「ポルトリンク、初めて来たけど活気がある街だね。ここが北の大陸の玄関口かあ」
「賑やかでがすなあ」
「潮風ってこんなのなんだね。トロデーンも海が近いけど全然違う。港だから?」
「南の大陸はもっと雰囲気が違うよ。船着き場には行ったことがないけど、マイエラとかアスカンタとか……」
「お主ら、感想はいいからさっさと行かんか」
「はい、陛下!」
想像よりポルトリンクは遠かった。
リーザス村から高低差のある道のりを海沿いにずっと進んで、潮の香りに胸をときめかせながら、馬車を襲ってくる魔物たちを狩って進んだ。
海っていうのは不思議なもので、見ているだけで心が洗われるよう。
きれいな景色を見ていると心身ともにばっちり元気になったから、昨日いろいろと体調がおかしなことになっていたのを全部吹き飛ばす勢いで戦えたし、いつも通り元気いっぱい走り回れたのはとても良かった!
そして、やっと着いた頃には太陽はとっくに真上になっていた。
初めてきたにぎやかな街にちょっと感慨深くなって、みんなで感想を並べ立てたら陛下に叱られてしまった。
それをご覧になっている姫さまは、心なしか微笑んでいらっしゃる。
姫さまもポルトリンクに、ううんトロデーンから出たこと自体初めてのはず。
馬のお姿でなければ叶わなかったことだけど、同世代で同性の高貴なおひと。
お忍びで楽しめたら。
できればエルトと普通の娘のように街で遊べたら、どれだけ良かっただろう。
私はいつも通りにっこり笑ったまま。
あーあ、どうして私が無事だったんだろう。
みんなと一緒に呪われたかったわけじゃない。
でも、エルトと無事であるべきなのは本当に私だったの?
どうして無事だったかも分からないくせにそんなことを思う。
エルトの「親友」は「ミーティア」じゃなくて「トウカ」だった。
エルトとどちらかの方が仲がいいとかそういうことじゃなくて……正直扱いが違いすぎるから比べられるものじゃない……ずっと本当の性別を隠して、というか女兵士の前例がないから書類に性別欄がなかったものだからそれでなんとかなってしまって、モノトリア家の「長男」じゃなくて「長子」でずっと通してきたから嘘はついていない、というのが言い訳。
姫さまはエルトのことが好き。
エルトは姫さまのことが好き。
私がここでもしエルトが好きだったらすさまじくややこしいことになっていたけど、そうじゃなくてよかったというか。
それでも真実を知ったら姫さまからしたら臣下のひとりに裏切られた気持ちになるんじゃ?
なんて、ちょっとばかり自意識過剰すぎるけど。
防具で骨格を隠し、声まで変えて自分を偽っている事実は変わらないから。
ずっと罪悪感が付きまとっているのかも。
親友も主も騙してさ。
だっておふたりは普通に街にも行けないんだ。
そこまで考えて私は考えるのをやめた。
私はトロデーン王家を守る剣なんだから、できることをするだけ。
罪悪感を感じたって仕方ない。
今の私の行動は別に私が本当に男だったとしても、私じゃなくて兄上が無事だったとしてもやることは同じだし、と言い聞かせる。
「では聖水を撒かせていただきます」
せめてもの安全を確保するために魔物避けの聖水を辺りに撒いて、特に動くことなくそこにいれば魔物が近づかないようにした。
それから手分けして、港町を散策することになった。
エルトとヤンガスは買い物があるとかでふたりで聞き込みをするらしい。
私は防具も武器も変えなくていいし、買い物は別に必要ないからぶらぶら歩きながら情報を集めようかな。
港町だし。
ここの人たちはポルトリンクに住んでいる人だけじゃなくて、旅人や商人も多いだろうから。
ドルマゲスの有力な目撃情報があるといいなぁ。
武器と防具を新調してから聞き込みをしたヤンガスと僕は合流したトウカと情報交換をした。
ポルトリンクには念願の槍が売っていた!
