好奇乱合祭 作:ローソン
「ギリギリだったなぁ。奥の手があるとはいえ、一歩間違えれば死んでた」
蝕む好奇のネルがかつて送った一度目の人生に敵はいなかった。
鵲のダカイや黒い音色のカヅキが生まれたのとはまた別の世界で、ネルは逸脱の力を持っていた。
己の思うがままに状況は進行し、ナイフを振るえば命は消えていく。
退屈であった。
では、二度目の今はどうだろうか。
「……でも、楽しい」
一度目の生では出会う事がなかった、最強達をこの地平は内包している。
異界の知識と逸脱の聴覚、集めた魔具に魔剣、築き上げた人脈、異なるアプローチから磨いた詞術、更には奥の手である“第二言語”をもってしても敵わない修羅がこの世界には存在する。
地上最強の種族が持ち得る全ての力を託された英雄、絶対なるロスクレイと会ったことがある。
人脈という点で、彼に及ぶはずもない。
遠くワイテの山脈に住む、おぞましきトロアの名を知っている。
彼が集めた魔剣の数々に比べれば、ネルが持つのはトリッキーな魔剣がたった一つだけ。
己の妹である、世界詞のキアの実力をその目で見ている。
どれほど詞術を磨き上げても、あの最強へは手も足も出ない。
数多の迷宮を攻略してきた、星馳せアルスを見た事がある。
魔具の扱いという点に於いて、彼の適性を羨んだ事だって何度もある。
己の策謀により国家を動かす、黄都二十九官が存在する。
ネルには彼らのように未来を見据える事が出来ない。
だからこそ、ネルは彼らが大好きだ。
「地球じゃ、こんな事はなかった……!私が、この私がたった一人の盗賊から逃げてる……!最高だよ、あぁ、だからこの世界が大好きなんだよ、私は……!」
スパイとして生きていた頃も、殺し屋として戦っていた時も、挙句一つの国家を滅ぼした時も、ここまで追い詰められた事はなかった。
軍隊から逃げる事はあっても、迫り来る爆弾を避ける事はあっても、単独の勢力から逃亡する事なんて、ネルにはなかった。
全ては、この世界に来てからだ。
己の妹であるキアへの敗北、本物の魔王へと抱いた恐怖心、逆理のヒロトに見透かされた本性、全て地球では経験していない体験。
この世界に来てから、ネルは退屈というものを味わった事がない。
◆
鵲のダカイは滅び行くナガン迷宮都市の中を駆けていた。
屋根を飛び移り、ゴーレムを斬りながら、都市の外へと。
そして、都市付近の丘の上へとたどり着く。
ダカイは索敵能力こそ高いが、それはあくまで市街などに潜む敵を見つけるための能力であって、広大な地平の中からただ一人のエルフを見つけられるようなものではない。
ならば、取れる手段は待ち伏せしかないだろう。
警めのタレンの元へ戻り、その場でネルを取り押さえる。
もちろん、ネルが黄都側だったり別の勢力のエルフだったりした場合は冷たい星を持ち逃げされて終わりだ。
だがその可能性は低いだろうというのが、ダカイの見立てだった。
「日本語なんて久々に見たな……」
判断材料の一つは、ダカイが手に持っているノートである。
動力室の壁に貼り付けてあったものを盗んだのだ。
表紙には日本語で「鵲のダカイへ」と書かれている。
写真が貼り付けられ、それへの解説が載っているだけのノート。
だが、その内容はまさしく異様なものであった。
「黄都のトップシークレット、タレンちゃんが言ってた通りか」
それは、黄都陣営ならば決して漏らすはずがない真実。
それどころかどの勢力であったとしても、ダカイにそうやすやすと知らせる利点など何一つない機密。
警めのタレンが元より知っていたとしても、その使いであるダカイに教えるなど愚の骨頂。
これを与える狙いはなんだ?
これを明かさせる事で黄都とリチアの泥沼の争いを望んでいるのか?英雄を失わせようとしているのか?否、ダカイは既にその答えに辿り着いている。
「……あいつは絶対、リチアに来るよな」
それは明確な根拠に基づいたものではない。
ノートという判断材料があっても、最終的な決定はダカイの経験則と直感によって行われた。
……そしてそれは完全なる偶然であった。
蝕む好奇のネルとの会話、ノートを読むための時間、その二つにより少しばかりダカイがナガン迷宮都市を去る時間が遅くなった。
本来であれば、ダカイが都市を去った後に彼は訪れるはずだったのだ。
「───ウィ」
逸脱の視力を持った鵲のダカイは目撃する。
丘の上から、その剣技を。
地球最後の柳生の、その技を。
ゴーレムを一刀の元に斬り伏せる絶技を、安全圏から気づかれぬまま観察する事が出来たのだ。
いや、きっとソウジロウは気づいていただろう。
遠い丘の上から何者かが見ていることを、知っていただろう。
だが、幾多の偶然と事情の元に二人はこの場で相対する事を避けた。
どちらかといえば、リチアに帰らなければいけないダカイが避けたのだ。
いずれ始まる黄都との戦争、その前に柳生の剣技の一端を知れた事はダカイにとって幸運であった。
バタフライエフェクト