カードゲームで世界が滅ぶ世界に転生してカードショップを開店したら、周囲から前作主人公だと思われている   作:暁刀魚

65 / 373
元マジカルファイター兼欧州チャンプ、アリス・ユースティアの場合

 アリス・ユースティアは、失敗を許されるものではないと思っていた。

 ユースティア家、東方の“一族”と並ぶ世界を守護する高貴な家系。

 その後継として生まれたアリスには、圧倒的なファイトの才能があった。

 誰にも負けない、ファイトの実力。

 誰よりも強い自分が、世界を守るのだという自負がアリスの根幹だったのだ。

 周囲からもそれを期待され、アリスの人生は順風満帆だったと言っていい。

 

 だからこそ、アリスが敗北することは絶対にあってはならないのだと考えていた。

 実際、エージェントとして世界を守るために戦うなら、敗北は一度として許されないことだ。

 その敗北が、世界の滅亡につながるのかも知れないのだから。

 もちろん、この世に完全無欠のファイターはいない。

 アリスだって負けることはある。

 しかし、それはあくまで相手が同格の相手だから。

 つまりアリスにとって許されない敗北とは、格下に足を掬われることである。

 言い換えれば、自分の油断で敗北を招くこと。

 それがアリスの信念だった。

 

 その信念に、決して間違いはない。

 むしろ、正しかった。

 正しかったからこそ、失敗した時の精神的なダメージが致命的なものになるというだけで。

 そして、当時のアリスはまだ幼く、失敗を許される立場にあった。

 だというのに、自分は失敗が許されない存在なのだと思い込んでしまった。

 結果としてアリスは、“失敗すること”に対して強いトラウマを覚えてしまう。

 

 そんなアリスの人生における大きな失敗は、二回あった。

 一つは、マジカルファイターとして。

 アリスはそれまで、封印することしかできていなかったデビラスキングを完全に討伐しようとしていた。

 そのための方法を考案し、実行して成功する一歩手前までいった。

 しかし、最後の最後でそれは失敗。

 結局、通常通りの封印を施すしかなかった。

 もちろんそれは、端から見れば成功と変わらないのだが。

 自分ができると思っていたことができなかったというのは、紛れもなくアリスにとって失敗である。

 

 そして、もう一つは――

 

 

 □□□□□

 

 

「悪いが、俺は負けたくないんだ。それはもちろん、トウマのこともそうだ。けど――アリスさん。君にだって俺は負けたくないんだよ!」

 

 ――その言葉と共に放たれた一撃がアリスのライフを削りきり、アリスは敗北した。

 

 第三回ファイトキングカップでのことだ。

 ファイトキングカップは世界最強のファイターを決める戦い。

 ユースティア家の次期当主として、その実力を世界に示すことはアリスの使命だった。

 優勝候補筆頭であるトウマをはじめとしたチャンピオンクラスのプロファイターに勝利し、最強を証明する。

 これがアリスのファイトキングカップ参戦の目的だった。

 

 結果は、準々決勝敗退。

 トップ3に入ることすらできずに、アリスの大会は終わった。

 勝ったのは、棚札ミツル。

 当時のアリスにとっては名前すら知らない、無名のファイターに負けたのだ。

 もちろん、油断していたつもりはない。

 むしろ、あの逢田トウマの親友というくらいだから、必要以上に警戒していた……はずなのだ。

 

 それでも、ファイトが終わった時。

 アリスの胸にあったのはとてつもない敗北感と、後悔。

 かつて感じた――マジカルファイターとしての失敗を体験した時と同じ感覚をアリスは覚えたのである。

 

 ――全てが終わったあと、アリスは会場の隅で呆然としていた。

 何をする気も起きなかった。

 どうして自分は負けてしまったのか、どうして自分は彼に勝てるつもりでいたのか。

 何も理解らなかった。

 解らなくなってしまっていた。

 そんな時、人の通らないその場所を、偶然通りかかる人がいた。

 

 

「……アリスさん?」

 

 

 それが、よりにもよって自分を負かした対戦相手――ミツルだった時。

 アリスは人生で初めて、乾いた笑みというやつを浮かべていた。

 

「……何をしに来たです? 敗者を嗤いに来るような性格にも見えないですが」

「準決勝まで暇だから、ぶらぶらしてたんだよ。ここに来たのは単なる偶然。むしろアリスさんこそ、どうしてここに?」

「……わかんないです」

 

 わからない? とミツルは首をかしげる。

 アリスは、胸の内に溜まった重苦しい吐息をこぼしつつ、続ける。

 

「全部です。貴方に負けた理由がわからないです。油断したつもりはないのに、足を掬われた気がする理由もわからないです。そして……どうしてこんなにも、後悔してるのかがわからないです」

「なるほど……アリスさんは、失敗したことがないんだな?」

 

 思わず、目を見開いてミツルの方を見る。

 こんなにも、一瞬でアリスの心境を看破されたことはなかった。

 失敗を恐れる感情がアリスのトラウマだと見透かされたことは、今まで一度としてなかった。

 そのうえで――

 

「なら、アリスさんは今自分が抱えてる感情がどういうものかわからないんだ」

「だったら……なんです? アリスは今、どう感じているんです?」

 

 店長は、一拍おいて。

 

 

「悔しい」

 

 

 そう、告げる。

 その言葉は、まるでアリスの心に巻き付いていた錠前の鍵を、全て一瞬で開けてしまうかのような言葉だった。

 

「くや、しい、……です?」

「そうだ、悔しい。アリスさんは他人に負けて、悔しいと思ったことがないんだと思う」

「くやしい……なんて、そんなの要らない感情です。子供っぽいです」

「別に、俺だって負けたら悔しいんだぞ? 誰だって、負けることは悔しいことなんだ。大人だってそれは変わらない」

 

