馬の姿にされてしまったミーティアは船の上では積荷の扱いだからデッキに出られない。
あまり長く話していると船酔いさせてしまうかもしれないのでほどほどにして、僕はヤンガスと合流して世間話をしていた。
年上だけあって、聞き上手だからなんだかいくらでも話せてしまう。
僕のことをものすごく尊敬してくれていてくすぐったいけど、それが余計に口を軽くするっていうか。
しかも本当に楽しそうに聞いてくれるものだから、ついつい話しすぎていたような。
同時になかなかゆっくり話せなかったヤンガスのことも聞けた。
なんでも、ヤンガスが生まれた時にはすでに父親が盗賊をしていたとか。
僕もトロデーンに拾われずになにかの犯罪組織に拾われていたら今も間違いなくそのままそこにいたと思うから、育ちは重要だと痛感するね。
ヤンガスの過去の犯罪歴までは分からないけれど、話している限りはそこそこまともな倫理観があって、あつい人情の持ち主で、少なくともトウカがたまに見舞われていたような事件を起こすタイプの悪人じゃない。
それでもこれまで経験してきたことが全然違う。
価値観も何もかも違う相手と話すのって面白いね。
近衛兵をしていたらそもそも集団生活だし、ほとんどトロデーン出身の人間ばかりだし、異色の経歴の持ち主なんて……むしろ僕の方が当てはまるくらいだし。
だから話すのに夢中になっていたら、トウカとゼシカお嬢さんが目の前にやってくるまで気づかなかった。
「やっほ、エルトとヤンガス。ここにいたんだ。よければボクたちもお話に混ぜてよ」
「トウカの兄貴、こっちに座りやすか?」
「そこはこっちのレディに座ってもらったら?」
「いいわよ、あたしは立ってるわ」
「トウカ、ゼシカお嬢さんと仲良くなったの?」
そういうところは相変わらずだなぁ、というか。
トウカの護衛は何故かみんな女性だったし、おうちのメイドさんとも仲が良さそうに見えたし。
とはいえ、トウカが女性たちと下心で仲良くしているとは思ってない。
トウカが下心を出すなら人間の女性より先にあの大きな愛剣に盛大に告白していると思うから。
ふざけているんじゃなくて。
そういう人間だからトウカのおうちの人は雇った女性をトウカに集中させたんじゃないかなぁと邪推。
あのお家、使用人も代々仕えているって話だし。
あと護衛だからって屈強な男性兵をつけたら永遠に手合わせを挑みそうで業務に差し障ると思う。
女護衛たちも屈強そうだったけど。
普段のトウカは笑っている方が普通の表情なくらいずっと笑顔だけど、ちゃんと貴族してる時はこんなに分かりやすく笑っていないものだからご一行の見た目というか状況がなんかすごい。
……家族や僕には分かる程度にこっそりにやにやしてることはあるけど。
そんなツヤツヤのリボンタイをしたお坊ちゃんがなんだかつまらなそうに沢山の女兵士を従えて、しかも自分の大剣を運ばせてるんだから絵面がひどい。
本当はトウカが背負っていた方が早いし本人もそれを望んでいるけど、小さい頃小間使いだった僕にはわかる。
その方が早くても「仕事を与える」名目でやらせてもらうことがあるってことを。
でもそれはそれとして、行動だけはすごくワガママな貴族の一人息子に見える。
威張るのが楽しい性格の方が楽そうだな、貴族って。
普通の感性をしているとストレスが溜まりそう。
だから僕と一緒に遊ぶ時はいい感じの木の棒を振り回しながら兵士の鍛錬ごっこして、たくさん木登りして、ぶっ倒れるまで駆けっこして、普段の生活の反動ですごい笑顔なんだと思う。
楽しいならいいんだけどさ。
というかなんでトウカは生粋の大貴族なのに小市民メンタルを持ち合わせているんだろう?
それこそ生まれた時からならストレスも何もないはずじゃないの?
