カードゲームで世界が滅ぶ世界に転生してカードショップを開店したら、周囲から前作主人公だと思われている   作:暁刀魚

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78 過去:彼女はエレアだ、モノじゃない ②

「エクレルールさんの呼び方?」

「はい。私の名前を、もう少し呼びやすいようにしたほうがいいかと思うのです」

 

 カードショップ「デュエリスト」の開店を目前にして。

 そんなことをエクレルールさんに提案された。

 

「この世界で生活していて、私の名前は名前としては若干無骨であると感じました」

「まぁ、そうね」

 

 意味合いとしては「偵察機」みたいな意味になるもんね。

 異世界の偶然か、創作っぽい世界特有の名前にモチーフがあるからか。

 まぁ、意味は合っているんだけど。

 

「もう少し可愛らしく、見た目にあった呼び方がいい……と」

「なるほどね」

「……その方が店長も私を意識してくださるだろう、と店長のお母様が仰っていました」

 

 あの人……。

 多分、嬉しそうに言ったんだろうな。

 エクレルールさんは色々とこっちの空気を読んでくれるけれど、素直な人だ。

 ひそひそと伝えたのではなく、嬉しそうに伝えたなら、隠そうとは思わないよな。

 ま、母さんもそこまで解ってるとは思うんだけど。

 

「それにしても呼び名……呼び名……ね」

 

 少し考える。

 エクレルール、という名前は確かに少し硬い。

 合っていないということはないし、むしろ意味合いを考えれば似合っているとすら言えるかもしれないが。

 それでも、エクレルールさんが望むなら考えるべきだ。

 

 エクレルール……エクレ……エクレア……いやそれはお菓子だ。

 美味しいけど、可愛いとは違う気がするし……。

 

 

「――エレア」

 

 

 ふと、こぼれる。

 なんとなく、しっくり来た。

 うん、これならエクレルールさんの要望にも合っているだろう。

 

「エレア、っていうのはどうだろう」

「エレア……ですか?」

「ああ、呼びやすくて……可愛らしい。自分でいうと少し気恥ずかしいけど、どうかな」

「……エレア」

 

 その名前を聞いて、彼女は考え込むように手を胸に当てて黙り込んでいた。

 

 

 □□□□□

 

 

 ――この世界での生活は、望外にもエクレルールにとって幸福なものだった。

 兵士として育てられ、自由を知らぬまま偵察兵となったエクレルールにとって、この世界はあまりにも眩しく温かなものだったのだ。

 

 明日が当たり前にある世界。

 隣人を隣人が助けてくれる世界。

 ――ファイトが娯楽である世界。

 

 エクレルールにとってありえなかったものが、当たり前のように存在している。

 

 幸福な世界。

 幸福を幸福と認めることのできる世界。

 幸福を他人と分かち合うことのできる世界。

 

 ああ、なんと素晴らしいことだろう。

 

 ――だからその夢も、もうすぐ終わる。

 

 エクレルールは気付いていたのだ。

 だから――

 

 

「さようなら、店長。貴方のくれたもの全て……私に幸福という言葉の意味を教えてくれました」

 

 

 ――その日、エクレルールはひっそりと彼に別れを告げた。

 

 夜。

 この世界では、人が出歩くことのない時間。

 帝国では昼も夜も関係なく、労働階級の人間たちが労働に勤しんでいたというのに。

 この世界では、そうではない。

 そんな時間に、そいつはやってきた。

 エレアはそれを、武装した状態で迎え撃っている。

 

 

「見つけたぞ、尖兵。まさか生きていたとはな」

 

 

 皇帝、カイザス。

 粗暴な見た目の、それゆえに覇気に満ちた男が立っていた。

 

「皇帝陛下。お引き取りください。そうすれば、私は貴方を攻撃いたしません」

「誰にものを言っている? ああ、今のお前がこの世界の人間に敗れ、帝国の所有物でなくなっていることは知っている。故に許そう、発言そのものはな」

 

 気圧される。

 言葉一つ一つに、暴力染みた圧を含ませるような男だ。

 ただ、そこに立っているだけでエクレルールの心に恐れが浮かんでしまう。

 

「しかし……その発言、認めることなどありえぬ! 誰にものを言っている!? 俺は皇帝! 帝国皇帝カイザス! この世界の全てを支配するもの! 世界の勝者だ!」

「……!」

「貴様のような、価値のない道具の言葉を受け入れる意味がどこにある!? ただ敗北しただけでは飽き足らず、この世界の軟弱な愚者の手足に成り果てるなど、帝国臣民の恥をしれ!」

「……軟弱な、愚者ですか?」

 

 それでも、エクレルールはその言葉を無視できなかった。

 

「貴様の新たな所有者以外に誰がいる? ああ、確かにファイトの腕は優秀なようだ。尖兵たる貴様を打ち砕き、俺自身あの男とのファイトを楽しみにしている」

「……」

「しかし! それ以外の全てに価値がない! なぜそれほどの実力を有しながら、あの男はこの世界を支配しない!? この世界は、これほどにも怠惰な静寂に満ちている!?」

 

 静まり返った街。

 明かりの灯らぬ家々。

 帝国にいた頃は、想像もしなかったような光景だ。

 

