召喚されたのは……   作:猿野ただすみ

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大魔道士(二代目)


キャスター

魔術師アトラム・ガリアスタ。彼は物凄く不機嫌であった。聖杯戦争の参加にあたり、手配していた触媒となる聖遺物が、取引相手の不手際による火災によって焼失してしまったのだ。これによって目論んでいた裏切りの魔女(メディア)召喚の可能性が著しく減ったというわけだ。

だが、それでも彼は諦めてはいなかった。自らの技術で生成した魔力結晶を触媒にして、ギリシャ神話最大の魔術師という概念と結びつけて召喚を試みるつもりなのだ。

 

 

 

 

 

そして迎えた召喚の日。その準備に取りかかっていた、その時。

 

「アトラム様、失礼します」

 

アトラムに仕える魔術師が声をかける。

 

「どうした。何か用でもあるのかい?」

 

布かれた魔法陣に魔力結晶の触媒を設置する手を休め、アトラムは聞き返す。

 

「この様な時になんですが、新たな贄を入手いたしました」

 

魔術師の説明に振り返れば、その隣りに拘束されたローティーンの黒髪の少女がいた。

 

「今回はひとりだけか」

「すみません。聖遺物の取引など、英霊召喚の儀の準備で、他の作業が手薄になっていたようです」

「ふうん。作業計画の担当者には、きつく言っておかないと。わかった。その贄はいつもの様に…いや、待てよ?」

 

アトラムはふむと考え。

 

「気が変わった。そいつにも僕の召喚を見てもらおう。僕の偉大さを知らしめてからでも、遅くはないだろう?」

 

自尊心のための、ちょっとした気まぐれ。しかしこれが、彼の運命を大きく揺るがすことになるとは、彼自身予想だにしていないことであった。

 

「さあ、始めようか」

 

 

 

 

 

少女は怯えていた。もちろん、人身売買によってこの様な場所に連れて来られ、贄などと呼ばれている現状によるところもある。しかしそれよりも。

 

『怖い』

『苦しいよ』

『助けて』

 

これらの思念が、少女の中に流れ込んでくるのだ。少女には特別な能力があった。他人(ひと)の意思を感じ取ったり、未来視をしたり。そう。少女はそういった方向での才能が頭抜けていたのだ。

もっとも、その能力に恐れを抱いた両親に捨てられ、現状に至ってしまったのだが。

 

(怖い…、誰か、助けて…)

 

少女は心の中で願う。

 

 

 

 

 

アトラムの詠唱が始まった。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。

四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却す」

 

詠唱が進むにつれ、辺り一帯の何か(マナ)が魔法陣を中心に流動しているのを少女は感じ取る。

 

「告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るベに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者。

汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

詠唱を終えると魔法陣から光が溢れ出し、その光が弱まっていくと共に、徐々に人影が鮮明になっていく。

その人物は、緑色の服を着た、10代半ばの少年。その姿を確認したアトラムは、メディアの召喚に失敗したことを悟り、またもや機嫌を悪くさせる。しかしまだ、可能性を捨ててはいない。メディアの召喚を目論んだ理由、竜種の使役が出来るのなら、この英霊がメディアでなくとも構わないのだから。

 

「君はどこの英霊だ?」

 

アトラムは尋ねるが、その英霊は応えない。

 

「おい! 聞いてるのか!?」

 

声を荒げるものの、やはり応えはしない。やがてゆっくりと歩き出し。

 

「な…」

 

アトラムの横を通り過ぎ、さらに歩を進め、少女の前に来た英霊はしゃがみ込んで目線を合わせると、ようやく口を開いた。

 

「キミがおれのマスターだね」

「な ── 」

 

あまりにもな発言に、二の句が継げないアトラム。

 

「マス、ター…?」

「ああ。おれはキミの声に導かれて召喚されたんだ。あの男の詠唱は、引き金になっただけさ」

「引き金、だって!?」

 

