泥に塗れた私たちへ   作:Ray May

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どこだろう 今痛んだのは
どこだろう あなたは光

―― コロニー / BUMP OF CHICKEN




Uma-musume
泥に塗れた私たちへ
run into the mudness

転章

-move on-






転章
いざ聖蹄祭、ですっ!(前編)


 カンッ カンッ カンッ

 

 トレセン学園中央校、フェアリィルナたちの所属するクラス前の廊下にて。ざわざわと切れ目のない喧騒の中、硬い音が断続的に響いている。

 

「ったく、もぉ~~~ッ……」

 

 忌々しげに紛れる、刺刺しい声。脚立の上にて目に留まるのは、魔女を思わせるとんがり帽子。

 

「――なんでアタシが、こんなことしなきゃなんないのよーっ!」

 

 ……スイープトウショウは、金槌と数本の釘を手に絶叫していた。

 普通なら衆目の注目を集めそうなものだが、辺りを満たすざわめきはそれを容赦なく呑み込む。脚立の足元に控えていたキタサンブラックは快活に笑いながら、板切れを一枚渡した。

 

「スイープちゃんの器用さをみんな買ってるんだよ! さ、もう一枚お願い!」

「あいよぉーっ! じゃんじゃん持ってきなぁーッ!!」

 

 スイープもスイープで、無理やりテンションを上げなければやってられないのか、一転棟梁の如く声を上げて作業を継続する。

 ……それを、ソードクレインは半目で見つめていた。

 

 10月初頭。まだ暑さがしつこく残る秋の入口。

 トレセン学園中央校は、年に2度あるファン感謝祭の、後半戦の準備の真っ只中にあった。

 前半戦は4月初頭に実施済み。体育祭として知られるあちらに対し、専ら文化祭として知られるこちらはまだ体力を使わない、と思われがちだが――

 そこは名門の学園祭、『地元』ほど甘くはないことを、クレインは思い知っていた。

 

 そんな彼女らの出し物は、ずばり『お化け屋敷』。学園祭としてはスタンダードなもの。

 だが、通常想定されるものとは、若干違う点があった。

 

「――こーらっ!」

 

 丸めた紙束で、ぽこん、と軽く頭を小突かれる。

 弾かれたように振り向くと、そこには黒鹿毛のサイドテール。

 

「こんなとこでボーっとしない! ただでさえ忙しいんだからー」

「……あ。うん。ごめん」

 

 声の主――サトノクラウンに、クレインは慌てて謝っていた。

 

 彼女は、クレインたちとは別のクラス。

 本来ならば手伝いに来る余裕はないはずなのだが、こうして『監督』として関与しているのは、それだけの理由があるからに他ならない。

 そう――今回の出し物は、彼女らのクラスとの共同制作なのである。

 

 つまりは、クラウンたちの出し物もまた『お化け屋敷』。

 偶然の重なった結果だったが、せっかくそんな面白い偶然が起きたのだから――ということで、お互いのクラスを『通路』を作って接続して、ひとつの出し物として提供してみよう! ということに相成ったのである。

 学園でもあまり類を見ない試みということで、割かなくてはならない思考のリソースも必然、増える。彼女らも思考レベルは人間そのもの、そうなってしまえば、普段は犯さないようなミスを犯してしまうこともある。

 

「しっかし困ったわねぇ……」

 

 総括を務めるサトノクラウンは、その証明とばかりに唸っていた。心当たりがあるクレインは、それに口を開く。

 

「まだ決まらなそう? お化けの『内容』」

 

 クラウンは、苦しそうに首肯していた。

 そう。『お化け屋敷』に必要不可欠な要素である『お化け』。それそのものの内容が、開催まであと二日と迫ったこの時点でなお、ろくに決まっていないのである。

 

 サトノクラウンは理知的で聡明、整然と全体の指揮を取ってくれたお陰で、ここまでさしたるトラブルもなく準備を進めることが出来た。

 その一環として、時間を取って『それで、内容はどうしようか』という合同の話し合いの場を設けようとしたのだが、そこはウマ娘、スケジュールの多忙なアスリートたちの不利な面が影響してしまった。