多分、トロデーンの支給品とそうグレードの変わらない鉄製のもの。
近距離戦はトウカとヤンガスに任せて僕はちょっと後ろから戦った方が効率がいいと思うし、僕は槍が得意だから。
というか背中合わせで戦うならまだしもトウカの真横で戦うとか怖くて仕方ない。
絶対にこっちを間違えて攻撃してくることなんてことはないけど、それでも風圧が感じられる勢いで剣を振っているのは純粋に恐怖というか。
そんなトウカと肩を並べて戦うの、ヤンガスは平気みたいだけど僕は絶対にゴメンだ。
ブーメランもちょっと使ってみて使い心地は悪くなかったけど、近接がふたりもいてぽんぽん投げられるほど肝が太くない。
どっちかが予測不能な動きをしてぶち当たったらと思うと。
「こっちは道化師が海の上を歩いて南の大陸に行ったとかいう眉唾情報があったかな。それから、ここからトロデーン地方へ行ける荒野の道が土砂崩れで通れないとか言っていたね。土砂の撤去は手配されてるみたいだけど徒歩じゃ戻れないね。行き先登録済みのキメラの翼があるから困らないけど」
「結構情報があったんだ。僕たちが分かったのは、南の大陸行きの船が欠航してることぐらいかな」
「それは困ったね。情報を加味しなくても南の大陸には行くしかないのに。じゃあ……ゼシカお嬢さんを探そうか」
「え、なんで?」
船がないんじゃ、確かにゼシカお嬢さんも足止めされていると思うけど。
「だって目的が一緒ならゼシカさんが何か別の情報を掴んだかもしれないし。船、欠航してるなら彼女もここにいるはずでしょ?」
「そうでがすね」
「彼女はこの辺りじゃ顔が利くはず。旅人のボクたちとは条件が違う。欠航もアルバート家の権力でどうにかしてくれるかも、少しは期待していいでしょ」
「なるほど、賢いね」
「突然褒めるのはよしてよ」
トウカが分かりやすく照れたのをスルーして、僕らは船の搭乗口の方へ向かった。
で、トウカの提案通りにしたら面倒ごとに巻き込まれそう。
だってゼシカお嬢さんが大声を張り上げていたから。
「だから! 何で船が出せないのよ!」
「いくらゼシカお嬢様のご命令でも勘弁してくだせぇ。化け物が暴れているんですよお、どうかこらえてくだせぇ」
「それくらいあたしが魔物退治してあげるって言ってるでしょ」
「しかし、ゼシカお嬢さまの手を煩わせる訳にはいきませんし、奥さまに知られたら俺らの首が飛びますぜ! 万が一、怪我でもあったら……」
やっぱりゼシカお嬢さんも船の欠航に引っかかってこの大陸にとどまっていて、そして欠航の理由が魔物のせい?
ゼシカお嬢さんは退治するって言ってても普通はさせられないよね。
そういうのは僕のような兵士の仕事だし、普通は偉い身分の人間は前線に立たない、立たせない。
普通は。
ただし、今目をキラキラさせて最高の笑顔になった「大貴族の跡取り」を除く。
本来なら僕が「御身にまで何かあればトロデーンの存亡が……」とか苦言を呈す必要がありそうな身分だけど止めても無駄だし、むしろ物理方面では最高戦力だし。
必要とあれば僕の手を引っ掴んで一緒に戦場に躍り出るタイプの権力者。
厄介で親しみ深い戦闘狂。
「魔物退治だって? 楽しそうだね、素敵な響き! 是非、ボクたちに任せてくれない? 魔物退治が三度の飯より大好きなんだ、ボク」
とりあえず一旦は邪魔するのはよそうと思って、具体的には陛下に意見を伺ってからの方がいいと思って、そっと身を引こうと思ったら、僕の隣からトウカが口を挟んだ。
やっぱり。
怪訝そうな船員さんにトウカは身長ほどもある大剣を片手でやすやすと引き抜き、頭の上に掲げてみせた。
筋力アピールを小柄なトウカがやるとびっくりさせちゃうよ。
トロデーン王国パワー代表の圧倒的な腕力を見せつけられた船員さんは思わずといった様子で後退りした。
かわいそうな船員さんを尻目に僕はトウカの肩をぽんぽん叩く。
それは、「初めて見て驚かないほうが無理があるから」「あんまり目立つことをするのはやめてね?」という意味だけど、トウカは全く気にしない。
僕も止まるとは思ってない。
一応何かあった時の言い訳のために止めたという事実が大事なのであって、もう船を止めてる魔物に挑むのは決定なんだろうなぁとほとんど諦めつつ、槍の試し突きに丁度いいなとか考えてる。
僕もとっくに毒されてるし、ヤンガスは元々かな、パーティメンバーに戦闘好きしかいないからストッパーなんていない。
無茶は止めるけど、これは船を出すために必要なんでしょ?