 それに、とミツルは付け加えた。

 

「それに、そういう感情は決して悪いことじゃない。アリスさんが俺に負けたとき、どう思った?」

「……次は、負けたくないと思ったです」

「それは悔しいからだ。悔しいと思うから、アリスさんはその悔しさを原動力にできるんだよ」

 

 悔しい、悲しい、つらい、苦しい。

 そういうマイナス感情は、時に現状を打破するモチベーションになる。

 しかしアリスは、そういう感情を必要ない……子供っぽいと思っている。

 だから、自覚しなかった。

 感じようとしなかった。

 

「そして、何よりアリスさんは失敗したことがないから、その感情を自覚する機会がなかったんだよ」

「…………失敗は、あるです」

 

 え? と意外そうにミツルは首を傾げた。

 アリスは、詳細を伏せてマジカルファイターの一件を語る。

 実をいうとマジカルファイターとユースティア家は無関係で、あくまでアリスが個人的に関わった事件だ。

 けれども、ユースティア家のエージェントとしての側面はミツルくらいのファイターなら誰でも知っている。

 故に詳細を伏せても、アリスがエージェントとして失敗したことは十分伝わるのだ。

 

「ふむ……これは俺の推測なんだが」

「はいです」

「そのことを周囲に報告した時、周りはそれを失敗だとは思わなかったんじゃないか?」

「……!!」

 

 思わず、目を見開く。

 完全にその通りだったからだ。

 アリスは、マジカルファイターの一件を個人的に解決した。

 もちろんユースティア家にことの詳細は報告していたが、その上で家の人間はその事件を失敗だとは思わなかった。

 思う理由がなかったからだ。

 それでも、アリスにとってそれは紛れもなく人生で初めての失敗で。

 

「結果として、アリスさんは失敗を失敗として咎められることなく、失敗を経験すること無くここまで来てしまったんだな」

「……ミツルは、どうしてそこまで私のことがわかるです? 何だか超能力者みたいです」

「別に、超能力なんて使ってないよ」

 

 そう言いながら、苦笑するミツル。

 

「ただ、ファイトをすれば解るんだ。アリスさんが悩んでいることも、俺とのファイトがその悩みを刺激してる……ってこともな」

「……超能力者よりすごいことしてる、です」

 

 はっきり言って、異能の部類だった。

 もちろん、ファイトはお互いの全てをさらけ出す行為。

 ファイトによって相手のことを理解できることもある。

 でも、流石にここまで一度のファイトで見抜いてしまうのは、異能なんてレベルじゃない。

 一体どんな経験をしたら、そんな能力が身につくのだろう。

 

「まぁ、なんだ。今のアリスさんがするべきことは……」

「……ごくり、です」

 

 いいながら、ちらりとミツルは視線を周囲に巡らせた。

 そして、ある人物を見つけてから続ける。

 

 

「周りの人間に甘えること、だな」

 

 

 おもわず、アリスはポカンとしてしまう。

 甘える、だなんてそんな。

 アリスにとっては、考えてもみないことだ。

 

「そ、そんな子供っぽいことできない、です!」

「それを子供っぽいっていう時点で、随分子供っぽいとは思うけどな」

「むう……です!」

 

 思わずむくれてしまう。

 でも、言っている事自体は理にかなっている。

 失敗を恐れるアリスにとって、失敗とは弱みだ。

 弱みを周囲にさらけ出せないからこそ、それを抱えてしまうのがアリスの欠点。

 なら、いっそ弱みを相手に見せて甘えるのも一つの手段。

 それは解る、解るのだが……

 

「さ、流石に年上の成人男性に甘えるのは絵面が……です!」

「いや、俺に甘えろって言ってるんじゃないぞ!? ほら、アレ見ろ」

 

 そう言って、指さした先にいるのは――

 

「……シズカ、です?」

 

 水面シズカだった。

 日本を代表する女性ファイターであり、実をいうとアリスと個人的に親交のある人物である。

 そして、ミツルにとっては大学の学友だ。

 

「シズカから聞いたぞ、アリスさんはシズカと仲がいいんだろ? ちょうどシズカも、トウマに負けて傷心中みたいだ。アリスさんが甘えるだけでも随分と楽になるんじゃないか?」

「……私が甘えると、どうしてシズカが楽になるんです?」

「そこは……まぁ、説明が難しいから、行ってみれば解るって」

 

 むぅ、とむくれながらも、以前とある大会で親密になった時、随分とシズカに甘やかされたことを思い出す。

 当時は鬱陶しくて仕方がなかったが、今となってはいい友人である彼女の存在を思い返し……

 

「じゃあ、やってみるです」

 

 そう言って、アリスはシズカの元へと向かっていった。

 

 それが、店長とアリスの初めての邂逅である。

 後に二人は、時折連絡を取り合うようになったわけだが。

 再び顔を合わせるのは、数年後のこととなる――




・アリス・ユースティア。
ユースティア家の現当主にして、欧州チャンプのプロファイター。
完璧であることを是としてきたため、失敗に弱い。
その根本的な原因は本人的には失敗でも、周囲は失敗だと思わないところにあったのだが。
普段が完璧すぎて取り繕えてしまうので、一歩引いて見える店長が助言するまで本人でもその弱点に気づいていなかったところがある。
現在(店で店長と再会)した時点で20歳、小柄な少女だがエレアと同じ合法タイプである。

総合評価が40000を越えました!
誠にありがとうございます!
今後も頑張って更新していきますので、よろしくおねがいいたします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。