【改訂】剣士さんとドラクエⅧ   作:ryure

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第2話 理不尽

僕の後ろで小さなあくびを噛み殺していたはずのトウカは急に白い閃光に見える勢いで前に飛び出した。

服のすそが僕の頬をかすめるほど高くジャンプしながら。

 

「接敵確認! スライムのスライス三丁っ!」

「よくやるよ」

 

トウカが飛び出した直後に魔物が現れたと僕は認識する。

つまりは僕が視覚で認識するよりもトウカが気配かなにかで察知する方が早いというわけ。

 

構えようと瞬間的に兵士の剣を抜くけど、それよりもトウカは速かった。

トウカは自分の身長「は」ある大剣を大きく横に振ってスライムを真っ二つにすると、そのままそれを繰り返す。

大剣の反射のきらめきを撒き散らして、それに目を奪われた僕が我に返った時にはもう、地面に水色の物体がうにょうにょとうごめいているだけになっていた。

 

しかも宣言通り、良く見ればちゃんとスライスになってるんだ。

ぶんぶん剣を振り回しているように見えてきちんと当てる位置を考えてるという証拠。

 

何が「よくやるよ」って、そんな大きな金属の塊の大剣をやすやすと振り回せることとか、人間の動きのくせに目で追うことすら難しいほどの素早さとか、空中で真っ二つに斬っておきながら、液体みたいなスライムに正確に剣を当てることとか、……。

 

心強いけど、今、僕やることないね。

余力があるのはいいことだけど。

 

あーあ、どうせ支給品持ってくるなら槍にしたら良かった。

やっぱり気が動転してたんだと思う。

兵士の剣もいいけど、トウカが近接なら僕はちょっと後ろから槍で突いた方がバランスがいいね。

 

そんなトウカを見て、新しく僕らの弟分? それとも舎弟? になったヤンガスが目を輝かせている。

 

見るからにパワータイプな戦闘スタイルだろうから憧れちゃうか。

気持ちは分かる。

 

「流石はトウカの兄貴! 目で追えない動きでがす!」

「あはは! きっとヤンガスは斧で出来るようになるさ、すぐにでも! こういうのは数を誰でもこなせばできるから!」

「……頭が痛い」

 

トウカと他の人を一緒にしてはいけないと思うけど。

まぁ、頑張って練習すればいつかは出来るかもしれないけど。

 

そんなに白い歯を見せてどや顔をしなくていいから。

陛下に呆れられているよ。

 

「エルト、トウカ・モノトリアはおぬしの前や仕事以外ではああなのかの? わしの知る姿とはあまりにも違いすぎるのじゃが」

「トウカは普段や職務はとても真面目ですがたまにトウカもふざけたり、明るく振舞ったりしますよ。今はふざけているのではなくて、ハイになっているのですが。僕の前だと常にテンション20で鍛錬しているイメージです。えっと、今は……やや刻んで25か30くらいありますが」

「なるほど……父親共々モンスター討伐隊ばかり組んでおったが、そういえば貴族の箱入り息子じゃったな。身分に縛られない外の世界は物珍しいのじゃなぁ。年相応なのはいいことじゃ」

 

無邪気に笑いながらヤンガスとスライスされた無残なスライムの残骸をそこらで拾ったであろう棒切れでツンツン突っついているトウカは暫く放っておく。

小さな子供が泥遊びをしている光景と重なったけど気のせいということにして。

そこまで精神年齢低かったっけ? 

今まで魔物を狩るために外に出る時は父君かお付きの人たちがそばにいたからやらなかっただけ?

