閉じ込められた檻の中で、鉄格子を見聞するトウカ。
傍目にはそっと掴んでいるようでいて、掴んだ瞬間ミシリと格子が悲鳴をあげたからとんでもないチカラが加わっているらしい。
いっそのこと破壊してくれないかな、なんて思わなくもないけど、流石のトウカもそこまで人間辞めてないって。
……辞めてないよね?
どうしよう、やれるかやれないかのどちらか、断言できない。
というかあぁやって調べてる時点で本人もできそうだとは思いつつ、断定はできてなさそうなのが最高にトウカって感じ。
普通に頑丈そうだし、鍵がなくちゃ開けられない、よね。
仕事上鉄格子がある場所での仕事もあるけれど、土の床や老朽化した壁に穴を掘られて逃げられる方が錆びていない鉄格子を直接破壊されるより遥かに現実的っていうか。
「当然だけど普通に頑丈そう。金属として丈夫なだけじゃなく、きっと魔法も通さないんだろうね。なんとなくボクの剣と雰囲気が似てるから。ボクは魔法が使えないから装備して魔法が使えなくなる剣でもなんにも不都合ないから、せっかくだしマホトーンをこれでもかと込めてもらってるんだよ。あんまり近寄ったら魔法が使えなくなるくらいにね。この鉄格子もそうなのかな。引っこ抜けたらいい武器になるね」
「じゃあ相手に剣をぶつけたら擬似マホトーンできるんだ?」
「あは、面白い発想だねエルト。死人は魔法なんて使えないよ」
「確かに」
にっこり笑顔で振り返ったトウカが手袋を外した。
日に焼かれていない真っ白な指と不釣合いな手のひらで主張するたくさんの変色した剣だこ。
そんな両手で一本ずつ鉄格子を握る。
「ちょっとどうにか出来ないか試してみようかと。陛下を投獄するなんて不敬な存在なんですから脱獄くらいなんてことないですよ」
「うむ。トウカよ、いっちょやってしまえい!」
「仰せのままに!」
陛下の声を合図にトウカが足を踏ん張り、盛大に引っ張る前からミシリと嫌な音がさらに大きく響いた時だった。
階段をおりてくる、カツンカツンと響くこっちに向かう足音が聞こえた。
もちろんその足音はどんどん近くなってくる。
トウカは手を止めて陛下の方を伺い、陛下はトウカが手を止めたのをご覧になって頷いた。
「やあ皆さん。ご機嫌いかがかな?」
「ちょっと! さっきは来たと思ったら何も言わなかったじゃない! あんたが頼んだのに随分な事ね」
「そうだね、何も言ってくれなかったね。今のボクたちが牢屋に入れられたのは少しは依頼者の落ち度があると思うよ。どう考えても侵入後にバレるし、バレたらあの騎士団長が大喜びで捕まえてくるってさ。
ところで今から鉄格子を破壊しようと思うけど構わないね?」
「素晴らしいご機嫌じゃないか。あー……破壊するってのはレディなりのジョークかい?」
「ボクのジョークはあからさまに嘘っぱちな怪力ギャグを本当にやってのけられるところでね。まぁ見ててよ」
顔を見なくてもわかる。
トウカがものすごい笑顔なことが。
哀れ、トウカのパワーを理解していないククールはジョークだと思っているまま爽やかな笑みを浮かべていたけれど、目の前でゆっくりと変形していく鉄格子を見て表情が引き攣った。
うーん。
心の準備もなしにこれはちょっと可哀想かも。
これでドニで起こした勘違いも終わりかもね。
そのままトウカはぐっと踏ん張ると本当に鉄格子を勢いよく引き裂いてしまった。
床にポイッと投げ捨てられた細く伸びたよく分からない形の金属片がキンキンと高い音を立てて転がっていく。
親友、知らない間にしっかり人間卒業してたみたい。
あれで何らかの呪文で肉体強化してないんだから、トウカは羨ましがるけどさ、魔法なんてこうも鍛え抜いた物理の前にしたらまったく大したことないと思うよ。
「意外といけるもんだね」
「一気に引き裂くのやめてよ。もしも勢いで弾けたら危ないよ」
「そうだね。『次』から気をつけるよ」
「……注意するのそこか?」
「ところでトウカが脱獄してる方はいいの? 見て見ぬふりしてくれる?」
自然に引き裂いた鉄格子を通り抜けているトウカをやや虚ろな目で見ながら鍵を見せてくれるククール。
なんだ、ちゃんと後から助けてくれる気だったのか。
「あー……こちらのパワフルレディにかかれば問題なかったかもしれないが、一服盛っておいたが見張りもいるんでな。あの場じゃどうやっても助けられなくて悪かった。抜け道へ案内するよ」
それでもレディ扱いは継続らしい。
思ったより思考回路が逞しくて、なんでも突きぬけてると尊敬できてしまう。
噂や見た目で人を判断しちゃいけないんだなと分かるね。
話に聞いてきた「女たらし」もここまで来たら立派なものじゃない?
