泥に塗れた私たちへ   作:Ray May

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前話にて、ホッコータルマエのある台詞の入力ミスがあったため、修正しました。


極限の果て、ですっ!

 大井競レース場。

 地方競レース場の老舗は、人々を熱狂させてやまない重賞競走の当日ということもあり、観客席はほぼ満席の盛況ぶりを見せている。

 

 JBCスプリント、当日――

 だがその期待は、同じ一点に向けられていると言って過言ではない。

 訪れた人々は、誰もがその名を口にしている。

 

『八卦携えし昇り龍』――

 コパノリッキー。

 

「……奴さんらの関心は、一様に『あの子』に向けられてる」

 

 ソードクレインの控室にて。

 庄野の声は、どこか忌々しげだった。

 

「他の子には、ほとんど関心が向けられてないって言っていい。……俺達も含めてな。はぁ。予想はしてたけど、いざ目の当たりにすると、結構クるもんがあるな~」

「そうですね」

「……」

「……?」

 

 クレインは、彼の言葉に、いつも通りに答えたつもりだった。

 だが裏腹に、その色は無色透明。素っ気ないとも言えそうな言葉に、庄野は気まずそうに無言。

 小首を傾げるパートナーに、彼はいや、と後頭部を掻きながら言った。

 

「なんか……妙に落ち着いてんな」

「あ、えと……まぁ。周りの予想なんて、気にしてもしょうがないので」

「それでも普通は、怒ったり動揺したり……何かしら反応しそうなもんだけどな。……何かあったのか?」

「……まずいですかね。焦ってないと」

「いやまぁ。そういう意味じゃねーけどよ」

 

 最適なパフォーマンスを発揮するためには、緊張は全く無いよりも、適度にあった方がいい。

 そういう意味では、あまり良くない状態かもしれないが、庄野にそのような発破の意図はなかった。

 本当にただ事実を口にした、という方が近かった。

 

 今更緊張を促すというのも妙な話である。理由を深堀するよりか――フラットな今の状態を維持する方がいい。

 二人の意図は、図らずも一致していた。

 

「……まぁ。負けたところで死ぬわけじゃねぇ。けどやり切らなかった後悔は、死ぬまで残る」

 

 だから、庄野は結論とばかりに言った。

 

「思い切りやってこい。悔いが残らないようにな」

「……、」

 

 それを聞いたクレインの顔が、落ち着いた無表情から力強い笑みに変わる。

 

「はい!」

 

 元気よく返事をして――深く一礼した。

 

「それじゃ、行ってきます!」

「おう」

 

 その勢いのまま、彼女は控室から出て行く。

 姿を見送ってから、庄野は、過去の記憶に思いを馳せた。

 そういえば彼女には、転校前からの付き合いの親友がいたなと。

 

 事あるごとに話題に出ては、その子の元気さと忙しなさ、面倒を見る大変さを語り――

 しかし最終的には、いい親友だという結論に至る存在。

 ――フェアリィルナ。奇しくも担当は、大学時代の後輩で、妙な巡り会わせもあったものだと感心したっけ。

 

 なぜ彼女があのような状態になったのかは、生憎と庄野にはわからない。

 つい先日までの、危ういほどに前のめりだった様子とはえらい違いだ。

 だがもしも、その要因に『親友』が絡んでいるのだとすれば――それは正しく。

 

「……美しい友情、だな」

 

 響いた彼の独り言は、どこか羨ましそうな暖かさに満ちていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 思い返してみれば、最初から伏線は張られていたのだ。

 無論向こうも、何の確信もなく近付いてきたわけではないだろう。

 しかし結果として、その鋭利なまでの好奇心は、こうして過去に類を見ない試合を作り出していた。

 

 君はどんな走りをするのかな。

 あれだけ恐ろしかった言葉も、今は冷静に観測出来る。

 あなたに走りを見せられたのは、なんだかんだで一度きりだったよね。

 それも、観客と選手という形式で。

 

 ……ようやくこうして相まみえたのだ。

 お互い遠慮することなど、もう、ない。

 ――今こそ、見せてあげるよ、リッキー。

 

 私の。

 ソードクレインの。

 実力を。

 

「……」

 

 両目を掌で覆う。

 滲み出てきた不安や恐怖が――快活な『あの言葉』に掻き消されていく。

 

 ――大丈夫。

 私は弱くない。私は強い。

 私は最強、私は最強――……

 

「……、」

 

 そのまま手を上に動かして、髪を掻き上げた。

 瞳に、鋭い眼光が宿る。

 

 ――もう迷わない。

 絶対に、勝利を掴む。

 固めた意志と共に、地下バ道を抜ける――

 