 

今は困ったように佇まれているミーティアのお相手をするのが先決だからね。

 

それから、必死で顔を笑顔に保とうとして、おどけて、大袈裟に振舞って、現実から目を逸らすようなトウカを見ていたくなかったから。

僕の辛さは、鏡のようにトウカの辛さだった。

 

今も胸の奥が故郷のみんなの変わり果てた姿、美しかった城があんなになってしまったショックの余韻でじんじんとして、気を抜けば涙が流れそうだった。

僕もあんな風に笑っていたほうが、忘れられるような気がして、ミーティアに笑いかけた。

 

白馬のミーティアは、ううん、ミーティア姫はそんな僕の心を見透かしたように、微かに言葉にならない声をあげてくれて、そのままそっと僕の腕に寄り添ってくれた。

 

小さい時に、ひとりぼっちの僕といてくれたみたいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、そこのお姉さん。ボクは旅人で土地勘がなくってね。ちょっとこの街について教えてくれないかい?」

「トウカ?」

「トウカの兄貴……」

 

まるでナンパをするかのように街の娘さんに話しかけているトウカを、ヤンガスと二人して若干白い目で見た後、そのトウカによって思いの外情報が簡単に増えていくことにまた頭が痛くなる。

薔薇の花でも持ったら似合いそうだねって、そうじゃなくて。

白い薔薇でもいいねってそうじゃない!

 

ねぇトウカって何が出来ないの? 

魔法以外で教えてよ。

 

きらっきらに洗練された、傍目にはわからない完璧な作り笑いを浮かべるトウカ。

長い前髪によって左半分しか顔が見えていない癖に、浮かべる表情によって漂うイケメン的雰囲気を、やたらめったらと撒き散らすトウカからさっと目を逸らす。

 

なんていうか、精神衛生上悪いというか。

トウカはそんなに軽いやつじゃないとは分かっているけど、少し、心にぐさっとくる。

端的に言えば恥ずかしい感じ。

僕は何もしていないのにね。

その、ギャップがね……なんて言えばいいんだろう? 

隊長に怒鳴られているのが僕じゃなくてもなんとなく恐ろしくてビクッとする、あんな感じというか。

 

いや、別にトウカは顔は悪くはないし、酷いようだけど言い訳すると、僕と同じで飛び抜けてイケメンでもない。

僕と同世代のトウカの家の使用人いわく、女の子のように可愛い顔らしい。

なんでそんな反応に困ることを教えて貰えたのかわからないな。

どうせ半分しか見えていないから美醜はいまいち分からないし、十年も一緒にいる親友が女顔だからなんだって言うんだ。

女顔でもトウカは男だ。

誰よりも強い、文字通りの最強の剣士なんだから。

 

まぁつまり、線の細い謎めいたイケメンっぽく振る舞える顔立ちってことなのかもしれない。

 

でもトウカは魅せ方が上手いんだ。

だから、うん。

そういう風に笑うとイケメンに見える。

トウカはよく、僕の顔を褒めてくれるけど、僕たち、並んでいると兄弟に間違えられるくらい髪の毛の色合いが似ているからか、それを何度も言われてきたからか、なんとなく恥ずかしい気持ちになる。

それは自分を褒めてるみたいって勝手に思う感じというか。

 

男にしてはやや高めな、発音がいいから聴き心地の良い声と、本物の貴族の上品な振る舞いがあれば。

それからトウカの抜群の魅せ方があれば。

あとは、もうトウカの領域なんだろうな。

 

別にいいのさ。

でもすぐ隣にそんな……どんなことでも、周囲の期待に応えるために頑張って頑張って自分の「特技」にしちゃう人がいたらさ、ただ、自分がそこまでやらなかったのが無性に悔しいような。

隣に色んな意味で敵わない、だけど一番仲がいい人間がいたら。

普段は小さな子どものように無邪気な、色気とか大人の雰囲気とかから無縁な、行動は派手だけど真っ直ぐな人間だって知っていたら。

 

でもさ、「弟さん、格好いいですね」って言われる僕の気持ち、トウカには分かる? 

