希望とはなんだろうか。
基本的にはいいことと捉えられる言葉だ。
希望がある。希望を叶える。希望を捨てないで。
希望とは心の支えと同義だ。
そして物語の主人公というのは大体希望を持って生きている。中には絶望持ちから始まるタイプもいることにはいるが、様々な経験をして結局は希望を拠り所にして生きていくものである。
じゃあ希望はどこまで希望とされるのか。
たとえば死ぬことが希望という考えは希望と見なされるのか。
希望は明るいものであることが多い。
荒廃した世界でも明日を信じて生きていくだとか、それでも明日が欲しいだとか、真実の愛一つあればいいだとか。どれもこれも明るい言葉ばかりで、その希望の中にマイナスイメージのものは一切ない。
でも人はいっぱいいるからその中にマイナス的な希望を持つ人間がいてもいいかもしれない。
とってもいい笑顔でそれこそ希望に満ち溢れた顔して「不慮の事故で死ぬことが俺の夢なんです」と真剣に語る奴がいてもいいはずだ。
でも、そういった奴っは大抵の場合絶望しかないと評されてしまう。マイナスイメージを考えてる奴は絶望扱いされて、陰鬱だとかマイナス思考だとか言われる。
夢語る奴はみんな希望だというのに、どうして絶望扱いを受けなければいけないのか、本当に嫌な世の中だ。
切り札がどこにあるのか、そもそも所持していたのかを考えたことなんて一度もなかった。だけど持っているものだったらしく、今まで埋もれて見えていなかったジョーカーが、死神よろしく鎌の代わりにチャージスピアを振るってアラガミを狩り取っていく。
最近までのんびりと引きこもっていたお嬢ちゃんが喜々としてコンゴウの顔面に槍を突き立て、振り回し地面に叩きつけて殺した。
「立ちはだかるそちらのせいなんでーすよぉ!」
その通りだけど、私の気のせいじゃあなければお嬢ちゃんの方から立ち塞がったように見える。
「つっえぇーなぁ」
「強いですね」
「女の子は強いんですよネ。ぶら下げてる野郎どもとは違ウ!」
<強いって言葉じゃあ済まないと思うんすけど>
「まぁなぁ。俺ぁ何年もこの世界で飯食ってきてるが、コンゴウを振り回す女ぁ初めて見たぞ」
「後ろにいますが右に同じですね」
「怪力美少女は属性の一つデス!」
「何属性だぁ? バカラリーに居んのかよ、その誰得属性」
「バカラリー見たことないですから分かりませんよ」
でも一個だけ分かったことがある。
「私もないですヨ、ヤマブキ先輩! 私たち気が合いまスネ!」
「じゃあ俺とも合うな」
「ネェヨ、うんこ野郎!」
<厳しいっすねぇ>
「ちんこ野郎とうんこ野郎ってどっちがマシなんだろうなぁ?」
<そこに引っかかっている半年先輩はきっと強いっすね>
ピンチを脱した瞬間に通常運転な私たち。その間もお嬢ちゃんはどこで習ったのか分からない残虐ぶりで敵を蹂躙中。コンゴウじゃあ相手にもなっていない。あれじゃあ道端の塵と変わらない。
「いやぁ、頑張っていれば向こうから勝手に崩れてくれるなぁ。やっぱり頑張るべきなんだよ」
「そうそう。頑張りは何時か報われるんです」
「つまリィ、私のI情もいつかはヤマブキ先輩に伝わるってことですネ!」
<誰もこれもどの口が言ってんすか>
「この口だ」
「この口です」
「私のお口とヤマブキ先輩のお口が合体デス!」
<そーゆーボケ要らないっす>
呆れているハリトラ。そんな個人の心情なんて知らない先輩と私は台詞被りをしたことに腹を立てて互いの頬を抓り合っている。これがけっこう痛い。
<というか、お嬢ちゃんのこと放って漫才してないでくださいっす!? 早く合流してアラガミを撃破してください!>
ハリトラが必至に言ってくるが、現場の意見を申し上げると現状はお嬢ちゃん一人で余裕だ。何故ならもうコンゴウの群れを片付けて、今はクアドリカのミサイルポットを強制パージさせている真っ最中だからだ。
お嬢ちゃんの義経もびっくりなジャンプ力を生み出す身体能力。人間離れした動きとたった一振りでアラガミを絶命させる力。引きこもる前に見せていたおどおどとした虫も殺せない姿が嘘のようだ。というか嘘だったな。笑顔でアラガミを虫のように潰していく様を見れば分かる。
「ヤマブキちゃん」
「はい、半年先輩」
「スサノオが逃げたぞ」
「あぁ、本当ですね。尻尾巻いて逃げましたね」