「――……」

 

 競レース生涯二度目となる大井競レース場は、相変わらずの盛況ぶり。

 数えきれないほどの視線の数々が、広大な砂原に集中している。

 既に多くのウマ娘が、本バ場入場を終えており、各々で準備を整える中――

 

 クレインの目は、驚くほど滑らかに、その姿を捉えていた。

 赤と黄色が映える、可愛らしいワンピース。

 

「リッキー」

 

 自ら歩み寄りながら、声を掛ける。

 長い鹿毛が、豊かに揺れる。

 表情は、ぱぁ、と可愛らしい笑顔を浮かべる。

 

「クレインちゃん! 調子はどお?」

「まぁまぁよ。そっちは元気そうで何より」

「そりゃね! 今日のために、ばっちりコンディション整えたんだから! しっかり睡眠もとって、準備万端だよっ! ……ま、ちょっと運は良くないみたいだけどね」

「……まぁ、運なんて、参考くらいに考えるのが一番いいよ」

「……ん?」

 

 とそこで、リッキーは小首を傾げる。あ、運を軽視し過ぎたか、とクレインは一瞬反省するが、その瞳が批判ではなく、何某かの疑問に染まっていることに気付き、思い直していた。

 文字通りに、不思議なものを目の当たりにした、と言わんばかりの瞳。

 

「クレインちゃん……なんか変わった?」

「え……そう?」

「うん。うーん。なんだろ。雰囲気かな。この間まで、怖い感じがマシマシだったんだけど。なんだかツキモノが取れたみたい……」

 

 何かあったの?

 庄野と似た質問に、クレインは思わず可笑しさに口端を緩める。言葉無き反応に、リッキーは一転、むっと唇を尖らせた。

 

「なぁにその反応ー? 至って普通の質問だったと思いますけどー?」

「ごめんごめん。トレーナーと同じこと言うもんだからさ」

「ふーん。それくらい軽率になってもらえるくらい、親しくなれた……って思えば、まぁいいかな」

 

 納得いかなげだが、そう世間話に時間をかけてもいけないと判断したのだろう。

 リッキーは、それ以上は追及せず、代わりに自身の拳を目の前に掲げる。

 クレインの視線が、そこに向く。

 

「……いい勝負(レース)にしようね」

「……」

 

 意図を汲み取ったクレインも、微笑む。

 

「……当然」

 

 そして、答えながら、彼女の拳に、自分の拳を打ち付けていた。

 

 選手たちが歩き出す。

 ファンファーレの導きに沿って、各々のゲートへ向かう。

 盛大な拍手と声援が、少女たちを送り出すように響く。

 ゲートインを済ませて、クレインはなおも落ち着きを保ちつつ、掌を見つめた。

 

 ファンのみんな。

 トレーナー。

 友人たち。

 ……親友。

 自分に携わってくれた、掛け替えのない大事な人々の姿をそこに想起し、きゅっと握った。

 

 ……大丈夫。

 きっとやれる。

 負けない。絶対に、負けてなるものか。相手がどれだけ格上だろうと。どれだけ強敵だろうと――絶対に負けない。頂点は譲らない。

 

 先頭に立つのは。

 トップに立つのは。

 勝つのは――

 

 ――私だ。

 

『TCK大井競レース場、JBCデー……JBC競走ふたつめ――……』

 

 実況が、現状を克明に伝える。

 

『砂のスピード王決定戦、1200m、16人で争われます――……』

 

 なおも声援が止まぬ中、状況は進んでいく。

 

『夕暮れの大井競レース場、1200m、スピード比べ――』

 

 クレインは、目の前を見つめた。

 意識の没入に伴い、音の遠ざかっていく中。

 

 覚悟と。

 闘志を固めた――

 

『JBCスプリント、16人、枠入り完了――……』

 

 ――そして。

 

『――スタートしました!!』

 

 ゲートが開き。

 少女たちの熾烈な戦いが、幕を開けた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 件の競争は、予想外の立ち上がりを見せた。

 

『――!』

 

 ざわ、と観客がどよめく。無理もない。

 今回のレースにおける、一番の有望株――

 10番、コパノリッキーが、若干の出遅れを見せたのだ。

 

『揃った飛び出しを見せました! コパノリッキー、あまりダッシュが良くありません……!』

「へへ、ちょっと焦っちった……!」

 

 前のめりに勝負に臨み過ぎた弊害か、彼女は後団に位置することになる。

 対するソードクレインは、先団に飛び込めた。順位は前から3番目、これ以上ない良い滑り出しだ。

 だが――それに驕ることなく、戦場の変化に気を配る。

 

