好奇乱合祭 作:ローソン
ナガン大迷宮、かつて軸のキヤズナが創り出したダンジョンゴーレムに単身挑む男がいた。
絶対最速であるラズコートの罰の魔剣を用いた斬撃によりゴーレムを斬り倒し、卓越した洞察の才覚により迷宮を踏破。
ナガンの探索士が総力を上げても未だ突破されていない未到の迷宮は、たった一人の盗賊によって攻略されたといっていいだろう。
だが、黄都ですら知っているのはそれまで。
真実は多少異なる。
ダカイより先に迷宮の最奥へと辿り着きその場所を寝場所にしていたエルフが存在していた事を、今はまだ誰も知らない。
◆
ナガンの探索士が命を賭けて成し遂げるゴーレムの討伐を、鵲のダカイは戯れのようにこなす。
襲いかかってくるダンジョンゴーレムの核を見抜き、ラズコートの罰の魔剣でその場所を切り裂くだけの単純な作業。
それを何十度か繰り返して、ダカイはその場所に辿り着いた。
ナガン大迷宮の動力源である“冷たい星”があるであろう場所に。
ナガンの探索士はそうは思っていないようだが、ダカイは迷宮の最奥に金銀財宝が眠っているなんて考えていなかった。
迷宮内部を進む内に、ダカイはこの場所の本質に気づいていたのだ。
即ち、この迷宮そのものが一つの兵器であると。
魔王自称者が創り上げた兵器、その中に財宝などあるわけがない。
ダカイはそう思っていた、だからこそその光景は全くの予想外であった。
「攻略おめでとう〜、すごいねぇ君。全てのゴーレムを一撃で屠ってる、卓越した洞察力がないと成し得ない偉業だ」
耳からしてエルフだろうか、最奥の部屋の真ん中に置かれたソファに彼女は腰掛けていた。
ダカイの目を引いたのは彼女だけではない、部屋の全てだ。
「……美術館?」
口を突いて出た言葉は『誰だ』ではなかった、無意識のその言葉を彼は発していた。
「お、それっぽくなってる?素人の構成だけどさ、なかなか良い感じの配列じゃない?美術館っぽくしよーと思ってさ」
懐かしい、光景だった。
大きな部屋の壁には多くの絵画が掛けられていて、天井にはよく知るタッチで描かれた宗教絵。
故郷───つまりは地球で行ったことのある場所をダカイは思い出していた。
めちゃくちゃになってしまった生まれ故郷を出て、気まぐれに行ってみた国で入った場所を。
「いや、似てるけど違うな。“ひまわり”に“叫び”、“最後の晩餐”。挙げ句の果てには“ゲルニカ”、とにかく有名どころを集めただけのごちゃ混ぜ。美術館ってより、悪趣味な金持ちの屋敷だよ」
アメリカにあった素晴らしい美術館のように見る人の事を考えて作られたものではないというのが、ダカイの率直な感想だった。
「マジかー、いやでも君が言うんならそうなんだろうね。まぁ、とりあえず座りなよ。攻略おめでとうの乾杯でもする?毒は入ってないよ」
自分が座っている横長のソファをぽんぽんと叩きながら、エルフの女は悪意が感じられない笑みでダカイを誘った。
誘いに乗るか、この距離から質問をするか。
数瞬迷った末に、ダカイは女の隣に座る事を決めた。
それは座った状態からでも奇襲に対応できるという自信に基づいた行動でもあり、好奇の念に導かれた選択でもあった。
流石に勧められた酒は断ったが。
「それで、あんたが軸のキヤズナ?」
「……そう思う?」
「いいや別に。キヤズナは人間だって話だし……あんたはエルフだろ?」
大迷宮の奥に潜んでいるのだから、製作者である軸のキヤズナかと思ったが、ダカイの直感がそれを否定した。
「そだよー、これでも結構長く生きてるエルフさ。あ、自己紹介がまだだったね。私は蝕む好奇のネル、二つ名の通り好奇のままに世界を探索する旅人だよ。君は……警のタレンの指令を受けた鵲のダカイで合ってるかな?」
「へぇ、君って結構情報通?」
「そりゃ、旅人だからね」
蝕む好奇のネルという名は、当然ダカイも知っている。
各地の都市を転々としているエルフの歌手であり、本物の魔王の恐怖に晒されていた世界に於いては、確固たる歌の技術に基づいた癒しの歌声を求められていたという。
ネルこそが今代最高の歌姫だという者も少なくはない、あらゆる人族を癒すと言われるその歌声は至高の域に達しているとも。
だからこその疑問、何故その歌姫が自分とタレンの関係を知っているのか?
