カードゲームで世界が滅ぶ世界に転生してカードショップを開店したら、周囲から前作主人公だと思われている 作:暁刀魚
「瞳の民ー、瞳の民ー」
カウンターで暇していたエレアの元にやってきたレンが、カウンターに乗っかかって足をぶらぶらさせながら呼びかける。
「どうしたんですか? レンさん」
「
「うぐっ」
久しく聞かなくなったヤトちゃんのコードネームをよびながら、レンはニコニコである。
対するエレアは、自分のうっかりを指摘されてダメージを受けていた。
「おっと、からかうつもりはないぞ? だが、バレたからには約束は果たしてもらわねばな」
「うう……それは解っていますよ」
レンがニコニコしているのは、エレアに約束とやらを果たしてもらうためだ。
それはかつてレンさんが“それ”を問いかけた時。
エレアがはぐらかしたものである。
具体的には――
「さぁ、天の民に拾われた当初の感想を述べよ!」
これである。
雑な分類をすれば、それはコイバナであった。
店長に対する初対面の印象を答えろという、非常に大雑把な話。
それと同時に、エレアにとっては色々と恥ずかしい過去を思い出させる話でもある。
ともかく、周囲の人間に正体がバレたら話す、という約束を二人は交わしていたのであった。
「うー……流石に店の中で話すことじゃないですよ」
「知っておるぞ、瞳の民はこれから休憩であろう。我も同行するぞ」
「レンさん」
この世界に存在しない名作マンガ(似たようなものは存在する)みたいなやり取りをしながら、エレアの休憩にレンが同行することとなった。
その間の店をメカシィに任せ、二人はバックヤードに入る。
店長が休みの日を、意図的にレンが狙ったのだろう。
エレアとしてはありがたい限りだ。
「ええと……レンさんも知っての通り、私は拾われた当初はなんというか……無感情系美少女ヒロインって感じでした」
「自分で言うな!」
ぺし、と柔らかな手がエレアを叩く。
なぜかエレアは少しうれしそうだ。
「店長は……そんな私から見ても、変な人だったんです」
「そこは同意する」
二人は強くうなずきあった。
「だって、私みたいな無感情系ヒロインのことを、あそこまでうろたえずに普通に受け入れるのは変ですよ! 普通ならもう少しドギマギしますって!」
「世の女子どもが、アヤツを捕まえられぬ理由よな。仙人かなにかか、あやつは」
今にして思えば、めちゃくちゃ恥ずかしいことをした自覚があるエレア。
しかしそれを、当初恥ずかしいと思えなかったのは店長の対応のせいだ。
あんな普通に流されたら、誰だって恥ずかしいとは思えない。
店長というのは、いつもそうだ。
ハクみたいな露出の多い痴女を目の前にすると、ある程度はうろたえる。
けれども、決して動揺して冷静さを失ったりはしない。
まるで一度死を経験したことで、そういった生への執着が薄れているかのようだ。
そのせいで、店長に対してフラグを立てる女性は少ない。
憧れ、信頼を寄せる者はいる。
中には店長を憎からず思っているものもいるだろう。
だが、店長があまりにもそういったことに執着が薄いせいで、踏み込みかねてしまうのだ。
「その点、瞳の民は幸運よな。意図せず天の民が意識する空間に入り込めた」
「そう言われると、それもまた恥ずかしいような……」
エレアが店長に接近できたのは、エレアが精神的にも物理的にも、店長の内面に入り込めたからだ。
カードショップ店員として、物理的に。
そして店長がダイア達古馴染みのように話しやすい相手、と認識したことで精神的に。
そういった、いくつかの偶然が重なって店長とエレアは惹かれ合っていった。
「……店長が私を店員にしてくれたことで、私達の新しい生活は始まりました」
「うむ」
「最初の内は、色々と戸惑うことばかりで。店長やそのご両親。他にも刑事さん……いろいろな方に迷惑をかけました」
エレアと店長の新しい生活は、戸惑うことばかりだった。
エレアはこの世界の常識を知らないし、店長も異性が自分のパーソナルスペースで生活する機会なんてこれまで一度としてなかった。