 

 ――『テキトーな感じでいいよ!』 ……全員が寛容にもそう許諾した結果、現在までずるずると引きずってきてしまったのである。

 

「どうしようかしらね~……ホラー映画を避けてきた弊害が、こんなかたちで出てくるなんて」

「テーマは『廃病院』だったわよね。最悪みんなでそれらしい恰好すればいいけど」

「それだとただの喫茶店だからね~。もっと色々バリエーション持たせたいけど」

 

 それもそうだな、とクレインも同意する。ここまで大掛かりな設備が出来かけているのだ。内容にもしっかりと拘りたいところ。

 現状動ける生徒で、問題を解消するには……さてどうするのが最適か。

 

「――みんなー! お疲れ様ーっ!」

 

 そんな思考に、人懐っこい声が割り込んでいた。二人が目を向けると、廊下の奥から、行き交う生徒を掻き分けてやって来る複数の人影。

 

「買い出しして来たよーっ!」

「ヴィブロス……そんなに走っちゃ駄目だって……」

「おぉっ! 結構形になってますねっ! これは凄いことになりそうですよっ!」

 

 真っ先に辿り着いたのは、両手にぱんぱんに膨れ上がったビニール袋を提げた、大きなお下げの少女――ヴィブロス。

 次に、呆れ顔のシュヴァルグラン、驚きに目を見開いているフェアリィルナが続く。

 

「お疲れ様、クラちゃん」

 

 相変わらず優雅な所作のサトノダイヤモンドは、しんがりを務めていた。

 

「準備は順調みたいだね」

「うん。でも例の、そのー……役がまだ、決まってなくてね……」

「あ、そうなんだ……それは困ったね……」

 

 話し始める二人の傍ら――

 

「はいっ、じゃあキタちゃんはこれねっ!」

「わ――何このおっきな歌舞伎揚げ! すっごい! 団扇みたい!」

「あのあの、この通路! スイープさんが全部やったんですかっ!? すごいです! まるで大工ですよ!」

「べ、別に? 大したことじゃないわよ、これくらい……」

 

 ヴィブロスがせかせかと歩き回り、あちこちで休憩のムードが漂い始める。準備に必要な道具に加え、各所に打ってつけな『差し入れ』を手に入れてきているところ、やはりあの子の観察眼はとんでもないな、とクラウンは人知れず思う。

 と同時に、そこで思考に引っかかりを覚えた。事態への鍵を手にした感覚がして、彼女は一時沈黙する。ダイヤにとっては、その挙動はよく見慣れたものだったが、クレインは初めて目にするものだった。

 

「……? 大丈夫?」

 

 心配になって声を掛けるが、クラウンは平気よ、と返した。そして、

 

「――よし! 買い出し組+クレインちゃん!」

「あ、はーい!」

「え、私も?」

 

 ヴィブロスの元気な返事を筆頭にして、先の四人とクレインの注目がクラウンに集まる。不敵な笑みを口元に宿した彼女は、指令のごとく手を前方に差し出すと、まとめた自分の考えを口にした。

 

「あなたたちに、任務を受け渡すっ!」

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「――では、当日は手筈通りに」

 

 生徒会室にて、一通りの打ち合わせを終えた駿川たづなは、テーブルを挟んで向かい側、今やすっかり見慣れた『暴君』に目をやった。

 

「再三のお話にはなりますが、市長やURA事務総長などもいらっしゃいます。くれぐれも間違いないようお願いしますね」

「……うむ。無論である」

「不服そうですね、いかにも」

 

 オルフェーヴルは、たづなの言葉に曖昧な反応をする。それは正しく、図星を指されたからに他ならない。

 

