断続的な飛行機の発着音。
場内を満たすざわめき。
行き交う人々。
キャリーケースを転がしながら、少女はその隙間を縫って歩いていく。
曇り一つないガラス戸の向こう側。伸び伸びと広がる青空の下に出ると、懐かしさで胸が暖かく高鳴った。
――
その事実を、強く噛み締める。
「おぉ~! すっごい解放感!」
速足で追いついてきた別の人影が隣に並び、うきうきと上機嫌に感想を述べる。
眩い笑顔に栗毛のお団子ヘア―は、本来ならばここにはいないはずのものだ。
「思ってたよりずーっと広いね! こんなとこで思いっきり走れたら、気持ちいいだろうなー……!」
「何よりよ。……それじゃ行こっか。あんまり待たせたくないし」
うん、と元気よく頷いた彼女に、自身の親友の姿を重ね合わせながら――ソードクレインは、数ヶ月ぶりの故郷を歩いていく。
傍に、彼女――コパノリッキーを引き連れながら。……
時は、クレインたちが転校した直後まで遡る。……
ウマ娘が何某かの事由によって転校することになった場合、担当ウマ娘に関して、トレーナーには二つの選択肢が与えられる。
自身も転勤するか、転校先の別のトレーナーを見つけて引き継ぐかだ。
転勤、とは簡単に言うが、わかりましたといって簡単に出来るものではない。地方ならばまだしも、そもそも就職すること自体が難しい中央ともなれば、それを望むことすら叶わないケースがほとんどだ。
故に、ソードクレインの前任者が、後者を選んだのは当然のことだった。
「クレインッ……オレはっ……オレは嬉しいぞっ……!!」
転入が決まった直後――彼女のトレーナーは、クレインとの最後の別れにて、男泣きを隠さずに言う。
涙もろいことでかねてより有名ではあったが、そこまで泣かずとも……と困ってしまった。
「あんまり無理はするなよ、向こうの人たちに粗相がないようにな! 手土産は持ったか!? 転校の第一声は!? いじめられた時の連絡先は!?」
「中央にどんな偏見持ってんですか……」
生半可な世界ではないことは、彼女もまた重々承知だ。しかし荒廃した印象を受けているわけではない。この人はまたよくない都市伝説にでも片足突っ込んでんだろうか、とクレインは思う。
「……大丈夫ですよ、なんとかやっていきますから」
ただ、彼が心配するほどのものではない。クレインはそう答えた。
「だからその……まぁ。せいぜい、上手くいくよう祈ってやってください」
「おう、おう! そのつもりだっ! くれぐれも、くれぐれも健康には気をつけてなっ……!!」
――前任のトレーナーは、口だけの男ではない。
クレインが路頭に迷うことが無いよう、しっかりと後任のトレーナーを見つけ、引き継いでくれた。
素行はアレだけど、実力は確かだ! ――とのこと。当然、その言葉を疑ったりはしていないし、疑う気も無いのだが。
直接会ったことのない本人を初めて訪ねる……となれば、緊張してしまうのは無理からぬ話である。
「……」
転校したその日の放課後。
件のトレーナー室に続く扉を前にして、彼女は固唾を呑む。
さて扉の先に控えるは、蛇か悪魔かそれとも天使か。直後に控えるであろうあらゆる可能性を脳裏に思い描きながら、かちこちと硬い身体を動かし、遂にクレインは扉を二度ノックした。
コンコン、と音が響く。
普通、来客を告げるノックが聞こえたなら、部屋の主は何かしら反応をするものだ。
返事か、直接的な行動か。どちらにせよ、それに付随する音は聞こえてしかるべき。
にも関わらず――ノックの後、続く音は特にない。
「……?」
クレインの頭に、即座に『面接講座』の四文字が浮かぶ。
そういえばあの講座に、ノックは三回するのが礼儀とか言ってたなと思い至り、もしかしたら無礼を働いたのかもしれない、と今度は三度ノックをする。
が――待てど暮らせど、状況は変わらない。
「……」
部屋を間違えたのだろうか? 次はそう考え、表札を確認するも、間違いはない。
事前に示し合わせた通りのトレーナー室だ――ならばたまたま不在なだけか。
真偽を確認するために、動いた手は目の前の扉の取っ手を捉える。
果たして扉は、何かに妨害されることもなく、スムーズに動いていた。
「…………」
ほんの少し開いた扉の隙間から、中の様子を確認する。
