カードゲームで世界が滅ぶ世界に転生してカードショップを開店したら、周囲から前作主人公だと思われている 作:暁刀魚
実をいうと、月兎仮面はこの街では現在話題沸騰の注目ファイターだ。
なんなら、瞬間風速でいうと俺より知名度があるかもしれない。
これ以上の知名度となると、この街にやってくる有名人の中ではダイアくらいしか存在しない。
下手するとこの街で現在一番話題の人物だ。
いや、流石にイベント開催が告知されて、その主催である俺とエレアも知名度上がってるか。
開催告知の直前くらいなら、間違いなく月兎仮面が一番注目されているだろう。
そんなファイターが、このイベントに参加しないのはありえないと誰もが思っていた。
野郎どもはあの痴女衣装を生で見たいと思っていた。
ともあれ、そんな痴女こと月兎仮面が突如として乱入してきた。
ステージの横に建てられた謎の塔の上に立っている。
「以前、SNSに上げられた動画を見た時から、貴方とは戦いたいと思っていたのよ! 月兎仮面!」
「光栄です。女性としては日本最強との呼び声も高いプロファイター、シズカさんにそう言っていただけるとは」
「おっと――」
月兎仮面の言葉に、シズカさんはチッチッチと人差し指を揺らす。
カウボーイか何かみたいだ。
「――日本最強の枕詞に、“女性としては”――は不要よ」
「!!」
その言葉に、観客たちが湧く。
シズカさんの強さは、このメンタルの強さ。
婚期以外の理由で闇落ちしたことがないくらい、シズカさんは強いのだ。
当然、シズカさんのファンはこういった大言壮語めいた発言を待っていた。
故に、観客からは喝采が飛ぶのだ。
「――姉さんは、シズカさんのファンなのよ」
「ヤトちゃん! どうしてここに!?」
「自力で休憩を!?」
「二人は何を言っているの? ……ちょっとだけ抜けさせてもらったのよ。姉さんの晴れ舞台だもの、他のキャストも理解ってくれたわ」
まぁ、そもそも他のキャストも普段から同じ組織で働く仲間だからな。
理解はあるだろう。
「やはりその自信。貴方こそ水面シズカの中の水面シズカさん!」
「日本語がおかしくなってない? まぁいいわ!」
これぞシズカさんだ、と言いたいのだろう。
ニュアンスは伝わってくる。
「姉さん、緊張してるわね……」
「推しの前ですもんね……わかりますよ……」
「エレアは推しの前だと溶けるもんな」
「えぇ……」
ヤトちゃんが少し引いていた。
エレアがこっちを膨れながら睨んでくる。
いや、ごめん……
「とにかきゅ! 貴方の相手はこの私です! とう!」
「来たわね……!」
あ、噛んだ。
そして気にせず続けた。
というか噛んだことに気付いていないかもしれない。
頑張れ月兎仮面! 本番はここからだよ!
「きゃっ!」
そして着地に失敗した。
「大丈夫!?」
「姉さーん!?」
会場の上のシズカさんが飛び出し、ヤトちゃんが叫んだ。
シズカさんが月兎仮面を抱き起こすと、月兎仮面は顔を真赤にする。
「し、シズカさん……っ」
「怪我はない? もう、高いところから着地する時は気をつけるのよ」
「は、はい……!」
やがて、シズカさんが月兎仮面を優しく起こすと、再び喝采。
ヤトちゃんが安心した様子で胸をなでおろした。
それはそれとして、観客がなんかざわざわしている。
「な、なぁ……なんか月兎仮面って可愛くないか」
「え、ええ……私、月兎仮面ってえっちだけどえっちすぎてそういう眼で見れなかったから、何だか新鮮だわ」
「俺、月兎仮面の良さわかった……」
くっそ失礼!
い、いやまぁ、普段から恥ずかしげもなくエロ衣装を着ている月兎仮面が悪いところはなくもないが。
これで、ハクさん本人には羞恥心もちゃんとあるんだけどな。
その羞恥心がスパイスになっているだけで。
うーん、やっぱりハクさんって痴女なんじゃないか?
『コホン! 両者、準備はいいな!』
「ええ、いつでもいいわ! なぜなら水面シズカは逃げないのだから!」
「辻ファイター、月兎仮面として! 貴方にファイトを挑みます!」
レンさんが仕切り直して、二人はメインステージで向かい合う。
さぁ、ファイトが始まるぞ。
「イグニッション!」
二人の声が重なって。
ファイターは、デッキからカードを引き抜く。
そして――
「…………」
「…………」
ふたりとも沈黙した。
……うん?
「最強の手札よ!」
「究極の手札です!」
――――事故ってるぅ!!