相手は同い年なんだよ、兄弟じゃなくて親友なんだよ、なんともいたたまれない。

すぐにトウカがフォロー入れてくるけど、……フォローになっていないんだけど、大体。

それ自体が微笑ましい兄弟のやりとりに見えるとか言われるけど。

 

話が落ち着いたら決まって「小さい時から鍛えすぎたな」「エルトはまだ伸びる、分かってる」とかなんとか言って鍛錬を始めるのがいつもの流れだけど。

トウカもまだ伸びるでしょ。

 

まぁ恐れ知らずにそんなことを言えちゃうのはトウカの実家がどこかという事実を知らないトロデーン外からの人だけなんだけどね。

こんなに気安く接しているけど、本来なら陛下とミーティア姫同様に近衛兵の僕が守らなければならない貴族さまなんだから……うん、この考えこそ本来ならとんでもない無礼だ。

でもトウカは敬われた方がよっぽど傷つくから、とりあえずいいとして。

 

トウカが「近衛兵」ならこのままで。

トウカが「貴族さま」なら場合によっては身の振り方を考えなきゃいけない。

それくらいの認識。

 

つまりね、現状トウカと比べられたら負けるしかないってこと。

僕が勝てるのって、ホイミが使えることくらいしかないかもしれないんだし。

魔法だけは、そもそもトウカが一切使えないから……使えない相手に勝ったとか、心底馬鹿らしい考えだとは分かってるけど。

 

そもそもトウカに魔法はいらないとは思うけどね。

なんだよ、トウカを暗殺する為に高速で飛んできた短剣を避けたとか空中で叩き壊したとか。

挙句の果てには魔法を打ち返して返り討ち? 

冗談は剣の重さだけにしてほしい。

 

でもね、こういう風に思いつつも。

トウカは悔しいほどに恨めない人だ。

トウカは無邪気だ。

無邪気に笑う人だ。

あの笑みを向けられてもなお、敵意を向ける奴は少ないよ。

僕も勿論毒気を抜かれるし、そんなに完璧なトウカでも常に上を目指し続けているんだからトウカが一緒にいるのが嫌になるわけがないじゃないか。

 

ただ、ちょっとあの「イケメンモード」の時は他人のフリがしたかったなあ、とは思うけど。

そこは嫌だよ、誰だって仲のいい人間のキザなセリフを、いくら自分に向いてないからって聞きたくないと思う!

 

「えーっと。あとは酒場だけかな? なんとも入りにくい、この空気……」

「年齢的には問題ないよね、僕達はもう十八歳だから、大丈夫なはず。トウカはこういうところ来たことある?」

「あるわけないじゃない。ボクはほぼほぼ職場と家を往復する人間だよ」

「僕もだよ」

「君の場合は宿舎が半分職場だからボク以上だよ、エルト!」

 

街中では実に威勢良くバリバリ情報収集をしていたトウカだったけれど、情報が大集結しているはずの酒場にはどうしても入りにくいみたいだった。

 

一般的な成人は十八歳……それ以前に十五歳でも一人前っていうか、兵士になったのはその歳。

十八歳といえばとっくに結婚もできるのにね。

貴族なら結婚している人も多いって前にトウカ、言っていたよね? 

なのに何故そこで止まるの。

 

気持ちは、少しだけわかるけどさ。

分かるけど、僕だってそこまで葛藤しないよ? 

……僕も未成年に誤解されかねない童顔、だけど。

入ったら多少見られるのは分かっているけど……。

それでもそこまで戸惑わないよ?

 

「ボクはね、箱入りだから」

「無駄にキメ顔しなくていいよ」

「大衆の娯楽の場にボクが入った事があるとでも思っていたのか?」

「兵士ってのは大変な仕事なんでがすね。こういうのは一気に入っちまえばこっちのもんですぜ」

「そうなんだ!」

 

とりあえず扉の前にいても邪魔だし、トウカはヤンガスのいった通り元気よく扉を開けた。

 

夕暮れ時だからまだお客さんも多くないかな? 

なんて期待したけどちらほら。

どっちかというと食事や酒に夢中なお客さんより従業員の方が視線が痛い気がする。

 

「居たたまれないこの感じ」

「トウカの兄貴、緊張しなくても大丈夫でがすよ。ここはかなり上品な場所でがす。あっしのいたところなんて昼間っから喧嘩ばっかりもざらでがした」

「本当? じゃあヤンガスの近くにいようかな。酒場慣れてそうだし」

「お任せくだせえ」

 

ヤンガスや陛下と違って、絶妙に背が低いから年相応には決して見られないトウカにまばらな客の視線が集中する。

僕もさっきも言ったけど比較的童顔だし、ちょっと居心地は悪い。

トウカのお陰で視線は分散していて大したことはないけれど。

トウカを盾にしているのかもしれない。

 

それでも今、コアタイムじゃないみたい? 

