戻せた?」
この質問に意味はない。
わたしは深海棲艦側だから、艦娘の事情にはあんまり興味がない。
だけど、もしかすれば。
もしかすれば、艦娘の名誉を思い出せるかもしれない。
深海棲艦によって沈みゆく仲間を見て、提督に慰み者にされた。
それでも過去の栄光を振り返れば、艦娘としての心を取り戻せるかもしれない。
なんて、安易に考えたわたしが馬鹿だった。
表情ひとつとっても感情のない時雨は、少し首を傾かせる。
「無いよ。これっぽっちも。元居た武勇艦はみんな、深い深い水底よりもさらに底。こんな環境で深海棲艦から海域を奪還する方が難しいよ」
「ごめんね」
「何がかな?」
本当に提督なのかな。
もしかして大破した艦娘、全員進軍させた感じだろうか。
大破した状態で進軍させたら轟沈するって分かっていないのでしょうか。
確かアニメ艦これの方で、轟沈した艦娘は深海棲艦に変貌するって話があったような……。
深これでは敵を倒すと怨念をドロップしたような……。
戦力増強ありがとうと言えるわたしの立場。
「話してくれてありがとー時雨! それは見事に、わたしの敵だね!」
「でも、提督は特別な素質が無いとなれないんだ。妖精さんを見れるって素質が」
「それはそんなに大事なことなの?」
「妖精さんを見れる提督じゃないと、艦娘を建造できないから」
妖精を見れる提督じゃないと、艦娘を建造できない!?
そりゃ、艦娘売られるよ!
人類の脅威、深海棲艦に対抗できるのは艦娘だけ!
でも、艦娘を建造できるのは妖精を見れる提督だけ!
じゃあ、妖精を見ることができない提督はどうすれば良いか。
そりゃ、建造できる提督から艦娘を買ってでも増やすしかないでしょう。
建造縛りで艦これをやっているってことですかね?
頑張ればドロップ艦のみでも全然何とかなるとは思う。
それにしたって、それは……。
世界の意思! ブラック鎮守府の原因はあなたでしょ、何とかしなさい!
スマホに着信が来た。
そのためのあなたです?
根本を改善してくださいよ!
わたしは未だ頭の上にいる妖精を摘み、自分の手のひらに乗っける。
それでも時雨はわたしの手のひらに興味を示さず、わたしの顔をじっと見つめてくる。
「見えてない?」
「妖精さんが居るの? ごめん、艦娘も艤装を背負っていないと見えないんだ」
艦娘も艤装を背負っていないと見えないって。
これ、人間の意識改善の前にこの世界の方が狂っているタイプじゃなかろうか。
ちなみに今のわたしは艤装を降ろしている状態。
艤装を背負っていたら、時雨も安心できないかなって。
わたしは再び手のひらの上にいる妖精を自分の頭に持っていく。
「奪還はしていないけど提督の部屋にはいつも、良く分からない物が増えているよ」
艦娘の売買及び賄賂ですか?
不思議なことに、そういう人ほど世渡り上手ですよねぇ……。
「たまに知らない人が来て、また仲間たちが居なくなっていく」
床にいる妖精たちが悔しそうに天を仰ぐ。
MMD動画を見ていると思う。
目の前の深海棲艦。唯一立ち向かえるのが艦娘だけ。これでどうして艦娘をぞんざいに扱えるのか。
ゲームと違って深海棲艦が鎮守府を攻めてくることもあるだろうに。
うん? あっ、そうでしたそうでした。
ゲームでも鎮守府が攻められるイベントありましたね。
居なくなれば、滅びるのは自分たちなのに。
ただ気持ちも分からなくはない。
「僕たちは提督の肥やしになるために生まれたんじゃない。慰み者になるために生まれたんじゃない」
時雨は死んでいた。
時雨はぐっと拳を握りこむ。
言葉からは怒りのニュアンスが伝わる。
でも力はない。怒りの言葉をただ羅列しているだけのようなちぐはぐさ。
表情も変わらない。深海棲艦に遭遇したからずっと。
時雨のいた鎮守府は、いったいどれほどの艦娘を殺してきたのだろうか。
いったいどれだけ、常に死が横で手を振っていたのだろう。
轟沈じゃない。
物理的にではなく、精神的な意味も含めてどれほどまで。
「鎮守府に……帰りたくない……。出来るならもう、……沈みたい……」
顔をぐしゃぐしゃにしてなお涙を流さない時雨。
わたしは今度妖精に目を向ける。
「そちらはどうしたいですか?」
妖精たちはバツが悪そうな顔でわたしから目線を逸らす。
ただ首を横に振るばかりである。
『艤装で攻撃できないなら、私たちじゃ余計何もできない』
「建造をしなければい-じゃないですか?」
『建造をしないと、私たちも殺されるから』
食物連鎖のピラミッドはどこかが崩れると、生態系のほとんどが機能しなくなるって話ですけどね。
どうしましょうか。
深海棲艦なら攻撃できるかもだけど、イ級とロ級とホ級で攻め込んでもねぇ。
空母、たった一隻で全滅する未来しか見えない。
軽巡棲鬼に付いてきてもらって、水雷戦隊……とかいうのを組んだ方がまだマシだろう。
「わたしは艦娘や人間を救わない」
妖精たちは驚いたようにわたしの顔を見上げてくる。
多分、今のわたし、相当冷たい目をしていると思う。
でも、これは本当の話なのである。
「正確には救えない。艦娘は深海棲艦から人を守る
『……』
「ここに居たいなら何日でも居て良いよ。帰りたくないなら帰らなくても良い。でもわたしは時雨の鎮守府を潰す準備をする! 必要とあれば鎮守府の艦娘も沈めるよ! 出来る限り、解放を優先するけどね!」
わたしはそう言って、部屋から出ていく。
ブラック鎮守府の殲滅はこちらの仕事。
やっぱり大型建造をして、戦力アップした方が良い。
なにより艦これ歴一か月のわたしだって艦娘が好き。
大破進軍をただ闇雲に行うのは、わたしの意義に反している。
守るべき人たちに妹を人質に取られ、人権を無視して奴隷のように働かされる。
そうして散々搾取され続けた末路が、海に沈むか人に売られるかなんて。そんなの許さない。
バッドエンドも好きだけど、必ずハッピーエンドが無きゃ許さない!
ひょっこりとPT小鬼群が顔を出した。
ぴょんぴょんと跳ねながら、修理の終わった時雨の艤装を見せつけてくる。
あの、修理まで二時間掛かるって言っておりませんでしたっけ?
時雨の艤装の隣にある変な屑鉄の山は何ですか?
えっ、艤装を動かすのに無駄な部品ばかりだったから取り外した?
だから勝手な改造をするなって言ったのに、何をしてくれてんの!?
分かるよ?
艦娘は敵だもんね!
でもさ、電ちゃんのような、敵兵に対する配慮も必要だとわたしは思うわけさ。
助けるために一度沈めるのです! っ的なさ。
いや、その疑問は後回し。
「立て続けの仕事でごめんね。大型