一応鍵を開けてくれたけど枠が歪んでしまって開かなくなっていた鉄格子の扉はトウカが軽く吹っ飛ばしてくれて見事全員脱獄することが出来た。
燃えている。
夜空の下で嫌というほど目につく大きな炎は、ただの一瞬にしてトロデーンのすべてを静寂に変えた呪いとは真逆だったけれど、その不吉さは同じだった。
今なら私でもわかる。
嫌な気配と悪い予感が渦巻いて、悪意に満ちた高笑いが聞こえてくるかのよう。
「まさか……オディロ院長が危ない!」
炎を見て弾かれたように駆け出していくククールと、正義感のままに追いかけて走っていくエルトとゼシカ。
陛下と姫の御身を守る使命を帯びているわけだけど、今はあっちに向かいたい!
「私も向かいます!」
「許可なんていちいち取らんでいいわ! モノトリアは親子揃って本当に頭が固い! はよう有り余るチカラで元凶を叩いてこんか! 急いで行くのじゃ!」
「御意に!」
いつの間にか長い木の棒を手にしていた陛下がこちらを気にするなと言わんばかりに私を追い立ててくださった。
そうだ、陛下の実力ならこの辺りの魔物なんて敵じゃない。
並大抵の相手ならただの木の棒だけで伸してしまわれる。
そんな陛下が行けと仰るなら全力をもって答えなくちゃ!
手袋から双剣を取り出して腰に装備し、続けて大剣を呼び出して抜き放つ。
武装はこれでバッチリ、これでいつでも戦える!
そして思いっきり踏み込んで前に飛んだ。
地面を抉るように、地面すれすれを飛ぶように進んでいく。
旧修道院跡地でくらくらと歪んだ視界はまだ歪んだままだけど、チカラは何故か普段よりも溢れんばかり。
自分が自分じゃないみたいで、踏み込んだ足が時折地面にめり込んで埋まってしまう。
制御できない。
でもこのありあまるチカラなら、国ひとつを滅ぼした相手にぶつけるのにちょうどいいんじゃない?
