泥に塗れた私たちへ
run into the mudness
終章
-move on-
泥に塗れた私たちへ
「本当にもう、あの子は……どこ行っちゃったんだろうね~」
「そ……そう言われても……」
生徒会室にて。
訪問している高橋の言葉に、キタサンブラックは困った顔で応じた。
「あの子、なんだかんだ今日まで、神出鬼没なとこありましたから。あたしたちにも想像つかなくてですね」
「そうだよねぇ。やっぱり見つけるには、学校中探さなきゃだよねぇ……せめて何か手掛かりがあればいいんだけど」
「LANEで連絡したらどうですか? 案外、向こうは待ってくれてるのかも」
「ところがどっこい、既に実行済みです」
助言するサトノクラウンに、高橋は携帯電話の画面を見せる。既読はついているものの、それ以上の連絡はなかった。
「ふふっ、まぁ大丈夫ですよ。あの子ならきっと、どこかでひょっこり、顔出してくれますから」
「だといいけどね……」
サトノダイヤモンドの楽観に、高橋は苦笑いする。今日という『記念』の日。
方々が騒がしい状況の中で、簡単に見つかればいいが、と思うが。動かなければ何も始まらない、というのも事実だった。
「――おし! そんじゃあいっちょ、探してこようかな!」
「そ、その意気ですよ! 一歩踏み出せば、何か変わるはずです!」
キタサンブラックの激励を受け、高橋は力強く頷き、出入り口へ向かう。
「そんじゃ、行ってくるね!」
「はい! お気を付けて!」
見送られながら、高橋は駆け出していく。
――『卒業式』で賑わう、学園の中を。
溶かすように涙を数滴
タイダイに成り代わって 滲んだ僕らさ
入道雲 空に挨拶
見上げれば涙が数滴
マイマイに成り代わって 殻から這い出そう
「……え、フェアリィですか?」
廊下で行き会ったシュヴァルグランは、隣のスイープトウショウと目を合わせる。
「いえ……そういえば見てないですね。式以降……」
「食堂で何か食べてるんじゃないの? 確か今日限定でバイキングしてるとか聞くし」
スイープの推測も尤もだが、彼女はさほど大食いってわけじゃない。果たして本当にいるんだろうか、と疑問に思ってしまうが、心当たりのあるところは、とにかく探すべきかと感じる。
「二人ともー! どうしたの? 困りごとっ?」
「あ、ヴィブロス……姉さんも」
「どうかしたのですか? 私たちで良ければ、お聞きしますよ」
次いで現れたヴィブロスとヴィルシーナにも、高橋は事情を説明するが、二人もまた、難しい顔をする。
「うーん……グラウンドの方に走ってくのを見たような……ちょっと記憶があいまいかも」
「私は寮の方に行ったのを見た気がしますが……確かじゃないですわね」
「……前途多難だね」
情報の多さに辟易しながらも、高橋は気を入れ直す。
こりゃ総当たりだ、と次なる目標を定めた。
「ありがと! それじゃ、またね!」
「はい。行ってらっしゃい」
そうして、四人に見送られながら、高橋は再び走り出す。
広い世界
置いてきぼりさ、いつでも
「フェアリィちゃん? うーん、見てないかなぁ」
食堂で見かけたのは、コパノリッキー、ホッコータルマエ、ワンダーアキュートの三人。
談笑していた彼女らもまた、フェアリィの行方は把握していないようだった。
「思い出してみると、あの子も変わったよね。卒業式で騒ぐのかと思ったけど、がっちがちに緊張してたし」
「ほっほ。あたしも、授与される側の時は、緊張したものだねぇ。なんだか懐かしいねぇ……」
「……どこにいる、みたいな話も聞いてないよね?」
「特に聞いてないですね……ごめんなさい」
タルマエは申し訳なさそうな顔をするが、とんでもない、と高橋は手を振る。言ってしまえば、事前に約束をしていなかったこちらの落ち度だ。何もせずとも会える、とタカを括った結果だった。
まさか、当日にここまで探し回ることになるとは、夢にも思っていなかった。
「……おっけい。邪魔してごめんね、それじゃ」
「あ、トレーナーさん」
立ち去ろうとする高橋を、タルマエが呼び止める。振り返った先、タルマエは微笑みながら言う。
「もしあの子を見つけたら、伝えておいてください」
――卒業おめでとう、と。
そうさ 公転の合間に 散り散りになる
現在 此処にある僕らを
そうだ 未だ見ぬ明日を
どんな 悲しい最期が 待ち受けていようとも
それを 希望と呼ぼう
グラウンドを見つめている二つの人影に、高橋は話しかける。
ウインバリアシオンに、ジェンティルドンナ。意外な組み合わせに、彼女は一瞬近付くのを躊躇ってしまった。
「……あら、ご挨拶ですわね」
まだ何も言っていなかったが、その振る舞いだけで全てが伝わったのだろう。ジェンティルは、不愉快そうに言った。
「私とシオンさんが一緒にいるのが、そんなに不思議で?」