 オルフェーヴルは厳格なリアリストかと言われれば、そうではない。

 いつかジェンティルドンナと話した時、『運命』という言葉を持ち出した程度には、非現実的な事象も許容する。

 だがそれは飽くまで実体験として経験していればの話であり、未体験――とりわけ『神話』に準えた眉唾な物事となると、その真偽を訝しまずにはいられないのだ。

 そして今回の打ち合わせ――学園内で『奉納』する予定の『舞』は、それに該当した。

 

「ですが、生徒会長が代々引き継いできた重要な役割です。全うしていただかなくては」

 

 しかしそんな事情は、たづな、ひいてはそれこそ、代々祝祭を見守ってきた先人たちには、関係のないことだった。

 

「『皇帝』は言わずもがな、やんちゃで有名だった『帝王』でさえ、最後には勤め上げていたのですからね」

「……しかしこのような――」

「まさか『暴君』とまで呼ばれたお方が」

 

 それでも、最後の抵抗とばかりに口にしたオルフェーヴルに、たづなは重めの語気で答えた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()、その伝統を放棄するなんて、致しませんよね?」

「……」

 

 般若のごときオーラが、ゴゴゴゴゴ……という擬音と共に目に見えるようだ。

 さしものオルフェーヴルもそれには怖気付き――口を結ぶと、視線を伏せながら言った。

 

「――む。無論である」

「重畳です」

 

 言質を取ったたづなは、にこりと微笑むと、立ち上がり、生徒会室の出入り口へと向かう。

 と同時。扉が開き、鮮やかな赤髪が入室していた。

 

「――あ。たづなさん。お疲れ様っす」

「どうも、お疲れ様です」

 

 書類の束を抱えたウインバリアシオンに短く返すと、たづなは立ち止まり、振り返る。

 

「では。くれぐれもお願いしますね」

 

 釘を刺すように言うと――

 優雅な足取りで、生徒会室から退室した。

 それを見送ったシオンは、執務机に戻る最中のオルフェーヴルに目を向ける。二人の会話の内容は聞いていなかったが、様子だけで、推測くらいはついた。

 

「……あんま理事長秘書(たづなさん)困らせちゃ駄目っすよ……」

「余は当然の意見を言っただけだ」

「気持ちはわかるっすけど。正論がいつも正しいとは限らないもんっすよ」

「……むぅ」

 

 依然として不服そうなオルフェーヴル。そうは言っても、なんだかんだで務めは果たすことをシオンは知っている。それ以上は何も言わず、書類の束を何枚か捲った。

 

「各クラスの進捗確認、終わりましたよ。どこも順調に進んでるみたいっす。今年は合同の出し物もあったりでどうなるか読めなかったっすけど……杞憂で終わりそうっすね」

「……そうか。ならば、例の催しも」

「……えぇ。準備は万端だそうっす」

 

 そこで、シオンの眼光が鋭く光る。その果てにはオルフェーヴルがいるが、歴戦の退役選手が、今更そんなものに恐縮するはずもない。

 彼女も負けじと、威圧的な目を返す。

 

「現役時代は、届かなかったっすけど」

 

 そしてシオンもまた、一歩も引かずに続けた。

 

「今度こそ、アンタの前に立ってやるっすよ」

「……ふっ」

 

 オルフェーヴルは、不敵に笑う。往年の好敵手の衰えぬ闘志を然と受け止めると、言った。

 

「やってみせよ」

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「よーしっ、それじゃっ!」

 

 名の知れた大型ディスカウントショップ前にて、溌剌とした声が響き渡った。

 

「ドキドキ☆お化け仮装探し、始めるよーっ!」

「そんな大声出したら迷惑だよ……」

 

 元気いっぱいに拳を掲げるヴィブロスだが、シュヴァルグランの目はじとっと湿っている。水を差すような発言であるが、ヴィブロスは気にしたようではなかった。

 

「まぁまぁ~、みんな忙しくてピリピリしてるんだから。こういう時くらい肩の力抜いてかないと~」

「わからないでもないけどさ……」

「適度に肩の力抜いた方が、いい案も出てくるよ! ほら、シュヴァちも、今くらい楽しもっ?」

「う、うーん……」

 