 短距離は短期決戦。最初のミスが結果に直接響くことはままあるが、同じくらいに、一瞬の油断が(結果)に関わる距離(ジャンル)。これまで散々、思い知ってきたことだ。

 油断しない。警戒を怠らない。飽くまで冷静に。飽くまで堅実に――

 レースを進める。

 

「……」

 

 凄まじい熱量。途轍もない戦意。

 これでクレインも幾つもの戦場を見てきたが、今回のそれは大きく様子が異なっていた。経験したどれとも違う、殺意にすら錯覚してしまうほどの、強烈な意志――

 

『私が一番だ』

 

 誰もが無言でそう叫んでいる。これは一体どうしたことか――クレインは嫌に冷静に分析し、しかし程なくしてその正体に思い当たっていた。

 あぁ――そうだった。このレースはJpnⅠ。

 

 自分にとっての、初めての、『最高峰』だった。

 

「……、」

 

 思えば遠くに来たものだ。最初は地方で泥臭く足掻いていたのに、ただ目の前のことに必死になっているうちに、気付けば首都圏に。

 多くの友人たちに恵まれて――色々と辛い経験も、歯痒い体験もして――

 

 そして、この場所に辿り着いた。

 

 大丈夫、怖がってなんかいない。つい先ほどになるまで、これが砂の短距離の頂点の一つだと気づかなかったくらいだ。

 凪いだ水面は、未だ揺らめきを知らない。

 ただ――驚愕をも知らずにいられるかは、また別の話だった。

 3コーナー――

 

「!」

 

 レースの最初にして最後、最大にして最重要な勝負時。

 外側から、一気に『あの姿』が追い上げてくる。

 

 コパノリッキー。

 出だしは良くなかったながら、既に調子を戻し、感覚を掴んだのだろう。

 彼女の走りにもまた、躊躇や恐怖の類は感じられなかった。

 速さは留まるところを知らず――

 あっという間に、クレインと同じ座標に並ぶ。

 

 ちらり、とクレインはリッキーを見た。

 だが、目が合うことは無い。

 彼女は一心にして不乱に、前だけを見つめている。

 

 いつもの明るく、闊達なうら若き少女の姿はそこにない。

 勝利のために、目標のために、理想のために――

 ただ前へと進み続ける、一人の戦士の姿がそこにはあった。

 

『前の集団固まりました! 4コーナーのカーブ――!!』

 

 ――短距離(スプリント)は、本当に一瞬の勝負だ。

 そうこうしているうちに、レースは最後の駆け引きへと移る。

 4コーナーを抜けて、最終直線――

 外側、コパノリッキーは更に加速し、ソードクレインよりも1バ身ほど先行する。

 

 クレインは間近でその瞬間を見ていた。

 置いてかれまいと抜き返そうとするが――ここで問題が発生する。

 目の前の別の二人の選手に――前方の進路を塞がれてしまったのだ。

 

「――」

 

 意図してのことか否か――どちらにせよ、クレインにとって厳しい状況。

 強引に前に出ようとすれば、『違反』を受けるリスクがあるし、かといって側面も、時間がかかる上にリッキーにやや塞がれている状態。

 このままでは――ずるずると抜け出せないまま、レースが終わることになってしまう。

 

 ――ヤバい。

 

 それまで冷静だったはずの思考に、初めて焦燥が割り込む。

 時間にすれば、残り数十秒ほどの刹那の中、クレインは必死に思考を回転させる。

 自分の持つ手札を持っては捨て、切って拾い、自分なりにありとあらゆる手を考案するも――

 

 ――結局は、打開するという希望にまでは繋がらない。畜生、と焦燥は苛立ちへと変わっていく。

 

 リッキーとの距離は、たった数メートル。

 ウマ娘であれば、一瞬もしないうちに詰められるほどの距離だ。

 それなのに、そんな僅かな差を、打開できるビジョンが浮かんでこない。あぁ――これが才能か。これが、天才か。

 

 この数メートルが。

 この僅かな差が――今。

 

 今、

 果てしなく、遠い――……

 

「……、」

 

 ふ、とクレインの口元に、妙に大人びた笑みが灯った。

 

 駄目か。

 終わりか、これで。

 

 達観した諦念が頭を侵す。それは来る敗北の苦渋を凌ぐための、彼女なりの防衛行動でもあった。

 

 いいじゃないか、これで。

 自分はよくやった。

 やれることをやった。手を尽くした。それで負けるんだ――ならそれはもうしょうがないじゃないか。

 