「えっと、いや、まぁ……ふ、不思議なのは確かにそうではあるかな……?」
「まぁ、在学時代は、あたしの方が避けてばっかりでしたからね……奇妙に思うのも仕方ないっすよ、ある意味」
申し訳なく思いながらも、高橋は二人に訊ねる。フェアリィルナ、自分の相方の行方――希望を以て口にしたものの、反応は芳しくなかった。
「見てないっすね、そういえば……てっきり、あなたのところに行ったものとばかり」
「全く。卒業式当日に、トレーナーをほったらかしにするなんて。『重賞ウマ娘』の風上にも置けませんわ」
「いやいや。あたしが事前に約束してなかったせいだから……」
本当にちゃんと約束していればなぁ――肩を落としつつ、高橋は意識を別へと向ける。あとは寮か、手掛かりが見つかればいいが――と、思い直した時。
「……シオンちゃん?」
シオンが、郷愁に近い表情を浮かべたものだから、高橋は思わずその名を呼ぶ。ハッと顔を上げた彼女は、恥ずかしそうに後頭部を掻いて、それに応じた。
「いえ……思い出してたんす。あの子が初めて、ここに来た日のこと。あれから色々あったけど……ようやくこうして、卒業まで出来て」
その全てが、無駄ではなかったのならいいと思う。
「……無茶苦茶させたけど。幸せならいいなって、思って……」
「……平気だよ、その点に関してはね」
どこか不安そう、どこか心配そうな彼女に――
高橋は、勇気づけるように言った。
「あたしが保証する」
「……」
シオンは目を丸くし、次いでその表情は、安堵の色へと変わる。ジェンティルはその変化を見届けていたが、彼女もまた、張った緊張の糸を緩ませるように息を吐いていた。
自分の出る幕ではない。
言外に、そう語っているようだった。
「よし、じゃあもう少し、探してくるね!」
そして高橋は、余韻ほどほどに更に走り出す。
最後の手掛かり――『学生寮』へ向かって。
クシャクシャにまるめたダイアリー
橙色に染まって 寂しくなったら
真っ白なページの最後を
破いて作った飛行機を
再会を誓い合って 大空へ飛ばそう
学生寮の前で話しているのは、三つの人影。
これまた、高橋にとって、意外な取り合わせだった。
「――おっと、これはどうも」
真っ先に気が付いたのは、フジキセキ。
「……貴様か。久しいな」
オルフェーヴル、そして――
「あぁ……あなたが例の、高橋トレーナーですか」
低めの身長に、特徴的な眼鏡。
オルフェーヴルの実姉――ドリームジャーニーの存在に、高橋は、声を上げそうになった。
「え……あ、あの、知ってるんですか……?」
「もちろん。オルがあれだけお世話になりましたから。私も、個人的に気になっていたんです」
有名人に存在を把握されている事実に、高橋は少なからず動揺する。立ち眩みさえ覚えるが、踏み止まり、とにかく、ここを訪れた目的を果たすことにした。
「フェアリィちゃん? あぁ、確かにさっき来ましたよ」
すると――フジは、何ともなしに答えた。
「なんでも、ちょっとお遊びをしてるとか何とかで……すぐに学園に戻ってしまいましたけど。何も聞いていないんですか?」
「お、お遊び……?」
「余も、この近くですれ違った。挨拶もほどほどに立ち去りおったがな。全く、余に対して、あのように振舞うとは。彼奴も大きくなったものよ」
「その割に、オルは楽しそうだったけれどね」
ジャーニーの指摘に、オルフェーヴルは気まずそうな顔をする。在校生時代に見なかった顔をここに来て見られて、高橋は少し得をしたような気持ちになった。
「……ふむ。それでは、ゆっくり話すわけにもいかないか。残念ですね」
「えっと……」
が、続いた彼女の言葉に、今度は高橋が気まずくなる番だった。別に自分とて、苦手意識を抱いているわけではない。それどころか、あの有名人と、合法的に話が出来るというのだ。
むしろ望んで、歓談に興じたいところなのだが。
「大丈夫ですよ。話なんて、都合を合わせれば出来るのですから。今は、相棒の『お遊び』に付き合ってあげてください」
「……LANEだけ交換しません?」
「もちろん」
にこり、と笑うジャーニー。あっさり増えた連絡先に、高橋は喜びを押さえつけながら、足を学園へと向ける。
「――ありがとうございます! それじゃ、さっさと任務終わらせてきます!」
「はいはい。転ばないでくださいよー」
捜索は振り出しだが、思わぬ収穫があった。
やる気を十分に補給して、高橋は、学園へと駆け足で戻っていく。
広い世界
置いてきぼりさ、いつでも
勝った! と高橋は感じた。
「――あ、高橋さん」
校舎のエントランスにて。
ばったり出会った二つの人影は、フェアリィルナとひときわ強い繫がりを持つ二人。
「クレインちゃーんっ!」
ソードクレインに、凄まじい勢いで駆け寄った高橋に、当の本人――そして傍らの庄野は、ぎょっと目をひん剥いていた。