ダカイは少しばかり自らの記憶を漁ってみたが、そう易々と誰かに主を話すようなヘマをした記憶はない。
では、何故?
いつでもラズコートの罰の魔剣に手をかけられる体制で──けれど一見すると寛いでいるようにしか見えない格好で、ダカイは問いかける。
「俺のこと待ってたみたいだけど……なんでこんなとこに?」
ナガン大迷宮を恐らくは単独で攻略する実力を持ちながら、その最奥に彼方の絵の複製を飾る歌姫。
無数の逸脱を抱えるこの地平においても、なかなかに珍しい存在だ。
「……私はさ、サプライズが大好きなんだ。だからこそ彼方の絵画を用いて君を出迎えたんだけど、あんまりビックリしてないみたいで残念。もっとさ、『こ、これはゴッホのひまわり⁉︎』みたいに驚いて欲しかったんだけどなー……あつっ」
ブツクサと文句を言いながら、ネルは手に持っていたパンを食べ始めた。
テーブルの上に置かれた皿にはもう一つのパンが置かれていて、ダカイのための酒のコップもあった。
熱術で焼いたばかりなのか、まだ湯気が漂っている。
「迷宮を進む俺を見てたんだろ?監視カメラは無かったはずだけど……詞術ってのは気付かれる事なく監視ができるのか?」
「え?……あーそれか。別に見てはないよ、聞いてはいたけど。詞術を使わずとも、物理の法則だけで君を把握する方法もあるんだ」
トントンと、自分の耳を叩きながらネルは笑う。
初めに違和感を抱いたのは最初の言葉、『全てのゴーレムを一撃で屠ってる』。
この時点でダカイは、エルフの女が何らかの方法でここまでの道筋を見ていたと考えていた。
だが、それ以上に聞きたいことや衝撃的なことがあったため、その話題は後回しにしてしまっていた。
だが、このパンとコップを見て『そりゃそうだけどやっぱり見てたんだな』と、思考がそちらの方へ傾いた。
熱々のパンとコップを二人分用意しておくのは、ダカイの来訪を知っていないとできない事だからだ。
通常ナガンの探索士が一人で迷宮に挑むことはあり得ない、だからいずれ来る攻略者を待っていて常にパンとコップを準備していたなんて事もない。
それならばもっと大人数が座れるソファとテーブルを持ってくるはずだ、つまり蝕む好奇のネルは初めからダカイが来ると知っていたのだ。
────初めとはいつから?
