〈だべだべ昼下がりのち死屍累々〉
食堂の一角。
たいていは同じ格好をした人間たちでまとまって思い思いに過ごす時間。
昼ご飯を食べ終えても食器を片付けたあとはだいたいみんなそのまま食堂に留まっている。
四人がけのテーブルに三人で座って、トウカと同期のルミと僕は剥いたリンゴを分け合って食べていた。
なんだかちょっと熟れてなくて酸っぱいけど、昨日の大雨のせいでその辺の庭に落ちていたものを分けて貰ったやつだから仕方ない。
もうちょっと部屋に置いといて熟れさせたらよかったかも。
「ねぇトウカ。もし門番やってる時に魔物が出たらどうすればいいかな」
「大先輩のバートランドさんに対処法聞いてないの?」
「急いで門を閉じて片方が残って、片方が増援を呼ぶって聞いたけど」
「そうしたらいいじゃん。ちなみに魔物は殺すと死ぬから」
リンゴを口に放り込んだトウカがシャクシャクやりながら無造作に右腕を振り下ろすと、ドォンと大きな音と共に相手がすっ転んで、ギャラリーから小さく悲鳴が上がった。
派手に机の上に叩き付けられたムキムキのコックが帽子を拾って起き上がり、感服したように一礼する。
トウカは手を振って次の人間を催促した。
いつ見ても凄い光景。
「殺すと死ぬ、かぁ」
「首落として生きてるのもなかなかいないし。スライムは断面が綺麗にくっつくと生きてることあるけど」
「なぁ、多分聞く相手間違えてるぞエルト」
「槍ならなるべく真ん中を串刺しにして壁に向かってブンッて吹っ飛ばすとなんか死ぬ。そうでしょルミ。そうじゃない?」
「串刺し……なんか死ぬ……まぁそう、か」
さっきまで頬杖をついていた左肘も机につけて次の相手に顎をしゃくり、鍛えた上腕二頭筋を見せびらかしてギャラリーに威勢を見せていた兵士を「分からせた」。
勢い余って地面に叩きつけられた男に嫌味なほど清々しい笑顔を見せつつ、ついでとばかりに右手でもうひとりもぶちのめす。
トウカは話しながらもチカラ自慢たちの腕相撲に付き合っていて、今日も無敵だった。
誰も勝てたことがないのに、誰も勝てたことがないからか、未だに挑む者が後を絶たない。
「貴兄はそろそろいい加減にして欲しい。エルトが混乱しているよ」
「混乱しながらエルトはちゃんと聞いてるのさ。あのさ、勢いよく思いっきり城門蹴り飛ばしたら閉じた勢いで魔物ぺちゃんこにして倒せないかなって思うんだけど」
「そんなことしたら陛下に怒られるよ」
「だよね。でも見たくない? ぺっちゃんこのスライム」
「ちょっと見たい。ラグにしたい」
「足元モチャモチャになりそう」
「もうやだこの同期たち」
「十年つるんでたら慣れるから大丈夫だよ」
「十年後のモノトリアご当主とこんな会話をしたくないのを理解して欲しい」
ひときわ背の高い男がやってきて、気合十分に掛かってきたけどひとひねりにされてまた歓声があがる。
ルミは小声で「ここは場末の酒場じゃないんだぞ」なんて言うけど、たまに陛下もこっそり見に来て楽しんでいらっしゃるので大丈夫だよ。
「んー、でも父上は馬上から飛び降りて踏み潰したらなんか倒せるんじゃないかって若い頃鋼鉄のブーツを作らせたことがあるって仰っていたよ」
「それ聞いた。確か両足骨折されたんだって?」
「母上が帰還した父上を見てビックリした衝撃でベホマを使えるようになったんだって。愛だよね。その後顛末をお聞きになってメラゾーマも覚えたって……」
「聞きたくない聞きたくない厳粛厳格なイメージが崩れる」
「強権・溺愛・おしどり夫婦だよ」
「聞きたくないってだから!」
「考えてもみなよ、十年後のトウカがどうなっているかって、どうもなってないよ。十年前から変わってないんだし、十年後も鍛練好きで朝晩は剣をブンブン振ってるに違いない」
「エルトも十年したら両手に槍構えてそうだね」
「僕はそんな方向に進化しないから」
「お前たち本当に仲良いよな……」
「そうだよ」
「今更」
ようは日勤部隊の昼休憩。
食堂で馬鹿な話をしながらだべっている時間は結構好きかも。
性懲りも無く腕相撲を挑みに来るチカラ自慢の一般兵たちをひょいひょいとなぎ倒しながら、列をなす人数を数えているトウカとトーポにチーズをあげている僕、なんだか疲れてテーブルに突っ伏しながら会話しているルミ。
時折、同じ近衛兵も列に並んではテーブルに簡単に叩きつけられている。
相手のダメージを少しでも減らすために腕だけ手甲や腕当てを外して勝負している姿を見ると、小柄なトウカがマッチョたちをちぎっては投げているさまは見ていて面白い。
テーブルの周りがしかばねまみれになるとトウカがこっちに自然に腕を差し出してきたので腕まくりした。
ルミがトウカに見られた瞬間に首をブンブン振ったせいで僕の方にロックオン。
「おっエルト、ノってくれるの? 本気出しちゃおっかなぁ」
「折らないでね。脱臼もやめてね。午後も訓練あるんだからね」
「受け身頑張れ。君ならできる!」
一見ただの細い手首、小さな手。
近衛兵の中でも見た目だけなら強そうには見えないのに。
グッと握られた手はビクともしない。
手のひらにゴツゴツとした剣だこがいくつもあって、それが僕の手のひらにもくい込んでいるような気がした。
「おー、おー、エルトがいちばんちからもち! もちろん、このボク以外の中でね」
ゆっくりゆっくり腕が下ろされて、手の甲がテーブルに付けられてしまう。
ほかの人たちと違って勢いよく叩きつけられなかったのは痛くないようにトウカなりの優しさ……いや違う、なんとか抵抗する様子を楽しんでたに決まってる!
