しばらくの休憩のあと、道に沿ってずーっと進んでいたら地図にある通り、大きな橋があり、その川沿いに教会があった。
そのまんま、「川沿いの教会」らしい。
実質ドニとアスカンタ王国を繋ぐ旅人の拠点って感じの立ち位置かな。
今日はちょうどいい時間だし、わざわざ魔物が活性化して危険な夜に進んでまでアスカンタ王国にドルマゲスの手がかりがありそうな訳でもない。
教会の近くで野宿させてもらおうかと思ったら、親切なシスターがわざわざ出てきて、今日は特別な日だから泊めてくれるとか。
寄付金も受け取って貰えず、正直マイエラとは真逆のとても親切な対応を受けてトウカと顔を見合わせることになった。
多分、ふたりして同じ顔をしているんだと思う。
牢屋に入れられるわ、話は聞いてくれないわで散々だったから目をぱちくり。
それを見ていたククールがなんだか言い訳のようにボソボソ言う。
「あー、多分こっちの方があるべき姿というか……俺が言うのもなんだが、あっちの方が聖職者として特異だというか」
「街の神父さまやシスターがみんな二階から嫌味言ってきたら世も末よ。ここはありがたく休ませてもらいましょうよ」
「正直今日は野宿の覚悟だったでがすよ。ありがてぇ」
小さな教会だからさすがに馬小屋はない……けど、教会のご加護があればミーティアも安心して眠れるはず。
それに御者台にいた陛下を見てもシスターは顔色ひとつ変えずにおっとりと「ベッドは粗末ですが……数は足りたかしら」と言いながら部屋に案内してくれた。
普段から旅人を泊めているらしく、神父さまとシスターふたりの教会にしてはたくさんのベッドがあって全員横になれるみたいだった。
清潔で、粗末だなんてとんでもない。
「明日の朝、出るまで自由時間ってことで。じゃあ解散」
そう宣言すると全員めいめい好き勝手な方向に散らばっていった。
僕がミーティアのところに向かおうとするとどこからともなく取りだした聖水の瓶を投げてよこしたトウカは珍しく外に出て鍛錬しようともせずにブーツを脱いで真っ先にベッドに入ろうとしていた。
さすがにここまで色々ありすぎたし、そのあとも元気よすぎるくらい戦ってて疲れたのかな。
人目も気にせず勢いよく服を脱いで、着込んでいた鎖帷子を脱いで、その下のコットンアーマーだけになる。
コットンアーマーは鎖帷子だけだと打撃に無力だから、その下に緩衝材として着るもの。
そのコットンアーマー……ようは厚めのキルティング、綿の入ったふかふかした服を脱ぐとようやく肌着になる。
肌着とは言っても、裾の長い薄手の長袖ボタンシャツに貴族らしいぴったりしたタイツで、そこまで脱いでようやくやや薄着の格好ってところ。
うん、改めて見てたらこれ、単に暑かっただけじゃないかな。
慣れてはいるだろうけど別に涼しい季節でもないし。
普段から重装備とはいえトロデーンでも仕事以外は武装は剣だけだったし、防具まで着込んでいたら休まるわけもない。
大陸を渡る前はもっと暑かったからよくバテなかったね。
見てるだけで大変な装備だ。
仕事だと僕たちは所謂プレートアーマーに鉄の兜を装備していたけれど、あんなに面倒な装備でも重量が少ないから好んでいるのかな。
正直トウカのパワーだと防具の重さなんて細かいことだし、関節部の可動性の問題なのかな。
視線に気づいてこっちにぴらぴらと手を振ったトウカは大剣を抱きしめるとすぐさまベッドに潜りこんだ。
疲れていたのも推測通りらしい。
すぐそばに川はあるけど魔物が出るようなところで水浴びなんてしている場合じゃないし、身体を休めるのは睡眠しかない。
諦めずにトウカをレディ扱いしていたククールはいきなり隠そうともせずに脱ぎ始めた男らしい行為にも関わらず紳士的に目を逸らしていたけれど、最終的に一切肌が見えなかったのでおそるおそるトウカの方を伺い、ベッドの横に積み重なった大量の防具たちを目を疑うような感じで見ていた。
武器も見た目の通り大変な重さだけど、改めて見ると防具もすごいことになってるよね。
その割に着膨れして見えないのはもしかしたらそういう呪文のかかった防具なのかな。
トウカの装備は見た目以上に高価なはずだから。
たとえ本人が固辞してもあのひとり息子大好き強権ご夫妻がお金をかけないわけがない。
ともあれ、確かにトウカは見てて面白いくらい着込んでたけど早くミーティアのところに行こうっと。
話のネタくらいにはなったかも。
自由時間にミーティアと話をする時、トウカの話をすることが結構あった。
今日も……というか、旅に出てからは自然と多くなってたかも。
トウカというか、仲間の話が多い。
街でのこと、ダンジョンの中でのこと、とか。
お城にいた頃は仕事の話が多かったけど。