「ゼシカとはこれから仲良くなれたらいいなと思ってるかな!」
「そうなんだ。僕はちょっとヤンガスと仲良くなれた気がするよ」
「エルトの兄貴!」
すごく嬉しそう。
なんだか悪い気がしない。
「え! いいなぁ。ボク、ヤンガスみたいなムキムキ人間になりたかったけど体質の問題で筋肉つかなかったから、是非とも日頃のトレーニングや食事について聞きたいなと思っていたのだけど!」
「あっしもトウカの兄貴とも話し足りないでがすよ!」
「筋肉はなくても鍛えた分のチカラは出てるじゃん……」
「不思議だよね!」
いつも以上に眩しい笑顔のトウカと不思議そうなゼシカお嬢さんが対照的だね。
「ふたりともあたしのことはゼシカでいいわ。……そういえば、どう見てもヤンガスはエルトやトウカより年上なのにどうしてふたりを『兄貴』って呼んでいるの? 普通逆じゃない?」
「おお、よくぞ聞いてくれたでがすな! あっしと兄貴たちとの出会いには聞くも涙、語るも涙な話があるでがすよ!」
「長くなりそうなら別にいいんだけど……」
え、あの話するの。
僕の手柄でもないことなのに感動的に話されたらすごく恥ずかしいんだけど。
「ボク、エルトが優しくなかったら普通に見殺しにしてたけど。陛下と姫さまがいなくても」
「えっ」
「少なくともエルトを尊敬するヤンガスの気持ちはよくわかるよ。エルトはいい意味でお人好しだし」
僕が優しいかは分からないけど、笑顔のまま言い切られると親友のことながら怖いんだけど!
ヤンガスは会話する僕らを交互に見ていたけど、トウカのことも僕のことも相変わらず尊敬してくれているみたいだった。
トウカの結構酷い発言もまったく気にせずに、そのまま嬉しそうにあの日の話を始めた。
やっぱりヤンガス、僕らとは人生の場数がぜんぜん違うんだろうな。
そう、あれはセミの声がうるさい、暑い夏の日だったでがす。
長年やっていた山賊業がほとほと嫌になったあっしは、足を洗ってまっとうな仕事をしようとしていたんでがす。
だけども、お天道さまはちゃんと見ているんでがすな。
山賊生活では便利だった人相の悪さのせいであっしを誰も雇ってくれはしなかったんでがす。
これまで悪いことをしていたあっしは骨の髄まで山賊だったんでがすよ。
足を洗うと決めたからには仕事が見つからない中も貯金を切り崩して生きていたんでがすが、とうとう金がなくなって、にっちもさっちもいかなくなったんでがすよ。
そしてもう二度とやるまいと決めていた誓いをあっさり捨てて、兄貴たちと出会ったトロデーンの近くの橋を張っていたんでがす。
通る商人や旅人から身ぐるみを剥ごうという訳でがす。
せめてもの命以外は全部奪い取ってやろうと思っていやした。
どうせ誰もあっしのことを分かってくれないし、街で出会っていたら他の奴らと同じようにあっしを追い返したに違いねぇと勝手に嫌になっていたんでがすよ。
空腹の中、やっと通りがかったのは高そうな白馬に引かれた馬車と奇妙な一行でがした。
変な見た目の御者はいるし、護衛らしき人間はたったのふたり。
あっしは兄貴たちを見て兄弟の傭兵だと思ったんでがす。
兄弟で傭兵なんてまったく呑気なもんだと思ったんでがすよ。
今のあっしからすれば失礼なことでがすが、エルトの兄貴を見ても大したことない奴だと思ったでがすし、トウカの兄貴の剣を見てもせいぜいこけおどしの武器か到底抜けないようなものだと思ったんでがす。
そんな馬鹿なあっしは吊り橋に立ちふさがり、こういったんでがす。
今考えると、到底勝てない喧嘩を売ったわけでがすね。
「やい、この橋を渡りたければ金品を全部置いていけ! その馬も馬車もな!」
この言葉を聞いたエルトの兄貴は身構えやしたし、トウカの兄貴はあの剣を抜いたんでがすが、あっしは何も分かっていなかったんでがすね。
そのまま山賊行為を続けたんでがす。
ここでトロデのおっさんがこう返してきやしたね。
「このあたりはまだトロデーン領のはずじゃが……貴様は何者じゃ?」
まあ、あっしはその時兄貴たちが仕えているおっさんだとは知らなかったもんで、名乗って脅してやろうとしか思わなかったでがす。
「俺は山賊ヤンガスさまだ! このあたりは俺の縄張りだと知らないのか!」
「ヤンガス? そんな名前は知らぬわ!」
大人しく従わない事に腹を立てたあっしは、先頭にいたエルトの兄貴に斧で斬りかかったんでがすが、勢い余ってそのまま吊り橋を破壊したんでがす。
そのまま斧が橋に突き刺さって抜けなくなったわけでがす。
