復讐はその最中であれば燃え上がっているものだが、それを終えてしまうと妙に虚しくなると聞いたことがある。
強い目的、支柱を失ったことで脱力感に見舞われるのだろうか。復讐なんて無意味だという月並みな言葉が真実だと察したのだろうか。
復讐を決意したことのない私にはさっぱり分からない。この世界の実の母親がアラガミに殺されたというのに復讐の念が浮かんでこなかった私は一生分からないかもしれない。
復讐は原動力だ。
前世の時に私的にそこまで親しくない友人が復讐の時ばかり活動的だったことからそれは分かる。
復讐するには復讐の矛先が必要だ。それも強い負の想いを向けられるような矛先だ。的さえ見つけてしまえば復讐に突き動かされて元気になる。そして復讐が終わると萎びる。
そう考えると何も解決できない気がする。
復讐する前にしなしなになっている奴に発破をかけて元気にしても、復讐後にまたしなしなになるのだとしたら、復讐をさせる意味なんてない。
心に整理がついて前を向いて歩けるというのなら話は別だが、そういうのは小さな復讐くらいでしか起こらないから駄目だ。
生命を奪うような復讐は復讐者の生命さえも奪うのだから本当に意味がない。
それでも私は諭す。
アンタの弟を殺したのは奴だ。
そんなところで縮こまって嘆いているよりもソイツに復讐した方が何倍も良い。
そもそも奴が現れなければ弟は私の命令を無視してむざむざ死ぬことはなかった。
挫折したまま消え行ってしまいそうなお嬢ちゃんを唆す。
復讐するべきだと。全ての原因はスサノオというアラガミだと。
他人の心を弄ぶ汚いやり方であることは理解している。それでも私は嫌悪することなく囁き復讐に駆り立てようとする。
私は自分が可愛い。だから他人に強いることを嫌だとは思わない。
先輩だってそうだ。
お嬢ちゃんを無理矢理にでも立ち直させろと言って、私に悪役の面を被せてくる。
先輩と私は考え方で多くのところが似ているのだから、立ち直させる方法も同じことを考え付いていることだろう。だから、自らが矢面に立たされることを嫌って、先輩後輩の間柄を存分に使って私を人身御供にする。
私も同じ立場なら構わず先輩を悪役を強いるからお互い様なのだけど、それでもやらされる身としては文句の一つや二つは言いたくなる。
お嬢ちゃんの方も幾ら言葉を投げかけても大した反応を見せないので、頑張っている身としては文句の十や二十も言いたくなるって話だ。
「というわけで殴らせて」
「通り魔か!?」
「女の願いくらい叶えてやれよぉ、ミチオ」
「ゴッドイーターの拳を一般人が喰らえば死んじゃうんだけど!」
「んな事ぁ知ってる」
「知っててそれかよ!? 悪魔だな!」
「にしてもよぉ、ヤマブキちゃん。どーにかしてお嬢ちゃん戦線復帰できないのか。最悪神機振るわないで戦場走り回ってくれればいいからさぁ」
囮専門の神機使い。きっと危険手当が沢山でる。稼ぎ切る前に死ぬこと間違いなしだ。
「私はカウンセラーじゃあありませんので限界ありますよ。これ以上はオプションとして別料金が発生します。もちろんこちらの言い値で」
「ミチオ。今すぐ金下ろしてこい」
「そこで自分の財布を開ける気はないわけね!」
「ねぇよ。もったいない」
「そうですよ。もったいないのないですから」
自分の財布の紐はガッチリ。相手の財布の紐はゆっるゆる。これが最上だ。ミチオはそれを分かっていない。
「そんなにカッカするなって。後で飯おごってやるからさぁ」
「一食分で取り戻せる額じゃないと思うんだけど」
ミチオの言うことはもっともだ。
「それにしても二週間が過ぎてるのに帰ってこないですね」
オペ子とハリトラが極東支部に向かって既に二週間が過ぎているというのに帰ってくる気配がない。
二週間とちょっとで帰ってくると言っていたけど、もしかしたら行き帰りの道中でアラガミに襲われたのかもしれない。
もしくは、極東支部の観光でもしているか。そうだとしたらお土産を頼んでおきたいが、残念なことに極東支部の名物を知らないのでやめておく。
くだらないことを考えているとふと思った。
オペ子はハリトラの引退や私の神機の改造の為だけでなく、なにやら私事もあって極東支部に向かった。
私事とは何か?
