「――今日はここまでにしとくか」
深刻そうな声で唸った庄野は、手元のタイマーとにらめっこした末、目の前の少女に告げていた。
流れるような黒髪に、目を引く桜の髪飾り。
ただその色合いは、いつもよりくすんで見える。
「……」
そんなことを言われるとは思ってもみなかったソードクレインは、目を丸くする。数秒の間を置いて――それは受け入れられない、と辛うじて思い当たっていた。
「ま――待ってください!」
ずい、と身を乗り出し、彼女は庄野に訴える。
「私、まだやれますよ!? もう時間もないのに、そんな――」
「やる気があるのは悪いことじゃねーけど、空回りしたら意味がねー」
それは一見すれば、やる気の満ち溢れる評価すべき行動に見える。
が、庄野は靡かず、ぴしゃりと言っていた。
「我武者羅にやることだけがトレーニングじゃない。休むことも大事だ」
「……」
「何、別にそんな焦らなくたっていい。一日くらい休んでも、問題ねーよ」
「……、」
理解したのか、諦めたのか。
反論をやめたクレインは、消沈した声で言う。
「……お疲れ様でした」
そして、踵を返し、とぼとぼと歩き去っていた。
殊更に小さく、弱々しい後ろ姿を見ながら、庄野は複雑な心境になる。情熱を受け止めてやりたい気持ちもあったが、これは現状、仕方のない判断だった。
それほどまでに、クレインのメンタルには、良くない変化が現れていた。
――まぁ、無理もねーか。
ただ庄野は、飽くまで冷静に、それに理解を示す。
JBCスプリント。
主に十月暮れに開催される、砂の短距離競走。
戦線における最終目標は、その出走者の一覧が、つい先日に開示されたところ。
対策を練るなら早い方がいい――我先に彼はそれを確認したのだが、そこに記されていた内容は、自身が予想だにしていなかったものだった。
まさかな。
何なら、未だに信じ難い気持ちだった。
「……」
携帯電話を取り出し、とあるニュース記事を見返す。
一面は、大々的にその事実を伝えていた。
――『砂の新星、コパノリッキー』、
――『JBCスプリント出走へ!』……
本当に、厄介なことになりやがった。
庄野の顔は、それを体現するように、硬く顰められていた。
夕食を済ませようという生徒たちの集うカフェテリアにて、コパノリッキーは、フォークに巻き付けたパスタを口に運ぶ。
咀嚼の後に嚥下すると、正面に座る見慣れた顔へと目を向けた。
「……そっか。そっちもそっちで大変そうだね」
「うん。去年の『ドバイ』はやらかしちゃったからね……今度こそ結果残さないと」
ホッコータルマエもまた、パスタを口に運びながら応じる。去年の年始近く。海外に遠征しながらも、経験したのは苦い敗戦。
今度こそ、ファンの期待に応えなければ。タルマエの中で、早くも情熱が滾る。
やや前のめりに過ぎるようにも見えるその様子に、リッキーはしかし、感心を抱いた。
「……やっぱり凄いね、タルマエは。国内だけじゃなくて、海外にまで射程伸ばしてるなんて」
「挑戦するだけならただなんだから、そこまでじゃないよ。リッキーも、やろうと思えば出来るよ?」
「いやいや……私にも……あるからさ。色々」
色々? 小首を傾げるタルマエに、リッキーは曖昧な笑みで応じた。
「まぁでも、今回は大丈夫なんじゃない?」
そしてそれを上書きするように、続ける。
「タルマエの実力はまだ伸び続けてるし、その時の『心残り』もないでしょ?」
「うん……? 心残り?」
「あはは。好奇心で『下級生』に絡んでたこと、もう忘れちゃったの?」
彼女の軽口に、タルマエは苦笑いを結んだ。あぁ――そういえば、そんなこともあったねと。
実際問題、去年の手痛い結果は、単純な要因だけで生じたものではなかった。不慣れな海外の戦場、いつもと違う面子、そしてファン層――
しかし、『それ』が一端を担っていたことも、また事実だった。軽い気持ちで臨んだ戯れが、少なからぬ影響を及ぼしたことは、事実であった。
「……、」
反省する傍らで――
タルマエは、『あなたこそ』と思わずにはいられなかった。
