「…ん~~~~~っ!!!!っはぁ…」
朝です。硬い地面ではなくふかふかのベッドでの睡眠だったので、目覚めは最高。
この世界に来てから3日、編入が駄目だった時はどうしようかと思ったけれど、こうして気持ちのいい朝をこんなにも早く迎えられるようになって本当に先生には感謝してもしきれない。
時計の表示は7時。シャーレの業務開始時刻は9時なので、早めに向かえば軽く掃除ぐらいなら出来るだろうか。
とりあえず歯磨きをしようと洗面所に向かい、鏡を見る。
「……今は女の子なんだよな、私…」
初日にも見たが、長くて綺麗な銀髪、パッチリとした藍色の目。
まぁお世辞を抜きにしてもめちゃめちゃ可愛いと思う。
…私なのに、私ではないこの容姿。
牧名スズは、私にとっての何なのだろうか。
どうして牧名スズではないはずの私が、今は牧名スズなのか。
この子と私には、多くの謎が残っている。
結局この体が彼女の物なのか、私の物なのかもわからない。
それなら出来るだけ綺麗にしてあげたいという気持ちはあるのだが…
「………」
正直女性のオシャレは一切わからない。女性との付き合いもあった訳でもないし…
今度ユウカさんにオシャレの仕方を聞いた方がいいかな…
そんな事を思いつつ、朝の準備を済ませた。
8時半。
食堂で朝食を食べ終えた私はそのままシャーレの執務室へと向かう。
業務時刻の30分前だが、既に先生は仕事をしている様で、私が入ったのに気が付くと机の奥から顔を上げてこちらを見る。
「早いね。」
「おはようございます、先生!」
「おはよう、スズ。昨日はよく眠れた?」
「おかげさまで、グッスリでした。疲れも取れたので、今日からしっかり働かせていただきます!」
グッ!とサムズアップして元気アピール。
とにかく、今日から私は正式なシャーレのお手伝いだ。
沢山働いて、あの事件が起こる前にトリニティの生徒会であるティーパーティー所属である百合園セイアさんか聖園ミカさんと接触する!
…困った。目的をハッキリさせたのは良いが、出来る気がしない。
しかしだからと言って早々に諦める訳にはいかない!猶予こそ短いが、それでも今は目の前の事を…!
「あー…それなんだけどさ、スズ。」
「はい!」
「私今日からしばらくここをあけるから、どうしようかなって。」
「………はい?」
聞けば現在、先生の元には『アビドス高等学校』という学校からの救援要請が届いているらしい。
聞いた事のない学校だが、そんな学校が今地域の暴力組織に狙われ存亡の危機に陥っているのだとか。
先生はすぐにでもそのアビドスに向かうつもりらしく、今はその事を私に伝える為にシャーレで仕事をしながら待っていたようだ。
「なるほど…つまり初仕事はそのアビドス高等学校の救助活動という訳ですね!」
「それなんだけどさ…スズは大丈夫?初めてで遠くに、しかも長い間そこに居るかもしれないんだけれど…」
確かに、長期間アビドスに居た結果、帰ってきたときにお話が動いていました、は避けたい所ではある…でも、その辺りはニュースで情勢を確認しておけばなんとか出来る…ハズ。
ミレニアムストーリーの場合は勝手に動いていた場合はニュースにもならないだろうから怖いけれど、ゲームでは主人公が関わらなければ一切話が動かなかったのを見る限り、私の知らない何かしらの干渉さえなければストーリーは進まないと信じたい。
「大丈夫です!長い間帰れない場合も、ニュースさえ見れれば!」
「…?本当に大丈夫?アレだったらミレニアムで何かしら仕事を貰えないかユウカに頼んでおくことも…」
「大丈夫です!!!ミレ…いや、ユウカさんに頼り過ぎるのも申し訳ないので!」
先生はこちらの態度に少し違和感を持ちつつも「まぁ…そこまで言うならいいのかな…」と最終的には私が同行することを認めてくれる。
