雪風に転生しました。これより深海棲艦の指揮に入ります! ……どうして? 作:氷水メルク
深海棲艦にはわたしの自室に入らないよう言っておいた。
妖精にも時雨に付き添ってあげると良いと言っておいたので、まぁ大丈夫でしょう。
ベッドこそ取られてしまったけど、わたしはロ級の上で寝るので問題ない。
最初、イ級の上で寝ようとした。
しかしイ級ってばなぜかぴょんぴょん飛び跳ねるので眠れない。
その点ロ級は嫌々ながらも動かないでくれる。身体を伸ばすにはぴったりでした。
ごめんね。
あなたたちの寝返りでわたしはプチッ! だから。
もう一台ベッドを増やしても良い。しかし今はすぐにでも大型建造をする施設が欲しい。
提示された資材は、自然回復分で足りた。
わたしが資材を渡せばPT小鬼は張り切った様子で敬礼を返す。
今ある豆腐建築の隣で作業を開始した。
手伝えることとかあれば良かったのだけど。
PT小鬼群から大丈夫とジェスチャーされたので、手伝えることが無い。
それとまだまだ問題がある。
それは時雨。
時雨ってば提督のご機嫌取りに毎度身体を使っていたのでしょう。
これはそう、わたしがお風呂で服や身体を洗っていたときのこと。
藪がざわざわと騒ぎだしたので、そちらに目を向けて見る。
するとタオルとバケツを持った時雨が。
時雨は隅にバケツを置くと、びっくりするわたしをよそに自分の服を脱ぎ始める。
「雪風提督……背中洗おうか?」
「
「……でも」
「分かった! 代わりにわたしが時雨の背中を流してあげるね!」
「でも——」
「良ーから良ーから!」
わたしは時雨の腕を取って無理やりに洗いあいに走る。
裸の時雨に身体を洗ってもらえる。多くの提督が歓喜の声をあげるでしょう。
けど、今の時雨は嫌だ。使命感でやっているっぽい感じがする。
ストレスからか後ろ髪が少し白っぽく染まっている。
時雨の居た鎮守府どれだけやばかったのかな。
完全に染め上がったら深海棲艦みたいかな、なんて不謹慎なことを思ったり。
「良くお風呂なんて作れたね」
「無駄にボーキサイトと鉄が余ってたから勿体ないなーって!」
「僕の提督に聞かせたい言葉の一位だね」
後々分かったことだけど、わたしの資源はどうもカンストしないみたい。
世界の意思がこれでもかと資源を送ってくるけど、やっぱり使わないのは勿体ないと思う。
ちなみに火は燃料と摩擦熱を使っている。この鎮守府一番資材を喰うのはお風呂であった。
* * *
他にも深夜寝ようとロ級の上に寝そべっていた時のこと。
「雪風提督、雪風提督」
深海棲艦色に染まった制服姿の時雨がわたしの肩を揺さぶってくる。
その目は闇に覆われ過ぎていて、一瞬悲鳴が出て来そうになったのはここだけの話。
最近深海棲艦程度じゃ悲鳴を上げなくなったわたしに声を出させるなんて。
わたしは眠り眼を指で擦りながら、上半身だけ起き上がる。
「時雨、どうしたの?」
いくら襲ってこないとはいえ、部屋には深海棲艦が密集している。
艤装を持たない時雨には、例えイ級であっても脅威なのに。
もしかしてトイレかな?
トイレは整備されていない。なので余裕でヘビとかに出くわすもんね。
危険なことには変わりないし、護衛を頼みたいのかな。
そういう意味でわたしを起こしに来たのだと思ったのだけど……。
「えっと……、僕にできること、提督には夜伽で返さないと……」
時雨から淡々と紡がれるその言葉に、わたしの眠気は一瞬で冷めた。
何を言い出すかと思えば……。
わたしは思い切り空気を吸い込む。
「わたしも女!? 同じ艦娘! 確かに深海棲艦のしれぇしてるけど! わたしそんなに男っぽいかな?」
「そうじゃなくて。その、僕の身体じゃ……魅力無い?」
「無いとか有るとかじゃなくて! 分かった! 時雨怖いんだね! 分かるよー、わたしも最初の内は、深海棲艦と寝るの怖くて。一緒に寝よー!」
「そうじゃなくて」
「時雨は怖がりだねー!」
わたしは時雨の手を引いて、わたしの部屋に戻る。
無理やりにでもベッドに寝かせて、わたしもその隣に入る。
無表情の時雨に顔を見合わせ、その手を握り、
「お話できる子が居なかったから新鮮! PT小鬼群もイ級もロ級も喋らないから。ホ級も沈めしか言わないもんね。せっかくだし、夜中まで語ろ!」
「えっと?」
「でも、起きられないとPT小鬼が耳元で
なんて言って、わたしは改めて布団を被る。
こうでもしないと変なスイッチが入る。
あんなこと言われたらつい襲いたくなる!