で、従業員の人数のわりにあんまり人がいないから良かった。

 

「どうしようかな……」

「さっきみたいにやらないの?」

「お客さんの中に年頃の娘さんがいるの? 同年代は? ならボクよりエルトが聞いてきてよ、ここにいる、あらゆる人に」

「ここに来て丸投げしないでよ」

「だってエルトはどんな人にでも好かれる性質だし。あ、あの綺麗な従業員のお姉さんにはボクが聞くよ! ついでにバーテンダーさんにも!」

「ちょっと!」

 

いくら居づらいからって、ここにきて情報収集を投げられるなんて。

……ここまで楽させてもらった分やってもいいけど。

でもね、トウカ。

ヤンガスと一緒にいるのは目立つってものじゃないんだよ? 

目立ちに目立っている、というべき? 

絶対僕といた方が目立たないのにヤンガスを引き連れて謎の舎弟持ちの剣士になってて、聞き込んでいる相手は絶対集中してない。

どんな関係? って思われてそう。

 

僕としてはトウカとヤンガスが目立てば僕が目立たなくていいから有難いんだけど。

 

にしても、ここにいる人にはトウカとヤンガスの関係は何に見えているんだろう。

 

親子にしてはちょっとばかり年が離れていないし、年齢の離れた兄弟といってもヤンガスがトウカを「兄貴」呼びしているし。

知らない人には謎すぎる。

 

あー、ヤンガスを舎弟にしている怖いおじさんの大事な一人息子という設定なら違和感ないかも。

人を使うのにも慣れてることだし。

 

 

 

 

 

 

 

どうして、人間はこうも醜いことができるの?

 

私が生きていたあの世界の人間も、決してお綺麗な人間ばかりではなかったし、こんな出来事は歴史上、きっと何度も何度もあったんだろうけど……。

火あぶり、ギロチン、さらし首。残酷な処刑を学生の私でさえ知っていたから。

 

でも、私は何にも本物を知らずにあの世界で生きて、若いまま死んだんだ。

生まれた国は日本、国から出なければ私自身が差別にあったことは特になかった。

もちろん差別自体はなかったわけじゃないと思う。

でも、社会を知る前に死んだから、知る機会はなかった。

 

その後はここで生まれて、ある意味小さな小さなトロデーンの箱庭の中で生きた。

父上や母上が目隠ししてくれていた世界しか見てなかった。

輝く世界にいたと思う。

見えなかった。

トロデーンの中の汚いものすら、見ていなかったんだ。

きっとあっただろうに。

どんなに小さくとも。

わかってたのに探さなかった。

止められると知っていたから。

 

要するに、これまで私はこういうあからさまな差別や汚い物は見なかった。

決して見せられなかった。

完璧なまでに隠されたんだ。

 

私は貴族だったから。

大貴族の子という立場だったから。

知ったのは大人になってからだった。

そんな中、成人、大人になってすぐ、私は旅に出た。

出ざるをえなかった。

だから、知っていることは子ども時代と一緒だった。

 

そうだ、エルトと私は紙一重だったんだ。

もし、捨てられていた私を母上が見つけられなかったら? 

ここに来た時、八歳ぐらいだったエルトを、そうさ、母上が見つけたのがエルトだったら? 

エルトが、どこかで分岐したであろうモノトリアの血を引いていたら? 

どうなっていたの? 