「その点でだけ言えば、リッキーも似たようなものだと思うけどね」
「ん~?」
呑気に声を返しながらも、リッキーは動じない。その様子は、タルマエが何を言おうとしているか、自分が何を言われようとしているのか、既にわかっているかのようだ。
「あなたの場合は、『同級生』だけど」
タルマエは、皿を空にしながら言った。
「『好奇心』で、『遊ぼう』としてるって点ではね」
「――、」
リッキーは、フォークに巻いたパスタを口に運ぶ。その刹那、朗らかな口元が妖しく緩んだことを、タルマエは見逃さなかった。
いつも邪気なく振舞う彼女ではあるが――
本質は、自分たちと同じ『ウマ娘』なのだな、と実感する。
「……いつになったら、もっと堅実に戦えるようになるんだろうね。『私たち』は」
「神の子息の一筆でもあればいいけどね~。ないものねだりだよ」
勝負となれば、何一つ譲れない。本能には決して抗えない。それでいてそれでも構わない、などと考えすらするのだから、厄介なものであった。
「ごちそうさま」
ともあれ、タルマエは食器を置く。トレーを持ちつつ立ち上がり、にこり、とほほ笑んだ。
「それじゃ、まぁ……お互い大変だけど、頑張ろうね」
そろそろ帰るべきタイミングだ。激励を置き土産に、そこから立ち去ろうとする。
「応援してる――」
「――あのねタルマエ」
が。
ほかならぬリッキーが、それを引き留めていた。
「確かにあなたの言うことも一理あるけど。私には……んー。ひとつじゃないっていうかね」
「……? どういう意味?」
ふわりとした表現に、タルマエの頭上にハテナマークが浮かぶ。小首を傾げた彼女に、リッキーは変わらぬ様子で、言った。
「――私ね、
GⅠ、11勝目指してるんだ」
「…………」
――ぴり、と空気が張りつめた。
それは、一見は素晴らしい所信表明のように見える。
だがタルマエには、それを瑞々しい向上心だと評することは出来なかった。
……なぜならその宣言は――彼女にとって、特別な意味を持っているからである。
――現在、タルマエのG1勝利数は9。
史上最多となる勝利記録に、王手を掛けている状態だ。
そんな彼女に、11勝の獲得を宣言するということは――
「……はは。何それ。
「……いやいや。夢はでっかく持たないとね?」
明らかに空気の変わったタルマエを前にしても、リッキーは揺らがない。
相変わらず何ら変わらず、パスタをフォークに巻きつけながら話す。
「『あのレース』は、そのいい試金石になるかなって思ってさ。マイルだけじゃなく、スプリントも勝てれば、最速で達成出来るでしょ?」
「……でも躓いたら、単なる時間の浪費になる」
「リターンにリスクはつきものだよ、タルマエ。私たちの『黄金期』は短い。そうでしょ? 確実に、絶対に叶えるために――やれることはやってみなくちゃ」
一切引く気はない。
『譲らずに』、彼女は宣言する。
「……やるよ。私は必ず、やってみせる」
「……ふぅん。そう」
対して、タルマエは淡白に言う。その声色は、一見すればもはや興味を無くしたように見える。だが――佇まいからは、何ら優しい感情は感じられない。
赦しも。
受け入れも。
「まぁ別に。目指すだけならタダだしね。好きにすればいいと思うけど」
思うけれど。
けれど、リッキー――
「冗談を言う相手は、選んだ方がいいよ」
「……はは。ジョーダンでこんなこと言えないよ~」
「……」
「……」
――二人の周囲だけが、異界であるかのように思われた。
気付いていないが、無関係の生徒たちは、自然とその領域を避けて通っている。
一触即発の空気に、誰もが固唾を呑んで様子を見守る。
爆弾解除の現場でも見るかのようで――しかし、そのような大方の心配とは裏腹に、状況は穏やかに収まってくれた。
「……、」
やがてタルマエが、踵を返すと――とうとう、そこから立ち去っていた。
空気が元に戻り、いつもの光景が戻ってくる。見守っていた生徒たちが、ほっと胸を撫で下ろす中――
「――っはぁ~……」
潜行から戻ったかのように、リッキーもまた、大きく息を吐いていた。