中身男だから。わたし中身は男だから。
だから無理やりにでも雪風を演じて、時雨を寝かしつける。
具体的には艦これ二期の旅館回みたいに。
わたしに夜伽なんて必要ない。普通の友達みたく振舞えば安心できるかもしれないから。
それに、夜伽でしか恩を返せないと思っている子を襲うのはね。
「そうだね。じゃあ気づいたらここに居て、サバイバル生活を始めたころの話でも。あの時はビックリしたよ。なんせ深海棲艦の提督なんかやらされたからね。あの顔が深夜寝る時ドドンと前にいて! ──」
「それは……怖いね」
「家作るときもじーっ、だよ! こんな目でじーっ!」
こんな目をして、と自分の目を弄ってみる。
年相応っぽく振舞っていれば、時雨の口角が少しずつ上がっていった。
楽しく思ってくれたのなら何よりだ。
その日、二人仲良く寝過ごしてPT小鬼群に容赦なく耳元起床ラッパされた。
耳痛い。
この日以降、時雨は身を捧げるようなことはしなくなった。
代わりに日常生活を手伝うようになってくれた。
後は毎日一緒のベッドでおしゃべりもした。
わたしとしてはそれでいい。もうそれ以上は何も言わない。
当たり前の日常が、時雨にとって幸福に思えるかどうかは別として。
それでも夜伽をするよりかはよっぽど健全。艦娘の人権を守れていると思う。
少なくともブラック鎮守府の生活よりかはマシ。
自分のエゴでそう思うことにしよう。
* * *
そんな風に時雨と暮らしてから五日ほど経過した。
今日の天気は雨。
それもかなりの土砂降り。
乱暴に家に押し入ろうとする雨音が少しうるさい。
「ねぇ雪風、話があるんだ。ちょっと良いかな?」
今日は家で過ごそうと自室にいると、時雨から声を掛けられた。
わたしはベッドに時雨を座らせる。反対にわたしは椅子に座る。
ここ五日ほど暮らしたけど、時雨の目は未だ暗い。
よくはならなかったみたいだね。
ここに来た時と同じ、光を通さない目で時雨はわたしを見つめる。
「鎮守府に帰るよ。白露たちが心配だ」
「そっか。じゃあ次会う時はもしかしたら敵同士かもね! ……なんて。艤装は直してあるから。帰りにPT小鬼群のところに寄って行って!」
「ありがとう。……初めてが、深海棲艦の提督なんて。あっ、ごめんね!」
ベッドから立とうとする時雨を、妖精たちは必死に止めようとしている。
回復は十分にしているので、恐らくは鎮守府に帰ろうとしているのを止めようとしているのだろう。
時雨はそんな妖精たちに気づいていない。
けれど、袖を引っ張られたり、触られたりしているからか、なんとなくいることは理解しているようだ。
無表情の中に愁う気持ちが見え隠れしている。
その姿にわたしの身体は自然と拳を握る。
「わたしはせっかく逃がした姉妹が、帰ってくる方が
雨の音はさらに酷くなる。
雷も鳴り出しそう勢いだ。
「ねぇ、時雨!」
わたしは出て行こうとする時雨の手を掴む。
やっぱり、今の状態の時雨を行かせたくはない。
いつか出ていく時があるとしても、それは今じゃない。
「やっぱり残らない? もう少しだけ。ここなら時雨を苛める人はいないよ。時雨の鎮守府もさ。わたしが壊してから戻れば良いよ。大丈夫、白露たちも
時雨は自分の頭を抑え付けた。
身体は小さく震え続け、過呼吸気味に乱れた呼吸を繰り返す。
寒いはずなのにむしろ身体は汗まみれになっていく。
そして感情のままにわたしの服に掴み掛かる。……涙はとうに枯れたのでしょうね。
「……勝手なこと言わないでよ。夢みたいな甘言を囁かないでよ。帰りたくない。でも……みんなのことも……置いていけないよ」
「でもそのみんなは時雨を逃がすために、全力を尽くしてくれたんでしょ。このまま姉妹たちが
時雨が息を飲んだ。
大方目を逸らしてきていた真実を突きつけられたってところだろうか。
色々と言いたいことはある。
けど、これだけで良い。
わたしは誰かに鼻高く説教をかませられるような生き方をしていない。
「姉妹艦か人間、今後
憔悴しきって覇気の欠片もない時雨。
わたしはその顔に手を伸ばす。
「わたしの手を取って時雨! そうすればきっと、
「良いの? 僕は……」
「艦娘の命はゲスな人間より大きい! それと、今後わたしを雪と呼んで!」
わたしはにっこりスマイルを作る。
艦娘の反逆となれば上官殺しとして大罪。でも、深海棲艦ならば何でもない。
そういう意味では深海提督に出会えたのは、時雨の幸運だと思う。
自分で言ってて恥ずかしくなってくる。
思い返すと恥ずかしいなー、わたし。
本物の雪風じゃないのにね。
「なーんて、深海棲艦のしれぇが言えたことじゃないよね。ごめん、忘れて!」
「……ねぇ、ひとつだけ約束してほしいな」
「なに?」
「鎮守府の艦娘を轟沈させないで。例え沈みたがっていても、君が深海棲艦の提督になったとしても。君はちゃんとした艦娘なんだから」
時雨。
わたしも弱いな。
深海棲艦の提督らしくあろうとしていた。
深海棲艦の味方なのだから、艦娘は轟沈させるべきなのだと。それは仕方のないことなのだと。
わたしは艦娘の敵だから、艦娘の敵らしく振舞おうとしていた。
なのに時雨は、わたしは艦娘だと言ってくれた。それが何だかすごく、すごく嬉しかった。
「うん……うん! 約束する! 深海棲艦の提督としてじゃない。陽炎型8番艦の雪風として! でも、
「……そうだよね、無理言って。ありがとう。こんなぼくをひとり艦娘として扱ってくれた。初めてで優しい深海の提督さん」
時雨から差し伸べられる手。
わたしは改めてその手を受け取った。
最初は冷たかった時雨の手は、今はほんの少しだけ温かかった。