「所詮はオスダ。意気地なしの愚図愚図マン!」
「ちょっとお前黙れ」
「お前こそ黙レ!」
「……ヤマブキちゃーん」
「はいはい。オペ子ちゃーん」
「はーイ! ヤマブキ先輩!」
<おなじみのやり取りっすねぇ……はぁ>
背中に引っ付いてくるオペ子をあやす。人間の女以外にパーソナルスペースを犯され過ぎたオペ子が限界を迎えてしまったからこその処置だ。オペ子の体温が背中に。
「よし、オペ子が黙ったことでこれからの行動を話す。とりあえずスサノオを足止めしよう。そしてお嬢ちゃんの為の人身御供してやろうぞ」
「散々追い掛け回されたのを根に持っているわけですね」
「おうよ!」
中々に小者くさかった。
だけどそれでいいと思う。
「じゃあ、かるーく足止めしましょうか」
私は自分の愛機とオペ子を引っ提げてスサノオを狙い撃った。
そして五体満足で帰宅しましたとさ。
そうこうしている内に一年が経ち、いつの間にかゴッドイーター2の物語が始動していた。誰も原作開始までの準備期間を邪魔しなかったものだから当然のように始まった。
ラケル・クラウディウスが目的の為に作り上げたブラッド。
そしてその計画で一番重要な因子であるジュリウス・ヴィスコンティ。ブラッドの隊長であり、神機兵を教導する人物であり、アラガミの根絶を目的としてクーデターを起こした犯罪者でもあり、最終的には赤い雨を止めた功労者でもある。要は物語の重要人物だ。
もしも転生者がいれば、ラケルの行った仕打ちを止めただろうか。ジュリウスを救う為に何かをしたのだろうか。ロミオ・レオー二を死なせるような真似はしないだろうか。
まぁ、たとえ転生者がいたとしてもきっと何にもできなかったと思う。ちっぽけな人間が人じゃない何かを内包した女に立ち向かえるわけがない。それにフェンリル最高位の科学者を疑う人間はそういないだろうから、きっと罪を訴えても負ける。
私も転生者なご身分ではあるが、負け戦はしない主義なので手を出すなんてことはしない。そもそも日々を生きるだけに精一杯な私には主人公じみたことはできないしする気もない。
仮に転生者が強い力を持ちラケルの行為を止められるような人間だったとしたら、それでもラケルの計画を止めただろうか。
止められないだろう。赤い雨という脅威を止める手立てのない人間には無理だ。
だからどう頑張ったって私には無理。おめでたい転生者が勝手に頑張って話捻じ曲げてくれなくて良かった。
捻じ曲げたと言えば、フェンリル極東支部所属食料貯蔵プラント護衛部隊も本来の目的からだいぶ捻じ曲がってしまった。
最初はあくまで極東支部に集まってくる難民や、極東支部居住区に入ることができずやむを得ず外で暮らしてる人の為の食糧を生産するプラントの護衛に従事している部隊だったはずなのに。どこをどう間違えたのか、食糧生産能力の低いサテライト拠点等に配給品を届ける部隊という側面が加わった。
そして一年前のお嬢ちゃん復帰以来、私たち飯番隊は新たな側面を獲得してしまった。
対スサノオ討伐特別部隊。
名前の通り、スサノオ単体を駆逐するための特別部隊だ。
一年前に無事復帰したお嬢ちゃんは、なんというかぶっ飛んだ人間性を晒し出した。
普段は引きこもる以前のお嬢ちゃんのままでありながら、いざスサノオと相対すると猫かぶりが剥がれたかのようにハイテンション殺戮ショーを行い始める。もうあちこちにスサノオのパーツが飛び散って辺り一面が汚くなるほどの惨状を見せつけてくれるのだ。
で、スサノオが消え去ると、いつものおどおどした感じに戻る。二重人格だ。
スサノオ出現の報告がある度に、お嬢ちゃんが良い笑顔で出撃しましょう、なんて言うもんだから、嫌々ながらも支部の垣根を越えてスサノオ狩りの日々。何時しかスサノオの強さが分からなくなってきた。脳が完全に麻痺してきている。
まぁ、基本的にスサノオと戦うのはお嬢ちゃんで、先輩や私やオペ子は露払いの役割を担っているだけ。
「ヤマブキお姉様」
「なんですか、お嬢ちゃん」
「す、スサノオ関係の任務はありますかぁ……」
プラント内のロビー。いつものソファーで寛いでいると静々とやってきたお嬢ちゃんが隣にストンと腰おろして聞いてくる。開口一番は例外なくスサノオのことだ。何度も自分で調べなさいって言ってるのに、どうして聞いてくるんだか。
「そーゆーのはハリトラにでも聞きなさい」