英霊の言葉に、アトラムの自尊心は痛く傷つけられた。

 

「お前は、お前は一体何だ!?」

「おれはキャスターのサーヴァント、真名はポップ。ただの大魔道士さ」

 

いつの間にか眠らされている魔術師。その横にいる拘束された少女を抱きかかえ、キャスターは立ち上がり、アトラムを睨みつけながら言った。

 

「大魔道士!? ふざけるなっ! 令呪を持って命じる! 僕に絶対服従を誓えっ!」

 

令呪を発動させたアトラムの姿に、キャスターの彼を見る眼差しが呆れたものに変わる。

 

「おまえ、バカだろ? おれのマスターはこの子だって言ったじゃねーか」

 

そう。アトラムは無意味に、令呪を一画消費してしまったのだ。

 

「くそっ! バカにするなあああ!!」

 

煽られたアトラムは、魔術で攻撃を仕掛ける。……一応、彼のためにフォローすれば、本来の彼はここまで愚鈍ではない。ただ、ここしばらくの思いどおりにいかなかったことに対する苛立ちに加えて、自身を無視したキャスターの態度、さらにそのキャスターは贄だったはずの少女にマスターの座を奪われ、とどめには自らの失態を的確に、煽りを込められながら指摘されたのだ。さすがに冷静さを保つのも限界だった。

それはともかくも。

 

「うわっ、あぶねー!」

 

その攻撃を慌てて避けるキャスター。とはいえ、本来なら英霊である彼に、この程度の魔術ではダメージを与えることは出来ない。問題なのは、抱えた少女の方であった。

 

「……ちょっと熱いかもしんないけど、そんときゃすまねえ」

 

キャスターはそう断ると、少女を縛る縄へと人さし指の先を向けて。

 

閃熱呪文(ギラ)!」

 

火力を調整して収束させた高熱のエネルギーで、何重にもなった縄の一箇所だけを焼き切った。はっきり言って、かなり高度な魔力調整である。

 

「よし! しっかりとしがみついてろ! 派手に動きながら呪文をぶちまける!!」

「う、うん」

 

返事をした少女がキャスターの首に腕を回す。実は女にだらしのないキャスターだが、さすがに子供相手に鼻の下を伸ばす様な事はなかった。ただ。

 

(……それにしてもこの子、どこかで見たような?)

 

そんな疑問を思い浮かべていた。しかしすぐに首を左右に振り、思考を切り替える。

 

(今は戦いに集中しろ!)

 

そう心の中で呟き。

 

爆裂呪文(イオ)!」

 

着弾と同時に炸裂するエネルギー球を連続で撃ち出し、同時に走り出す。

 

「なっ、くそっ!」

 

直撃を免れた(と思い込んでいる)アトラムが数歩後ろに下がったその時、爆煙を突っ切ってキャスターが現れた。

 

「キャスタークラスだって、呪文以外の攻撃が出来るんだよっ!」

 

そう言って振り抜いた拳が、アトラムの顔面を殴りつけた。

 

「あ、あ…」

 

アトラムはふらつき、膝に力が入らなくなり、思いきり後ろに倒れ込む。そして勢いよく頭を打ち、気を失ってしまった。

 

「先生や師匠から、基礎体力作りはさせられてたからな」

 

そう言ってキャスターは、殴った手を軽くぶらぶらと振る。そして抱えた少女を見て。

 

「それじゃ、ここから脱出するか」

 

と声をかける。けれど少女は少し考えてから、怖ず怖ずと言った。

 

「……他の子達も、助けてあげたい」

「他の子達?」

 

キャスターが聞き返すと、少女はこくりと頷き、壁に向かって指を指す。

 

「向こうの方から、たくさんの子達が助けを求める声が聞こえるの」

「助けを求める、か」

 

キャスターにはその声は聞こえなかったが、そういった能力を持つ人間が存在することは知っていたので、特に訝しむこともなく納得が出来た。

 