八年、たった八年のズレと偶然の産物。

私が迎えられたのは私の功績じゃない。

運によるものでしかないもの。

 

当時のエルトはお城の小間使い、私は貴族の跡取り。

 

それでも共通点は、ある。

置かれる立場は違っても、姫さまの友達だったエルトと、貴族の私は汚いものを見えないように目隠しされていたこととかね。

 

でも、紙一重。

きっとエルトは私と違って世界がここまで汚いことを知っていた。

知らざるを得なかった。

私は全く知らなかった。

知る機会もなかったし、知ろうとする意欲もなかった。

慢心はいけない、と知っておきながら……私は見せられる世界だけが見渡す限りの世界の全てだと思っていたんだ。

 

エルトは私よりも冷静にこの場を打開する方法を考えていた。

私のようにすぐに力ずくで解決しようとはしなかったのだから。

汚い世界を知っていたから、私のようにひどく動揺しなかったから。

でも、これは後から知ること。

 

私には何も見えていなかった。

感じていたのは血の気の引くような恐怖だけ。

それだけ、それだけさ。

 

「止めろ、止めろ!」

 

思考を止め、ただただ無我夢中で、陛下や姫様に群がっている人をなぎ倒す。

ただ力ずくでかき分ける。

避けてくれないで邪魔な奴はそのまま突き飛ばす、勢い余って蹴り飛ばす。

誰かが叫んで止める声は聞こえている。

でも止める気は、まったくない!

 

ずっとずっと鍛えに鍛えたこの力だと一般人を吹き飛ばすことは容易かった。

それはまるで綿でも投げるかのよう。

軽い。

多分殺してしまうことも同じぐらい軽いんだ。

でも、主君に血を見せるわけにはいかない。

陛下は汚い世界を知っておられるだろうけど、不快にさせてしまってはいけない。

 

無骨な石を、無二の陛下に石を投げた張本人を見つけ、私は怒りにまかせて足を踏み出した。

その時、踏み出した下の石畳は簡単に割れ、木端微塵に砕けた。

それは、私としては少し強く踏み込んだだけにすぎないのに。

 

怒りは力を何倍にも増幅するというけど、そもそも私は普段の生活ではふわりと羽根みたいに舞っているくらいの力で過ごしているにすぎないのだから、当然。

その上怒りも加われば、もっともっと力が出せる! 

だけど私はまだ全力なんて出してはいない。

 

我ながら化け物じみた力を、ほんの少し見せただけで群れる屑どもからに悲鳴があがる。

なんて耳障りな。

悲鳴をあげたいのは姫さまの方だ!

 

口々に私を魔物が化けた者だと言う。

びしゃりと聖水すら、かけられた。

勿論、そんなもの効くはずがない。

私は魔物じゃない。

私はモノトリアの貴き血をたまたまといえど引いているのだから、そこらへんの人間よりも血統が保証されているただの人間だ。

 

ああ、でも。

少し脅したぐらいでは埒が明かない。

ここは一発で黙らせてやろう。

 

二度と主君に手を出せないように。

 

「……私の名前は、」

 

父上、母上。どうかお許しを。

私はどうしても好きになれなかった権力を振りかざします。

そうして、この屑どもから陛下と姫さまをお救い出さなければならないのです。

 

「……止めい!」

「……!」

 

父上と母上に心の中で謝罪しながら続けようとした言葉を当事者の陛下に止められる。

これは私が、私だけの力で止めなければならないということ。

私はそう理解した。

 

家の権力を振りかざせるほど私は偉い人間でもないし、当主でもないのに思い上がるなというわけだ。

さすがは思慮深い陛下だ。

なんと正しい判断か。

狭い視野しか持たない私には思い当たらないような考えをお持ちだ。

怒り狂ってもなお、貴族は理性的に自分の力を図らなければいけない。

それを教えてくださった。

 

あぁ、父上。母上。

私はまだまだ未熟なんです。

早く私はあなたたちの腕の中に戻りたい。

優しい腕の中で守られる小さなトウカは、まだまだ大人じゃなかったみたいだから。

 

でも、ここにいないから。

私は私の力だけでどうにかしなくちゃいけない。

血を流さずに、権力を使わずに。

 

それはなんて難しいことだろう。

戦う方がよっぽど気が楽。

 

「見世物じゃないんだ。どこかに行ってくれない?」

 

そこで、まだこの場に残っている最高に恥知らずな人間を追い払うために、私はちょっとばかり「強めに」足を踏み出した。

私の「強め」だ。

間違っても、一般生活レベルの「強め」ではなくて。

剣を振り抜く時のように力を込めた。

 

するとさっきとは比べものにならないほど、石畳が何メートルも砕け散る。その中心にいる私はさしずめ爆心地の中心。

隕石でも落ちてきて小さなクレーターでもできたようだ。

でも、これでも本気じゃない。

本質を見極められない相手に本気をだすほど私は成り下がってはいけない、と陛下は仰せなのだろうから。

 

それを見た恥知らずたちはキングスライムを散らしたかのように逃げ去っていく。

誰一人怪我をさせてはいないからまあ、大丈夫だと思う。

これでいい。

これでいいんだ。

 

私は、化け物じゃないよね? 