「聞いたんですけど、ない、と言われてしまいました」
「じゃあないね。あきらめよー」
「はぃ、残念です」
隣で項垂れるお嬢ちゃんの頭を引っ叩きたい騒動に駆られたが止めておいた。世の中やっていいことと悪いことがあるって前世で習ったからだ。
それに今のお嬢ちゃんは世間では『神機使い殺し殺し』なんて日本の学名みたいなあだ名を持っているからより一層引っ叩く気になれない。
「いやぁ、残念だぁなぁ」
本当に残念である。一生スサノオが現れないでいてくれると更に残念でのんびり過ごせる。
「で、ではこういうのはどうでしょうか。私たちでスサノオを探しに行って、見つけ次第ぶっ殺していくというのは?」
「徒労に終わるのが目に見えているからダーメ。それにねぇ、降っているんですよ。赤い雨が」
終末捕喰を引き起こす特異点を作り出すために振る真っ赤な雨。一年前から降り始めた素晴らしい雨のおかげで、外に出れず今日は休業日だ。赤い雨バンザイ。
「……どうして雨は赤いんでしょう?」
「元々雨は透明ですよ」
きっとどうして赤い雨が降るんでしょう、と質問したかったのだと思う。間違いだったらどうにも答えることができない。
「雨が赤いのはですネェ。馬鹿で惨めな塵男子共がやんちゃして噴き出したきったねぇ血が蒸発して赤乱雲を作り上げて赤い雨を降らせているんですヨ」
どこからともなく現れたオペ子が私の膝に腰を下ろしてトンデモ説明をしてくる。邪魔だし重いし重石。
オペ子の腰の手を回して隣に下ろす。
「ヤマブキ先輩の暖かい包容に鼻血が出そうデス! ということで今日はイチゴ味のクッキーです……鼻血だけ二」
どうしてか私の膝の上に置かれる皿はクッキーが思い思いに領土を占拠していた。全部同じ色なので基本的には統一できてる。
「食べ辛い言い回しはやめましょうね」
「でも美味しいです。とってもエキセントリックな味がしますぅ」
「それは一体何味なんでしょうか、お嬢ちゃん。オーソドックスな味からどの程度離れているのでしょうか?」
恐怖と興味でグネグネ動く指でクッキーを挟んで口に放り込む。うん、普通に美味い。エキセントリックさはない。きっとお嬢ちゃんの味覚がエキセントリック変換機能を持っているのだろう。
作り手のオペ子も手を私の膝で嫌らしく滑らせながらヒョイとクッキーを摘まんで口の中に放り込む。要らない動作があったけど見逃す。別に慣れてるから。
自分で作ったクッキーを食べたオペ子はまさしく美味しくなさそうな顔をした。
「ウェー。これイチゴ入ってル」
「でしょうね。自分で入れたって言ってたし」
涙目のオペ子が寄りかかってくるのでクッキーを近づけて追い払っておいた。
「果物全般が苦手なのに何をやっているんだかね」
自分の弱点を瞬時に忘れてしまうその手腕に感心しながら私とお嬢ちゃんは遠慮なくクッキーを食べていた。
物語の進行役と主人公と黒幕と結果的救世主になる人物たちを乗せたフライアが極東支部にたどり着いたという情報を手に入れた。
ストーリー通りの展開を迎えているようだ。あとちょっとすればそれぞれ血の力に目覚め、焦ったロミオが脱走して復帰したかと思うとマルドゥークに殺されて、ジュリウスがブラッドから離脱する。
ここで転生者である私が取れる行動はいくつかある。
第一は、極東支部にお邪魔してロミオの良き相談相手になること。確率の問題ではあるが、そうすればロミオがあおの老夫婦と出会うことはなく助けに行ってマルドゥークに遭遇するという一連の流れはなくなる。問題点があるとすれば原作乖離して次の展開が一切分からなくなることくらいか。
第二は、ロミオが殉職するときの戦闘に私が参戦してなんとか流れを変える。まぁ、これも次の展開が読めなくなるから却下。
第三は、逃げ出すジュリウスをとっ捕まえて拉致監禁、特異点は渡しません、をすることだ。これするとおそらく反逆者扱いで殺されそうになるので却下。
第四は、事故に見せかけてジュリウス殺しちゃえ。これすると新たな特異点探しでラケルの描くストーリーは暫く信仰しないで済む。が、しかし、結局これも原作乖離になって先が読めなくなるし、新たに見出された特異点がジュリウスほど人類を守りたいと考えられる人間かどうかも分からないので却下だ。