お城にいた頃の小さなミーティアは話を聞くとすぐに三人で遊びましょうって言ってくれたけど、三人で会うとトウカはすっかり仕事モードで途端に融通が効かなくなってしまう。
ミーティアはお姫さまなんだから、僕の方がどうかしてるのは分かってるけど、ミーティアが望んでないのだし、トウカもちょっとは普段の顔を見せたらよかったのに。
今、戦ってる姿とか思いっきり見られていることだしさ。
もう、僕たち遊ぶような年齢じゃなくなってしまったけれど。
わかってる、トウカみたいに僕には生まれながらの「使命」なんてなくて、ある意味お気楽なただの近衛兵。
寄る辺のない拾われ子なのに幸運で、ミーティアみたいに望まない結婚を強いられることも、トウカみたいに家の長い歴史を背負わされることもない。
……トウカのお兄さんがご存命で、トウカが当主にならなくてよかったならもうちょっと違う今もあったかもしれないけれど。
やっぱりさ、僕を使ってミーティアとトウカの主従関係を強化しようとしたり、あるいは単に仲良くなってもらおうとしていた大人の思惑って結果的に単に僕の交友関係を広げて僕だけ幸せにしてない?
それはともかく。
今のミーティアは返事ができないから、僕の話を微笑んで静かに聞いてくれている。
新しく覚えた魔法を見せて、マイエラの兄弟の話をして、さっきのトウカの話をして、行ったこともないアスカンタの想像を語る。
ねぇ、ミーティアの緑の瞳は馬に変えられてしまっても変わらないね。
会話が……というか僕の一方的な話が……途切れてなんとなくぼんやりと見つめあっていたら、ミーティアはぐいぐい僕を鼻先で押し始めた。
「そろそろ寝ろって言ってる? うん。おやすみ、ミーティア」
ベッドに向かうと、陛下とククールがいなくてちょっと心配になって、ヤンガスの激しいいびきがリサイタルしていてそれもそうかと思い直す。
僕はどんなところでも寝れるからいいんだけど。
ゼシカもトウカも気にせずすやすや眠っていて、陛下には慣れていただくしかない……のかな。
ククールは頑張って。
それともヤンガスの鼻に洗濯バサミでも挟めばよくなる?
今度はヤンガスが寝れなくなりそう。
今日は考えても仕方ないか。
こんな明るい月夜の晩に、素敵なレディと語らうことが出来たなら最高だったが。
ロマンチックな逢瀬ができたのはリーダーエルトの方だった。
太陽のような笑顔のレディ、だと思っていた「彼」はただただ笑顔が似合う貴族の息子だと判明し、ナイスバディの勝気なレディゼシカはまったくもって俺が眼中にないらしい。
とはいえ、野郎ばかりの旅だと考えるよりレディがふたりもいる旅だと……あの白馬もドルマゲスに呪われた姫君だと聞いたが、さすがに証拠もなしには信じられない。知性の高さから正体が人間なのは信じたが……考えれば潤いもあるってものだろ。
いまやどこからどう見てもトウカは人外めいた純粋パワー系剣士だが、俺が教会を抜け出そうとしていたときはあの大剣の鞘に抱きついて大人しく眠っていた。
月の光だけじゃイマイチよく分からなかったが、その姿と月に照らされ眠る白い頬だけ見ていれば俺はまだ幸せな夢を見ていられる……。
そろそろ現実を見た方がいいんじゃないか。
トウカが勢いよく鎖帷子を脱いでベッドの脇に置いた時に分かっただろ。
剣だけでも十分目を疑うのにあれだけの超重量を装備して羽根が生えたみたいに飛び回るレディがどこにいる。
少なくとも俺にはできないし、できるようにもならない。
相当鍛えた筋骨隆々の男でさえ辛いような所業だ。
装備して戦うことが出来るやつは探せばこの世にいるだろうが、あの動きまでやってのけるとなると話が違ってくる。
……性別関係なくできないことなら逆説的にトウカがレディである可能性がある、かもしれない。
まさか。
正気に戻れククール。
まずエルトの態度がいい証拠だ。
ふたりは同郷で、同僚だ。
初見でうっかり兄妹と勘違いしちまったくらいには仲がいいし、付き合いも長そうだ。
トロデ王や馬姫さまが本物の王族なのかは眉唾だが、戦闘時の動きを見ていれば少なくともあのふたりがどこかの城の現役の兵士であることは間違いない。
麗しの旅する女戦士が「やや珍しい」くらいのこのご時世、素敵な女兵士がこの世に存在しないわけじゃないだろうが、少なくともその可能性は限りなく少ない。
それにトウカは貴族の子息だ。
持ち物や装備から考えてこれは疑いようもない。
主に戦闘面での立ち振る舞いから考えると疑問が残るが……ま、仲間が分かりやすい「お貴族さま」だなんて蕁麻疹が出ちまうからラッキーだと思っておく。
とはいえ、男装の麗人という可能性はゼロじゃあないが、同じ貴族にならともかくせっかく身分を超えて仲良くしているっていうのに、いかにも庶民派の市井の友人にまで隠し通すのはなくないか?