その間にトロデのおっさんたちはあっしの上を飛び越えて橋を渡ったんでがす。
あっしは商売道具を失うわけにもいかず、なんとか斧を引き抜いた頃には橋は壊れかかっていて、慌てて渡ろうとしてももう遅かったんでがす。
崩れていく橋、あっしはやっと斧を捨てて対岸を繋ぐ橋の残骸のロープにすがりついたんでがす。
もう終わったと思いやした。
今までの悪事のすべてがここに繋がっていて、ここでその報いを受けるんだって。
すべてお天道さまは見ていて、あっしは変わろうと思ったのが遅すぎてもう許されなかった。
ここでこのまま崖下に落ちて死ぬんだと絶望するしかありやせん。
だけども、そこで慈悲を見せてくださったのがエルトの兄貴でがす。
自分に斬りかかった悪党のあっしを見捨てずにロープを引き上げようとしてくださったんでがす。
それを見ていたトウカの兄貴が力添えをして下さって、あっしは地面に戻って来られたでがす。
トウカの兄貴が力添えをして下さった瞬間にあっしが地面についたところでがすかね。
あっしは空を飛んだでがす。
ぐいと引っ張られたと思った時にはもう飛んでいたんでがす。
トウカの兄貴はエルトの兄貴を助け起こして、あっしのことをじっと見て、それからあっしを追い払おうとしたんでがす。
命を助けてもらっただけでも感激なのに、罪にも問わずにしてくださったんでがすよ。
おふたりの慈悲に感激したあっしはそこで土下座してこれまでの無礼を謝ったでがす。
そしてあっしはエルトの兄貴とトウカの兄貴の子分になると決めて、頼み込んだんでがす。
トロデのおっさんが、お二人が自分の家来だから自分の家来になれと言っていたでがすが、断じてあっしはトロデのおっさんの家来ではないでがすよ。
あっしはおふたりの弟分で、兄貴たちについていくんでがすよ!
あっしはあの日、あの時決めたんでがす。
あっしは今度こそ、二度と山賊に戻らないと。
これこそ腹が減ってもでがす。
そして兄貴たちにどこまでもついていくということでがす。
たとえ火の中水の中、あっしはお二人の子分でがすからね!
「ふうん。ようはふたりの優しさに感激したって話でしょ?」
「そうでがすよ」
「それのどこが聞くも涙、語るも涙の話なの?」
「まだ続きはあるでがすよ!」
「あ、もういいわ。だいたい流れは分かったし。じゃああたしは向こう行ってるから」
トウカはゼシカを止めようともせずに見送って、そんなこともあったねとうんうん頷いてた。
僕が助け始めるまで確かにトウカ、動こうともしなかったね。
普通に考えたらそっちの方が正しいのはわかる。
だって武器まで向けられたんだから。
だけど僕はどうしても見捨てられなかった。
だから助けた。
そのことを陛下もミーティアもトウカも責めないでいてくれたのが僕の幸運だと思う。
話を聞いた限り、ヤンガスは真っ当に生きる道がどこにも用意されていなくて、大人になってから自分で掴もうとしたけどこれまでの生活の積み重ねのせいで阻まれていた。
孤児の僕はたまたま拾われた国が真っ当で、自分の信じた正しいことを貫いても許される幸運な環境だった。
それだけのことだったんだと思う。
ヤンガスはこれまではともかく、これからは悪いことをする人間じゃない。
もしかしたらこれまでの被害者に償いを求められる日が来るかもしれないけど、もう大丈夫だと思うんだ。
ヤンガスは逃げたりしないし、ちゃんと謝れると思うし、償える。
それにこの旅が終わっても居場所が見つからないなら陛下なら仕事の口利きをしてくださる。
たまに憎まれ口を叩き合っているけど気が合うふたりだし。
「あっしは、おふたりの慈悲で目が覚めたんでがす。自分でした生ぬるい決意よりも固い決意で二度と悪の道には進まないでがすよ」
「うん。ヤンガスは元々優しい人だと思うよ。ちょっとした環境、ちょっとした違いですべてすべて変わってしまうものだと僕は思う。だからヤンガスを助けてよかった」
「あっしには勿体無い言葉でがす」
「ボクは陛下に刃を向けたことは許さないけど……でも、今のヤンガスが敵になるとは思っていないよ。そこはボク、信頼しているからね。これからはもう大丈夫。陛下はそれを分かってくださるお方だし、もう間違えないもんね?」
「そのことについては申し訳ないと思っているでがす……」
「今気負っても仕方ない。大丈夫、頼りにしてるから」
ヤンガスとの出会い。
ヤンガスにとっては一生を変えた大事件だったんだと思う。
だけど、僕にとってはどうだっただろう?