第五は、原作介入なんて面倒だし危ないしやってられません。これが今一番私が採用すべき道であり、ぶっちゃけこれ以外の道には行きたくない。
正義の心があれば熱く介入できるんだろけど、私はそこまで誰も死んで欲しくないとか考えていないので介入はしない。勝手に原作通りに進んでいけばいいと思う。どうせ、ロミオは死んでジュリウスは螺旋の樹として頑張るだけなのだから。何もしないでいればハッピーエンドを迎えられるのに無理しても仕方がない。
シックザールの計画が失敗した時、リンドウが無事復帰した時に学んだ。この世界の流れもまた原作通りになるのだと。確率で変動するものではないのだと。
もしかしたら、介入を行えばシックザールの計画が成功するかもしれないし、リンドウは復帰できなかったかもしれない。
でも、無理かもしれない。よく世界には原作通りに進ませようとする強制力がある、とか設定されている二次創作もある。つまり、私がいかに頑張って介入しようとしても回り回って原作通りの流れになるということだ。シックザールの計画を助けても、おそらく最後の最後で失敗する流れになり、リンドウ復活を妨害しようとしても失敗するか、妨害できない状態に持ち込まれるか。
まぁ、介入する気のない私にはどーでもいい話ではあるけど。
「神機兵作ってるっていうけどさぁ、あんなんでアラガミどーにかできんのかいな?」
プラントを囲う防壁の上で風に当たっている先輩が言う。
「出来ると思いますよ。どーせ、いつか暴走して裏切ると思いますけどね」
暴走するしないは別として、アラガミ化して襲ってくるのは事実だ。もしかしたら戦う日も来るかもしれない。全力で拒否させてもらうけど。
「暴走ねぇ。人間だって暴走してとんでもないことやらかすからなぁ。どっかのお騒がせ宗教団体『神人対話』みたいにさ。そんな人間が作った機械なんだからやっぱ暴走しちゃうよな。その暴走とめんの俺らだろ。仕事増えんじゃんか。既にサテライト拠点への食糧輸送とお嬢ちゃんのスサノオお礼参りの旅があるっていうのに、今度はフライアの失態もみ消し部隊のお仕事まで加わんのか」
本当に嫌な話だ。と言っても暴走神機兵はブラッドとかが頑張ってくれるだろうから大丈夫だろう。
「でもでも、神機兵が完成すればパイロットとして乗れるんだよ。男なら一度は機動兵器に乗って戦ってみたいものだよ」
「男の子だね、ミチオ。お前みたいな奴がいちゃうから神機兵の開発者がちょーし乗んだよ」
「そーですよ。ロボットは男のロマンとか腑抜けたこと言ってると、マジで腑抜いちゃいますよ」
「えげつない猟奇的発言だね!?」
もそもそと板チョコを食べていたミチオを先輩と私とで袋叩きにした。
「神機兵が出来上がって乗れるようになったとしてもさ。ミチオに乗りこなせるかどうかは別だよな」
「なにを言ってるのかな? ボクだって頑張れば乗れるようになれるよ」
エッヘンと胸を張るミチオ。
神機兵は無人機としてロールアウトされるからミチオが乗れる日は暫く来ないので、胸を張るだけ無駄だ。
まぁ、もしも友人機が出来たとしたらミチオにも乗れるかもしれない。ミチオは免許を必要とする乗り物の扱いはプロ級だから。言い換えれば免許を必要としない乗り物はへたくそだけどね。自転車とか乗れないみたいだし。
「にしても極東支部の連中は良いよね。だってあのフライアが来てるんでしょ。一度でもいいからアレに乗ってみたいね」
「無理言うなよ。アレ一年以上も前から予約してないと乗れんぞ」
「予約制なわけないだろ。どんだけ機密保持おろそかにしてんだよ」
「機密なんてちょっと口を開けば拡散しちゃうんですよー」
「そうそう。人の口は封じられないのさ」
「うん。二人には内緒話しないことにするよ。絶対に漏らしちゃうみたいだし」
「少しは信頼してくれてもいいだろ」
「信頼してるよ。内緒話したら確実に漏らすってことを信頼しているよ」
「ミチオのくせに生焼けだな」
「……罵倒で良いんだよね!? 怒ってもいいだよね!?」
「いいんじゃないですか。私は関知していませんのでお好きにどーぞ。この生焼け!」
「全力で関知してんじゃん!」
怒声を上げて先輩と私を追いかけ回すミチオに、からかいながら逃げ出す先輩と私。ミチオがお得意のレンチ振り回し攻撃をしてくるから、先輩と私は無邪気な子供のように笑いながらも神機使い特有の身体能力を以て逃げ出した。