「あ、あれ事故ってませんか!? ふたりとも手札事故してませんか!?」
「て、手札事故!? 姉さんが!?」
「シズカさんは、時折事故るんだけどな」
手札事故。
この手札でどうやって戦えばいいのかわからないくらい、必要なカードが引けなかった状況。
前世ではそれはもう、日常的にあり得た光景だが、この世界だとそういったことはほとんど起こらない。
運命力が、ファイターを助けてくれるからだ。
つまり、逆に言えば運命力がいたずらしたら手札は事故るということ。
今回の場合は、ギャグキャラが二人その場に揃ったことで、空気がおかしくなってしまったのが原因だ。
ただでさえ、これは変なイベント。
その空気が目玉となるファイトでそれが爆発してしまったのである。
いやまぁヤトちゃんの反応を見る限り、ハクさんはこれまで手札事故とは無縁だったらしいけれど。
シズカさんの場合は、なんというか生き様が豪快だからな。
変なフラグを立てて事故ることは珍しくない。
いやでも、今回はそこまでお互いフラグを立ててなかったと思うんだけどな。
「……多分だけど」
「ヤトちゃん?」
「姉さんが、見た目以上に緊張してたのが原因じゃないかしら」
「そんなにか?」
見た感じ、確かに月兎仮面は緊張している。
けれど、こんな大事故を起こすくらい緊張しているようには見えないのだが。
「見て、あの仮面」
「うん」
「裏表逆よ――!」
「そうなのか!?」
いや、正直違いわかんないんだけど!
「定期的に姉さんの衣装を洗濯してる私じゃないとわからないけどね」
「ヤトちゃんになんてもの洗濯させてるんですか」
「当番制だからしょうがないのよ」
というか、あの衣装洗濯するものだったのか。
なんかこう、不思議能力で出現するタイプの衣装って、出現させたタイミングで洗濯されたみたいにきれいになっているものだとばかり。
マジカルファイターの衣装とか、そんな感じだと思うんだけど。
「まぁとはいえ……問題はないだろうさ」
「と、いいますと?」
「二人とも強いからな……事故った状態からでもファイトは成立するさ」
まぁ、だからこそトッププロはトッププロなわけで。
そもそも、城之内くんだって初手が事故ってもその後なんかいい感じにするしな。
シズカさんだって似たようなものである。
「あら、究極の手札だったのではなくて!」
「くっ……負けません!」
とはいえ、月兎仮面の方は若干対応に手間取っているようだ。
なんとか手札事故から立て直したシズカさんが、苛烈に月兎仮面を攻め立てる。
『おおっとぉ! 月兎仮面は一気に窮地に陥ってしまったぞ! このまま水面シズカが勝利してしまうのか!?』
レンさんが、いい感じに煽る。
観客たちも、ハラハラしながら月兎仮面のファイトを見守っている。
これは……
「俺、月兎仮面ってただの痴女と思ってたけど……あのシズカさん相手にここまで粘るなんて、すごいファイターなんだな……!」
「そうね……それに、こういうピンチを見てるとファイターとして応援したくなるわ……!」
「負けるなー! 月兎仮面ー! あ、みえ……ぐあ!」
観客の言葉が聞こえてくる。
会場が、月兎仮面の応援で一体化していく。
なお、何かが見えたらしい男は、メインステージから飛んできたマイクによって成敗された。
『さあ最終局面! どうするのだ月兎仮面!』
「いけー! 月兎仮面ー!」
「まけないでー!」
新しいマイクを取り出したレンさんが煽る中。
観客たちは月兎仮面を応援する。
「……憧れの相手との光栄なファイト。私の心には、それ故の遠慮があったようです。ですが……ここからは違います!」
そして、月兎仮面は奮起した。
「いいわね! ファイトっていうのはお互いの全てをさらけ出すもの! さぁ、貴方を見せて頂戴! 月兎仮面!」
対するシズカさんも、それを歓迎。
両者は激しいファイトの末――
「……敗因は、シズカさんにとってここがアウェーだったこと。会場の後押しが、月兎仮面に力を与えたな」
「でもシズ姐……楽しそうですよ?」
「そりゃあ、シズカさんだって先達だ」
俺やダイアのように、他人を導くファイターなのだ、シズカさんは。
だから、他人の成長は素直に嬉しいのである。
それでも……
「……見事、貴方の勝ちよ月兎仮面。でも
シズカさんは、本気で勝利を目指す。
月兎仮面を讃える言葉が、それを証明していた。
ファイトは、月兎仮面の勝利で終わった。
『月兎仮面が誰が建てたかわからない塔の上に立っていた時は、一体どうなるかと思ったが、終わってみればずいぶんと爽やかなファイトであったな!』
レンさんの総括が、全てを物語っているな。
それはそれとして、あの塔はなんなんだよ……
ファイトが終わって成長した感だせば、たとえ痴女でもいい話感が出ますね。
気のせいかも知れません。