斧を向けられ、僕自身に振り下ろされた時は心底肝が冷えたし、避けながらも冷や汗をかいたものだけど……僕は大した恐怖心を持っていなかった。
それは僕の後ろでトウカの殺気が爆発したから。
それでもトウカが刃を向けた時に何もしなかったのはしんがりにいて手が出しにくかったことと、ヤンガスの必死な目を見たからだと思う。
彼がただの山賊で、「いつものこと」で、本人が望んでやっているならあんな目はしていなかった。
僕は、一番前にいたから分かる。
山賊から足を洗おうとしていたのは間違いない事実。
本当に誰も雇ってくれなくて、本当にお腹が減っていて、本当にどうしようもない状態だったんだ。
どうしようもないんだという諦め。
そうしなければいつか餓死するんだという恐怖。
また山賊に戻ってしまったという悲しみ。
トウカは本当の悪に容赦はしない。
何度も命を狙われて、家に暗殺者まで差し向けられて、それを返り討ちにしてきたトウカなら今更犯罪者のひとりやふたりを打ち倒すくらい何も思わない……と勝手に思ってる。
ヤンガスが本当に私腹を肥やすためだけに僕たちを襲ったんなら、最初に斧を向けた地点でヤンガスの命はなかったと思うんだ。
あの距離でもトウカは剣で風の刃を飛ばすから。
人間の防御力ならかまいたちで無防備な首くらい落とせるはず。
あの時、剣を構えつつも、僕は別に死の恐怖は感じなかった。
橋から落ちるかも、と言う意味ではびくびくしていたけど。
だから僕は助けるべきだと思ったからヤンガスに手を差し伸べたし、それをわかってくれたからトウカは僕の腰を引っ掴んでヤンガスの一本釣りをしたんだと思う。
何が嬉しくて親友に抱き上げられなければならなかったのか、僕が手に持っていたロープを横から掴めばそれで済んだじゃないか。
言いたいことは山ほどあったけど。
『本当にエルトは優しい奴だよ。ヤンガスって言ったっけ? 今のは全部見逃してやるからとっとと行きなよ』
冷静だ。
僕は助けたあとのことなんて考えてなかった。
だけどトウカはそれを僕の美点だって言う。
トロデーンが茨の呪いに沈んでも、本当はひとりぼっちのはずの僕は幸運で。
陛下もミーティアもトウカも失われなくて、トーポもポケットで無事でいて、それでいて食うに困ることもない。
僕は優しいのかな。
ただ甘いだけじゃないのかな。
八つのときにトロデーンに拾われて、小間使いをやって、兵士になって、近衛兵になって、それでもこびりついている「僕は孤児で、本当はひとりぼっち」なんていう変えようもない事実が目の前の人間への同情に変わっているんじゃないのかな。
どうだろう。
そんなこと口に出したらすぐに笑い飛ばしてくれる親友がいるから僕は「優しい」ままでいられるんだけど。
僕が引き受けてしまったことを肯定してくださる陛下がいるからこんなふうに育ったのだけど。
エルトは優しいって、ミーティアが言ってくれたから僕はそうなったのかも。
褒められてくすぐったくって、それがたまらなくって、言い訳したくて。
なんとなく船が南の大陸に到着するまで僕は胸の中でそんなことを考えていた。