先輩やミチオに聞こうと考えたこともあったが、オペ子が男共に何かを伝えることはないと思うので断念した。
プラント内の女性職員に聞いてみたことがあったが、あくまでプラント職員でしかない彼女たちは何も知らなかった。
こうなると知るのは本人ばかりなり。私がいくら考えたところで無駄でしかない。
「あっちで女作ってよろしくやってんじゃあないのか? 極東支部は美人が多いって聞いたぞ」
「女性だけじゃなく男性も美人が多いみたいですけど」
「キィー。ドロボー猫共め」
「ヤマブキ……せめて感情込めて言おうよ。ザ・嘘って感じ丸出しだよ」
「ヤマブキちゃん。彼女を……オペ子を信じてやれよ。アイツがそんなに簡単にお前の肉欲的な身体を捨てるわけないだろ!」
「さらっとセクハラ発言!?」
「や、やだぁ。そんなこと言われたら……私…先輩の立派な息子さんに恋しちゃう」
「負けじと下ネタ言わない!」
「ヤマブキちゃん。せっかくだからハマグリ一貫貰おうか」
「ええと………………ネタだから寿司か!」
「じゃあ先輩のとっておきの一貫で私の心を奪ってください」
「……これ以上はやめろ! 飯番隊の品位が疑われる!」
ミチオが今更なことを言う。
油まみれでギトギトなミチオが品位を語るのかと、先輩と私は顔を見合わせて笑った。
その反応にミチオがレンチを振り回して怒って危なかったので、先輩がすかさずレンチを取り上げた。
商売道具であるレンチを暴力のままに振りますミチオは、自分の仕事に誇りがないのだろうか。
「レンチなんて危ないものを振り回すなんて、お前はなんて破廉恥なんだ!」
先輩の突然のオヤジギャグ。とてもつまらなかった。
「さて、話を戻すが」
そしてさきほどの自爆がなかったかのように真顔で語りだす先輩。さすが先輩だ。
「どうにかならないもんかねぇ。お嬢ちゃんが立ち直れば、俺もヤマブキちゃんも楽できるのになぁ」
「難しいですね。もう二週間は話しかけてますが、いまだにうんともすんとも言ってくれませんし」
「やっぱ荒療治が一番なのかもなぁ。スサノオの前に置き去りにするとか」
「荒療治って死刑のことだっけ!?」
いつまでのふさぎ込んでいてお荷物にしかならない神機使いなんてただ飯食らいだ。上層部だってそんな役立たずに貴重な神機を預けておくよりは将来性のある新人に宛がうべきだと思うはずだ。
死傷者が多くでるゴッドイーターは万年人不足。あまりに衝撃的過ぎて精神を病んで戦えなくなる奴なんて多くいる。
極東支部はアラガミ出現数が多いというのに、ゲーム中で明確に死ぬのはエリナの兄・エリック、ハルオミの嫁、ロミオくらいだ。ほかにもいるかもしれないが、今の私が覚えているのはコイツらくらいだ。
でもそれはゲームの話だ。
実際の極東支部はアラガミ出現率の高さに比例するように多くの死傷者を出している。先輩の先輩や命令違反で死んだジーン、ドクターストップをくらったハリトラ、精神的に戦闘不能状態にあるお嬢ちゃん。
今のはほんの一部に過ぎず、ターミナルで確認してみればその他にも多くの部隊で死傷者を出している。北海道支部なんて極東地域の極寒地獄と言われるほど死傷者を続出させていることで有名なほどだ。
こうなると、お嬢ちゃんのことは所詮多くある中の一つでしかない。
「復帰が無理なら無理でやるしかないですね」
「だとすると、せっかくの新人たちは何の意味もなかったってことだな」
オペ子が帰ってこないままさらに一週間が経った。
現在先輩はプラント周辺のアラガミ掃除をしにいっている。本当に周辺でプラントの防壁から一キロも離れていない。
こんなに近い場所でアラガミを狩っている理由は簡単だ。オペレーター担当と随伴できる神機使いがいないからだ。分かりやすく言えば遠出をするには危険すぎる。三年前まではオペレーターのサポートもまだダメダメだったのでオペレーター関係はいいとして、問題は同伴することのできる神機使いがいないことだ。
本来ゴッドイーターというのは一人で行動するものではない。
まず、アラガミは人間よりも優れているので、ちっぽけな人間お一人様じゃあ勝てない。ベテランになると別に一人でもいいが、基本は二人か三人態勢だ。弱いんだから多勢に無勢で戦っても卑怯じゃあない。
次にやはりと言うべきか、殉職者及びその使用者の神機の回収がある。人類が持つ中で唯一アラガミに対抗できる武器はばかすかと量産できて替えのきくものではないので、回収することが義務づけられている。もちろん回収可能な時に限りだ。