今なら修道院の横の川だって飛び越えられそうだけど、とりあえずククールの走っていった方向がきっと近道だろうから、後を追いかけた。
さながら人外めいた脚力で壁を蹴り飛ばしつつ登ってきた人影と、素早く走ってきた人影が「ドルマゲス」の前に躍り出た。
その後ろからは赤い騎士団服の銀髪の青年が飛び出し、追い詰められたオディロを庇う。
既に騎士団長は「ドルマゲス」によって壁に叩きつけるように吹き飛ばされており、彼の部下もひとりとして立っていない。
マイエラ修道院一のまぎれもない実力者が沈められた今、襲撃者の実力を見せつけられてその場に緊張が走っていた。
「ドルマゲス」へ槍を向けたエルトは今にも飛び出しそうなトウカを横目に確認しながら、その邪悪な魔力に気圧されないよう構えるのに必死だった。
たくさんの人が危害を加えられている。
何人も殺されている。
そう分かっていて、今すぐ攻撃すべきだとわかっていても、その異様な威圧感を前にすると迂闊に飛び出すべきではないとも理解出来てしまったゆえに。
兵士として鍛えられたエルトも、山賊として長く生きたヤンガスも、魔法使いのタマゴとしてそれなりに魔物を倒したことのあるゼシカも、聖堂騎士の地位だけは兄に剥奪できないくらいには実力のあるククールも、身構えるのが精々で。
いつもならば真っ先に飛び出していきそうなトウカさえも油断なく構えるばかりで斬りかかりはしなかった。
銀に染まった髪と同じように白く顔色をなくしながら、隣で構えるエルトと互いの間合いを上手く重ねるように剣を向けるのみ。
「悲しいなあ」
甲高く耳障りな猫なで声が、その空間に緊張の糸を張る。
声の主である「ドルマゲス」はオディロ院長を背中に庇うククールを兄同様いとも簡単に吹き飛ばし、嫌な笑いを浮かべた。
そしてふと邪魔者たちの方へ視線を向けたその時、芝居がかった態度とは違う、純粋な困惑が混じった。
視線の先には鋭い目つのトウカがいた。
相変わらず、彼女の髪は色がすっかり抜け、瞳の色は普段の黒色の瞳が透けてしまったかのような紫色。
普段右目を隠している前髪はここまで駆け抜けてきたせいかすっかりまくれ上がっており、双眼が「ドルマゲス」とかち合った。
顔があらわになっていてもなお、トウカは「彼女」だと思われるよりも「少年」だと認識されることの方が多いような中性的な顔立ちだったが、その顔が一体誰に似ているのか。
「アーノルド? いや違う。しかし良く似ている」
「?」
まったく知らない名前と間違えられたトウカも困惑する。
しかも彼女は今世では拾われた子であり、本当の両親を知らない。
拾われた経緯からして養い親たちは遠い親戚であるとされていたが、いつの頃別れた血縁なのかさえ、もはや分からない。
だから、顔を見て「似ている」と言われるほどの血縁を知らない。
かつての両親や親類にも顔や仕草などが血族の誰かに似ているなどとあたたかい会話があったわけでもないトウカはただ不思議がるのみ。
しかし、この様子は好機と勢いよく踏み込んで斬りかかった。
が、片眉を上げてトウカの顔を見やるドルマゲスは無詠唱かつ無反応に魔法の防御壁を貼っており、その攻撃が届くことはなかった。
続いて的確に心臓に向けて伸びてきた鋭い槍の一撃をいなし、槍の主を階段近くまで吹き飛ばした。
つまり、トウカに続いて素早く飛びかかったエルトを部屋の端から端まで吹き飛ばしたのだ。
派手な音を立てて吹き飛んだ青年は折れてへしゃげた槍を捨てて、受け身には成功したのか痛みを見せることなく、既に倒れた聖堂騎士団員の剣に手を伸ばそうとじりじりと床に手を伸ばす。
「それにしてもよく似ている。アーノルドの縁者か? あの女を消してやっても懲りなかったのか?」
「よくもエルトを!」
大剣を手酷く弾かれ、自分のチカラの暴走ぶりが跳ね返って剣を手放してしまった彼女はとっさに大剣を追わずに腰の双剣を引き抜き、またしてもそのとんでもない脚力で飛びかかった。
殺意と敵意を剥き出しに襲いかかってくる彼女を「ドルマゲス」はどこか懐かしいものを見るかのように、しかし不思議そうにまたしても攻撃を無効化した。
そして、彼女に対して芝居がかった口調ではなく、冷静で平坦な口調で問いかける。
それはまるで親しい者に言葉を掛けるかのように。
