急募:殺人アヒルから逃げ切る方法 作:色の消えた油時計
日本妖怪対策連盟。
全国各地に存在する『怪異』から一般人を守り、被害者への支援を行う、互助組織。
父は、この連盟の戦闘員──『術師』だった。
怪異の強さには八つの等級があって、それと相対する術師にも、同じように等級がある。
八級怪異は実質無害。
七級は襲われても怪我で済む。
六級は対峙すれば命を奪われる恐れがあるが、まだ一般人でも対策・自己防衛が可能な範囲。
五級からが、術師の仕事だ。
五級怪異は『魔術』や『妖術』といった異能を扱える人間なら、容易に対処できる相手。……とは言え、異能無しで相対するのは無謀な相手。
おそらく件のアヒルはこの等級だろうが──それは置いておくとして。
父は五級術師だった。戦闘員としては最下級の、弱々術師だった。
そしてある日、己の力量に見切りをつけた父は……術師を辞めて、以前から交際していた『一般人の女性』と結婚した。
その後夫婦は怪異と関わることなく、ごく一般的で幸せな生活を送り──俺が生まれた。
……しかしまぁ、自分で言うのも何だが──『鳶が鷹を生む』というヤツで、俺は天才だった。
生まれつきの『異能』持ち。死を観る『魔眼』の所有者。
…………連盟の人手不足を知っていた父は、その才能を見過ごせなかった。
人間は、怪異より弱い。どれだけ鍛えたって、『人間』には限界がある。
それが三級。
──しかし『先天的な異能』を持つ者は、その限りではない。
二級以上の怪異には、純粋な『人間』では束になっても敵わない。しかし放置すれば、大勢人が死ぬ。
それを阻止できる術師は、全国に
……幸か不幸か、俺には……『父の子』には、十一人目になれる素質があったのだ。
だから父は俺を、『息子』を……連盟に紹介した。
そこが、
父は『子供にだけ戦わせるワケには』と言って、連盟に復帰した。
それがいけなかった。
俺が四歳の時、母が死んだ。
その日は本来、
何も考えず、自由気ままに動く『猫』 複数ある
眼を凝らして、凝視しなければ見えないような……細い細い世界線。綱渡りの紐みたいな、極細のソレを──『猫』はするりと、何食わぬ顔で通って現れた。
父は任務の途中に
…………それでまぁ、自分も感情的になって。激情のままに、自分の行く末を決定した。
この時までなら、俺にはまだ『術師にならない』って選択肢があった。実際、
自分は『術師』としての才能が保証されている。その力で、大勢の人を救うことができる。
……そんな事実に、俺は全くと言っていいほど……それこそ折り紙一枚ほどの魅力も、感じていなかったから。
何せ俺には、その道の『果て』が視えていた。
このどうしようもない『暗闇』が、『この先にはなにもない』と解る、黒塗りの未来が……すぐ近く、たった十年と少ししかない先に……待っていたんだから。
誰だって、『死にたくない』に決まってる。健やかに長生きしたいに決まってる。
俺には無理だったのだ。『大勢の他人』のために死ぬなんて、まっぴらごめんだったのだ。
…………でも、母親を殺されて。じっとなんて、していられなくて。
これまた実にくだらない、『復讐心』なんかに突き動かされて……俺は術師になった。
それからは、とにかく仇をぶっ殺したい一心で……手当たり次第に怪異を探して、殺した。
──結果、一年弱で仇は見つかった。
俺は容赦なく、その『猫』を殺した。対怪異用のナイフで、全身を滅多刺しにして殺した。
────福永は、その時『猫』の腹の中から出てきた子供だ。
当時俺は、福永のことも殺そうとした。
でも、あることに気付いて手が止まった。
──命日が、自分と同じだった。
曲がりなりにも『人間の赤子』と変わらない姿であったソレを、手にかける理由が欲しかったのだ。
だから、『生かしておけば自分の敵になる』筈だと──そう信じて、未来を視た。
その結果が、コレだ。
福永の未来は、俺と同じ『暗闇』に繋がっていた。
自分より幼いこの子は、十年後……己と共に、見知らぬ他人のために命を擲つ運命にある。復讐の道なんて、どれだけ眼を凝らしても見当たらない。
それを知ってしまってはもう……殺せなかった。
…………後悔はない。でも今は、それが正しい選択だったのか……時々分からなくなる。
術師としては、間違いなく『正しい』だろう。福永は幼いながらに、連盟の戦力として上澄みに分類される力量を誇っている。
……だが、『兄』としては……失格どころの騒ぎではない。
子供でいさせてやれなかった。
家に『母』はおらず、『父』は暴力や暴言こそないものの、何故かうっすら敵意を滲ませている。祖父母や叔父叔母といった親戚は影も形もない。純粋な味方は小さい『兄』一人──そんな環境で、天真爛漫な『子供らしさ』なんて身につく筈がないのだ。
学校でも、他人より多くの秘密を抱えて過ごし……疎外感が大きかっただろう。
そして、物事の分別がつくようになればなるほど──自分がどれだけ脆い立場に居るのか思い知らされる。
何故『母』がいないのか。何故『父』は自分に冷たいのか。
──何故、自分が『人』とは違うのか。
…………それを理解した時、客観的に見て『兄』は
…………そんな、四面楚歌の人生で。誰にも甘えられずに、ずっと苦しかったろうに……妹は文句も言わず、『術師』として人を救い続けた。
……こんなことが、許されていいのか?
これほど高潔な妹が、誰よりも優しい妹が……どうしてただ辛さだけを噛み締めて、こんなにも早く死ななきゃいけない?
…………阻止しなければならないと、そう思った。
この際、俺が死ぬことはもうどうだっていい。
でも、妹が死ぬのはダメだ。
福永は俺と違って、他人を思いやれる。沢山人を愛して、その分愛を返されて、幸せになれる筈なのに。
だから──……。
*
「────ぁぁあああああ……!!!
うそつき……ッ! どうしてこんなっ、これじゃあ……!
全速力で駆けつけた円丸が見たのは、頭蓋骨が叩き割られて絶命している友人と……その妹が、泣き噦る姿だった。
*
だから俺は、
己が死んだ後、妹を任せてもいい──そんな存在ができたのなら。喜んで命を擲とう。
見知らぬ他人のためじゃなく、大切な家族のためならば。俺は自分の命運を呪うことなく、幸せそうな他人を恨むことなく、穏やかに最期を迎え入れよう。
…………言葉にすることは、できなかったけれど。
俺はどうあっても死んでしまうから……悪いけど、妹を託すよ。円丸。
──お前なら、頼まれなくても引き受けてくれるだろ?