関所のある橋を抜けるとほどなくしてリーザス村に着いた。
橋を渡ってから魔物の生息域を跨いだらしく、襲ってくる魔物の種類がまるっきり変わった上に明らかに強くなったのが分かったけどまだまだトロデーン領内の強さほどじゃないから対応できるね。
ここに来たのはまるっきり初めて。
村全体から「のどか」や「素朴」なオーラが溢れ出してるね。
実に平和な雰囲気。
……にしてはちょっと村人の表情が暗い気がするけど、それは都会のトラペッタが活気で溢れて明るすぎるだけかな?
トロデーン以外の街や国を訪れたことはあるけど、いつだって観光じゃないからあんまりじっくり住民観察したことないからよく分からないな。
地元の子どもたちは元気よく走り回ってるし、静かすぎるわけじゃないけど、なんだか変な感じ。
散々原っぱを走ったり、暴れたりしたせいですっかりぐちゃぐちゃになった髪の毛を軽く手櫛で整えてから、なかなか着いてこない後方のエルトとヤンガスを振り返ってみる。
するとなんか何故か村の子どもたちに絡まれていて、エルトが早く助けてと言わんばかりに視線を送ってきてた。
すぐに気づかなくてごめん。
トロデーン領じゃないから合法的に捕まえられない上に、相手は子ども。怪我をさせる訳にはいかないし、だからといってこっちも怪我してあげる訳にはいかないなぁ。一丁前に武器まで向けちゃって。まだ意味がわかってないのかな?
何か誤解しているみたいだし、どうにかしなきゃいけないか。
「ふたりとも何絡まれてんの」
「お前も盗賊の一味か?」
「このお兄さん強そう、すごく大きな剣持ってるよ」
「たしかにボクはふたりの仲間だけど。ボクたち盗賊じゃないよ。三人とも食うに困ってるようには見えないでしょ? ボクたちはトラペッタの方から来た旅人だよ」
ヤンガスはぶっちゃけ盗賊に見えると思うけど、少なくとも肌艶とか立ち振る舞いからして「飢えている」わけじゃないからわかる人に分かるんじゃない?
昔はどうあれ今は違うって。
にしても盗賊の一味か?
なんて、子どもにしては随分と物騒な物言いだね。
子どもが持てる範囲のものだけど頭に防具まで用意して、そこそこ本格的な武器まで装備してさ。
もしかして、衛兵ごっこでもしているのかな?
村に入ってくる知らない人はみんな盗賊とか悪いやつだとか思ってるのかな、何それ微笑ましい。
うんうん、子どもってそういう時期あるよね。
正義に満ち溢れてる感じのね。
「ならお前はあいつらの用心棒だな! 汚い金で雇われてるんだろ!」
「なんだか設定が細かいね」
「……強そうだぁ」
純朴な顔をした方の子がやたらと褒めてくれている。
小さい子どもに褒められたらお姉ちゃん素直に照れちゃうな。
いや、君たちにはお兄ちゃんにしか見えないだろうけど。
伸ばしかけの短髪にとても女には見えない服装、言葉使い、化粧っけのなさ。
それから身長ぐらいの剣を背負って、両方の腰にも剣を差してる。……確かに用心棒に見える格好かも。
女戦士って言ったらあの特徴的な色と露出の鎧がセオリーみたいなところがあるし、そうじゃないなら戦士じゃなくて用心棒かな?
ってなるのかも。
もうちょっと、白黒の旅の服のどこかに赤い差し色をするとか、正義の味方っぽい色を入れたりすれば「盗賊の」は抜けるかな?
家の掟で平時に服装に色彩があるものを選ぶのはダメなんだけど。
なんでも、昔ほどは厳しくやってないらしくてトロデーンの兵士としての支給品を身につけるためとか、王家のためにする仕事に必要な衣装とか、なにか理由があればいいけどね。
いやいや、そんなことより。それ以前に温厚なエルトはどう見ても盗賊に見えるような顔じゃないし。
ヤンガスは……フォローできないけど。
少なくともエルトはどこかで見たような旅人スタイルにとっても澄んだ目の男なんだよ?