……それこそ、エルトは「真実」を知っているからこそ自然に仲間に隠せている可能性もあるが。
鎖帷子を脱いだ身体は華奢と言っていい。
上背もレディで通じる。
声もハスキーなレディで通じる。
そして考察の全てを粉砕するほどのパワーで魔物どもをねじ伏せている。
あー。
いい加減、諦めろよ、ククール。
本当は分かっているんだろ。
無駄な言い訳を心の中でこしらえても何の意味もない。
兵士であること、貴族であることに疑いがない。
その時点でこの世界のどこにあんな戦闘狂いのお嬢さまがいるっていうんだ。
そんなお転婆すぎる姫君なんて……あぁいや、舞踏会より武道会が好きな王国の姫なら物語の中でなら聞き覚えがあるが、現実的に考えて。
結論、トウカは男だ。
とはいえ、修道院じゃ男同士抱き合ってるのなんて珍しくもなかったし……。
いやいやいやいや、いやいやいやいや。
正気に戻れよ色男ククール。
せめて、表は取り繕って、ただいい仲間でいた方がいい。
望みがなくとも、普通に男だとしても、下手なことして俺だけあの笑顔を向けられない旅路になるのはちょっと心にクるだろ。
相手が野郎だと分かっていてもあの笑顔には違いない。
トウカが男だとしても、可愛いなと思った事実は変わらない。
……目が合うとぱぁっと花が咲くみたいに、笑うんだ。
太陽かひまわりか、なんにせよ眩しく笑う。
ダメだ、考えれば考えるほどダメだ。
いい加減考えるのをやめたほうがいい。
そうだ、こんな時はあの兄貴のことでも考えれば気持ちも一気に急落するに違いない。
出会った日の優しさとその後の辛辣な態度の温度差を思い出せ。
ほら、心がすーっと冷えてきた。
脳みその中がぐちゃぐちゃだ。
兄貴の冷たい視線を思い返すと心の防衛反応と処世術で幸せだった頃を思い返そうとしてしまう。
親父が生きていた頃。
何も知らずに幸せだった俺。
初対面の兄貴。
オディロ院長が生きていた頃。
……酒場での出会い。
完全に正気を失っていた俺はトロデ王に何を話したか覚えていなかったが、気づけばベッドの上で眠っており、トウカがエルトの布団を片手で引っぺがした音で目覚めた。
朝から眩しい笑みを浮かべつつも、「エルトの数少ない欠点」である寝起きの悪さを教えられた。
太陽はすっかり昇っており、俺も激しい寝坊をしたらしい。
「うーん、もう交代ですかせんぱい……ぐぅ」
「早くキアリク覚えてセルフキアリクして欲しい。早く起きろ!」
酒場で聞いた雑談だが、寝起きが悪い旦那が奥方にフライパンを叩く音で起こされたらしい。
あの時は恐妻家だと思ったもんだが。
俺も寝ぼけたらあぁやって起こされるのか?