最後に当時の神機は剣と銃のくっついた第二世代型ではなく、剣と銃はそれぞれが役割分担しなくてはならなかったからだ。剣は捕喰形態を持ち倒したアラガミのコアを回収をすることができるが、銃はあくまで銃でしかなくぶっ放すことしかできない。
つまり、銃は戦闘できるがゴッドイーターの義務であるアラガミのコアの回収はできない。それができるのは剣型と最近流行りの第二世代だ。
銃の神機使いは剣の神機使いとセットで行動する。これが当たり前のことであるから、一人で戦うことは基本的に考えられなかったのだ。
よって剣型の神機でありながらベテラン未満の先輩は、命の危機に陥ってもすぐ逃げられるようにプラント側で頑張っているのだ。
本来ならば先輩とコンビを組んでアラガミシューティングをしているはずの私はぼんやりと双眼鏡で先輩の戦闘を眺めていた。
「おー、おー。さすが後輩。先輩のことが心配なんだね」
先輩の生死を分けるかもしれない戦闘を眺めているとミチオがやってきた。はやし立てるような言い方に鼻で笑ってしまった。
「それは心配ですよ。先輩が死んじゃったらしわ寄せ来ちゃいますし」
「可愛くない理由だよ。とてもヤマブキちゃんが女の子だとは思えない」
「あー。それセクハラですね。残念。罰ゲームです。全力疾走で防壁の外に飛び出して来てください。もちろんここから」
「……ここってすごい高いよね。十メートルじゃあ足りないくらいだけど」
「だからいいんですよー」
「何がいいの!?」
そりゃあ、最大の恐怖心と痛みなく死ねる安楽があるからだ。そして死体はアラガミが美味しくいただきましたとさ。
「それよりミチオ。なんかヨーですか?」
「用がなくちゃあいけないかい?」
「うん。目的のない奴なんて生きてる価値ないから」
「ヤマブキほどそれが当てはまる人間はいないね」
「できる限り出撃しないで済むような神機使いになる。それが私の目標です」
「なんで大真面目な顔で不真面目なこと言ってんの!?」
大真面目に真面目なことを言ったのだが、どうやら受けれてもらえなかったようだ。
遠くで頑張る先輩はオウガテイルと追いかけっこをしている。先輩が追われる側で。ちょっと追いかけ回されていたが、隙をついてオウガテイルを倒していた。
「あのさぁ……」
ミチオが咳払いをしてから話しかけてきた。
「実際のとこどうなの?」
「何がー?」
「半年先輩とやらとの関係」
「ミチオ……半年先輩って言うのやめてあげなよ」
「じゃあミチオって言うのやめてよ!」
「先輩との関係ねー? うーん」
「軽やかな無視!?」
五月蠅いミチオが鬱陶しい。
「先輩は……私の先輩だよね」
「本当に?」
「疑り深いね。先輩先輩と慕っているのは嘘で、本当は復讐の為に近づいているって言いたいの?」
「うん。そこまでは求めてないよ。ていうか逆」
「逆? えーと、後輩後輩と可愛がってくれているのは嘘で」
「そっちの逆じゃあないから!?」
知ってる。
「私が先輩先輩と慕っているのは好きだからって言いたいわけですね」
「急に真面目になるのやめて。切り替えが上手くできないから」
ミチオが肩をすくめる。
先輩のことを異性として好きなんじゃあないのか。
ミチオが言おうとしていることは分かる。これでも私は前世と今世で日本人だったのだ。行間を読むことはできる。
自分の気持ちに正直になって答えるべきだと感じたのでそれはもう正直に答えた。
「異性としては好きじゃあないですよー」
「あれー? 何その無難な回答。面白みに欠けるねぇ。いつものヤマブキならふざけて答えると思ったのに。もしかしてー?」
「鬱陶しいハエに付き合う気がなくなったので真面目に答えることにしました」
「最初の部分が余計だけど、嘘言ってる感じじゃあなさそうだね。じゃあ聞くけど、どーして異性として好きじゃあないの?」
「ちっ。うるせぇなぁ……です」
「ですは無理やりつけなくていいよ。十分に傷ついたから」
異性としては好きじゃあない。これは事実。嘘偽りのないまぎれもない真実だ。
先輩との付き合いももう三年だ。恋だ愛だと発展する可能性があるくらいに一緒に過ごしてきたし、コンビを組んできたし、ピンチに出会ってもきたりした。
それなのに私の中には恋も愛も一切芽生えやしない。
もし恋心とか愛情が発生してしまうと色々と不都合になってしまうことが分かっているから。分かっているから躊躇なく恋心とそれによって生じる不都合を焼却炉に放り込む。