どんな人間でもエルトを見たら良い奴だと思うに違いないよ。
ヤンガスだけで判断しているんだったら……元本職の人だから、にじみ出る雰囲気でもあるのかな?
でも関わってみたらヤンガスは素直だし。
私なんて生意気な年下なのに一度認めたら慕ってくれるのってなかなかできることじゃない。
それに動物に優しいんだよ?
鳥とか逃げないし。
まあ、仕事にありつけず空腹に耐えかねて陛下と姫さまを襲ったことは私の立場だと許しちゃいけないんだけど。
まだあの事件から一週間ぐらいしか経ってないのにこんなに事情があったから仕方ないって思えてるのって結局は本人の人柄だよね。
でも、いざ山賊業から足を洗おうとしてもまともな仕事に就けなかったのは人相の悪さも影響してるわけで。
「ねぇ坊やたち……」
「盗賊の一味め! カタキよ、覚悟!」
うーん。
剣の切れ味はそこまでよくないように見えるけど、真剣で少年にケガさせられてもケガさせても後が面倒だよね。
だから説得のために話しかけようとしてしゃがんでみれば、こっちが言い終わる前に叫びながら斬りかかろうとしてきた。
やれやれ、この世界のこれぐらいの歳の子はこんなに血気盛んなものなのかな?
そういえば、赤ちゃんの私の首を刺してきた血の繋がらない従姉妹、ライティア・ヴェーヴィットも当時これぐらいの年齢じゃなかったっけ?
うう、思い出したらちょっと寒気がしてきた。
間違いなくトラウマだし。
「ポルク、よさんか!」
「おお」
真剣相手だしいくら鍛えていても当たれば怪我するので手甲で弾いて、弾いた剣を地面に叩きつけていたら、素早く騒ぎを聞きつけた村人のおばあさんが子どもたちにげんこつをお見舞いして止めてくれていた。
「旅人さんたち。到着早々、申し訳ないことをしましたね」
「いえ、こちらに怪我もありませんし。子どもたちが元気なのはいいことですよ」
「しかし、何の罪もない旅人さんにまで攻撃しようとするとは。これからキツく叱っておきますのでな」
一見優しそうなおばあさんはもう一度少年たちを力強くポカリポカリと拳で叩いた。
そう、素手のまま。
ふたりとも兜と鍋をかぶっているのに、痛がっている……だと。
どんなチカラが加わっているんだろう?
おばあさんの手は赤くなっていないし、これが年の功ってこと?
手練れだ。
「イテテばあちゃん! こいつらきっと盗賊なんだよ! サーベルト兄ちゃんはこいつらに……」
「黙らっしゃいポルク、どこがそう見えるんだね! 村に来る知らない人間全員にそれをやるつもりとはいい度胸だね! 外に馬車つれてる旅人さんなんだからさっきトラペッタの方から来なすったんだよ!」
「あの……ここまで旅人を警戒するなんて、この村で何かあったんですか?」
まだ私たちを疑っている少年たち。
それに怒るおばあさん。
疑問を口にするエルト。
一貫して盗賊扱いされて地味に落ち込んでいるヤンガス。
普通じゃない状況でなんかすごく村人さんたちに注目されているんだけど。
でも、私も何があったか気になるな。
少年はカタキって言ってたし、もしかしてその盗賊のせいで誰か亡くなったとか?