「あんたまでトウカの兄貴の手を煩わせるんじゃねぇぞ。エルトの兄貴だから許されているんだ」
そんな甘い妄想は強面の凄みであっという間に霧散したわけだが。
三年前から、だっけ。
確かそれぐらい前から。
アスカンタ王国が喪に服し始めたのは。
溺愛していたセシル王妃が病で亡くなったから、パヴァン王は悲しんで悲しんで、いまだに立ち直れていないとか。
でも、三年だ。
三年も。
自分や貴族だけじゃなくて一般国民にも喪を強いている。
子どもが外で遊ぶことも、大っぴらに景気よくお祝いすることも、家の外で大きな声で笑うこともできない。
喪に服すこと自体は大切なことだと思うけれど、長すぎる。
経済は停滞し、国政を民は疑い、国王への同情心や王妃への悼む気持ちはだんだん不信感にすり変わっていく。
その先にあるのは王国の衰退でしかない。
まだ三年、とも言えるかも。
まだ三年だから間に合うし取り返せる。
もっと長く続いたら民の流出が目に見えるほど起きるだろうし、他の王国は前を向いて発展していくのに後ろ向きのまま停滞しているアスカンタは相対的に衰えていく。
殆ど関わりのない王国の事情だし、どうにかしたいなんて思わないけど。
なんというか、貴族の教育を受けているとなんて情けない、と不敬にも思ってしまった。
立場としてはトロデーン王国の事以外はどうでもいいんだけど、流石に喪が長すぎて外交にもやや問題が出はじめようとしているからちょっとだけ、呆れていたりする。
トロデーンは客観的に滅んでいるから停滞どころじゃないけど。
早くドルマゲスをぶちのめさないと。
ともあれ。
国王がそうなるのも分からないでもないよ、愛する伴侶を失って悲しむのは当たり前。
でも、そんなに長い間嘆き悲しんでいたってセシル王妃は絶対に帰ってこないし、国民はただ困るだけ。
悲しみを全て忘れろとは言わないけど、そこはぐっと押し込めてちゃんと政治ぐらいまともにしてほしい。
なんでも、大臣が代わりにやっているとか。
大臣が野心のある人じゃないからなんとか成り立ってるだけで普通なら国を乗っ取られる自体に陥ると思うんだけど。
セシル王妃との間にお世継ぎがいなかったのが、不幸中の幸いか。
いたら今頃祭り上げられて「優しい王」の代わりに「強い王」に王冠を与えるために反旗を翻すって可能性も……。
そこまではないか。
ついつい、「前」の価値観で物事を考えてしまうけれど、この世界はなにより敵対的な魔物がいるから人間同士の争いは当然あるとはいえ、国を滅ぼして領地拡大している暇があったら魔物の生息地のひとつでも抑え込んで欲しいよ。
私は、将来的にモノトリア家当主となって、陛下や姫さまに仕えつつも領地を治める。
だからちょっと、この状態には思うところしかない。
領民のことを一番に考えるのが、上に立つものの定めでしょう?
そのための特権、そのための王侯貴族なんだから……。
パヴァン王には一回だけ会ったことがある。
父上と母上に連れられて短い時間謁見しただけだけど。
あの時はここまで弱い人だとは思わなかったんだけどな。
普通の王さま、優しげなお顔の王さまだと思っただけだったのに。
あぁいや、不敬だ。
セシル王妃がご存命ならなんの問題もなかったんだ。
「アスカンタでは情報収集はどうしようか、エルト?」
「お城の中もいけそうだね。昼間は開放しているみたいだし」
「今回も分かれて聞き込みするのかしら?」
「いや……もうみんなまとめて行こう。この雰囲気だし、あちこちで目立つのも良くないよ」
城下町の入り口に門兵すらいないから、入り口でさっさと作戦を決めておく。
ちょっと覗いただけでも町は静かすぎて、大所帯なんて悪目立ちしすぎるね。
流石に町の方には兵士がいるけど、ここからなら声までは聞こえないはず。
お城に入るんだったら、流石に三本も剣を装備していたら、あらぬ疑いをかけられそうだからドニでやったように大剣と腰の双剣の片割れをしまった。
それからここまで走りに走ったせいでぐちゃぐちゃになっていた髪の毛を手櫛で撫でつけ、結び直す。
貴族としてではなく、旅人としてだから最低限まともな見た目ならいい。
それを見ていたエルトが慌てたように寝癖を抑えていたけどそれ直ってないよ。
普段から跳ねた髪をバンダナで抑えるとかいう裏技を使ってるけど、前髪がけっこう跳ねてるから完璧にはならないって。
ちゃんとしているようでこういうところは疎いね。
やるなら仕事で使っていたてつかぶとくらいガッツリ頭を抑えるかいっそ頭を濡らして弱めのギラで一気に乾かす……とか?
まぁ、きっとそういう「抜け」がモテる要素なんだろうな。
とはいえ、天然素朴なイケメン兵士なエルトを参考に男装するのはハードルが高すぎるので生暖かく見ておく。
ま、ヤンガスは何にも気にしてないし、ゼシカやククールはちゃんとしている。
うーん、あらためて見直してもなんの集団かまったくわからない!
「よし、行こう」
宣言したエルトに続いて町へ足を踏み入れ、静かな空気に沈んだ雰囲気、暗くて陰気なアスカンタに入っていった。
道行く人々は、一様に暗い表情しか浮かべていない。
外で遊ぶ子どもも当然いなかった。
言わせてもらうとすれば、そろそろ王さまは仕事して。
たまにはお城から出て街の様子を見るべきだ。
我らが陛下はそれをなさっているんだ。
陛下も王妃を亡くされた時、それはそれは悲しまれたけれど国を傾けるようなことはなさらなかったんだ。
・前半のエルト視点とククール視点が新規の文章。後半トウカ視点は文章訂正