「この世界には価値がない。あれほどのファイターがいながら、それを価値のない愚者に押し止めるような世界など」

「それは……!」

「第一、この世界のファイターがどれほどのものだ? あの男以外に、価値のあるファイターなどいるのか? 世界一つ平らげぬ、勝利に価値を見出さぬ愚者に!」

 

 カイザスは、断言した。

 

「価値などない!」

「それは違います!」

 

 そして、エレアもまた。

 

「この世界に価値はあります、幸福という価値が! この世界の人々には価値があります、幸福を分かち合うという価値が! 帝国にはなかったものです!」

「貴様……」

「あ、貴方にファイトを挑みます! そ……その言葉を、取り消してください!」

「く……」

 

 もとより、エクレルールは最初からそのつもりだった。

 カイザスも、エクレルールがそこに立った時点で想定済の事態であった。

 それでも。

 

「くはははははははははっ! 面白いことを! 面白いことを言う! 俺に挑む!? この世界の価値を認めさせる!? ああ、それ自体はいいだろう、しかし……!」

「……っ!」

「そうも()()()()()()言われてはなぁ! 片腹痛くて仕方がない!」

 

 ――恐怖をこらえながら口にするエクレルールの姿は、カイザスにとって滑稽でしかなかっただろう。

 我慢できずに口を開いてしまったが。

 覚悟を持ってここに立ったが。

 それでもエクレルールは、カイザスが怖い。

 帝国が、怖い。

 なぜなら――

 

「――貴様、弱くなったな?」

「そ、れは……」

「この世界のぬるま湯を知ったことで、牙を忘れたか!」

 

 ――幸福を、知ってしまったからだ。

 

「構えよ、尖兵。貴様の新たな飼い主を喰らう前の腹ごなしとしてやろう」

「……わ、私はっ!」

 

 カイザスが、帝国におけるイグニスボードに相当する武器を構え。

 エクレルールもまた、同じく構える。

 今まさに、ファイトが始まる。

 その時だった。

 

 

「そのファイト、俺に任せてくれないか?」

 

 

 ――ふと、声がした。

 エクレルールは思わず振り返る。

 気配に、気が付かなかった。

 偵察兵として、尖兵に選ばれる実力の彼女が起こした初めての失態だ。

 

 彼が、立っていた。

 

「――店、長」

 

 店長。

 棚札ミツル。

 自分を救ってくれた人、自分に幸福という言葉を教えてくれた人。

 自分が、守らなくてはいけない人。

 

 彼は――

 

「お前が彼女の国の刺客か」

「く、ははは! その通り、待ちわびていたぞ愚者よ!」

 

 そう言いながら、エクレルールの前に立つ。

 

「だ、ダメです店長、彼は――!」

「大丈夫、俺は負けないよ。特に……この世界の、ファイターをバカにするような奴には、絶対」

 

 気付いていなかったが、振り返ると彼はどうやらカイザスがこの世界とこの世界のファイターをバカにし始めたころからここにいたようだ。

 つまるところ、眼の前のカイザスが帝国の皇帝であるということを知らないのだが。

 それは今はさておいて。

 

「おかしな事を言う、この価値のない世界のどこに愚かでないところがある?」

「そもそも、解らないのはお前がこの世界を価値がないと断ずる理由だ」

「この世界には、闘争がない。勝者が全てを支配するという当然の覇道も存在しない。世界全てが弱者という駒に等しいのだ」

 

 カイザスにとって、自分が支配する全ては道具だった。

 帝国も、その臣民も。

 全てが自分のものであるという事実。

 弱者は駒であり、道具でしかない。

 故に、弱者しかいないこの世界は、道具としての価値すらない。

 

「だが、貴様は違う。強く、そして覇気がある。この世界を支配する資格がある。だが、故にこそ残念でならぬ、愚者よ。貴様のような強者が道具を支配せぬことが、何よりの損失だ」

「……」

「その道具もそうだ。勝利し、帝国から奪い取ったにも関わらず、使いもせずに捨て置くなど」

 

 それでも、カイザスは眼の前の男だけは認めていた。

 エクレルールを通して、直にファイトを見たからこそ。

 彼には、世界を支配するだけの器があると判断したのだ。

 そのうえで――

 

「いくつか、訂正しなきゃいけないことがある」

「ほう?」

「この世界の人々は、弱くない。むしろ、強い。俺だって勝てるかどうかわからないファイターが山ほどいる」

「なればこそ、余計に滑稽だ! 強者が弱者を支配しない世界など!」

「それこそ、余計なお世話ってやつだ。お前たちの世界がどうだか知らないが、この世界にそんな野蛮なルールはない。そして――」

 

 ――彼もまた、イグニスボードを構えた。

 笑みを深めて、カイザスも構える。

 

 

「――彼女はエレアだ、モノじゃない!」

 

 

 二人が、同時に点火(イグニッション)を宣言する。

 ――そんな中。

 途中から、彼の言葉に気圧されて何も言えなくなっていたエクレルールは――

 

 ――エレアは。

 

 エレアは、モノじゃない。

 

 その一言を聞いて、ただただ崩れ落ち、彼の背中を見上げる他になかった。




感想4000件ありがとうございます。
今回の回想は次回までです。
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