ひとしきりおばあさんからお説教を受けたポルクとマルクという男の子たちが走っていくのを見送った。
それを目で追ってから、トウカは村人に話を聞いてみようと提案してきた。
またトウカの「キザ」な行動を見せられるのはちょっと。
他の誰がそんなことしてても気にならないけど、トウカがするのはちょっと。
両親がいないから想像だけど、例えるなら親にされたくない行動ってあるじゃないか。
親友に向かって変だけどそんな気持ちなんだけど。
とりあえずトウカに単独行動はさせないことにして聞き込みする。
トラペッタほど人の数が多くないから何人かに聞けば、ドルマゲスがいたかどうかはすぐに分かるはず。
白塗り顔の長身道化師なんて特徴しかないし。
トラペッタはドルマゲスの師匠がいたぐらいだから道化師になる前のドルマゲスを知っている人がわりといたけど。
ドルマゲスについて聞くのは早々にやめて、代わりに聞き込みしたのは最近変わったことがあったかどうか。
するとあった。
この村の名家の跡継ぎが亡くなられた痛ましい事件が。
少年たちがあんなに警戒していたわけが分かった。
しかも最近すぎる。
本当に犯人がその辺りを彷徨いていても不思議じゃない時期。
「この村のいいお家の坊ちゃんが殺されたらしいでがすね」
「だから雰囲気暗いのかな、とても慕われていた人だったみたいだし」
「殺人事件か。結局、何かが盗まれたとかは聞かなかったね。よそ者に教えてくれなかっただけかもだけど、犯人は殺人が目的だったってこと? 物騒な」
素朴な空気の中にある悲しい雰囲気の原因も分かった。
あと、気になるのはその殺人犯の正体。
時期的にもドルマゲスが犯人だったとしても全くおかしくない。
僕たちが訪れるほんの少し前だったみたいだし。
だけど、その殺されてしまったらしいサーベルトというひとはマスター・ライラスと違ってドルマゲスとの接点が見当たらない。
聞いた限りではドルマゲスと同年代でもないし、住んでいる所も違う。
ドルマゲスはマスター・ライラスの弟子で、トラペッタにいたんだから、関所を越えてリーザス村まで来ることはないと思う。
そして噂だけで判断することになるけど、穏やかで良い人らしい被害者がドルマゲスを怒らせるような「何か」をするとは考えにくい。
一応、犯人は盗賊って言われてるけどこの村に殺人を犯してまで盗む価値のある有名なものがあるのかな?
あ、彼がやられてしまったのは、ここからでも見えるリーザスの塔なのか。
じゃあ、そこになにかあったの?
大切なものなら最低でもふたりくらい警備をつけて宝物庫に入れた方がいいのにって考えてしまうのは僕が兵士だからだよね。
駄目だ、僕には考えても分からない。
考えこんでいるところ悪いけど、トウカにも話を聞いてみようかな。
「ちょっと考えが行き詰まったんだけど、トウカ」
「?」
「目撃情報がないから。ドルマゲスが関所を破ったのは確かなのに、リーザス村に立ち寄っていないのは不自然じゃないか。だからこのままこの事件は無関係だと考えて先に進んだ方がいいのかなとか、もっと探った方がいいのかも」
「ボクも今考えているからまだ結論は出せないよ。情報をまとめたら陛下のご意見も聞かないといけないし。ていうか、エルトのポケットからトーポが脱出してあっちに走ってるけどそっちはいいの? よくないよね?」
「えっ早く言ってよ!」
確認してみたら確かにトーポは脱走してた。
ねぇそういうことは早く言ってよ!
え、僕に声掛けられるまで気づいてなかったから仕方ない?
なら仕方ないけど!
「どうしたの、トーポ待ってよ!」
小さいけどトーポはとても素早い。
そして転がる、走る、転がるを使い分ける多彩な動きができる。
その上小回りがきくからすぐに見失いそう。
追い打ちを掛けるように地面の色と同化しているし。
どうしたの。
今までそんなふうに不意打ちで脱走することなんてなかったじゃないか。
自分でポケットから出ることはあっても僕から離れたりしなかったのに!
一体あの小さい身体でどうやっているのか、あっという間に距離を引き離されて、それでも何とかトーポの行先を目で追っていると、その先には立派な建物があった。
村人たちから話を聞いていたけど、あれはここいら一帯を統治しているアルバート家のお屋敷かな。
そして事件の被害者、サーベルトさんの家でもある。
って、待って。
開いた扉からトーポが家に飛びこんだのが見えたんだけど。
こそこそ入る気はないけど、人様の家とはいえ流石にネズミを放ってしまったなら回収しても怒られないよね?
なんでいつもはポケットの中で大人しいのに今日に限って飛び出しちゃうの。
お屋敷に入る前にこっちに来い、みたいな素振りもあったみたいに見えたけど、なんで?