サプライズが好きだと、彼女は言った。
彼方の文化でもてなそうとしたのなら、それならば
普通ならば後者と考えるのが自然だが、この世界の逸脱は前者でもあり得るかもしれないという事を既にダカイは知っている。
思考するダカイを横目に、ネルは言葉を続ける。
「初めのゴーレムは肩を貫いて、次は背中を串刺し、三体目は左肩からの撫で切り。全部聞いてたさ。私は耳がいいんだよね〜。厳密には違うけどエコロケーションの亜種とでも思ってくれると助かるよ」
「エコロケーション?……ああ、昔読んだ雑誌に載ってたな」
東京に位置する廃墟と化したビルの一角に置かれていたサイエンス雑誌を、興味本位で読んだ事がダカイにはあった。
それによればエコロケーションとは、音の跳ね返りを利用して位置情報を掴む技術であったような、そんな感じだったと彼は記憶していた。
詳しい事は覚えていない、そこまで興味を惹かれたわけでは無かった。
「話が早くて助かるよ。まぁ、つまりはそんな感じで迷宮内の君を把握していたったわけだ。君なら確実に迷宮を突破できると思ったからね、鵲のダカイという存在を知覚した時点で準備を始めてたんだよね〜」
「随分と俺を買ってるんだな」
話を聞きながら、ダカイは不自然には思われないように気をつけて配りながら部屋を分析していた。
上下左右八箇所に他の場所への通路の入り口らしき物が置かれている、もしかすると絵を突き破った先が脱出経路になっているのかもしれない。
見れば見るほど、逃げる事を想定に入れた部屋だというのが読み取れる。
戦闘ではなく、逃亡。
「当然だよ。確かにこの大迷宮は普通の人族には攻略困難だけど、戦闘型の客人を阻むほどじゃない。兵器だからそりゃそうなんだけど、罠も無いしゴーレムさえ何とかできれば僕みたいな非戦闘タイプの客人ですら突破できる」
「……エルフの客人なんて聞いた事がないな、整形?」
「さてね。それよりも、君が欲しいのは冷たい星だろう?それあげるからさ、私を警めのタレンのところまで連れてってくれないか?彼女に興味があるんだ」
露骨に話題を逸らして、ネルはダカイの要望を言い当てた。
自分が客人というのは隠していたのか?外見をエルフに寄せる事で客人であると判らないようにしていた……?
ダカイの思考の横で、ネルが見据えていたのはナガン大迷宮最奥の部屋のさらに奥。
そして詠唱が始まる。
「【ネルよりナガンの壁へ 避ける群衆 拒まれる歩み 遠い果実 開け】」
奥の壁の一部が扉のように開かれ、その先への道が生まれた。
「進めば動力源がある。それで、さっきの問いの答えは?冷たい星を持って私と一緒にリチアに行くか、諦めて帰るか」
「……俺が冷たい星を奪って一人で帰るってのは?」
「その場合は星を壊す。私の持つ魔剣の力でさ、ここからでも破壊できるんだよね〜」
ネルは笑いながら隠し持っていた魔剣───当然の事ながらネルが何か武器を持っているのをダカイは把握していた───を取り出した。
ハッタリか、それとも真実か。
「へぇ、それは俺が今この瞬間一撃であんたを殺しても発動できるものなのか?」
ダカイは笑う、普段の人懐こい笑みではなく本心から楽しそうに笑う。
客人であると自称しながら詞術を扱う、彼方の文化にも精通したエルフ。
更には情報通である歌姫が、未知に溢れた存在が魔剣まで取り出したのだ。
楽しくないわけがない。
「どうでしょうね〜。私の単純戦闘能力自体は君と比べるとだいぶ低いから、私を瞬殺して冷たい星を奪って帰るなんてのも、もしかしたらできるかも」
「そうはならないって顔だ」
言葉とは裏腹に絶対にそうはさせないという気配を漂わせながら、ネルは立ち上がった。
「どうしようかなー。今ここで君とやり合ってもう死ぬだけだし、かといって取り引きに応じたフリをされて、冷たい星を渡したら殺されるなんてのもあり得る」
手段はいくらでもあった。
タレンに会わせると言って道中で殺す、今この場で殺す、さまざまな方法があった。