フォークに巻き付けたままだったパスタを口に運ぶものの、浮かぶ顔はしかめっ面。
「パスタ冷めちゃった……」
まぁいいや、と頭上を見上げる。
遠いカフェテリアの天井に、近い未来の想像図を描くと、再び口元が綻む。
まるで、楽しいイベントを心待ちにする子供のように――ぽつりと、呟いていた。
「……楽しみだなぁ」
凡人が天才に打ち勝つためには、弛まぬ努力を積まなくてはならない。
才覚というアドバンテージは、生半可な時間と内容だけで覆せるものではない。
スタートの時点で既に後れを取ってしまっているのであれば、当然のことであり。
自覚しているのならば、尚更のことである。
ただ、ウマ娘とトレーナーとは二人三脚。
パートナーが故障しないよう管理するのも、トレーナーの大事な仕事だ。
担当ウマ娘は、休めと言われたら素直に休まなくてはならない。いくら状況が待ったなしだとしても──無用なリスクを負いたくないのなら。
本来ならご法度なのである。……そう。
トレーナーに無許可で。
勝手に自主トレーニングに励むことなどは。
「──っ、はぁっ、はぁ……」
どんよりと立ち込める曇り空の下。
下校時間を過ぎ、誰もいなくなったグラウンドにて、クレインは立ち止まる。
膝に手を突き、呼吸を整えながら、前方を見つめる。
そこには誰もいないはずだが、瞳は確かに目に不可視の影を捉えていた。
可愛らしく揺れる長い鹿毛――コパノリッキーの後ろ姿を。
かの一大競争にて、彼女と走ることは、避けられない事態となった。
庄野もその事実を深刻に捉え、過去のリッキーのレース映像を参考に、有効になりそうな戦術の考案に共に努めた。
飽くまで冷静さを失わない彼が、実際のところ該当のレースに、何を思っているかはわからない。
ただ、そのようなパートナーの努力とは裏腹に、クレインの思考は暗く沈んでいた。
――無理だ、と。
この子には、勝てないと。
もちろん、挑戦する前からそんな弱気ではいけないことなど、彼女もよくわかっている。
だが目に焼き付いたその走りが、姿が、戦果が――格が。何よりも厳然たる事実となって、眼の前に立ちはだかるのだ。
駄目だ、と。
いくら観察しても。
いくら研究しても。
いくら、分析しても……
……あの子に勝てるビジョンが、
浮かばない、と。
「……、」
だからこそ、クレインは立ち止まらなかった。
そのような深刻な現状だからこそ、一時も時間を無駄には出来ない。
凄まじい才能の開きがあるからこそ――ほんの少しでも、トレーニングしなくては。
たとえトレーナーに。
休むことを、指示されていても。
……そうだ。これまでと同じだ。
自分は、ただ泥臭く努力を積み重ねてきただけの凡人。
立ち向かう相手が変わっただけ、やることは何も変わらない。
いつも通りに。これまで通りに。頑張ればいいだけ――そうすれば。
きっと出来る、きっとやれる。きっと、勝てる。
勝てる。
勝てる、
勝てる……
……勝てる。
はず……
「……っ」
とにかく、前を向く。
とにかく、息を入れる。
眼の前に広がる、長大な直線を見据えて――足に力を入れる。
「クレインさぁーんっ!!」
「……」
――闇に喘ぐものにとって。
光は、何にも代えがたい希望だ。
だが、その時ばかりは、クレインは眉を顰めてしまっていた。
旧知の親友――
フェアリィルナが、慌てた様子で、彼女の元に走り寄ってきていた。
デタラメに明るい彼女の性格に、これまでどれだけ助けられてきたかわからない。
テストで点数が振るわなかった時。先生に怒られた時。なんとは無しに虫の居所が悪かった時。
太陽が夜明けを照らすように、彼女がそれを取り払ってくれていた。
彼女は何も変わらない。転校したって、何一つ変化はない。
どのような状態であれ、状況であれ、それが使命であると言わんばかりに、振る舞いが大きく変わることはない。
……そしてそれは、今この状況でも同じだった。
「何をしてるんですかこんなところで!! 駄目ですよ!! もうすぐ雨降るらしいですし!!」