「これでもボクは腕っ節には自信があるんだ。ゼシカお嬢さんも困ってるし、ボクたちも定期便に乗りたいし。魔物退治ぐらいで船に乗れるなら、是非ともやらせてよ」
清々しい笑顔だね。
もう止まらないから陛下には事後報告しよう。
「この人もそう言ってるし、船を出してよ。あたしが前に出なきゃいいんでしょ?」
「……分かりました、ゼシカお嬢さま」
剣を背中の鞘に戻してニッコニコ。
どんな魔物か分からないけどご愁傷さま。
もう負ける気がしない。
慢心かな?
いやいや、弱ければ瞬殺、強ければむしろ燃えてくるってこと。
「あんたたち、準備はいいの?」
「ん? あぁ! ボクは何時でもドルマゲスと戦えるつもり。ふたりとも準備はどう?」
「僕はいいよ。新調した武器を使いたかったからちょうどいい」
「あっしもいつでもいいでがすよ」
そう、あんたたち似た者パーティね。
なんて、ゼシカお嬢さんは僕たちの返事に笑った。
ヤンガスもホイミを使えるようになったけど、回復役をするなら少し後ろに下がった僕の方が適任のはず。
ふたりの様子を見つつ、出来るなら槍を試して、できそうなら新しく覚えた攻撃魔法を試してみるのもいいかも。
海の魔物相手に覚えたての初級閃光呪文がどれくらい効くのか未知数だけど遠距離攻撃手段はあった方がいいと思うし。
早速僕たちは船に揺られ、それぞれ戦いについて考えながら。
僕は新しく買った鉄の槍を構えた。
まだ、海は穏やかだった。
「うわぉ!! すっごくでっかいイカ!」
「ギラ! ふたりとも、攻撃来るよ!」
「あっははは! 火も吹くんだ! イカなのに!」
「足を切り落とすなんて流石でがすね! あっしも負けちゃいられねぇ!」
凶暴なイカが吐き出したのは真っ黒な墨じゃなくて真っ赤な炎だった!
それをひょいとかわしていざ戦闘開始!
こんなに強そうな相手なんて本当に最高!
そして何より嬉しいのは大型の魔物退治だってこと!
ああ、ああ、あぁ!
最高にわくわくしてきた!
私が待ち望んでいたもの!
楽しそう、戦いたい、こいつと戦いたい!
胸の内から込み上げる歓喜。
カッと頭に血が上るような感覚と共に、視野がぶわぁと一気に広がって全部がはっきり見える!
「イカ」の一挙手一投足が楽しくて楽しくて楽しくて面白くって仕方なくて、しかも全部全部、立ちはだかる敵は倒していいんでしょ?
最っ高!
心臓が爆発しそうなくらいドキドキしてきた!
戦うことこそ私の本懐!
久しぶりに頭の中に響くあの子の悲鳴さえ気にならない!
船上で水しぶきを派手に上げて、海中から出てきたのは、自称オセアーノンという大王イカみたいにでっかいでっかいイカの魔物!
倒し甲斐の有りそうな巨体に、人間の言語で喋れる知能!
知能があるから対話できる理性もあるかと思ったら、無茶苦茶な理論をぶち立ててあっちから襲ってきた!
なんて罪悪感なしにぶちのめすのにおあつらえ向きの素晴らしい標的なんだろう!
そんで、私の一撃や二撃じゃ倒れそうにない頑丈さを持ってる!
というか、イカらしく伸縮性があるお陰なのかな、素晴らしい耐久性だね!
久々にこんなにドキドキ、胸が踊る気持ち!
しかもこんな巨体なのに、なかなか素早くてしっかり動きを見て避けないとうっかり手痛い一撃を食らいそうになるのもいい!