とりあえずは一安心。
「それじゃあ、準備をしたらすぐに出発するけど…どれぐらい掛かりそう?」
「あっ銃しか持ってる物ないのでもう行けます!」
背中に担いだ私の愛銃こと「ファースト・マキナ」を揺らす。
まだこの子をしっかり扱えるかは心配だが、それでもやはり銃を持っていなかった昨日に比べれば「戦える」感が全然違う。今ならブルアカの最凶ボス達にも勝負を挑めるだろう。(勝てるかは全くの別問題だが)
そんな自信満々な私を見ている先生は、「私が払うから今度色々揃えようね…」としょぼしょぼとした表情でこちらに訴えかけていた。
「…先生。」
「どうしたのかな、スズ。」
「……その」
私と先生が出発し、しばらく経った。
具体的には6時間。
最初は遠い所なんだなぁ。ちょっときつくなってきたかも。運動ちゃんとしなきゃなぁ。とか、そんなことを考えていたけれど。
アビドスの自治区に入ってからかれこれ4時間超。
ここまで人にすら出会う事なく同じ様な景色を眺め続けていれば、流石に疑いの心が芽生えてしまう。
先生、その…もしかして。
「私達、迷子になってます?これ…」
「…………………………」
先生は笑顔のまま、返事をしない。
「それが答えだ」という事を私は悟った。
どうしましょうか、これ。
先生が迷ってしまったのならもう終わりだ。
私もゲームの知識があるとは言え、アビドス高等学校の事なんて何も知らない。
その学校の場所なんて、当然わからない。
「…帰れないんですか?」
「帰り道、憶えてる?」
「憶えて…ない…ですね…」
「うん……」
もしかして、私達の旅ってここで終わりだったりする?
流石に…キヴォトスにやってきたこの世界の知識を持つ人間、やってきて3日目にして迷子になり、そのまま餓死なんて終わり方は、お笑いにしても笑えない。
せめてどのマップにも居た様なチンピラモブ達が居れば、話を聞けたかもしれないのに…
というか、そもそもこんなドデカマップなんだから少しくらいは人居たって良いじゃん…
放棄された自治区とかいう敵が大量に居るドデカマップだってあったっていうのに……
………あれ。
「先生。」
「…ん?」
「この辺の地形って砂漠あります?広めの。」
「…?よく知ってるね。昔、砂嵐が起こって多くの地域が砂漠化してるらしいよ。私達はまずその砂漠すら見れてないけどね、あはは……」
…アビドス高等学校。
マジか。こんな初っ端から関わる学校が、ブルアカのエンドコンテンツマップな事、ある…?
―――放棄された自治区、市街地
そのマップにはとんでもない数の敵が配置されている上に、相手の武器性能はかなり良い。
AIもかなりこちらの行動を見て動いてくるのでモブと言えど厄介極まりなく、
こちらも装備をしっかり整えて向かわないとまず砂漠地帯にすら辿り着けずに返り討ちに会う様な高難易度マップだ。
本来ゲームの方ではそのマップの存在を知れるのが秋以降なのだが、今はまだ春。だからこそ、まだ学校を放棄していないアビドス高等学校が存在しているし、私がその学校の存在を知らなかったという訳か。
市街地なんてありふれ過ぎてて、「広すぎる」という共通点から連想出来なかったらきっと砂漠地帯に辿り着くまで彷徨い続けていただろう。
「多分、こっちです…!次こそ、次こそは…!」
「…わかった。」
そして今は、必死に過去の記憶を掘り起こし、自分が憶えている景色を探し続けている。
放棄された自治区には捨てられた夢という名前の学校エリアがあったはずだ。
目的地がそこなら、ある程度は知識で近付けるかもしれない。
そう思って先生に「行けるかもしれません!」と言って歩き始めて2時間…………
「……大丈夫?スズ?」
「大丈夫……です………っ!!!」
駄目だ~~~~~!!!!