中は整理されている……とはあまり言い難い。足の踏み場もない、というわけではないが、調度品は角度が傾いていたり、倒れていたりと、まるで空き巣にでも遭ったかのような様相。
事務机と思われる机の周辺には、様々な書類が散乱しており、家具と書籍で犇めいているその机上には――
――一人の男が蹲っていた。
「……」
もしや……と思いつつ、クレインは後ろ手に扉を閉め、その姿にそろりと近付く。『彼』がそれに気付いた様子はない。安らかな息と共に、身体が一定間隔に上下するばかりだ。
……寝ている。その事実が、クレインは信じ難かった。
嘘だろ、と。
約束したはずだ、と。
いや、別に約束していたからといって、寝ずに待っていろというわけではない。
当人は寝ないつもりだったのに、眠気に耐えられずに落ちてしまっただけかもしれないし。もしかしたら、そういう病気持ちなのかもしれないし。
一定の理解は出来る。してあげられる。でも、ただ、それにしたって、もっと、その、こう――……
……客人を迎える『体勢』になっていてもいいのでは。
「……あ、」
ただ、面食らって無言のままでは何も進まない。
クレインは、投げかけるための言葉を絞り出す。
「あの……?」
「……~~……」
すると男は、苦しそうに低く呻きながら、もぞもぞと動き、顔を上げる。
「……ぉ、んぉぉ……」
そのまま伸びをすると、ぼんやりと淀んだ瞳でクレインを捉え、言った。
「……来たか。なんだっけ。えーっと……」
朦朧とした声色は、水辺でのんびり溺れているかのよう。
「……セイバーアストラルだっけ……」
「ソードクレインです……」
なんだそのごてごてした名前は、と思いながら、クレインは早々に面食らう。
それが――二人の、初めての出会いだった。
男は、自らを庄野と名乗った。
「いやぁー、悪い悪い。途中まで書類仕事してたはずなんだけどなぁ」
けらけらと軽薄に笑う姿は、トレーナーであるとはお世辞にも思えない。というか、立派な社会人であると思えすらしない。ぼさぼさの黒髪に、無精ひげ。だらしなく着崩されたスーツに……ほんのりと香るアルコールの匂い。
もしかして、詐欺師か何かが成り代わっているだけなんじゃないか――などとまでも思うが、胸元に鈍く光るバッヂが、それをどこか申し訳なさそうに否定していた。
……『コレ』が。
この人が、自分の、後任者……?
「出迎える気満々だったんだけどな。気が付いたら寝ちまっててよー。最近夜更かし気味だったからな。ツケが回ってきたのかもしれねーな!」
「はぁ……そうですか……」
「んん?」
相手がどんな人となりであれ、礼儀は最低限尽くすべき。
クレインは、一応はそう心に決めている。だから失礼が無いよう、努力したつもりだったが――それも動揺によって揺らいでしまっていた。
「不服か? 後任が『こんなの』で」
「あ――い、いえ! そんなことは……!」
「いやいや、いいんだよ。隠さなくても。俺と初めて会った奴は、みんなそういう反応するから」
そうだろうな、とクレインは内心で独り言ちる。何しろ彼の振る舞いは、自分の知るトレーナー像とは、あまりにもかけ離れているのだ……
ウマ娘が競技に臨むにあたって、無くてはならない存在――トレーナー。
数多くの困難な試験を潜り抜けて資格を取得する彼らは、誰もが文武の揃った優等生だ。
そうであるべきだし――そうでないと、この戦場で生き抜いていくことなど出来はしない。
実際、クレインの目にしてきた数多のトレーナーたちは、皆その名に恥じない――少なくとも、清廉な見た目をしていた。このような、その――だらしのないトレーナーを見たのは。競技シーンに飛び込んで初めてだ。
これも。
これも、中央が故なのか? クレインは、そうそうあるわけのない想像にすら手を伸ばしかける。
「でもさぁ、見た目ってそんな大切か?」
そんな彼女の内心を見抜いたかのように、庄野は言う。
「重要なのは結果の方だろ。いくら小綺麗な見た目してたって、結果を残せなきゃ意味がねー。それに見た目を整えるのってしんどいだろ。髪だの服だの装飾品だの……時間の無駄だ。だったら最低限整えるだけにして、その分を鍛錬に回した方が効率的じゃねーか?」