何ならもうすぐというレベルではない。今、既にぽつぽつと降り始めている。
一体いつから気がついていたのか、自分が気づいていなかっただけで、実はずっと前から存在を認知していたのか。
話しかけられるタイミングを伺っていたのか。
だが、クレインにとっては大きな問題ではなかった。
彼女が今、ここにいる現状でさえ、自分の行動に、大きな影響を及ぼすことはない。
「――あっ」
フェアリィの存在を振り切って、クレインは走り出そうとする。
瞬間――ぐらりと視界が揺れ、よろめく。
たまらず再び立ち止まった彼女に、フェアリィが慌てて駆け寄った。
「クレインさん!」
肩を支えられ、クレインはなんとか体勢を保つ。
朦朧とする意識を繋ぎ止めようと、額に手を当て、呼吸を整えた。
宛らその様子は、体調崩したての患者だ。
「だ、大丈夫ですかっ!? 駄目ですよ無理しちゃ! ちょっと熱もあるみたいですし……! ちゃんと休まないと!」
「……いいの。休んでる暇なんかないんだから」
「いやいや! もうトレーニングは終わったんじゃないんですか!? 勝手に自主練なんてしたら怒られちゃいますよ!?」
「……構わない。無理しないと、超えられない壁はあるの」
クレインは、やや乱暴にフェアリィの手を振り払う。
眼光は失われていないが、明らかに先程よりも淀んでいる。
疲弊していることは明白だが、鞭打つように足を踏み出そうとし――
ぐらり、と視界が揺れた。
「――っ」
「あ……!」
足がもつれ、危うく倒れそうになったところを、フェアリィが寸でのところで受け止めていた。
本来なら感謝すべきその行動でさえ、クレインは舌打ちを以て受け止める。
それがこの上ない屈辱だ、とでも言わんばかりに――
「駄目ですってば!」
そうとは知らず、フェアリィは、懇願するように訴えかける。
「そんなんじゃ、今に怪我しますよ! 今日はやめにしましょう! ね!」
「……」
「あ、ほら! 私が部屋でおもてなししてあげます! なにか欲しいものがあったら言ってください! すぐご用意しますので!」
「……さい」
「あ! それとも外にお出かけをご所望ですか? おまかせを! 要望に合う場所を、すぐに見つけてきますよっ!」
「……うるさい……」
「大丈夫です! 今日一日は召使になりますよっ! クレインさんのお好きなように私を――」
「――うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい、うるさいッ!!」
――ソードクレインは。
これまで幾度となく、フェアリィルナの明るさに助けられてきた。
それを彼女もよく自覚しているし、そのたびごと、言葉であろうと内心であろうと感謝してきたのだ。
……だが、こと現状においては。
彼女のその明るさは、裏目に出ていた。
クレインは、勢いよくフェアリィの胸ぐらをつかむ。
引き寄せた彼女の瞳を、鬼気迫る表情で睨みつける。
今にも食わんばかりの様相で――
「わかんないわよ!! あんたになんか!!」
怒鳴りつけていた。
「『下』の方でのうのうとやってるだけのあんたに、わかるわけないッ!! 私はあんたとは違う!! みんなの期待に応えなくちゃいけないのッ!!」
一度始まった感情の奔流は、そう簡単には止まらない。
「時間を無駄にしてる暇なんて無い、怪我に怯えてる余裕なんて無いッ!! ほんの少しでも前に進まないと、私じゃあの子に敵わないのよ!!」
ただその奔流も、時と共に冷水のような冷静さに取って代わり始め――
「お願いだから邪魔しないで!! あんたの自分勝手のために、時間を浪費するわけに……は……」
ひとしきり怒鳴り切って、頭が平静を取り戻した時。
彼女は、自分が何をしたのかを自覚していた。
「……ぁ」
フラッシュバックのように、先の行動が蘇る。
身体が急速な悪寒に襲われ、冷や汗が吹き出てくる。
慌ててフェアリィの両肩を掴み直し、クレインは訴えかけた。
「ご――ごめん!! 違う、違うの!! そういうつもりじゃなくて……!!」
何が違うというのか?