一方的な戦いなんてそれはちっとも面白くない!
ドキドキもしないし、戦ってる気もしないし、生の実感もない!
現にエルトはギラを唱えた直後にイカ足に薙ぎ払われて吹っ飛んだ!
でも、海には落ちてないしあれぐらいでエルトがやられるわけないから回復魔法も使えないし私は攻撃!
ヤンガスが魔神斬りをバッチリ当てててすっごく格好いいし、いいダメージだ!
私も負けちゃいられない!
「あっはははっ! すごい、すごい!」
笑いながらも愛用の大剣でその巨体を斬り伏せる。
斜めに、縦に、はたまた斬撃だけじゃ物足りないから斬りかかってそのまま蹴り飛ばす!
こんな楽しい戦いに無粋な盾なんて要らない!
普段は両手で持つ大剣と、腰に差している双剣の片方で双剣みたいにしたけどしっくり来ないからこの空いた手はどうしよう!
軽い軽い!
剣が軽い!
片手でも十分だけど、それでももっと渾身の力を出したいときは両手で剣を持って思いっきり、こう、上から下に叩き斬る!
気分は最高だ!
甲板や手すりまで斬っちゃわないように気をつける方が難しい!
「おっとっと」
ゼロ距離で炎を吐くなんてやるね!
服の端がほんのちょっとだけ焦げちゃった!
避け損なって、ほっぺたも軽く火傷したね!
でも私はちょっと怪我するぐらいが一番楽しいと思うんだ!
文字通り燃えてきた!
ちょっと痛いくらいが戦ってる感じ、するよね!
ちょっとヒヤッとするくらいが一番ドキドキするよね!
こんなに身体が軽くて、いつまでも戦えそうなそんな時、一瞬で冷静さを浴びせられたように現実に引き戻してくる恐怖こそ戦いの場には必要なんだもの!
甲板の端まで吹き飛んでたエルトも無事に戦線に復活したし、よーしもっと思いっきり戦える!
気にする事はなーんにもない!
オセアーノン、もっともっと私と戦おうよ!
全力で!
防御態勢のエルトからはホイミが飛んできた!
ありがとう!
お礼に早く終わらせてあげる!
「魔神斬りってこうかな? あれれ、剣だとなんだかわからない! じゃあはやぶさ斬りなんてどうかな!」
根幹に魔力が必要な技はどれだけ真似したって使えない!
今回は斧の技を剣で真似しようとしたからだと思うけど!
だけど、魔力がなくたって形さえ真似出来れば機能する技は問題ない!
はやぶさ斬りとか、さみだれ剣とか、薙ぎ払いとか!
魔法が使えたらもっと楽しいかなぁ!
ううん、関係ないか!
きっと魔法をぶっ放すのも、剣でぶった斬るのも同じくらい最高の気分になれる!
はやぶさ斬りで足をさらに二本切り落とす!
そのまま残りの足に美味しそうな切れ目を入れておく!
きっとエルトのギラがいい感じにこんがり焼いてくれるから!
大きなイカの焼けるいい匂い、こんなのお腹すいちゃうね、「トウカ」?
あ、ちょっと笑った?
イカ相手なら怖くないよね!
ただのお料理みたいだし!
セルフで丸焼きになってくれないかなぁ!
「あっははははははっ!」
こんなに切り刻んだのにまだこんなに元気に動いて、しかもまだまだ元気に生きてるなんて!
私、こんな丈夫な生き物と戦うの初めて!
うっかりイカ足に叩き潰されそうになったけど、その叩きつけてきた足を逆に蹴り上げてやったら後ろからヤンガスが援護に来たよ!
羨ましいなぁ、格好いいなぁ、魔神斬り!
エルトはイカ足に巻き込まれたくないのかな、最早ギラしか飛んでこないね!
良いなぁ、魔法!
冷静な仲間がいるっていいね、思いっきり戦いに集中できるから!
重ねて渾身の力で大剣を叩き込んで見れば、突然殺意が消えちゃった。
あんなに丈夫なサンドバックになってたのにオセアーノン、すっかりぐったりしちゃった。
もしかしてキャパオーバー?