あまりにも変わり映えの無い地形過ぎて自分の記憶に自信が持てない!
目印にしていた電柱やらなんやらは、ただゲームだったから通用した目印だ。
当然、こんな広すぎる場所ならば似たような配置の地形なんていくらでもあるだろう。
流石にマップの詳細な形や、ほとんど同じ様な見た目の家の事を憶えている訳もない。
それにもう休憩を挟みつつとは言え、歩き始めてから8時間近く経っている。
喉は乾いたしお腹も空いた。こんな事なら朝にもっとガッツリ食べておけばよかった。
「ごめんね、私の見通しが甘かった。」
「…先生…」
「もっと食料を持っていくべきだったね。」
「流石に迷うの前提じゃなくて持ってくるなら地図じゃないですか??」
「……………有っても迷うかもだし……」
「…」
まぁ、これだけ広ければそれもそうかもしれない、と考え先程の先生の「その手があったか」的な表情には何も言及しないでおく。
今はまだ話すだけの余裕があるが、この状態が2日3日と続けば流石に限界が来る。
早く目的地を見つけたい…のだが空も夕焼け色に染まり始め、より記憶とは違う見た目に変化していく。こんな状態じゃ尚の事到着は夢のまた夢だろう。
「…今日はもうやめた方がいいかな。近場の休める場所を探そうか。」
「…そうですよね。わかりました。」
先生も同じ様な考えなのか、休憩を提案してくれ、体力的にも精神的にも限界だった私はそれを受け入れる。
結局、私の初仕事であるアビドス出張一日目は
『2人して迷子のまま終了』という残念が形で終わってしまった。
「……んぐ……」
2日目、朝。…いや、まだちょっと暗い。早朝ぐらいかな…。
体がだるい。初日にも経験したが、やっぱり野宿はキツイものがある。
隣で寝ている先生を起こさないように、静かにその場から離れる。
初日よりも限界的な状況だが、それでも動かなくてはいけない。
せめて周りの地形を把握しておこうと、軽い運動がてら散歩をしてこようと思っていたら…
「……?」
誰かが居る。私の方を見ている。
暗くて顔は見えないが、服は何処かの制服の様に見える。
しかし人が居たのはラッキーだ。
もしかしたらアビドスの生徒かもしれないし、道が聞ける。
そう思って一歩近付いた途端、私の中の何かが警鐘を鳴らす。
『逃げて』と、その1つの単語だけが私の頭の中で響き続けている。
私は即座に背中にある愛銃を抜き、相手に向けた。
「貴方は…誰…ですか。」
「…」
相手からの返答はない。
ただそこに立っているだけで、動く事もしない。
こちらが銃を向けた事にも無反応だ。本当に、目の前に居る相手は人なのか?
怖い、でもここで逃げてしまえば、まだ近くで休んでいる先生が危ない。
「………」
「答えて…!」
銃を向けたまま、もう一度問う。
大丈夫、目は逸らさない。ほんの少しでも動けば、すぐにでもトリガーを引いてやる。
銃声がしたときに私が居ないとわかれば、流石の先生も1人では何も出来ないと態勢を整える為にこの場から一度逃げてくれるはずだ。
そしたら私も逃げる。元々当てられる気もしないし、当てても勝てる気がしない。
逃げられるかも微妙だが、戦うよりは可能性があるだろう。
だから、動くか答えるか、どっち…!?
「エリ。」
「……え?」
「エリ。憶えててね、スズ。」
答えた、いや…それよりもなんで私の名前を…
そう言葉を発しようとしたその瞬間、彼女の後ろから光が差し始める。
しまった、朝陽で目が…!
あまりの眩しさに反射的に目を閉じてしまい、とにかく身を守る為に顔を塞ぐように両腕を上げる
しかし向こうから何かをされることはなく、しばらくしてやっとの事で目を開いた私の前にはもう誰も居ない。
ただ、誰かに案内されたかのように見える位置に存在する学校だけが残っていた。