普段は小さな賢いトーポ。
でもネズミの考えることはわかんないよ。
「すみません、ここの家の方ですか?」
「何かな」
明らかに急いで息を切らして走ってきた旅人なんて怪しいに決まってる。
分かってる。
村の奥にはこの建物ぐらいしかないんだから用がここにあるに決まってる。
だけど、喪に服した家に見ず知らずの旅人がやってくるなんて普通はないんだろうな。
僕だってこんなに慌てて走りたくはなかったけど。
守衛さんは隣で息を整えるヤンガスにもめちゃくちゃ警戒してるし。
本当に申し訳ない。
「僕の飼っているネズミが今、抜け出してこの家に飛び込んで行くのが、見えました。追ってきたんですが間に合わなくて」
「何?」
「まだそこまで奥には行っていないはずです、探すために入れてくださいますか」
「まぁ、元より入るのは自由だから。さっさと探してくれ」
そう言って快く入れてくれて、その上かすかな同情の目線で見られた。
しかもトウカだけは走りもせずのんびりと散歩のように歩いてきたのがちょっと腹立たしい。
急がなくても多分見失わないよって、小さいんだから見失うと思うんだけど。
トーポが家具の下なんかに潜ってしまう前に追いかけないと。
トーポは僕の家族なんだ。
わかりやすいように、聞き返されなくていいように初対面の人には「ペットの」とか「飼っている」って言うけど、そうじゃない。
記憶の限りずっと一緒にいる僕の唯一の家族なんだ。
「さて、トーポはどこだろう?」
私は剣士だから、気配を探ったりするのは戦いに身を置くものとして心得ているつもり。
だけどもそれは殺気を持っている人間や邪心を持つ魔物に限ってのことで、正直敵意のない小動物は専門外。
最近知り合ったヤンガスよりはトーポのことを知っているかもしれないけど、エルトと比べてしまえば私の理解度なんて大したことない。
親友のポケットにいる存在としか。
残念ながらお屋敷の中にいるなら正攻法で見つけられる気がしない。
いっそ素晴らしいくらいきっぱり言い切れる。
でも同時にこのまま見つけられないなんて思ってないよ。
エルトとトーポは本当に仲良しだからね。
ひょっこり出てくるに決まってる。
「うーん。ボクはメイドさんとかに聞き込みしようかな」
「早々に探すのを諦めたね?」
「流石は十年付き合いのある親友だ、ボクのことをよく分かってるね」
「そんなに自慢げに言われても」
「ぶった斬ったり、突き刺したり、ぶん投げたり、すっ転ばしたりするのは得意だけどボクは探し物みたいな勘が必要なことは得意じゃないよ」
「トウカ自慢の野生の勘はどうしたの」
「ボクは箱入りだよ。野生じゃなくて養殖の勘だね」
もっと言うなら飼い慣らされた勘。
戦いにならそういうのは使えるんだけど。
殺気とか、敵意とか、闘争心とか、悪意とか。
そういうものはいくら隠されたって私には分かるから、いわゆる野生の勘みたいなものがはたらくんだけどなぁ。
今のトーポにそういうものは無さそう。
だいたい、走っているトーポがなんだか楽しそうに見えたっていうか、遊び半分みたいに見えたんだ。
そんなトーポが私に感じ取れるほどの殺気や存在感を出してくれるわけがない。
「そもそも敵意のない小動物相手に気配察知をやったことはないし。そもそも気配が小さすぎて無理」
「そっか」
焦ってるエルトがため息混じりに頷いた。
頼りにしてくれていたのにごめんね。
ヤンガスは既に探してくれているし、私たちも早く探さないと。
このお家に迷惑かけていられないし、間違えてやっつけられたらと思ったらいてもたってもいられないでしょ。
「それじゃあ後でね」
ひらりと手を振って、とりあえず前方にいるメイドさんにでも話を聞こうかな。
背中に装備している剣、不審に思われなかったらいいなぁ。
しまったな、お屋敷に入る前に大剣はしまっとくんだった。
両腰の分くらいなら旅人の通常武装の範疇だと思うけど、これじゃ過剰武装で喪にふくすお家に対して不適切としか言いようがない。
「そこのメイドさん」
「は、はい?」
「ボクはこの村に着いたばかりの旅人。仲間が連れているネズミくんがこのお屋敷の中に走って入ってしまってね。守衛には話を通して邪魔させてもらっているんだけども、それらしい小さくて可愛い子は見なかったかな? 茶色のトサカみたいな毛並みが特徴なんだけど」