「……世渡りにも影響するんじゃないかなって思いますけど」
「はは、手厳しい」
暴論に至りそうなまでの理論に、クレインは吐き出し掛けた嘆息を呑み込む。不満は在れど、不安は抱けど、見てくれだけでその実力を決めつけてはいけない。
どんな見た目であれ、公認は公認で、後任は後任なのだ。失望も幻滅も、全てを見届けてからでいい――
そう思い直して、クレインは様子を見ることにする――幸い、そこから続いた出来事は、彼の宣言通りのものだった。
――目標をひと月後の兵庫ジュニアグランプリに定め、トレーニングが始まる。
その内容の『ほとんどは』ごく普通のものだった。彼なりに分析した結果炙り出された、クレインの苦手分野を克服するためのもの。
彼女もまた、課せられるそれらを、さしたる疑問を持たずにこなしていった。
――そう。
『ほとんどのものは』。
「はい時間切れー」
「……、」
床に敷かれたラグマットと、散りばめられたトランプカード。
ほぼ全てのそれらは裏向きの状態で、他三分の一程度が表向きになっている。
その状況を見つめたクレインは、悔しそうに唇を結んでいた。
「これくらいちゃちゃっと終わらせるんだろうなーって思ってたけど、まさかこんだけしか出来ないとはなぁ。お前、さては全然やってこなかっただろ?」
椅子にふんぞり返りながら様子を見守っていた庄野は、近寄ると、散らばったカードのうちの一枚を拾い上げる。
表向きにしたその柄は――ジョーカー。
「『こういう』遊び」
「……」
……実際、彼の言う通りだった。
絵に描いたような優等生であったクレインは、それほどまで経験があるわけではなかった。このような遊び――
『神経衰弱』、などというものは。
そう、庄野の課したトレーニングは、一部が変わっていた。だいたい三日か四日に一度、このように、いわゆる『ボードゲーム』のような遊びをやらされるのだ。
どれもが、厳しい時間制限の元で、何かしらの勝利条件を満たさなければならないもの。最初こそ簡単に出来る、と信じて疑わなかったクレインだったが、これがいざ挑戦してみると思うようにはいかず……
何度もリベンジを繰り返して、ようやくクリアした頃にはもう真っ暗、なんてこともザラだった。
その種類もまた豊富だった。いくつもの積み木を指定の形に組み上げるもの*1、与えられた『素材』を使って『課題』となる写真を表現するもの*2。時には庄野自身が考案したオリジナルのカードゲームまで。苦痛――と感じることはなかったものの、その時ばかりは、クレインは疑問に思わざるを得なかった。
――これの、どこがトレーニングなんだ?
「――まぁまぁ、そう深く考えるなよ。息抜きにもなるだろ?」
思い切ってそれをぶつけてみても、彼は奇妙にはぐらかすばかりで答えてはくれない。
最初はなんとか耐えていたものの、苛立ちは募るばかりだ。
トレーナーを信用しなくてはならないのはわかる。
しかし彼の考えも、論理も、ついでに言動も、あまりに軽く、薄っぺらいものに映ってしまう――それに加えて、出会い方が出会い方だ。一切疑うな、という方が無理な話であった。
もし、これで結果が出なかったなら。
自分にとって、何の利益にもならなかったなら。
その時は、出るとこ出てやる! 不満を燃料に、彼女の危うい情熱は、日に日にその火勢を強めていった。
しかし――
「……、……」
来る兵庫ジュニアグランプリにて。
その不平不満は、鳴りを潜めることになった。
『しかし外から11番、ソードクレイン――』
『11番、ソードクレイン先頭でゴールイン――!!』
「――……」
控えめな歓声を浴びながら、ソードクレインは徐々に減速し、やがては停止する。
息が整い切らないまま、信じられないことを経験したかのように、自身の手を呆然と見つめた。……
……嘘でしょ。
――私。
強くなってる――……?
それは単純な走力、という意味でもそうだったが――それ以上に、思考能力が違っていた。
特に最終盤――コーナーで捉えた先頭二人を、勢いのまま差し切ってしまえ――という前のめりな考えを冷静に抑えて脚を『貯め』、最終直線で加速してぶち抜いたのには、自分でも驚いていた。
――自分は。
あそこまで冷静に状況を分析し、攻め方を選べていただろうか?