もう駄目だ、おなかいっぱい。
みたいな?
なにそれつまらない。
もっともっと相手してくれても良かったのにな。
本当は第二形態とかあるんでしょ?
ね?
もっともっと私と戦って!
ねぇもっと!
でもオセアーノンはつれなかった。
もう起きる気力もない様子で、ちゃんと生きているけど、こんなにわかりやすく戦意喪失した奴をわざわざ倒す必要がないっていうか、とどめを刺す前にざぶざぶ海に沈んでいっちゃったっていうか。
あーあ、もう少し戦いたかったな。
残念。
とっても残念。
「はあ……勝ったね」
「トウカ、一気にテンション下がったね」
「トウカの兄貴、火傷は大丈夫でがすか?」
「うん。髪の毛の先と服がちょっと焦げたけど、怪我はエルトのホイミで回復したから平気。とっても楽しかったけど楽しい時間はあっという間だったね。本当に残念。永遠に戦っていたかったなぁ」
「相変わらず戦闘狂すぎる……」
髪が焦げたっていっても本当に先の方だけ。
ハサミでちょんちょんと切ってもぜんぜん短くなったってわからないくらいかな。
後でそこだけ切ればいいや。
それに、ヤンガスの方が現時点では重傷だよ?
取り敢えずアモールの水で治療しよう。
きっとエルトは疲れてる。
ヤンガスも魔神斬りで魔力を使い果たしちゃったのか、ホイミしないし。
私の「手袋」からアモールの水を取り出してかける。
かけるだけで傷が治るなんてとってもファンタジーでとっても便利だね。
「うひぃ、トウカ兄貴! なんでがすかっ?!」
「? アモールの水。回復アイテム」
「ありがとうございやす?」
「説明もなしにいきなりぶっかけるなんてびっくりするよ」
「そうかな? そうかも。ごめんね」
「完全に燃え尽きてるね」
「こんなにぼーっとしたトウカの兄貴を見るのは初めてでがすね」
「本当に楽しかったんだろうね。トウカの頭にこそ水をかけるべきかもしれない。沸騰してない?」
あの味は個人的に好きじゃない。
飲んでもいいし、ぶっかけてもいい。
同じように傷が治る摩訶不思議なアイテム。
薬草も似たようなもの。
不思議だね。
だからアモールの水はぶっかける物だと思っている。
回復したら、その分はなんか吸収されたみたいに乾く。
役目を終えたみたいに。
不思議だね。
さっきまで身体も頭も限界まで動かしていたせいか、なんだか思考がまとまらない。
もっと戦いたかったなぁ。
本当に楽しかったんだもの。
……そればっかり。
世界が戦いに満ちてたらすっごく楽しいのに。
目の前の相手と戦うだけならいいのに。
……いやいや、私の頭おかしくない?
そんなのいいわけない。
平和が一番、何も起きないことこそかけがえのない日常。
戦いの気配なんて訓練だけでいいのに。
実戦なんてこの世に存在しない方がよっぽどいいのに。
ちょっと冷静になろう。
もうすっかり、全身冷えてるけど。
冷静になるのなんて簡単。
「前」の死の瞬間を思い出すだけでいい。
真っ暗になって、何も分からなくなって、そしてどこかに吸い込まれていくような、どこまでも落ちていくような感覚を思い出すだけ。
あの日を思い出すとどこまでも私は冷静になれる。
死者の無感動を借りているみたいに。
だって死んだら何も分からない、何も感じない、怖くもない、嬉しくもない……。
やっぱり戦うのって怖くないの、私。
ううん、すっごく楽しいのだけど。
「とにかくいきなり人に水なんてかけちゃ駄目なんだから……言わなくても分かってると思うけど。ねぇ聞いてる?」
「うん、聞いてる」
「あ、あっしは気にしてないでがすよ!」
「うん、ありがとう。さっきはごめん。ぼーっとしてて……」
そうか、気にしていないのか。
ならいいんだけど。
にしても、体力はそう使っていないけど、どっと疲れちゃった。
戦いが終わったらこんなものかって拍子抜けしたし、何より、あの巨体を見たらもっとサンドバッグに出来ると期待してたのになぁ。
全部の足を落としてやればもっと本気になってくれた?