このくらいのサイズ。と手のひらを上に向ける。
メイドさんは私の顔と手のひらを交互に見て首を振った。
残念だけど、ほかの人にも話を聞こうかな。
剣を装備していても不審者として追い出されなくて良かった。
それからそろそろ年齢的に厳しくなっている男装を看破されなくて良かった。
エルト含むトロデーンの人間は先入観でちっとも気づかないし、ヤンガスには初手であんまり女に見えない腕力を披露したから気付かれてないけど、初対面の相手にならバレちゃう危険は感じてる。
でも、メイドさんはうまく同世代の旅の青年だと勘違いしてくれたのか年相応に照れたようにニコッと笑ってくれたからきっと大丈夫。
ごめんね、エルト相手ならもっと気分良かったかもしれない。
エルトとかいう城のメイドの初恋キラー。
等身大のイケメン、なんとなく手が届きそうと思わせる隙のある優男。
優しくて、温厚で、困った人に手を差し伸べずにはいられない性格。
細身だけど強くて、表情がコロコロ変わるのがチャーミングで、頼りにしたい時には本当に頼りになる陛下お墨付きの頼れる男。
しかも大国の姫君の恋心まで欲しいままにしている若き近衛兵。
これからの昇進も間違いなし、この旅で武勲を打ち立ててあっという間に隊長くらいにはなれるよね。
姫に恨まれることを考えなければ優良物件すぎじゃないの?
うん、これからもエルトを参考にしつつ方向性の違う振る舞いをすることで男装に違和感ないようにしていこう。
メイドさんたちから聞き込みをした結果、特にネズミは見ていないらしい。
見てないなら仕方ない。
でも、別件だけど最近は屋敷でネズミが出ていて大変だとか。
どこかに侵入口を作られちゃったのかな?
ってよく考えてみたらそのネズミが住んでいる穴にトーポが入り込んでいたら人間は探しようがないんじゃない?
うーん。
ここで考えてても仕方ないな。
よし、お次は二階を探そうかな。
あそこに立っている派手な服の男から話を聞いてみよう。
なんか見覚えがある気がするんだけど、トロデーンの人じゃない、ね?
見覚えがあるってことは彼は貴族だろうか。
記憶力には自信があるつもりだったけど、あんなに目立つ格好をしているのにパッと名前が出てこないってことはすれ違ったくらいなのかな?
知り合いならそれなりに話を持っていけるつもり、だけど。
顔見知り以下なら自信ないな。
その考えは私の慢心だったんだけど。
どんなところにも話が通じない相手がいるってこと。
社交界では父上や母上にしっかり守られてたんだなって。
サザンビーク王国大臣の勘当されたご子息、ラグサットを相手にしていたら精神的に疲れたから、少し落ち着こう。
大丈夫、大丈夫、私に向けていた訳でもない。
むしろこのお家のゼシカお嬢さんが許嫁に決まった時点で家出していないのが奇跡レベル。
私ならとっくに飛び出してるかも。
心底尊敬する。
なんて現実逃避もしてみる。
話しかけたラグサットが私の質問を無視しつつ、この屋敷のお嬢様であるゼシカさんの許嫁であることをこれ見よがしに自慢し始めて。
そのまま続けて自分がどれだけ凄い家柄なのかのご自慢へシームレス移行。
私のことはそこらの「馬の骨」だと認識していたらしく、平民差別発言までしてくれたね。
ここがトロデーン領でもサザンビーク領でもなくてよかった。
だって、私も貴族だから。
貴族という生き物は面子を気にする生き物だから。
社交界デビューすらしていない幼い子どものように父上と母上に大事に守ってもらっていた上、モノトリア家の名前が強すぎて私は面と向かって失礼な発言をしてくる人間……ただし暗殺は除く……はいなかったし、どうしたらいいのかは知っていても実際に私が手を下したことはない。
サザンビークに屋敷があるヴェーヴィットの「おじ」に報告するべきなんだろうか。
わざわざこんな小物のためにしなくていいか。
ただ、疲れた。
情報はなんにもなかったし。
強いて言うならゼシカお嬢さんがお兄さんの死に大変ショックを受けて部屋に閉じこもっているということくらい?