「おう、お疲れ」
控室にて、庄野はひと仕事終えたクレインに声を掛ける。
その頃には、彼女の頭も冷静さを取り戻し、先に起きた展開と、これまでに自分のやってきたこととの照らし合わせが出来ていた。
「いい抜きっぷりだったな。初っ端から飛ばし気味だったから、どうなるかとは思ったけど」
結果として――彼女の中に、ある推測が浮かび上がる。
「根性もあるし、パワーもある。はは。お前って見た目より負けず嫌いなんだな」
言おうか言うまいか。逡巡は、推測の浮上を抑え込めるほど強いものではなかった。
「しかしまぁ、今年はひとまずここまで、ってとこだろ。年始からはまた「私を、
試したんですか?」
クレインが言葉を遮ると、庄野は軽く目を見開く。
返答はなかった――が、彼女が全てを悟るには、それだけで十分だった。
「……ずっと変だと思ってたんです。担当に、トレーニングの真意を全く話さないなんて」
クレインの言葉が明確に尖り、庄野を突き刺すように飛ぶ。
「つまり私が、何も言わずともそれに気付けるかどうかを試していたんでしょう。自分の元で指導する資格があるかどうか、確かめるために!」
庄野は何も言わない。無表情で、彼女の主張を聞き続けている。その行動を意に介してしないような、全く動じていないその姿勢に、クレインの怒りは増す一方だ。
「……申し訳ありませんけど。私はそんな、無許可で他人を試すような人とやって行けません」
やがてそれは最高潮に達し、本来なら易々選んではならない選択すらも、彼女に選ばせていた。
「出るとこ出て「半分外れだな」
――続きかけた言葉を。
今度は、庄野が遮っていた。
やや強めの語気に、クレインも思わず止まってしまう。彼は相変わらずの朴訥とした表情で、彼女に言った。
「確かにお前を試したのは事実だ。けど試したのは『気付けるかどうか』じゃねー。自分たちのトレーニングのことを――『ふしだらに吹聴しないかどうか』だ」
「……はぁ?」
クレインの推測は、実のところ行き過ぎていた。
彼の本意は、その一歩手前にあった。
「ほら、こういう戦術がモノを言う世界は、ほんの少しの情報の漏洩が首を絞めることに繋がる。だから警戒してたわけだな。トレーニングの真意を話したりして……それを誰かに漏らしたりしないかってな」
「……」
「結局杞憂だったけどな。はは、よかったよかった。お前は俺が思ってた通り、真面目で誠実な奴だったって事だな、うん」
「……なんですかそれ」
ただ、ことの真相を聞いたところで、クレインの怒りは収まらない。
鎮まるところを見失ったそれは、また別の方角に行き場を求めていた。
「信用してなかったんですか? 私を?」
そう――なぜなら。庄野が言うことが真実なら。
彼はクレインのことを、信用していなかったことになる。
「レースに不利になるようなことを、自分からやる奴に見えてたってことですか?」
庄野は再びの無言。それに炊きつけられたクレインの憤怒が、燃料を得たように再燃する。
「パートナーだっていうのに――私のことを疑ってたんですか!?」
「――そりゃお前も同じだろ」
水を打つように庄野の言葉が響く。
声色は大して変わっていなかったが、無自覚の真実を死角から突き付けられ、クレインは言葉に詰まってしまった。
「俺と初めて会った時、お前はこう思ったはずだぜ」
それを知ってか知らずか、庄野は滔々と語る。
「『コレが自分の後任?』 『本当に大丈夫なのか?』ってな」
まるで直接聞いたかのように、的確に指摘する。
「そしてそれは悪いことじゃない。むしろ当たり前のことだ。ろくに話したこともない奴を手放しで信用できる奴ほど、危うい奴はいない――」
だから、試した。
だから、様子を見た。
「……要は『試用期間』だったわけだ。お前も俺も、お互いにお互いが信頼に値する奴かどうかを見極めた。俺はお前が、無暗に作戦を口外するような、軽薄な奴じゃないかを確認するために。お前は俺が――適切なトレーニングを課してくれるか、確かめるために」
そして今回のレースは、そのための十分な『たたき台』になったはずだ。
「お前も感じたはずだぜ。本来なら『掛かり』気味になるところを、冷静に思考出来たことを」
――
「いーかソードクレイン」
その頃には、クレインのほとぼりは覚めかけていた。
続けられる言葉に、『冷静に』耳を傾ける。
「トゥインクルシリーズは、世間様で言われるほど、きらきらした舞台じゃない。その可憐さ、熱さに似つかわしくない、残酷で冷酷な戦場だ。ほんの少しの油断で、簡単に足元を掬われる。