 ちらり、とクレインを見るシュヴァルだったが、そんな目で見られても、というのが彼女の率直な感想だった。

 

「ふおぉぉぉっ!! こんなおっきなスーパー初めて見ますよっ! まるでテーマパークですねっ!」

「ふふっ。退屈しなさそうだね」

「退屈の方がありがたいんだけどねいっそ」

 

 勝手に盛り上がるフェアリィルナを横目に、クレインは目頭を押さえる。清涼剤はサトノダイヤモンドだけか、これは大変な任務になりそうだな、と早くも大変な困難を感じていた。

 

「それじゃっ、中に入ろっか!ここで話してても、仮装はやって来ないよ!」

 

 ともあれ一行は、ヴィブロスの呼び掛けで店内に入店する。コミカルで騒がしい音楽に、所狭しと置かれた様々な商品の数々。地元ではなかなかお目にかかれない光景に、まず目を輝かせたのはフェアリィだ。

 

「ふおぉぉぉっ! すごい! すごいですねっ! 本当にテーマパークじゃないですかぁーっ!」

「……お願いだから落ち着いててよ」

 

 クレインの脳裏に、かつて彼女が街灯によじ登った記憶が蘇る。あの時の彼女と今の彼女とに差異があるようには、残念ながらクレインには思えなかった。

 

「それで、まずはどこに行こっか。仮装というとパーティ用品だと思うけど。そっちから行く?」

「だね! お化粧とかは後で考えよっ」

 

 主にダイヤとヴィブロスが主導して、一行は移動する。数多あるコーナーの中でもとりわけゴキゲンな一角に、フェアリィのテンションは上がっていく一方だ。

 

「ふおぉぉぉぉっ!! とっても色んなものがありますねっ!! 今まで一年近くもこんな場所を知らなかったなんて……!!」

「ふふっ、まぁ、今回みたいなイベントじゃなかったら、まずお世話にならないだろうしね」

 

 そんな彼女を見守るダイヤは、まるで母親である。その傍らでは、シュヴァルグランが、コスプレグッズの一部を複雑そうに見つめている。

 

「……なんだかキワドイものばかりだね。これじゃ、お化け屋敷じゃなくてコスプレ喫茶だよ」

「ダイジョブダイジョブ、お化粧すればどうとでもなるから! ほらシュヴァち! どうせだから試着してみて!」

「え――ぼ、僕っ!?」

 

 シュヴァルの素っ頓狂な声が響く。彼女が顔を真っ赤に染め上げているのは、決して大声を出し過ぎたからではないだろう。

 対してヴィブロスは、人差し指を唇に当て、下から見上げるようにシュヴァルを見つめる。悪気は全く感じられない。いつもの『オネガイ』モードだ。

 

「だって~、シュヴァちって普段、こういう服着ないでしょ? たまにはシュヴァちのダイタンなところ、見てみたいな~って」

「う……で、でも、それとこれとは話が別だろ! そ、そもそも、これを普段使いする訳でもないんだし……!」

「もちろん! 普段使いしてなんて言わないよ~! でもだからこそ今、シュヴァちに着てほしいんだよ~っ、ねっ、オネガイ~!」

「う、うぅ……!」

 

 ……またしてもクレインに視線をやるシュヴァルだったが、残念ながら彼女にも、ここを切り抜けられるような有効な策は無かった。なぜなら――

 

「まぁまぁ。遅かれ早かれ着ることになるんだから。今から慣れておくのもいいんじゃない?」

「シュヴァルさんのちょっと違うところ……確かにフェアリィも気になりますっ!」

 

 ……コレだからである。多勢に無勢、大丈夫、自分も同じ橋を渡るから――とクレインは、シュヴァルにサムズアップをするに留まっていた。

 行ってこい――と。

 

「~~……わ、わかったよ……」

「やったー! じゃ、着つけは私がするねっ」

「そこまでしなくていいよーっ!!」

 