でもそれ、多分メイドさんにゼシカお嬢さんについて聞けばわかったことだもの。
トーポの情報じゃない。
で、ちょっと呆然としていたところ慰めてくれようとしたのか私の足元に駆け寄ってきたトーポを捕獲した。
早くエルトを安心させたいけどなんだか疲れきって動きたくない気持ち。
嵐にあったみたい。
人の自慢話って聞くの疲れるね。
自慢話の周回ごとにこっちを下げて自分を上げる話術が組み込まれていたせいかな?
「戦ってもないのに何でこんなにダメージ受けているんだろう」
「ちぃ?」
「ゼシカお嬢さんが可哀想。ボクがお嬢さんなら願い下げ。トーポもそうでしょ? なーんてね」
ぷにぷにのほっぺをひたすら揉んでみると流石に抗議するかのようにトーポが見つめてきたのでやめた。
そしてエルトのやっているみたいに肩に乗せてみた。
うん、高さがいつもと違うからか動かないね。
一度これ、やってみたかったんだ。
魔法のある世界で小動物と仲良し。
なんだか魔法使いのお姫さまみたいじゃない?
「さあエルトに会いに行こうか、トーポ」
「ちゅ!」
小動物って可愛い。
マシュマロみたいにやわらかほっぺで本当に可愛い。
アニマルセラピーされちゃおう。
「エルト、ちょっといい?」
何だかんだいろいろあって、端折り過ぎではあると思うけど私たちはリーザスの塔に向かい、ゼシカお嬢さんを探すことになった。
あの後、お騒がせなトーポは先住ネズミのかじった穴を抜けて鍵のかかった部屋に侵入し、ゼシカお嬢さんの手紙を取ってくるという大活躍してくれたり、ポルクくんがリーザスの塔の扉をシャッター開閉スタイルなスタイリッシュオープンしてくれたり、一撃で倒せないとくるくる向きを変えるカエル型の魔物の「大変素敵」な造形に思わず無表情になったり、本当にいろいろあった。
で、今私たちは勿論リーザスの塔にいるわけ、だけども。
ここにきていつも元気いっぱい、病気ひとつしてこなかった私の体調が、塔に入った瞬間に異変が生じた。
それはリーダーであるエルトに報告しない訳にはいかない。
最初は気のせいかな?
と思うレベルだったけど、もはやそういうレベルじゃおさまらない。
「どうしたの」
「右目が痛いんだ」
「え?」
「塔を登ると増してきているみたいに思う。エルトたちは大丈夫?」
「あっしは大丈夫でがすが……」
「僕も平気。どれくらい痛いの?」
しかも歩きながら話している今もやっぱり進めば進むだけ痛くなっていく。
じくじくとした怪我らしい痛みではなくて、頭や体中に響くような鈍痛のよう。
そろそろ剣を持ち上げるのさえだるくなってきた。
重症だ。
右目以外はどこも痛くないんだけど。
軽く右目に手を当ててみたけど、とりあえず出血はしていなかった。
血がだらだら垂れていてもおかしくないと思えるくらい痛いのにね。
「一回一回は剣の柄で軽く殴られたぐらい。ただだんだん痛くなってはいるし、ずーっと痛い。他のところはどこも痛くない。おかしいな、ふたりが平気ならリーザスの塔になにかある訳でもないよね? なんだろ、病気したことないのにな……」
「ホイミかけてもいい?」
「お願い」
「……どう?」
「ありがとう、でも何も変わらない」
「ちょっと右目開けて……充血とかはしてないね」
「そうなんだね……」
こんなこと、前にもなんかあったような?