化け物でもいいけど。

心の奥の「トウカ」が冷静に告げているもの。

普通じゃないって。

 

普通の女の子が王家の守護になれるとでも。

化け物の方がいいじゃないか。

 

「……トウカや」

「申し上げます、陛下。マスター・ライラスは数日前の火災によって亡くなられておりました。私の主観ではこの街に長居は無用です」

「そうじゃな。まずは街の外に出るぞ。ほれエルト、馬車の準備をせんか。トウカは姫を連れて外へ……いや、姫や。すまんの。馬車をまた引いてくれんかね」

 

私は最初から表情を変えていないつもりだった。

もう、怒りすら馬鹿らしくなってしまったと思ってた。

でも、陛下の言葉を聞くと悲しいと思ったさ。

どうしてトロデーンの姫君とあろう方が馬車を引かなければならないんだって。

 

でも、国には馬一匹さえ残っていなかったんだ。

だから。

陛下は悲しまれたけれど、合理的な判断をされた。

そして姫さまもそれを受け入れられた。

 

私だけがまったくの考えなしみたいだ。

こんな私を見て、エルトは怖がったりしないだろうか。

かつての常識を思い返してみれば、こんな行動は人間の域を超えているんだから。

魔法がある世界でも、「バイキルト」も使わずにこんなことをする奴は異端だ、きっと。

 

だから顔を上げるのが怖かった。

私はエルトにさせたくなかったから、エルトを押し退けて姫さまを馬車に繋いで、ただ頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

すごく居たたまれない空気だった。

 

じっと自分の手を見つめて考え事をしているトウカに、一緒に黙っているヤンガス。

多分トウカは必死でこの宿や町を破壊するのを抑えているんだと思った。

 

普段のトウカだってあの石畳の破壊の芸当はできた。

でも、一度もやらなかった。

それだけ怒ってるってことだから。

 

トウカは誰が思っているよりも優しいし、困っている人にさっと手を差し伸べたりするけど、その反面、破壊が好きだから。

 

戦いが好きで、破壊が好きで、魔物に限ってだけど、殺戮に生きていると言っても間違いでもない人間。

それがトウカだった。

もちろん普段は優しいトウカが怖いはずがない。

だけど、今日みたいなことがあればトウカはその身に宿す強力なチカラを解放して攻撃する。

 

でも、それは普通の人間の思考なんじゃないかな。

ただ、行使する力が普通よりも強いだけ。

 

今は僕たちは陛下の計らいで宿に泊まることが出来たのだけど、さっきからトウカはひたすら、ひたすら暗かった。

無言で、無言で、考えこむ。

笑顔はないし、トロデーンでの悲しみすら忘れているみたいだった。

 

トウカは部屋に入ってから、ただ一言だけ、「御身を守れなかった」とだけ言ってから、ベッドに腰掛け、その状態はずっと続いていた。

 

ヤンガスも、そんなトウカの雰囲気に圧倒されたみたいに話さないし、動けないように見える。

僕は、ただただ居たたまれないでいた。

 

あの場面でトウカが地面を踏み砕いた時、実のところ僕はトウカより危険な状態だったんだ。

剣を抜きかけ、本気で目の前の人間を傷つけてやろうと思っていたから。

だから、本当は僕こそが反省しないといけない。

 

でも、僕はちっとも責められることをしたとは思っていないんだ……あのやりかけた行動が、兵士として、人として駄目なことだったと分かっておきながら。

 