「ようやく会えた! やった! これであたしの勝ちも同然! 第一部完ッ!!」
「あ、あの……落ち着いてください……そんな揺さぶられると、何も話せないです……」
「珍しく前のめりだなオイ……」
一歩引いた二人の感想に、高橋は落ち着きを取り戻す。咳ばらいをし、改めて問いかけた。
「二人とも!」
果たして、その問いかけに――
「フェアリィがどこにいるか、知ってるよね!?」
「え……」
クレインは、ぽかんと口を開けて答えた。
「知りませんけど……?」
「そうだよね――ってえぇ!?」
「いや……っつーかなんで知ってる前提で話してんだオメーは」
「だ、だって……!」
てっきり知っていると思っていた。絶対に把握していると考えていた。
まさか、ここで『知らない』が出るなど――高橋は、夢にも思っていなかった。
「うぅ……あなたさえ知らないなんて……いよいよ本格的に詰みだ……ありがとうみんな……あたしはもうここまでみたい……」
「えっと……ごめんなさい……?」
「まぁ、オメーが相方と鬼ごっこみたいなことしてるってのは伝わったよ何となく。……けどだからって、そこまで落ち込むこともねーだろ」
「いや、まぁ。あたしも望んでやってるわけじゃないんですけどね……」
一体どういう意図なのか。何を思っての行動なのか。
降り積もっていく疑問が、彼女を見つけ出さなくては、という使命感へと変わり、とにかく動こう、と何度目かの奮起を抱いたところ。
「――あ」
「?」
クレインが声を上げる。
その行き先が、自身の背後だと判断した高橋は、そちらへと振り返った。
刹那――
彼女は、確かに捉えていた。
玄関口から出て行く、見覚えのある色合いのポニーテールを!
「もしかしてあれ――」
「逃がすかーっ!」
「あ、ちょっと!?」
クレインからの呼び止めも振り払い、高橋は走り出す。
もう逃がさん、と、まるで盗人の尻尾を掴んだかのように。
膨張、収縮の合間に 塵のようになる
心 切り売りの対価や
きみの 汚れたプライドで
どんな 大きな成果を 積み重ねようとも
――それが、何になろう?
高橋は走る。
追いかける。
悪戯っぽく揺れる、その髪を。耳を。尻尾を。
執拗に、執念深く。追って、追って、追い切った、その果て――
三女神像の前にて。
「――フェアリィ!」
立ち止まり、息を整えている『彼女』に、高橋は呼びかける。
それに少女は、振り返りながら、言った。
「……あはは」
その表情は、恥ずかしそうな、困り顔だった。
「見つかっちゃいましたか~……」
「なんであっちこっち逃げ回ってたのさ……」
「いやー……ほんの思い付きっていうか。なんかちょっと、気恥ずかしくなっちゃってですね」
観念したフェアリィは、とうとう、高橋に胸の内を明かす。
だが整理してみれば、単に面と向かって話すのが、なんだか恥ずかしくなったというだけだった。
「嫌だったわけじゃないですよ? ただなんかこう、ここに来て改まるのも、なんか私らしくないなーって思ってですね……」
「そうかもしんないけどさ。これが最後になるかもしれないのに……」
「大丈夫ですよー、そこまで心配しなくても。お話なんて、都合着ければいつでも出来るんですし」
「でもお互いにさ――」
「大丈夫ですよ」
不満げな高橋に、フェアリィは言う。
凛と澄んだ瞳で、言う。
「……大丈夫です」
そう――私はもう。
私たちはもう。
大丈夫です、と。
……お父さん。
あたしは未熟です。
今も昔も、未熟なままで、我武者羅に走ってます。
――ともあれ、二人は話す。
こうして会ったのだから、あれこれと話し合う。
過去のこと。今のこと。――未来のこと。
……傍から見たらみっともないけど、他と比べたら、まだまだだけど。
それでも、この子と走り抜けた今までは、ムダじゃなかったと信じています。
信じて、これからも。
走っていこうと、思います。……
――一頻り話せば、時間になる。
いよいよ、別れの時が迫る。
それでも二人は、泣かないし、悲しまない――なぜなら。
お互いの心に。目の前に。
明るい希望を、確かに見ているから。……だから。
だから。
二人は、向かい合う。
「それじゃ……フェアリィ」
「はい。……また折を見て、連絡しますね」
片方は手を掲げて。もう片方は、手を下ろして。
上下に一回、反対方向に一回、お互いの手によって拍手して。
最後に――ハイタッチ。
「――、」
苦しみを。
喜びを。
悲しさを。
楽しさを。
……思い出を。
全てを、噛み締めて。
「――またね!」
――二人は、歩き出す。
それぞれの道へ、歩き出す。
悠然と――
未だ見ぬ明日へ、至るために。
泥に塗れた私たちへ
run into the mudness
終章
-fin-