 そんなこんなで、試着室へ。同伴をシュヴァルは最後まで拒み続けていたが、結局ヴィブロスの勢いには敵わず、許すことになってしまっていた。きゃぴきゃぴと騒がしい声を聞きながら、三人は傍で待つ。

 

「……意外だったわ。ダイヤって、結構ノリがいいのね」

「そう? 普段大人しい子がキワドイ服になるのって、ちょっとドキドキしない?」

「まぁ……背徳的ではあるわね……」

「あのあの! あの服って私たちも着るんですかっ!?」

「んー、みんなってことはないんじゃないかな。それこそコスプレ喫茶になっちゃうだろうし」

「バリエーション持たせたいけど、廃病院ってなると他に何があるかしら。……くたばった被検体とか?」

「暗闇の奥から、電動のこぎり持った巨漢が襲ってきたら盛り上がらない?」

「あなたの考えてる廃病院物騒すぎない……?」

 

 そうなると何でもありになってしまうのだが、と考えるクレインだったが、考えが出ずに何もいないよりかはマシか――と、その考えを頭の片隅に仕舞うことにする。

 

「――よーっし、出来たよー!」

 

 そこで、ヴィブロスの声が響く。試着室のカーテンからそそくさと出てきた彼女は、自信満々な顔を向けながらカーテンを引っ掴むと、

 

「それじゃ、お披露目だよー! 3、2、1――」

「え、ちょ、待ってヴィブロス! まだ心の準備が――」

「ばーんっ!」

 

 シュヴァルの懇願も虚しく、カーテンは開け放たれていた。試着室の中、彼女はせめてもの抵抗、とばかりに、顔を両手で覆っていた。

 

『おぉ~!!』

 

 三人の声が重なる。淡いピンク色の帽子に、豊かに胸部の盛り上がった上着。タイトスカートからはすらりとした脚が伸びている。今は持っていないが、もしもクリップボードでも抱えていれば役満だったろう。

 ……そう。彼女の格好は、つまりは『ナース』だった。

 

「ふおぉぉぉっ!! すっごい! すっごく似合ってますよシュヴァルさんっ!!」

「でしょでしょっ! ほら、シュヴァちー! 顔隠さないで! 写真写り悪くなるよー!」

「え、ちょ、写真撮るの!? 聞いてないんだけど!?」

「そりゃもちろん! お姉ちゃんにも見せるんだから~!」

「ふふっ、はしゃぐのはいいけど、まずはその鼻血を拭いた方がいいよ?」

「……」

 

 一瞬にして黄色い歓声でいっぱいになる一角。クレインは半目でシュヴァルの姿を確認し、自分もこの服装をするんだな、と覚悟を決めながら、自分にとっての最大限の賛辞を送った。

 ――無言でサムズアップする、という賛辞を。

 

「~~~!!」

 

 ……それが引き金になったのかはわからないが、シュヴァルはカーテンを勢いよく閉め、試着室に引っ込んでしまった。

 

「あちゃ~、耐えられなかったか。はいはいシュヴァち、着替えるの手伝うよ~!」

「シュヴァルさん、元がいいからなんでも似合うんだよね、実際のところ。もっと自分に自信を持てばいいのに」

「自信と勇気は別物ってことよ……」

 

 それを加味しても、彼女の自信の無さはお墨付きだが。これを機に色々吹っ切れるといいな、とクレインは陰ながら考えた。

 

「――あれ、みんな?」

 

 その時、不思議そうな声がそこに割り込んできた。一同が振り返った時――まず、ぱあ、と明るい顔になったのはフェアリィだった。

 

「あ!」

 

 その所為は――その持ち主が、そうするに足るほどの知り合いであったから、に他ならない。

 

「タルマエさーん!!」

 

 ドドドド――と走り出したフェアリィは、宛ら飼い主を見つけたペットだ。

 

「わ、わ」

 