どうだろう?
「駄目だ。燃え尽きたみたい。ちょっと置いておいたら大丈夫だから心配しなくていい」
「前にもあったんでがすか?」
「トウカの父君と魔物を狩りに行った帰りはこんな感じ。ご飯食べて寝たら治る」
「トウカの兄貴とは長いんでがすか?」
「十年くらいかな。ミーティア……姫と陛下も同じだけ」
「兄貴くらいの年齢からすれば幼馴染ってやつでがすな」
「そうだね」
何というか、一気に脱力。
さっきまで最高にハイだったせいかな、もう何もやる気がしない。
冷静を通り越して無気力。
これで今、もしもドルマゲスと遭遇したら一気に心拍数と、ある意味ではテンションが跳ね上がって心臓麻痺を起こすんだろうな。
心臓麻痺にキアリクは効くのかな?
とはいえ、ドルマゲスに追いつけるビジョンがないのだけど。
追いつけて戦えたら楽しいかな?
それとも犠牲者が出ているし、恨みもあるから楽しいなんて感じない?
あんな感じに巨大で、もっと耐久力も素早さもある敵っているのかな。
それこそ大王イカでも探して喧嘩を売るべき?
殺気も闘争心もないさっきのオセアーノンが船にのっそり上がってきた。
戦う気のないイカはただの大きいイカ。
つまんないな。
イカ。
お醤油欲しい。
……なんてね、冗談。
「いやぁ、お強いですねぇ」
「もう一回戦ってくれるの?」
「ご冗談を……」
「だよね。殺意がないし。あーあ……」
戦う気が一切ないから全然面白くない。
でも、意外なことにオセアーノンからドルマゲスの情報が得られたから収穫なしじゃなくて、そこは良かったかも。
なにせ、私たち陛下にも姫さまにも報告することなく勝手に戦いに出たんだから!
「僕はミーティアのところに行ってるから。あと、オセアーノンが置いて行ったブレスレット、僕やヤンガスは使わないし、いちばん活躍したトウカが持っていてくれたらいいよ」
「え? ありがとう? 装備したら防御力あがりそうだけどいいの?」
「一番前に飛び出す人間が付けてる方がいいんじゃないかって思ったから」
「リーダーには従うけど、ボクの装備が一番防御高いんだけど……行っちゃったかあ。ヤンガスにあげよっと。付けるところないし」
船路は始まったばかり。
あたしはこれから、この人たちに頼み込んでドルマゲスを追う旅に連れて行ってもらおうと考えていた。
だから、手始めに、この人当たりのよさそうな剣士の少年のことを少しでも知りたかった。
リーダーのエルトでも良かったけど、すぐにどっかに行っちゃったし。
船の上での戦いで大笑いしながら楽しんでいたこの少年の名前はトウカ。
戦うことが大好きだって全身でアピールしているみたいな変わった人間。
ああ、そうだ。
彼にもリーザスの塔で火炎魔法をぶつけかけたんだった。
取り敢えず謝らなくちゃ気が済まないわ。
彼らはあたしを心配して塔に登ってきてくれた人だったのに。
あたしはそうとも知らずに本気で燃やす気で魔法を唱えて、それで、兄さんが止めてくれなきゃ危ないところだったのだし。
さっさと向こうに歩いて行ってしまったエルトやヤンガスというらしい男性にも謝らなくちゃいけないな。
とりあえずひとりずつ。
目の前のトウカは押し付けられるように手渡されたブレスレットを手にやや困惑していて、まだこの場にとどまっていたから話しかけられた。
「えっと、あなたがトウカ? 言いたいことがあるんだけど……」
「ん? ああ、ゼシカお嬢さん。ただで船に乗せてもらえるように取り計らってくれたんだってね。ありがとう。それで、何かな?」
「その、リーザスの塔で勘違いして、魔法で攻撃してしまって……本当にごめんなさい」
あたしに気づいた途端、ぱぁっと爽やかな笑みを真正面からぶつけられて、少し狼狽えてしまった。