……あぁ、そうだ。
前はトロデーンが呪われた時、あの瞬間も傷んだんだ。
あの時は首の傷跡まで痛かったけどな。
今はそれがない。
けどあの時はほんの一瞬だった。
持続の方が辛い。
魔物を撃退するのに今のところ支障はないけど。
例え剣が持ちあげられなくたって素手でも、同じ速度でこの程度の魔物はやっつけるのは可能だから。
まだトロデーン領内より弱い魔物ばかりで助かった。
接敵したら大剣で横薙ぎ一閃。
それで魔物はぜーんぶ真っ二つ。
それでおしまいだから。
「……行こうか。戦うことは問題ないから」
「トウカの兄貴、無理は禁物でがすよ」
「そうだね。辛くなったら言ってよ?」
「うん……痛いけど、いける」
「トウカがそこまで言うなんて珍しいね」
塔を登れば登るだけどんどん痛くなる。
とうとう塔の最上階に着いたとき、痛みはパンと弾けるように一気に増した。
同時に痛みの原因らしきものも発見した。
「!」
痛みで涙で潤んだ目に飛び込んできたのは美しい彫刻の女神像……の瞳にはまった宝石だった。
今世では養子とはいえ貴族として育っているから、あのサイズの宝石でも見慣れているはずの私でも、世にも美しいと思わざるをえない対の赤色の宝石。
それが贅沢にも両目ともにはまっている。
その時ふと、少年たちが警戒していた盗賊の話を思い出す。
もしかして、サーベルトさんを殺した盗賊はこれを狙っていたんだろうか。
宝石からは魔力が全くないはずの私にさえわかってしまうほどの濃厚な魔力が発せられていた。
魔力が強すぎて肌がぞわぞわするような感覚がある。
そして直感する。
この痛みの全ての原因は、あれか。
もしかして魔力にあてられているのか。
全くないくせに。今まで魔力にあてられたことなんてなかったのに、むしろ私は周りが思わずうめいてしまうほど濃厚な魔力の中でも動じず感じず、だったのに。これも魔力がないからできたことだったけど。
呑気に考えられてはいるけど、身体はもう限界だ。
痛みの限界突破。
手からはチカラが抜け、気力で掴んでいた大剣が滑り落ちる。
石畳に激突した大剣からぐわんと銅鑼を鳴らしたような大きな音がする。
そのまま操り人形の糸が切れたかのように、へたり込んで両膝をついてしまう。
強烈な痛みを発す右目を震える手で抑える。
痛すぎて、痛すぎて、まともに声なんてあげられない。
「トウカ!」
「兄貴!」
気が遠くなる。
音も遠ざかる。
何とか聞こえてはいるふたりの声すら無視して、あの、燃えるように赤い宝石を睨んだ。
あれが痛みの元なんだ。
私から、チカラを奪ったんだ。
こんな痛みの中じゃ戦うことだってできない。
モノトリアの最後の私は魔力なし、出来損ない。
唯一、私が誇れるものを奪ったんだ。
父上や母上に認められ、私が「私」でいられるものを。
私が剣士であるためのチカラを。私がモノトリアであるために必要な、血反吐の努力で手に入れたものを。
命を脅かされたくなくて、恩を返したくて、何とか手に入れたものを。
必死に這うように、宝石へとにじり寄って手を伸ばす。
その行動は息を呑むほど美しい宝石たちを砕いてやろうとか、どこか遠くへ捨ててやろうとか、そんな物騒なことを考えたわけじゃないけど。
だけど惹かれるように手を伸ばす。
痛みの根源なんて欲したって仕方がないのに。
どうして手を伸ばしたのかあとから考えても分からない。
だけど、思い当たることはある。
私は強力な魔力に惹かれたのかもしれないって。
私は剣に誇りを持っている。
でも本当は魔法が使いたかった。
父上や母上や、きっと偉大な魔法使いになったはずの亡き兄上のように魔法を使えたら。
血の繋がらない家族だけど、似ているところが欲しかった。
前作から、「ここすき」助かります。
どういうところが良かったと思われているのか知れて参考になります。