 当然、そのような反応にタルマエは困惑する。あわあわしているうちにフェアリィは彼女の元に到達し、同時、手を大きく振りかぶっていた。

 もちろん、彼女を叩こうなんてわけではない。その意図を辛うじて汲み取ったタルマエもまた、似たように手を構える。

 

 ぱん、と小気味いい音が、二人の手の接触点から鳴った。

 

「お久しぶりですっ! まさかこんなとこでお会いするとはっ!」

「あはは……そうだね。私も、出会い頭にハイタッチするとは思ってなかったよ」

 

 あの子の異様な前のめりさはやはり才能だな、とクレインは改めて認識する。仮にも先輩、英傑とまで呼ばれたウマ娘が、それも――

 ――『別の有名人』を引き連れていても、臆することなく向かって行けるとは。

 

「――ほっほ。相変わらずの元気さだねぇ~」

「へ?」

 

 ただ実際のところ、フェアリィにはその人物が見えていなかったようである。癖のある亜麻色の髪に、穏やかな顔つき――

 

「――わっ! アキュートさんじゃないですかっ! こんなとこで会えるなんて光栄ですっ!」

「あたしもだよ~。今をときめく『有名人』に、こんなところで会うなんてねぇ~。今日は運がいいかもねぇ~」

「あれ? どういう状況?」

 

 会話を見守っていたクレインたちに、着替えを終えたヴィブロスとシュヴァルが合流する。不思議そうな声の彼女に、説明するのはダイヤだ。

 

「アキュートさんとタルマエさんが来たの。二人もここに用事かな」

 

 へぇー、とヴィブロスは意外そうだ。一方のシュヴァルはというと、まだ恥ずかしさを捨て切れないのか、顔を俯かせるばかりだった。

 

 ワンダーアキュート――ホッコータルマエに並び立つほどの有名人、いや、キャリアで言えば逆になるのか。『いぶし銀の老兵』、『砂浴び仙人』――

 今年でキャリア5年目を迎えながらも、未だ活躍を続けている傑物の一人。ただ、知識は現代に応じて更新されているとは言い難く――だからこそ、こんな場所に姿を現していることが、一同にとっては意外なことだった。

 

「みんなここで何してるの? 出し物の衣装探し?」

 

 タルマエの問いかけに、ダイヤが頷く。

 

「はい。そんなところです。タルマエさんたちも、同じような感じですか?」

「うん。私たちは衣装探しじゃないけどね。せっかく来たんだし、アキュートさんに色々教えられたらなって思って」

「最近の『とれんど』の移り変わりは目まぐるしいからねぇ~。あたしもお言葉に甘えて、ご相伴に与ったってわけさぁ」

 

 アキュートは楽しそうに言うが、どこかそわそわしているようにも見える。それもそのはず、彼女にとってもこの場所は、ベクトルこそ違えど、フェアリィと同様、頻繁に訪れようと思うような場所ではないからである。

 

「しかし……ここがこんなにきらきらしたところだとはねぇ。目移りして疲れてしまうよぉ」

「まぁ……かなり主張激しいですからね、全体的に」

 

 クレインもそれに同意する。主に広告が、主に音楽が。フェアリィによる一見頓狂な感想――テーマパークというのも、あながち間違いではない。

 少なくとも店舗側は、『楽しく買い物できる雰囲気作り』に全力を投じていることがよくわかる。ただそれは、アキュートには少し『ちかちか』して映ってしまうようだった。

 

「ねーねー、アキュっちはさ、こういうところ慣れてないの?」

「そうさねぇ。日用品は、ここまで来なくとも、買えてしまうからねぇ」

「あ、アキュっち……?」

 

 不可思議な呼称に困惑するタルマエの傍ら、ヴィブロスの無邪気な問いかけに対するアキュートの答えは、尤もらしいものではあった。何も安さや利便性を売りにしている店は、ここだけではないのである。

 

「そっか、じゃあちょうどいいね!」

 

 果たして何がちょうどいいのか、クレインの頭上に浮かんだハテナマークを捕まえんばかりに、答えはヴィブロスによって齎されていた。

 