「わかった。爆裂呪文(イオ)!」

 

キャスターは呪文で壁を破壊し、となりの部屋へと進む。そこは魔術の実験場のようであったが、特に人の姿は見当たらない。ゆえにそのまま進み、更に壁を破壊して次の部屋へと足を踏み入れた。

 

「なっ、これは!?」

 

その部屋には、複数の透明な円筒状の容器があり、そのひとつひとつに、男女問わずに子供が閉じ込められていた。

 

「こいつァ、何か魔術的な処理がされてやがる」

「……さっきの人、わたしの事を贄って言ってた」

「……てことは、ここにいる子供たちは魔術のための生贄って事か」

 

キャスターは強く拳を握り締め、ギリッと歯を噛み鳴らす。

 

「お願い。みんなを助けてあげて」

「……すまねぇ。この容器から無理矢理出そうとしたら、一気に生命力を奪うようになってるみたいだ。だけどおれには、これを解除するための、知識が無いんだよ…」

 

キャスターは悔しそうに言う。少女には、その悔しい気持ちがしっかりと伝わってきた。そして少女を介して、囚われた子供達にもその想いが伝わってゆく。

 

「……え? ……うん、わかった」

「……どうかしたのか?」

「みんなが、助からないなら死なせてって」

「!!」

 

息を呑むキャスター。

 

「これ以上苦しむくらいなら、楽にしてほしいって…」

 

悲しそうに、でもしっかりと伝える少女。そしてキャスターも、他に手がないのはわかっていた。

 

「……くそったれ!」

 

そう吐き捨てるように言った後、一度だけ、深く息を吐く。そして次の瞬間には、強い決意に満ちた表情(かお)に変わっていた。

 

「みんな。助けてやれなくてすまねぇ。だけどせめて、死ぬ直前だけは穏やかでいられるように…、催眠呪文(ラリホー)!!」

 

キャスターの呪文で、子供達は深い眠りにつく。

 

「……爆裂呪文(イオラ)ッ!!」

 

そして呪文を連射し、その全てを破壊した。

 

「……くっ! こんな場所、いつまでもいられるかっ! 爆裂呪文(イオラ)!」

 

キャスターは上へと呪文を飛ばし、天井に穴を開ける。

 

「……しっかり掴まってろよ。飛翔呪文(トベルーラ)!」

 

呪文を唱えると、キャスターの体が宙に浮く。そして天井の穴から上空へと飛び出した。

 

「すごい…。空、飛んでる」

「はは…。確かこの世界の魔術じゃ、簡単には空を飛べないんだっけか」

 

聖杯からの知識で、基本的な情報は知っているキャスターは、呟くように言った。

 

「あ。そういやマスターの名前、まだ聞いてなかったな。そんじゃあ改めて自己紹介だ。おれの名前はポップ。大魔道士のポップだ」

 

キャスターが少女の目を見て名乗る。少女もまた、目を見つめ返して名乗った。

 

「わたしは、愛瑠(める)。愛瑠・コハラです」

「メルか。……メル?」

 

思わず聞き返しながら、少女…愛瑠の顔をマジマジと見る。そして。

 

「は…、はははは…! そうか、そういうことか!」

「え…、ポップ…さん?」

 

突然笑い出して、一人で納得しているキャスターに、愛瑠は目を丸くして驚いている。

 

「いや、驚かせてすまねぇ。でも、そうか。だからおれは呼び出されたってわけか」

 

キャスターはようやくわかった。どうして並行世界ですらない、異世界人の自分が聖杯戦争に召喚されたのか。それはマスターである愛瑠自身が、触媒として働いたから。何故ならば。

 

(……メルは、向こうの世界のメルルにあたるんだ。だからその縁が触媒になって、おれは呼び出された。……まったく。大聖杯とか言うヤツも、なかなか味な真似をしてくれるぜ)

 