自分の中の冷静な部分が、冷酷に自分に語りかける。
撤回しようと足掻くごとに、変えようのない事実がより確固たるものとなっていく。
――自分は、無二の親友に、心無い言葉を吐きつけたのだ、と。
「あ、あなたを否定したかったわけじゃなくて……!! で、でも私……みんなの期待に応えたくて、でもだから、私……わた……し……」
自分自身に追い詰められ、感情の袋小路に迷い込む。
どこにも逃げ場がないことを感じると、もはやクレインは――それいじょうの言い訳すら、満足に連想できなかった。
「……ごめん」
崩れ落ちたクレインは、そう言葉を零すしかなかった。
「本当に……ごめん……」
――限界だった。
彼女の精神は、もう、限界だった。
ウマ娘は、幼少期からアスリートの世界に触れていることもあってか、早期から精神的に成熟していることが多い。
だがそれでも、一歩引いて見れば、彼女らはうら若き少女でしかない。
にも関わらず、多くのファンのみならず、トレーナー、地元の友人に、恩師の期待まで背負い、応えようと尽力し続けていれば――いつか、限界が来ることは想像に難くない。
一介の少女が。そのような重圧を前にして。
いつまでも、平気でいられる、はずがないのだ――
「……」
雨脚が強まり始める。
グラウンドの染みが広がる。
しゃがみ込むクレインは、もはやこれ以上どうすればいいかもわからず、俯くしかない。
フェアリィは今、どんな顔をしているのだろう。
侮蔑しているのか、失望しているのか。
どちらにせよ、それをまともに受け止める気力のないクレインは、ただただ、無言で、行動の続きを待つことしか出来ず――
「…………」
――どれだけの時間が経ったのか。
雨は本降りの入口に立ち、質感で身体が濡れているのがわかる。
静々と、その足音も大きくなり始めた。
「……、」
フェアリィが、息を吸う。
クレインは、身体を強張らせ、次なる言葉に覚悟を決める。
どんな心無い言葉を、どんな手ひどい仕打ちを受けても、受け入れられるように。
「……クレインさん」
強く、瞼を閉じる。
「……、」
判決を待つかのような、天罰を望むかのような。
無言で待ち続けるクレインに――しかし。
「クレインさん!」
「――っ!?」
瞬間――
クレインは、驚愕に息を呑む。
グイっと勢いよく引き上げられる感覚を覚えて――思考停止に追い込まれていた。
何が、何を、どうなって。いくつかの思考の段階を踏んだ末、ようやく、自分が『引き上げられた』という事実に辿り着いた。
気付けば自分は、フェアリィの肩に顎を置いた状態になっている。
このような状態になる体勢など――クレインはひとつしか知らない。
「――ちょ、」
事実を認識し、クレインは慌てて藻掻き始める。
恥ずかしさから、意味不明さから、困惑から――
「っ……!?」
が、そんな彼女の動きを封じるように、フェアリィは強くクレインを抱き締める。
身体を襲い始める息苦しさに、藻掻く動きは更に激しくなる。
だが込められた力は想定以上に強く、解ける気配はない。
「は、離して……!」
訴えかけるも、フェアリィの力は強まる一方だ。このままいったら骨まで折れるんじゃないか――などという危機感を抱くと同時。
強まり始めていたはずの雨が、止み始めているのを感じた。
「――っ!」
ようやく、フェアリィはクレインを解放する。
長い潜水を終えたように、まともな呼吸を取り戻す。
落ち着いた意識が真っ先に宿すのは、鋭く尖った攻撃的な感情だ。
「な、」
それに押されるまま、彼女は声を吐きつけた。
「何すんのよ! いきなり「はいっ! クレインさん!」……は?」
が――すぐさま放たれたフェアリィの声が、それを乱雑に上書きする。
その顔はこれまでと同じように、底抜けに明るいものだった。
薄闇を取り払う太陽。
「これで、あなたの中の『最弱』は、吸い取りましたっ!」
雨量が僅かなものにまで減る。
雲間から光条が差し込む。
フェアリィの顔が、薄明るさに照らされる。
「クレインさんの中には、もう、あなたの持つ『最強』しかありません!」
根拠も証拠もない。
論拠も証明もない。
それなのに、力強く演説する少女の姿は、神々しくすらあった。
「……その通りです。所詮私に、クレインさんの気持ちはわかりません」
彼女は、申し訳なさそうに言う。
「下の方で這いつくばってばっかの私に、上の方で頑張るクレインさんの気持ちなんて、わかるわけないんです」
「い――いや。そういうつもりじゃ」
「でも!!」
クレインの否定の言葉すら、溌剌と遮られる。
どんよりと立ち込めていた雲が、晴れていく。
「でも、クレインさんが、今までどんな逆境も乗り越えてきた、とってもとっても強い人だということを、私はよく知っています!
だってその証拠に! 今までクレインさんは、いっぱいいっぱい、大きな大会にも、難しい勝負にも、勝ってきたじゃないですか!」
だから、大丈夫。
きっと――大丈夫。
「恐怖なんてへっちゃらです! 怖がらずにいきましょう! あなたならきっと……きっとやれます! 今までの自分を信じて、これまでの成果を思い出して、思うがままに、全力で……やってやりましょう!」
きっとやれる。
絶対に、やれる――
「――大丈夫です!」
フェアリィが、自分の胸に手を当てる。
淀みない瞳が、クレインを捉える。
根拠のない――それでも、自身に満ち溢れた笑みを、確かに浮かべながら――
言った。
「――