敗北の種は摘まなきゃいけない。勝利の芽は育てなきゃいけない。それを挫く最も身近な『火種』が――『信用』だ。実際、いいモノを持っていたのに、そこを疎かにしたせいで、満足な結果を残せなかった奴もいる。
俺たちはそのための最初の段階を、今日無事に乗り越えられた。軽率だと思うか? 軽薄だと考えるか? だがそれを裏付ける決定的な証拠が、お前の目の前にあるはずだ」
自分は勝てた。
彼の言葉に従って、1着を取れた。
勝負の世界で――それ以上に
「そういうわけだ」
クレインは満足に返事をしていない。
だが庄野には、元よりそんなものは不要だった。
彼女の纏う雰囲気が、何よりも雄弁に語っていた――だから、彼女へと手を差し出していた。
「改めて初めまして、ソードクレイン――ようこそ、
「……」
一連の話を聞き、クレインの口元に不敵な笑みが灯る。
――食えない人だ。
そう思いながら、彼女もまた、差し出された手を取っていた。
さてそうして、紆余曲折ありながらも、改めて運命を任せるに足るパートナーだと確信を持てた二人。
スパンをそれほど入れずに挑戦した全日本ジュニア優駿は敗戦を喫してしまったが、次なる目標を北海道スプリントカップに定めて気を取り直す。
3月のポラリスステークス、4月の天王山ステークスを連勝し――
自信と実力を確かなものにした。
そうして迎えた6月。
『本番』を翌日に控えたその日、会場入りするため、彼女は数ヶ月ぶりの故郷の土を踏んだわけだが。
「いやぁー、でも楽しみだなぁ。クレインちゃんの『故郷』を見るの!」
『待ち合わせ場所』にて『車』を待つクレインの隣。栗毛が楽しそうに揺れる。
「地方のトレセン学園見るの、なんだかんだで初めてなんだよね。どんな感じなのかな。さすがに中央ほどおっきくないとは思うけど……」
「……」
「……? どうしたの?」
「なんでもないわ……」
『彼女』は不思議そうに小首を傾げる。しかしどちらかというと、そのような反応をしたいのはクレインの方だった。
……そう、今日。北海道スプリントカップを翌日に控えたその日。
こうして、開催地である故郷――北海道の土を踏んだのはいいが……
やって来ていたのは、彼女だけではなかったのだ。中央にやって来て初めて知り合った同級生――
コパノリッキーも、そこにいたのだ。
一見すれば、彼女もまた、近場でレースに臨むのだろうと誰もが思うだろう。しかし実際はそうではない。
彼女はわざわざ、担当に拝み倒してトレーニングを休んでまで、ソードクレインに同行してきたのである。
ウマ娘が、知り合いのウマ娘の試合を観覧すること自体は、それほど特異なことではない。
むしろ同級生であるならば、応援という意味でも有り触れたことだ。
しかし――誤解を恐れず言うのであれば、クレインはリッキーとそこまで深い仲になれているとは思えていない。
むしろ、中央における先輩のような認識が強い分、未だに遠慮している部分が多い。
口調でさえ――ごく最近指摘されて、ようやくため口になったくらいだ。
……どうしてここまで自分が興味を持たれているのか、クレインは不思議でしょうがなかった。
『きみは……どんな走りをするのかなぁ……』
「こらこらー、そんな怖い顔しないでー」
危うく極寒の思考の海に引きずり込まれそうになったのを、リッキーが留める。脳裏に過ぎった映像と、実際今目の当たりにしている彼女とのギャップに、一瞬意識が朦朧としてしまった。
「今日はリラックスするための日なんでしょ。肩の力抜いてかないと」
「そ、そうね……」
「クレインちゃん、気抜くとすぐ怖い顔になるからねー。気を付けた方がいいよ!」
「え、そうなの……?」
そうだよー、と何のこともなく言うリッキーだが、クレインには軽くショックだった。確かによく、同級生に『顔怖いよー』と言われていたが、まさか癖だったとは夢にも思っていなかった。
「――あ、あれじゃない?」
肩を落とすクレインの傍ら、リッキーは道路を指差す。目を向けるとちょうど、ハザードランプを点灯させながら、一台の車が路肩に寄ってきたところだった。
黒いボディの普通乗用車。
「――おう、お疲れ」
運転席の窓が開き、いつもの不摂生な外見が顔を出す。
庄野の呼びかけに、クレインはどうも、と短く答えた。
「……お前が『同行者』だな。今日、ってか今回はよろしくな」
「はいっ! 不束者ですが、お願いしますっ!」
「嫁入りじゃないんだから……」
ツッコミに、リッキーは悪戯っぽく笑う。早くも揺らめく理由のない騒がしさの気配に、クレインは悲喜交々とした心持になっていた。