もちろんこれには皮肉を交えている。そもそも、愛瑠がこの様な危険な状況に遭遇してなければ、キャスター(ポップ)が召喚されることは無かっただろうから。

 

(……けど、まあ。メルを守ってやれたんだから、よしとするか)

 

キャスターは愛瑠を見て、笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

それからしばらく時が経ち。

 

「メル、本当に行くんだな?」

 

キャスターが最後の確認とばかりに尋ねると、愛瑠は首を縦に振って言った。

 

「うん。ポップさんが呼ばれたのは、聖杯戦争に参加するためなんでしょう?」

「確かに聖杯に呼ばれた理由はそうだが、おれ自身はメルが助けを求める声に導かれたんだ。別に聖杯戦争に参加する必要なんか…」

 

そう言いながら、聖杯戦争について話さなければよかったと後悔をするキャスター。

 

「……わたしには二つ、願いがあるの」

「え?」

 

今までその様なことは一度も話さなかったため、キャスターは驚いてしまった。

 

「ひとつは、わたしの能力を封印すること」

 

なるほど、と納得する。そもそも愛瑠が捨てられた理由が、この能力のためだったのだ。

 

「そしてもうひとつは、わたしが死ぬまで、ポップさんに見守っていてもらいたい」

「メル?」

「ポップさんがわたしを通して、別の誰かを見ているのはわかってる。でも、それでも、わたしは一緒にいたいから。……だめ、ですか?」

 

最後に尋ねた愛瑠を見て、キャスターは思った。

 

(昔のおれや出会った頃のメルルと違って、メルは芯の強い子だ。だけど、戦う(すべ)は持ってない。……だったら)

「わかった。おれも腹を括ってやる! だけど、ひとつだけ約束してくれ」

「約…束…?」

 

愛瑠が不安そうに見つめる。その不安はある意味当たっていて、ある意味外れてもいた。

 

「おれは必ず勝つつもりで戦うし、最後まであきらめる気もねぇ。だけどもし、……本当にもしもだけど、おれが負けたとして。それでもお前は、決して最後まであきらめずに生き抜く努力をしてくれ!」

「ポップさん…?」

「おれはある強敵相手に、『あと数分で地上は消滅する』って最後通牒を叩きつけられたんだ。実際、それだけ絶望的な状況だった。それでもおれは足掻いた。足掻いて足掻いて、そして未来を掴み取った。……まあ、最後に決めてくれたのは、おれの相棒で親友だったヤツだけどな。

……だからメル。たとえ絶望的な状況になったとしても、お前も最後まで足掻き続けてくれ」

 

キャスターの話を聞き、しばし目を閉じ考え込み、再び目を開いた愛瑠は言った。

 

「……わかった。ポップさんがそういう人生を歩んできたなら、わたしもそれを見習いたい」

(……やっぱり芯の強い子だな、メルは)

 

愛瑠の返答を聞いたキャスターは、つくづくとそう思っていた。

 

「よし! そうと決まれば聖杯降臨の地、冬木へ行かないとな。メルのじいさんの故郷だっけか」

「うん」

 

うなずく愛瑠を見て、しかしキャスターは渋い顔をする。

 

「だけど、日本かぁ。金も、パスポートとかいうやつもないし、密入国になっちまうな。飛翔呪文でかっ飛ばすとはいえ、結構厳しい旅になるから、覚悟は…」

「覚悟は出来てるよ。下手したら殺されることも…。それでも!」

 

彼女が言うとおり、覚悟の眼差しをキャスターに向ける。

 

「……そうか。そうだよな。今更な事を言ってすまね!

じゃあ、行くぞ。しっかりと掴まってろよ」

「うん!」

 

愛瑠はキャスターの腰にしがみつき、キャスターはその肩を強く抱く。

 

飛翔呪文(トベルーラ)!!」

 

そして二人は、冬木へ向かって旅立った。

 

── 聖杯戦争開始まで、あと少し ──




愛瑠の苗字は中の人からです。
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