 苦しくない、悔しくない。そうだ、私はまだこれから。今日だって、リッキーにたまたま負けただけ。

 時間はある。焦ることは無い。JpnⅠの称号なら、また次の機会に試せば。

 次の機会に。

 掴み取れれ――ば――……

 

「……?」

 

 ――その時。

 そんな、冷静な諦念に、記憶が割り込む。

 それは随分と前の記憶。トレーナーとの仲が、それなりに深まってきた頃。

 いつものように――あの、一見はトレーニングに見えないトレーニングに、励んでいた時のことだ。……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 砂時計の砂は、既に落ち切っている。

 つまりは、時間切れであることを示している。

 

 ちらと、クレインはトレーナーの方へと目をやった。

 クレインの目の前に広がるトランプカードは、まだほとんどが裏向きのまま。

 彼は――庄野は、その状況を凝視しながら、なぜかその『トレーニング』を止める素振りを見せなかった。

 

「……あの、」

 

 クレインは、乗り出した身を元に戻す。

 目があった庄野は、そこでようやくぴくりと動く。

 まさか目ぇ開けたまま寝てたんじゃあるまいな――と邪推しながらも、クレインは言った。

 

「終わらないんですか? もう時間過ぎましたけど」

 

 庄野は、それにすぐには答えない。

 んー、と気のなさそうな声を漏らしてから、応じた。

 

「お前ってさぁ……本当マジメだよな」

「……皮肉っぽく聞こえますけど」

「おぉ、後学のためだからな。そう捉えてくれて構わねー」

 

 思わずクレインは眉を顰める。ただ、彼の振る舞いが軽薄なのはいつものことだ――湧き上がってきた僅かな怒りを、ため息に変換して排出する。

 

「なんつうか、俺の狙い通り、お前は極限の状態でも冷静に勝負を組み立てることが出来てきた。ただそれだけに――無用なリスクを避ける『クセ』が顕在化したってのかな」

 

 ――お前。

『諦めグセ』がついてるぞ――と。

 

「……そうだな。なぁクレイン」

 

 図星を指され、難しい顔で俯くクレインに、庄野は言う。

 

「全く同じ実力の選手同士が戦った時――それを決する要素は何だと思う?」

「……? どういう意味です?」

「そのまんまの意味だよ。走力も、体力も、打開力も、頭脳も――全く同じ程度の二人の選手がいて、その二人が全く同じ条件の元、全く同じレースを走った時――その勝敗を分けるのは、一体なんだ?」

 

 クレインが答えられなかったのは、その質問の意図を汲み取れなかったから、だけではない。単純にわからなかったから、でもあった。

全く同じ実力、条件、舞台で2人が戦ったなら――そりゃそんなの、引き分けになるに決まっているじゃないか、と。

 

「ところがどっこい、そうでもない」

 

 そんな思考を見透かしたように、庄野は続ける。

 

「いくら生物が研鑽しようが、努力しようが、絶対にどうにも出来ない『差』ってもんが勝負にはある」

 

 それは。

 

「それは、

『運』だ」

 

「……運」

「勝負が拮抗した時、一進一退の攻防が続いた時、最後に審判を左右するのは神の機嫌だ。どんな優れた生物でさえ、そんな領域にまで干渉することは出来ない。だからレースに絶対はない。だからどんでん返しは起こる」

 

 お前の『親友』のようにな――彼は、語尾に付け足した。

 

「つまりは、運を自在に引き寄せられるもんが、最終的には最強ってわけだ。神の機嫌すらも思うがままに取れるんだから、当たり前なんだけど」

「……でも引き寄せるって言っても、それこそ生物にはどうしようもないでしょう」

 

 庄野の言い分は尤もだったが、納得は出来なかった。クレインは、眉唾のように反論する。

 

「まるでそのための策があるように聞こえますけど。そんなのもう、神社にお祈りするくらいしか……」

「クレイン。運を引き寄せ『られない』奴の特徴はなんだと思う」

 

 また別の角度から質問を刺され、クレインは面食らう。なんとか平静を保ち――思考するも。その結論には辿り着けない。

 運を引き寄せられる奴――なら先に言った通り、なんだかこう、信心深い子なのでは、と思うけれど。逆――引き寄せられない奴?