「はい、ボクの勝ち! ボクに勝ちたきゃトロルでも連れておいでよ、地獄の帝王相手だって腕相撲なら負けないんだから! でも勝ちに挑むなら今日がいいよ、今日より明日のボクの方が強いからね!」
地獄の帝王だか闇の魔王だか知らないけど、トウカならきっと状況が許すなら腕相撲してそうでおかしくなってきた。
わいわいしていたけど、休憩は終わり。
みんなしてカブトを抱えて槍を手に持ち場に戻っていく。
あ、門に魔物が現れたらトウカを呼べば一網打尽にしてくれるんじゃないかな。
もちろん僕も援護するけど。
その後、誰も挑んでくれなくなったトウカが「辻腕相撲」を仕掛けてたくさんの人間が生けるしかばねになったのでトウカの前で「腕相撲」というワードを出してはいけないということになった。
〈仕込みは母上〉
「御機嫌いかがかな」
「あ、トウカ」
「あ、トウカじゃないよ、絶賛勤務中だろ、すまし顔で黙ってスルーするのが正しい王国兵のあるべき姿」
「そうだった。えっと……トウカ、御機嫌よう?」
「それを言うのはこっちだけだって! どこの兵士が貴族に向かって『御機嫌よう』って挨拶するんだよ! 君はお姫さまか!」
「あら……ふふ、本当にふたりは仲がいいのね」
「……失礼、姫さまにお見苦しいものをお見せしました」
「見苦しくなんてないわ。エルトが、ふふ、『御機嫌よう』って槍を持ったままカテーシーしようとするのは面白すぎて……ふふっ」
「彼は生粋の天然なんです。もちろんご存知ですよね」
「えぇ」
仕事していたらミーティアとトウカが別の方向から現れて大混乱。
ミーティアの後ろにいる顔なじみのメイドさんが必死で笑いを堪えようとしているし、トウカの後ろで大剣を二人がかりで抱えている私兵は僕らの会話を聞いてか単に重いのか、目が死んでいる。
なんだよこの空間。
「お城を散歩していたら面白いものを見てしまいました。エルトもトウカもそんなふうに話すのね」
「えっと……うん」
公の場では敬語を使え! と言わんばかりにトウカはキッと僕を睨んだけどミーティアが笑っていたのでなんにも言わなかった。
「失礼ですが、トウカさま。そろそろ向かわれませんと」
「あぁそうだったね」
そういえばトウカは兵士の鎧でも動きやすい普段着でもなく、貴族みたいに……じゃなくて本当に貴族なんだけど……いろいろと飾りの着いた服を着てきた。
せっかく兵士の仕事は休みの日なのに貴族の仕事が入っているみたいで大変だな。
「姫さま、それでは失礼いたします」
ミーティアに一礼したトウカは茶目っ気たっぷりに僕に向かって長い服の裾をつまんでお姫さまのお辞儀、つまり僕がやりかけたカテーシーをやって見せてそのまま行ってしまった。
それはそれは、ミーティアが礼儀の先生に沢山教えられた通りの、お手本みたいなカテーシー。
思わず顔を見合せた僕たちは礼儀に関してはどこまでも堅物真面目なトウカがやったとは思えなくて、意趣返しにしては鮮やかすぎて、なによりそういった作法を学んでいないはずのトウカが見よう見まねにしては完璧だったから感心してしまった。
そう、あとから考えればトウカがともすれば貴族のお姫さまみたいに「御機嫌よう」と取れる挨拶をしたことも、よりにもよってミーティアの前でカテーシーを……まぁ、茶目っ気でやったと取れる場面とはいえ……やってみせたのも、本当の意味では女性の作法を真似して見せたふざけた無礼者ってわけじゃなくて、当然のことで。
そしてその仕草が見よう見まねなんてものではなく、「完璧」だった意味も、その時は分からなくて。
堂々とした足取りで歩いていく姿を見送りながら、武装してないトウカって本当に小さく見えるなぁ、なんて気にしてそうな本人には絶対言わないことを考えていた。
「エルトの話を聞いても、ちっとも話に聞いている姿と違うじゃないって思っていたのよ」
「そりゃあ、トウカは真面目だから僕みたいに『こんな』話し方じゃないから」
「ミーティアはエルトがそのままでいいと思っているわ。もちろんトウカはトウカでそのお役目を全うしようとしている姿を好ましく思っているの。でも、そうね、ちょっと寂しいかも」
ふたりはいつまでもこうやって仲良くしていてね、なんて寂しいことを言う。
ミーティアがサザンビークに行ってしまう日を思うととても寂しい。
来なきゃいいのに、そんな日なんて。
僕は後ろ盾のないただの拾われっ子で、ただの兵士。
一国のお姫さまに何かをしてあげることなんてできないけれど。
大国同士の古い約束に、どう介入できるっていうんだ。
願うくらいは、いいはずなんだ。
時間が少し止まってくれないか、とか。
こんなに不安がっているミーティアを安心させてくれるくらい、お相手がいい王子さまでありますように、とか。
あるいは、ミーティアを連れてどこまでも走って行けるくらい、僕が強くなれたら、とか。
なんてね、考えるだけで不敬罪かも。
トウカの怪力は生まれつきではなくてある理由で成長限界がないため鍛えれば鍛えるだけ強くなったタイプ