広場で久しぶりに見た、トウカのチカラのほんの一端。

本当はあんなものじゃ済まされないって事を知っているのはここでは僕だけだと思う。

それでも本気で怒りに任せて暴れまわったトウカの力まではわからない。

でも、トラペッタの街を物理的に破壊することぐらい、わけはないのは知っている。

そして、それをやる気が無いことも。

 

どうやって鍛えたらあんな風になるのかは分からないけど、あくまでふるわれるのは完全に「チカラ」だけっていう不思議。

その中に魔力は無いし、そもそもトウカは一切魔法が使えない。

それがトウカだ。

だからこそチカラが強くて。

だから、普段はとてもとても手加減している。

 

魔法を使えない人はざらにいても、魔力が全くない人は珍しい。

だけどそれだけだ。

いるよ、僕の知り合いにも。

魔力があってもほんのわずかで、無いに等しくて、それ故に魔法が使えない人はもっといる。

だけど、うん。

潜在的な力には魔法的なものをみんな持っているらしくて、あんな風に強大な力を使うときには無意識に何かしらの魔法が発動するもの、らしい。

 

だからあの状況で超常的なことがなかったトウカには本当に魔法が使えない。

だから、あの時トウカは魔物が化けた、化け物とまで言われたんだ。

そのことに関しては、僕も悔しい。

全力で否定してやりたかったけど、僕は怒り狂って反対に言葉が出なかったんだ……。

ああ、不甲斐無い。

 

魔力のない、それも人型の魔物なんているものか! 

常識的に考えてほしい。

 

僕は、昔トウカの母君に潜在能力を見てもらったら炎や雷の魔法が将来使えると言って貰えたから、多分そういうのが現れるはずだ。

さっきも怒りによって狭くなった視界の端が赤く染まっているような錯覚を感じた。

それが限界までいけばあの場は炎に包まれたかもしれないし、何人かが火傷するだけかもしれない。

そこは僕の魔力次第だ。

そもそもなにも出ない、というのはホイミが使える時点であり得ない。

 

だから、あんな風に「魔」がなんたるかさえわかっていない一般人にあれこれ言われているトウカを化け物呼ばわりなんて。

ミーティアと陛下に石を投げてきたのだって許せない。

だいたい街に入れるレベルの魔物なんて今のご時世そうそういない。

いたらモノトリアの討伐部隊が速攻で組まれる事件だ。

それこそ、ドルマゲス級の話じゃないか。

 

あぁ、僕は冷静じゃない! 

わかってたけど、黙ってぐるぐる考え込んでいると思考はどんどん跳躍していく。

 

トウカのお母さんは魔術師で、お父さんは魔剣士で当主様で。

遺伝は、絶対じゃないけど、どうしてトウカは魔法が使えないんだろうね。

世の中は不平等だ。

トウカはどんなことでも努力して、努力して、頑張って、頑張って、そしてモノにできる人なのに。

才能がないから、で切り捨てられる魔法は不平等だ。

 

だからトウカは手を見つめているの? 

それとも、力について考えているの? 

あの場でもっとやってしまえば良かったって思った? 

それは僕だけど。

激情の中でも発動しなかった魔法について? 

化け物だなんて、心にもない本当にバカらしい事を言われたことについて?

 

「ねぇエルト」

「……何かな?」

 

その時、ぼそりと呟くように問われたトウカの想定もしていなかった言葉に僕は唖然とした。

 

「もしかして石畳の修理代、私に請求されない?」

「……うん、トウカってそういう奴だったよ、安心した」

「えっ、されるの? 嫌だよこんな街に弁償なんて」

「僕はそんなこと知らないよ! 踏み倒せばいいんじゃない? 名前も知られてないしどうやって請求するのさ」

「それもそうか!」

 

想像よりも僕の親友は逞しく受け止めていたと分かって一気に安心した。

何を考えてたのかってもう一度問いただしても、あの騒動を起こしたせいで怯えられることよりも修理費ばっかり考えていたみたいだから。

 

それが本心だったのかは、分からない。

結局そのことが話題に上ることはもう無かったのだから。

単にいたたまれない雰囲気を察したトウカの優しさだったのかもしれない。

でも、その時の僕は安心した。

トウカがもうこれ以上傷つくようなことを考えるのは嫌だったから。




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