 ものすごく罰当たりな子とか? しっくりくる解答が見つけ出せず、悶々とする。

 

「……想像出来ないなら、目の前にボタンを思い浮かべろ」

 

 見かねた庄野は、彼女に言った。

 

「数えることなんぞ出来ないくらい、無数のやつだ。その中の一つだけが――『奇跡』を起こすことが出来るボタン。その数の多さに絶望し、押すという行為そのものを諦める奴――それが、『奇跡を起こせない奴』だ」

 

 今のお前はこれだな、と庄野は繋いだ。

 

「一方で――『奇跡を起こせる奴』は違う。そういう奴は、目の前のボタンをとにかく押しまくる」

 

 力の限り。思うがままに。

 押せるものは、全て押す。

 

「試行錯誤して、手を変え品を変え――あらゆる手段を以て、全てのボタンを押そうとする。そして結果として――『当たり』のボタンを押すのさ」

 

 いいか、ソードクレイン。

 

「失敗も敗北も、恐れることはねぇ。周りが何と言おうが、思おうが、それはお前が、諦めずに挑戦し続けた証だ。ボタンを押すことを諦める奴は、()()()()()()()()()()()()()()

 奇跡を起こしたいのなら、押し続けろ。運を引き寄せたいなら、走り続けろ。ただ前だけを見て、霧中に夢中で戦い続けた者にだけ、勝利は訪れる」

 

 いいか、ソードクレイン――

 

「奇跡を引き起こすのは――

 

 

 

 いつだって――

 最後まで、諦めなかった奴だ――……」

 

 

 

「――……」

 

 ――追憶の末、クレインは思い直す。

 そうだ。何を勝手に諦めてんだ。

 

 まだ勝負は終わってない。戦いは決していない。たかが数百、されど数百。才能? 天才? ――知ったことか!! こんなところで終わってたまるか。

 リッキーの主戦場はマイル。きっとここを終えたら、もう同じレースに舞い戻ってくることは無い。そうなれば私に、彼女と戦う機会は二度と訪れない。

 

 最後に大会に勝てればいい? ――冗談じゃない!!

 

 今が重要なんだ。今が全てなんだ。

 

『今』勝てないと、

 意味が無いんだ――!!

 

「――っ……!!」

 

 埋没しかけた闘志を引っ張り上げる。

 前だけを見つめ、走り続ける。

 思考をフル回転させ、棄てたはずの手札をもう一度取り直した。

 刹那の駆け引き――どこだ。どこにある。あらゆる可能性を、もう一度吟味し始めた。

 

『速度』

 

 押せ。

 

『コース』

 

 押せ、押せ。

 

『思考』

 

 押せ、押せ、押せ――

 

『周囲の状況』、『バ場』――

 

 押せ、とにかく押すんだ!!

 

 ――『運』

 

 最終直線も、直に終盤。

 残りは200mを切った。

 それでも、それでもクレインは眼光を失わず、可能性を投げ捨てず、ただ、ただ、事態を打開するための筋道を模索し続けた。

 

 ――大敵に打ち勝つための。

 最後の希望を、探し続けた――……

 

 

 

 ――その。

 極限の果てだった。

 

 

 

「――」

 

 何かが見えた。

 それは、光の道に見えた。

 目の前を走る、二人のウマ娘――その間に。

 人ひとり分が通れるほどの隙間が、不意に、生じる――……

 

「     !!」

 

 クレインは。

 躊躇わなかった。

 持ち前の末脚を爆発させ――その僅かに見えた隙間に割り込む!

 

「――!?」

 

 目を見開いたのはリッキー。

 彼女の中でもまた、ほとんど勝負は決したと信じて疑っていなかった。

 だからこそ――そんな事態の急転に、前へと向けていた意識を逸らさずにはいられなかった。

 

 ――マジかコイツ。

 

 黒髪が、予想だにしないコースから一気に追い上げてくる。

 

 ――マジかコイツ――!?

 

 一歩間違えれば、大事故に繋がるほどの危険なコース。

 それをものともせず、少女は駆けていた。

 コイツ――

 

 ――選手と選手の間(そんな隙間)を――!?

 

 レースは残り100m。

 見事に『壁』を乗り越えたクレインが、それでもなお先行するリッキーへと果敢に追い縋る。

 

『コーリンベリーも食い下がりますが、内から1番のソードクレイン――!!』

「っ……!!」

 

 全力を賭す。

 全霊をぶつける。

 先団はもはや一塊となり、ゴール板までも既に残り2桁――

 

『コパノリッキー!! 内からソードクレイン!! ブルドックボス広がった――!!』

 

 ――そして。

 

『――ゴールイン!!』

 

 はち切れんばかりの歓声が上がる。

 刹那の攻防が、幕を下ろす。

 会場を満たす熱を、実況の声が緩く宥める――

 

『大激戦でした、1番のソードクレイン、最後内から抜けたか――』

 

 ――そうして、クレインは。

 

『第██回JBCスプリント、制したのは――1番――!

 

 1番、ソードクレイン――

 

 ソードクレインです――!!』

 

 極限の戦いを――制していた。

 

 

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