それは当然、両者ともわかっている。
「よし、じゃあ、こうしよう」
ネルが懐から取り出したものに、ダカイは見覚えがあった。
それはかつての故郷で使われていた武器であり、閃光と音で周囲を撹乱させる兵器。
「ははっ!そんなものまであるのか⁉︎」
ネルが空中に放り投げた手のひら大の武器を、ダカイは知っている。
彼方での名を、閃光弾という。
「音が出ない閃光弾だよ。視覚が死んだ世界では、どう考えても私が有利ってわけ」
先ほどの話がブラフでなければ、蝕む好奇のネルの最大の逸脱は聴覚である。
ならば、この言葉が真実ならば、この閃光弾を爆発させるのはマズい。
ダカイはラズコートの罰の魔剣でそれを切り裂いた。
閃光弾を爆発させずに斬る方法は、彼方で学習済みである。
だが、逸脱の視力を持って捉えたその断面は想像と違っていた。
そこに火薬も何も入ってはいない────ブラフだ。
閃光弾というのはブラフであった、故にダカイはそのままラズコートの罰の魔剣でネルを斬ろうとする。
タレンとの関係がバレた出所を探るため、できれば生け取りが望ましい。
その間の時間は通常の剣士の一振りよりもずっと速く、並の詞術士ならば対応できなかっただろう。
「【ネルよりナガンのスイッチへ 明けの明朝 通る採苗 熟れた毒花 押せ】」
だが、その一瞬で既にネルは詠唱を終えていた。
それは簡単な詠唱、力術により床下のボタンを押すだけの単純な命令。
ダカイはその逸脱の洞察力により床下に何か仕込まれているのを察していた、だがそれが何かまでは判らなかった。
判断材料が少なすぎたためだ。
「マジか⁉︎」
床下の未知の正体は、大きな部屋の床の全てを崩すほどの爆弾。
爆炎と共に床下の部屋が明らかになる。
ダカイの異常な視力が捉えたのは動力室、そして冷たい星。
「アリアレルの糸!」
落下する二人のうち、ダカイは瓦礫を足場にネルの方へ飛び、ネルは魔具を用いて下の部屋の壁へと移動した。
冷たい星を奪ってからネルを殺すか、ネルを殺してから冷たい星を奪うか。
これだけの準備をしているネルが持っているかもしれない奥の手を警戒したダカイは後者を選んだ。
何かされる前に殺す。
生け取りでは済まなそうな相手だと、ダカイの直感は言っていた。
ダカイの接近より前にネルの手から二方向に放たれた糸、片方は動力源である冷たい星へ、もう一つはネルが事前に要していた外への出口がある壁へ。
冷た星に張り付いた糸は、魔具ごと巻き取られてネルの手に戻っていく。
そしてギリギリでラズコートの罰の魔剣を回避したネルは、壁側の糸を巻き取って壁へと張り付いた。
「さぁ、これで冷たい星は私の手の中だ。壊すも渡すも私次第」
「さっきの扉は嘘だったか、取り引きの続きを?」
「いいや、取り引きは中止さ。私自身が、これを警めのタレンに届ける」
ネルの異常な発言に反応する暇もなかった、動力源を失ったダンジョンゴーレムは自ら起動して立ちあがろうとしていた。
地面が揺れ、ゴーレムがダンジョン各地で大量に生まれ出る。
それへの反応と思考に、一瞬より少し短い時間を割かざるを得なかった。
「鬼ごっこは好きかな?私がこれを持って警めのタレンの元へ行くか、君が私に追いついて奪い殺すのが先か、勝負だよ!」
獰猛な笑みを浮かべて、ネルは壁に仕込まれた出口の中へと消えていく。
ダメ元で空中の小さな瓦礫を投げつけるも、避けられてしまった。
一瞬の隙を突き逃亡する実力、逃亡のための数多の仕掛け、鵲のダカイは蝕む好奇のネルを明確に強敵と認識していた。
「はは、はははは……!魔具に魔剣に爆弾……!してやられたな…!いいさ、乗った」
六合上覧の外で、二つの逸脱は戦いを開始した。
単純な殺し合いではなく、鬼ごっこという形で。
六合上覧、予選。
鵲のダカイVS蝕む好奇のネル
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