「わたしたちも、まだこれから『衣装探し』続けるんだ! 二人も一緒に行こうよ!」

「えぇ……いいのかい? あたしじゃ、力になれるかわからないよぉ?」

「ダイジョブダイジョブ! 何も手伝ってくれってわけじゃないから! ね、いいでしょ、サトノん!」

「そうだね。いざという時、考える頭は多い方がありがたいし……」

 

 やったー、とはしゃぐヴィブロスだが、ダイヤの思考は、彼女ほど舞い上がってはいなかった。

 

「……もちろん、お二人がよろしければ、ですが……」

「うぅん。大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけだから」

 

 が、しばし言葉を失っていたタルマエも、面食らっていただけの話だった。快諾の返事に、ヴィブロスの歓喜がフェアリィにも伝染する。

 

「おぉ……これは思いがけずビッグイベントですね! タルマエさんとより親しくなれるチャンスですよ、クレインさん!」

「えっと……舞い上がるのはいいけど、目的は忘れないでね」

「ふふっ、大丈夫。いざとなったら、みんなでナース服着ればいいんだから」

「で、出来ればそれはやめてほしいかなぁ!?」

 

 シュヴァルはそれまで黙り込んでいたが、さすがにダイヤによる思いもよらない提案には、喰わんばかりの勢いで反応していた。

 そうして一行は、総勢7名の大所帯となる。アキュートへの『流行』の教授も兼ねていることもあってか、宛らその様相は、衣装探しをする女学生、というより、年長者を連れて歩く孫だった。

 

「へぇ~……最近はこういう『こすめ』が流行りなのかい?」

「そうそう! アキュっち肌もキレイだし、すっごく似合うと思うよ……あっ、そういえばお肌、何かケアとかしてるの?」

「ん~……特別なことは、何もしてないねぇ……」

「認めない……私はそれだけは認めないよ……」

 

 何でもない事のように言うアキュートに、タルマエが私怨のごとくぶつぶつ言っている場面を、クレインは見逃さなかった。

 そんなこんなで、少女たちの騒がしい時間は過ぎる。時間は夕方の入り口に差し掛かっており、衣装はじめとする小道具探し……にしては、少し時間を食い過ぎてしまった。

 

「思ってたより時間かかっちゃったね。クラちゃん、大丈夫かな……」

「連絡は来てないんでしょ? なら、滅多なことにはなってないでしょ」

 

 心配そうなダイヤに、クレインは声を掛ける。改めて携帯電話を確認する彼女だったが、新しい連絡がないことを認めると、そうだね、と返事をした。

 

「――あっ、そうだっ!」

 

 各々の間に解散のムードが漂い始める中、声を上げたのはフェアリィだ。経験則から、ほんのり嫌な予感を覚えながら、クレインは言った。

 

「どうしたの?」

「いえ! 良かったらみんなで、写真撮りませんかと!」

 

 が、その場においては、彼女の予感は的を外していた。

 写真――転校してからこっち、事あるごとに提案をして回っている事ではある。タルマエとは依然写真を撮った、と言っていた気がするが。この面子での写真は、なるほど確かに当然、撮ってはいなかったな、と納得する。

 

 同時――これだけの人数が集まることは、この先もそうそうないであろう、とも。

 

「ん……そうだね。せっかくだし、撮る?」

 

 それを汲み取ったのか否か。まずダイヤが賛同し。

 

「うん、いいよ! わたしも大丈夫!」

 

 ヴィブロスが。

 

「ま、まぁ。別に、大丈夫だけど……」

 

 シュヴァルが。

 

「そうだね。私もいいよ」

「ほっほ、それじゃあ、同席させてもらおうかねぇ」

 

 タルマエが。アキュートが。同調していた。

 

「ふわぁ……! 皆さん、ありがとうございますっ! ささっ、それじゃぱぱっと撮っちゃいましょうっ!」

 