何となく、彼の態度は兄さんを思い出させるようなものだったから。
エルトの方が背格好が似ているけれど、その対応はトウカの方が似ているような気がして。
懐かしくて、それが寂しくて。
それからなんとなく、トウカには親近感のようなものを感じた。
それが何か、とはハッキリ言えないのだけど。
トウカはあのふたりとぜんぜん格好が違う。
上等の服を着た旅の剣士。
いい家出身なのがすぐに分かる、紋章のついた剣を背負っていて。
きっとアルバートよりいい家の人なんだと思う。
でもそうじゃない。
それが親近感の理由じゃない。
こんな装備を平然と付けている彼からしたらあたしもあのふたりも身分の差なんてないはずだもの。
「ああ、あれね。状況が状況だし、実際、数日前にお兄さんがあの場所でお亡くなりになっていたんだし、早とちりも仕方ないよ。それに。たしか、ボクはリーザスの塔の像の目に手を伸ばしていたから。これじゃあ盗賊と間違っても仕方がない。ボクも悪かったから、それ以上頭を下げないで?」
困ったような声が降ってくる。
恐る恐る顔を上げれば、やっぱり兄さんに似た表情の、困った顔をしてこちらを見ていて。
「……それでいいの?」
「うん。だいたいボクたちに怪我はなかったんだし、終わり良ければ全て良し。勘違いで本当に燃やされたなら勘弁だけどね?」
それで言葉を切ったトウカは、甲板の方へ視線を移した。
それで話を切り替えてきた。
もう言うな、ということかな。
「船に乗ったのは久しぶり」
「あら、トウカはあったの?」
ありがたく好意を受け取って、目的の二つ目を果たすべく、トウカの話に乗る。
彼はどこの出身なんだろう。
エルトとトウカは初めて見た時兄弟にも見えたけど、そうでもないようだし。
ヤンガスに兄貴と呼ばせるふたりは一体何者なんだろう?
「父上と母上の仕事の関係でね。サザンビークやアスカンタ、サヴェッラ大聖堂や聖地ゴルドとか……世界中を幼少期に回ったことがあるんだ」
「ふぅん? 見た目の通り裕福なのね。世界中を回るなんて。いいお家なのね」
サヴェッラやゴルドだけならまだ、親が熱心な信者なのかなとも思うけど、北の大陸から南の大陸のアスカンタはともかく、西の大陸のサザンビークにまで行くなんて庶民のできることじゃない。
それどころか、トウカは事も無げに「世界中」と言ったのだし。
とんだ大金持ちの息子じゃないの。
風にはためく茶色の髪の毛を鬱陶しそうに払いのけながら、トウカはあたしの考えることがわかったのか苦笑した。
「一応、貴族だし。隠しているわけじゃないからね。剣を見たらわかるでしょう?」
「やっぱり?」
「で、ゼシカお嬢さんは、」
「ゼシカでいいわよ」
「じゃあ、ゼシカ」
そういえば、トウカの方がもちろん背が高いのだけど、あんまり差がないのね。
こんな小柄でよくあんなに前に出て戦うものだわ。
「アルバート家は、ボクも知っている名家だけど。名家のお嬢様としての、気負いとか、重責とか、そういうのは……気にならないの? あ、母君と喧嘩したばっかりに悪いんだけど」
「構わないわよ。でも、あんまり考えたことはないわね。もちろん、感じないわけじゃないけれど。……そうね。もうあたしが考えなくちゃいけなくなったものね」
「ボクはいつも感じてるんだ。みんなは期待するし、応えなきゃって思ってるから。でもね、国でこんなこと言えないから。同郷のエルトにだって」
「そんなものなの、貴族って」
「あはは。ボクってね、魔法使いの家系の末裔の癖にちっとも魔法が使えないんだ。だから剣の腕を磨いたんだ。今はこっちが楽しくて仕方なくってね……でも、魔法が使えたらっていつも思ってる」
出会ってすぐのゼシカに愚痴ってごめんね?