「お前は我が友アーノルドの縁者だろう、何故攻撃する? あいつから私の話を聞かされていなかったのか? それともこの姿だから分からないのか? 黄金の腕輪は? ……していない」
話しかけられているはずのトウカは、一切アーノルドという人物に覚えはなく、ただひたすらに忠誠を誓う主や養い親たち、そして奪われた故郷……さらには此度攻撃された親友の為に戦っているだけ。
耳を全く貸さず、不気味な道化師の言葉に再び突撃しようとしていた。
「悲しいなぁ……あいつの縁者なら。あるいは他人の空似だとしても。殺さずにいてあげよう。
地獄の苦しみを未来永劫味わいながら!」
「ドルマゲス」は杖をトウカに向けると高笑いした。
杖からイバラが飛び出し、あっという間に彼女の姿は覆い隠された。
「ドルマゲス」は狂った高笑いを続けながらすぐさま飛びかかってきたエルト、ヤンガス、ゼシカの魔法を跳ね返すと獲物に向き直った。
果敢にも立ち向かうも造作もなく吹き飛ばされたククールは兄と同じく無力で。
壮絶な現場に怖気付くことなく割り込んできて祖国と娘、そして己の呪いを解くよう命令したトロデ王は幸いにも無事だったが、オディロ院長はそのまま杖に刺し貫かれ。
美しい月夜に、悲劇がまたひとつ。
「トウカ! トウカ! 良かった、イバラになってない!」
「枯れた」イバラのトゲに刺さるのも構わず掻き分けて妹を掘り出した一行のリーダー……エルトだったか? は目に見えて肩のチカラを抜いたものだからこんな不幸が連鎖しなくて本当に良かった、と焼け付くような絶望の中にひとつだけ光が見えるかのようだった。
オディロ院長の死は、本当の意味でこの世全てのおしまいじゃないと分かっていても、俺にとってはほとんど同じことだった。
俺の狭い世界の優しさはオディロ院長から与えられたものだったし、この歳まで生きられたのも院長のお陰で。
そして、忌まわしくとも憎たらしくとも兄貴が俺を「処分」できなかったのも、弟として認めざるを得なかったのも、すべてオディロ院長の途方もない慈悲のお陰だった。
オディロ院長の遺体を取り囲んで座り込んでいた兄貴だったが、あっちの様子に気づいたのか剣を杖にして無理やり立ち上がり、俺に命令した。
「ククール。あの方たちを部屋に案内して差し上げろ。『善意の協力者』の方々にも、ベッドが必要だろう。食事を用意し、彼らが回復するまで泊まっていただいて良いと伝えるように。せめてものお礼をしなくてはな。
……私は、葬儀の準備をしなくては」
嫌味たらしい普段の様子すらなく、毒を吐くよりもすっかり参っていることには間違いないようで、こっちが参っちまうね。
素直に従った俺に舌打ちすることなく動ける部下たちに次々と指示を出す様は流石は騎士団長、人を束ねてきただけはあるってか。
一行に近づくと、助け出されたレディ・トウカの髪色は元通り兄と同じに戻っていたことに気づいた。
不思議なレディだ。
「エルトは無事?」
「なんてことない。トウカはどこか緑になったり、トゲが生えたりしてないの」
「大丈夫、ありがとう。なんか、チカラが抜けて、ダメだ。やっと追いついたくせに止められなかったのに、私が、ボクが止まってどうするんだ」
ドルマゲスを追っていた一行だったよな。
ってことは、オディロ院長以外にも被害者がいるってことか?
一見するとなんの集団かわからないが、それはそれぞれの場所でドルマゲスとの因縁ができて、その繋がりで仲間になったってことか。
それにしても「イバラになってない」……か。
ドルマゲスは厄介な魔術師らしい。
それにしても如何にもなイカレ野郎がオディロ院長を狙ったのは何故だ。
お笑い好きな人だったがあんな不気味な道化師と知り合いではなかっただろうと思うんだがな。
「あー、『善意の協力者』の皆さん。うちの騎士団長がせめてものお礼をしたいって提案をしているんだ。粗末なベッドだが身体を休めることは出来る。部屋に案内するよ」
「そりゃあいい。エルトの兄貴、槍は残念でやしたが……」
「あー……ありがとう拾ってくれて」
「そうだ、ボクの剣!」
「ちょっとトウカ! あんな呪いを受けたんだから神父さまに見てもらう前にあんまり激しく動かないで!」
ぴょんと飛び起きたレディが床に深々と突き刺さったどデカい剣を易々と引っこ抜いたのを見て、きっと身体強化系の呪文が得意なんだろうと俺は自分に言い聞かせた。
・ほぼ全編書き直し
・本人への勘違い→縁者疑惑
・黄金の腕輪
・まだ兄妹だと思ってる