それに、私と同じ考えを持つ先輩に恋するなんて無駄無駄無駄の一辺倒でしかない。先輩だってどうせ恋心なんて無駄だと思っているのだから。
「先輩とは友達くらいでちょーどいいんですよ」
「でもさぁ。ヤマブキがそう思っても相手がそうだとは限らないんじゃない?」
「と言いますと?」
「二年前のことだよ。神人対話の信者たちに襲われた時、ヤマブキちゃん無理して気を失っちゃったじゃないか。あの時、アイツもダメージを負ってた。なのにヤマブキちゃんを担いでヴァジュラから逃げ回ったんだよ。アイツのことだからてっきり我が身可愛さで見捨てるのかと思っていたんだけど」
ああ、なるほど。確かに先輩なら怪我を負って不味い時は迷わず私を捨てて逃げ出した。しかし、それは先輩の表面を見ただけの人間の見解でしかない。
だけど同じように我が身可愛さで生きている人間には理解できる行動原理だ。
先輩は目先の楽を取ったんじゃなくて、将来の楽を取って私を救ったんだ。私を放っておけば自分だけは絶対に助かったのに、しなかったのは私の後釜につくであろう新人の教育の手間や、新人が配属されるまでの間一人でこなさなければならないという面倒な事態。その他の被害等を計算しての行動なのだ。
私が先輩の立場ならそう考えて救いに行く。
「先輩はねぇ。ちゃんと考えためんどくさがりやですから。節操なしのめんどくさがりじゃあないんですよ」
「惚気……なのかな?」
首を傾げるミチオを他所に私は双眼鏡で先輩の姿を追う。
「あ……ピンチみたい」
「えぇ!?」
「あれは……顔なじみのヴァジュラにシユウに……クアドリカですね」
「のんきに言ってるけど。滅茶苦茶だいぶヤバいじゃないか!?」
「そうですけど。今の私には神機がありませんから。いやぁ、どーしよーもありませんね」
ただ慌てるだけなら誰にでもできる。でも慌てれば平常心を著しく欠いてしまうのでここは冷静に先輩の雄姿を眺めておく。
双眼鏡で戦場を監視していると雑音が耳に入り始めた。バババッて音だ。
騒音で耳が遮られたかと思えば、今度は太陽が遮られる。
何事だ、と慌てながらミチオが頭上を見上げるので、私もつられて空を仰いだ。
するとなんということでしょう。空から天女様が落ちてくるではありませんか。
「遅れて帰ってきまシタ! ヤマブキ……せぇぇぇえええんっぱぁぁぁあああいぃぃイイ!!」
私目がけて落ちてくるのは三週間ぶりに見るオペ子だった。目が期待でキラキラしていて、身体全体で嬉しさを表現しながら私の元へと落ちてきた。
咄嗟に両腕を広げたら絶妙なコントロールでそこに収まるオペ子。キャッチはできたが加速された肉の塊を受け止めるには明らかに準備不足だった私は、オペ子を抱きしめたまま転がった。
「さすがヤマブキ先輩デス。全身で表現したIを受け止めてくれましタ!」
私の腰を両腕を回して抱き着いてきたオペ子が頬をすりすりしてくる。構ってモードに突入したみたいなので、頭を撫でて満足させてあげた。
<助けろ! 今すぐ全力全開で助けにこい!>
一応つけていたインカムから先輩の必死な呼吸が聞こえてくる。相当危険な状態にあるようだ。
「オペ子ちゃん。私の神機は?」
「ここでス!」
上空にいたヘリが高度を下げて神機用のケースを落としてくる。意外に雑な扱いを受けている私の神機。
割れてるわけがないが、一応中身が割れてないかを確かめるためにケースを開ける。中には預けたままではいられなかったようで、ちょっと形の変わった私の神機が収められていた。
「ヤマブキ先輩用ブラスト型神機ですヨ。ちょおっとばかしオラクル運用が非効率になってしまいましたガ。代わりに攻撃力は格段に上がりましタ。さらに神機の底面に近接戦闘用小型スパイクハンマーとタワーシールドをくっつけましたヨ」
ケースから神機を取り出して構えると、以前に比べて少し重くなっていた。スパイクハンマーとタワーシールド分の重量が加わったのが原因みたいのようだ。
分かっているデメリットは重量増加による取り回しの悪さとオラクルの非効率化によるオラクル消費の増加らしい。
「改造事態はそれで終わりですガ、安心してくださいねヤマブキ先輩!」
オペ子が胸を張って言う。
「盾を付けてようガ、スパイクハンマーを付けてようガ。私がヤマブキ先輩を守って見せますかラ」
ヘリからもう一つ積荷が落とされる。それは二つ目の神機用ケースだった。
オペ子はケースを荒々しく開けると中からハンマー型神機を取り出して肩に担いだ。
「オペレーターからゴッドイーターに華麗に転身したこのオペ子ガ全身全霊全人生をかけて守りまース!」