トウカはそう言って、少しだけ黙った。
「笑っちゃうよ。幼いときから魔法に対する知識をこれでもかとばかりに詰め込んだ期待の子供が、いざ魔法を使わせてみれば、全く魔法が使えないって分かるんだから。……なんでこんな話、ゼシカにしたか、分かる?」
「……分からないわ」
「ゼシカは見たところ魔法が得意だね。だからドルマゲスを仇討ちしようと思えるよね。それが怖くて。……もし君がただの非力な女の子だったら、どうしてたんだろうね? ボクはそれが心配でならない。
実際の君は非力じゃないけど、ひとりで立ち向かおうとしたのも怖かった。あの場にいたのが本当にドルマゲスだったら? お兄さんはとても強かったんだよね。ゼシカも殺されてしまっていたかもしれないのに」
言われて初めて、すっと胸が冷たくなった。
もし魔法が使えなかったら?
兄さんみたいに戦えなかったら?
そして、本当にドルマゲスに会っていたら?
あたしは魔法使いのタマゴ。
だけど、兄さんを殺した相手にあたしなら勝てるなんて、そんな確信は持てない。
「それでも仇討ちにいこうとしたかもしれないし、もしかしたら諦めたかもしれない。諦めたなら、君はこれから経験するであろう苦難の道を歩まない。旅は危険で、犠牲がつきもののはず。その上、仇討ちとなると、命の奪い合いに他ならないよ」
言い返せない。
「でも魔法が使える君は非力じゃない。戦うチカラを持っている。魔法が使えるんだもの、ボクより強いところがいっぱいある。だからこそ、ボクは心配なんだよ。ドルマゲスならボクたちが倒すからさ、君は安全なところにいて欲しかったって思ったの。ごめん、別に今更仇討ちを止める気はないよ。むしろ同じ目的の人間を見つけて心強いくらい。
ボクは兵士なんだ。だから、民間人が戦うのが嫌なんだ。だから言ったの。その、こんなこと言っておいてなんだけど気にしないで欲しい」
「それを言うなら、あなたも。ドルマゲスと戦うのは厳しいものでしょう? 死ぬかもしれないのに、怖くないの?」
「あはは、ボクたちは良いんだよ。どうしたってドルマゲスを追いかけて旅に出るしかなかったんだから」
「死ぬかもしれないのに?」
「死ぬかもしれなくても。ドルマゲス、思ってるより強いから。とんでもないよ、あいつ」
ドルマゲスはサーベルト兄さんを殺した。
つまり兄さんを奪われたってこと。
じゃあ、トウカたちは何を奪われたんだろう?
「ま、話はこんなものでいいや。取り敢えず、あいつはとんでもない強敵だからさ。気を付けすぎることはない! って話だったのさ。
でさ! 魔法ってどんな感じなの? どんな感じで魔力使うの?」
「え、魔法?」
「使うほうじゃなくても魔法を食らった感想でもいいよ! ボクさ、文字通り机上の空論でしか魔法を知らないんだ! やっぱり使える人がいるなら聞かないとね!」
あんなに真面目な顔をして忠告したあととは思えない。
別人のようにニコニコ。
こんなにきらきらと目を輝かせて、期待に満ちた笑顔を浮かべるなんて思いもしなかった。
朗らかに笑うとがらりとその印象は変わった。
好奇心旺盛な少年。
楽しそうなかわいい少年。
そんな感じ。
「説明が難しいわ。弱くするから受けてみない?」
「難しいからって気軽に殺さないでよ! ボクは魔法にものすごく弱いんだよ!」
「あんなに強いのに?」
「ボクは強くなんかないよ? 魔法に滅法弱いし、使えないし! 魔法を受けたら蒸発しちゃうよ」
手甲をした手が軽やかにひらひらと振られた。
そして彼は身体をほぐすようにぐいっと伸びをする。
目線はエルトとヤンガスが居る所。
ふたりは話し込んでいるふうではなく、単に並んで樽に座っているだけに見えた。
ふたりでの話はおしまいってことらしい。
「あっちいかない?」
「そうね」
ふたりの方へ歩きながらがっしりした大剣を背負ったトウカの背を眺める。
小柄な彼は兄さんのように広い背じゃなかったけど、頼もしい剣士の背中だった。
だって腰にまで剣があるんだもの。
体重より重いんじゃないかってくらい。
その時のあたしはまさか、そんな貴族の「ご子息」が「ご令嬢」だったなんて、思いもしなかった。