「ちなみに、いわゆるイヤーンなハプニングはあったのか?」
「イヤーンなハプニングって……言い方がオヤジ臭いですよ、レンさん」
「なんだとぉ!?」
いわゆるラッキースケベ。
「一度だけ、起こりかけたことはありました」
「おお!」
「店長、なぜか察してギリギリのところで回避しちゃいました……」
「あいつー!」
二人して、落胆を顕にする。
まぁ、当時のエレアはそこまで店長のことを意識していたわけではなかったのだが。
というか、意識する情緒が育っていなかったのだが。
それはそれとして、思い返すとあの時は惜しかったな……という気持ちもあるのだ。
ともかく、それからエレアの話は続いていく。
この世界で生活を始めたエレアは、戸惑いながらもそれに馴染んでいった。
もともと帝国時代から、下手なことをすると叱責と称してムチを打たれるような環境だ。
粗相をしないために身に着けた順応性は、ここでも高く発揮された。
買い物も、家事も、様々な雑務も。
エレアはあっという間に身につけていったのである。
店長から、お得な買い物の方法を一緒に買い物かごを抱えて教わったり。
店長の母親から、店長の好みの味を叩き込まれたり。
店の開店準備を店長と行ったり。
それらはすべてが驚きに満ちた新鮮な体験だった。
そもそも、エレアは買い物というものを行ったことがない。
買い物というのは、帝国の支配階級だけに許された行為。
エレアにとっての思い出は、支配階級が訪れるような店のウィンドウを、じいっと眺めていることくらいだった。
だから、いろいろなものを悩んで手にとることは、無限の選択肢が彼女の眼の前に広がっているようなものだった。
エレアにとって、食事は必要な栄養を流し込む行為だ。
もともとこの世界の人間より頑丈だから、与えられる栄養も最低限で。
美味しいものを食べるなんて経験すらなかったのだ。
初めて、店長に朝食を食べようと言われて、あまりの美味しさに内心は驚愕に染まり。
最終的には、店長にも美味しい料理を食べてもらいたいと思うようになった。
だから包丁で指を切る経験も、味見で舌をやけどするなんて経験も。
失敗ではあるけれど、エレアにとっては幸せな経験だったのだ。
そして、店は少しずつ開店に近づいていく。
店員となったエレアは、店長となった彼のものだ。
この店は、彼の夢そのものだ。
だから彼の夢を、隣でエレアは見届けようとしていた。
きっとその夢は、多くの人を幸せにするのだろうと思った。
ただ、一つだけ。
「……その時の私は、その幸せの中に自分を含めていなかったんです」
そう、エレアは述懐する。
「私、こんなにも自分が幸せでいいのか、って思いました」
「そうだな、瞳の民のような境遇なら、感じて当然だ」
「幸せになっちゃいけないんだって、そう思ってました」
「……そうか」
それは、あまりにも“よくある”感覚だ。
サバイバーズギルト、不幸から奇跡的な生還を遂げた人間が、自分の幸せを疑う精神状態。
エレアの感情はそれに近い。
「帝国は、ひどい場所でした。朝起きたときに、隣の人が亡くなってるなんてことは日常茶飯事で。それを埋葬することすら許されない」
「……」
「かつての私には、それが普通だった。でも、普通じゃないって知ってしまったんです」
「ああ、普通ではない。当然だ」
「……幸福は、毒です。過去が不幸であれば不幸であるほど、幸せになってしまう罪悪感が毒となって広がっていく」
それを癒やすには、多くの努力が必要だ。
エレアは、店長がその努力をしてくれていると知っていた。
エレアに、幸福を受け入れるための下地を作ろうとしてくれていた。
「でも、同時に解っていたんです。この幸せが、永遠に続くものじゃないって」
「……帝国、か」
「はい。それは――店の開店が翌日に迫った日のことでした」
尖兵エクレルールを失った帝国は、次なる一手を打った。
「皇帝カイザスが、直接この世界に乗り込んできたんです」
それこそが、エレアの“幸せ”の終わりでもあった。