 とは言っても、7人もの少女を画面内に収めるのはなかなか難儀するもの。あれか、これか、と構図を練っているうちに、数分と時間が経ってしまっていた。

 

「――よしっ、それじゃあいきますよーっ!!」

 

 溌溂とした声を合図に、『シャッター』が切られる。

 

 ――かしゃんっ。

 

「うほぉぉぉっ! ありがとうございます、皆さん! 後でお一人ずつ送信しときますね!!」

「ふふっ、なんだか楽しいね。たまにはこういうのも」

「はて……しかし、どうやって受け取ればいいのかねぇ? まず連絡先からかい?」

「あ、じゃあ今交換しちゃおっか。せっかくだし……」

 

 がやがやと、一角が再度楽しげにざわめく。彼女たちにかかれば、これくらいの明るい喧騒は、向こう数時間ほどは続けられそうな勢いであったが。

 

「……それじゃ、そろそろ解散かな。私たち、まだ回るところがあるから……」

「あ、そうなんですね。……ごめんなさい。引き留めてしまって」

 

 頃合いとばかりに言ったタルマエに、ダイヤは恭しく謝る。それに彼女は、気さくに微笑んで返した。

 

「うぅん。大丈夫。急ぎの用事でもないしね」

「あのあの、また機会があったら遊びましょうねっ! 今度は身体を動かすアクティビティをしましょうっ!」

「うんフェアリィ、元気があるのはいいけど、遊んでたわけじゃないからね」

 

 クレインは諭そうとするが、フェアリィはきょとんと首をかしげるばかりだ。この子は……と込み上げてきた呆れを、喉元でかみ殺す。

 

「……大丈夫だよ。またその時には、連絡するね」

「は、はいっ! 光栄ですっ!」

 

 まるでアイドルを前にした熱狂的なファン。フェアリィはその熱を保ったまま、勢いよく踵を返していた。

 

「よしっ! それじゃあ学園に向けて、いざしゅっぱーつっ!」

「あ、ちょ……!」

 

 ……で、そのまま、帰路を走り出してしまっていた。

 

「あーもう。あの子ったら……」

「ほっほ。元気があっていいねぇ」

「私たちも行きますね。また学園で」

「うん。またね」

「まったねー! お化け屋敷、絶対来てねっ!」

「……そ、それでは……」

 

 そんな彼女を追いかけるように、四人も帰路に着く。騒々しく遠ざかる背中を見送って、残ったのはタルマエとアキュートの二人となった。

 

「……いやー、なんだか、数時間くらい過ごした気分ですね」

 

 嫌味ではない。それくらい濃密な時間を過ごした、とタルマエは感じた。

 

「でも、みんな元気そうですね」

「そうだねぇ……『あの子』も、随分と変わったみたいだねぇ」

 

 対するアキュートの関心は、一人に向けられているようだった――『あの子』。それが誰を指すのか、タルマエにはすぐに思い当たっていた。

 今日も徹頭徹尾忙しなかった――自分たちにとっての、注目のひとつ。

 

「元気さは変わってないけど。雰囲気も随分変わったみたいだよぉ」

「そう……ですか? 私には、そう見えませんでしたけど」

 

 アキュートの目には、そう映ったらしかった。浅めに彼女は頷き、亜麻色の髪が控えめに揺れる。

 

「そうだよぉ。きっと、いい道しるべを見つけたんだねぇ。そのために頑張ろう、って気持ちが、ひしひし伝わってくるよぉ」

「……、なら」

 

 

 

 

 

「――危ういねぇ」

 

 

 

 

 

「……へ?」

 

 ――もう大丈夫ですね。

 タルマエは、そう言おうとした。だがそれを予見したように、アキュートは答える。

 その瞳は、少女たちの背が消えた今なお、揺らいでいない。表情も変えていないながらも――その果てに、何か予感めいたものを見ているようだった。

 

「……その危うさが」

 

 彼女は言った。

 

 

 

「良くないことを、

 起こさないといいけどねぇ……」

 

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