「高町さん。今日はご機嫌さんね」
午前の教導訓練を終え、シャワーを浴びてデスクがある職員室に戻っていた。今日は午前で終わりでお昼からは非番となっている。
二ヶ月前から予定を申請し,デスクに置かれているカレンダーにまで花丸をつけていることから、斜め後ろに座る事務職の女性からそんなことを言われて、訓練生の評価と退勤の準備をしていたサイドポニーの女性はビクリと肩を揺らして振り返った。
「はえ!?あ、そ、そう見えました?」
そう言って「そんなに顔に出てたかな……」とほっぺを両手でムニムニと触る高町なのはに、事務職の女性はつい最近に嫁へ出て行った愛娘の若い頃を思い出してクスクスと笑った。
「えぇ、まるで思い人と会えるような……そんな顔をしてたわね?」
「思い人!?いえ、いえいえいえ!そんなんじゃありませんよ!」
思わず両手を使って大袈裟にリアクションをしてしまう。普段は管理局のエースオブエース。クラナガンを救った英雄。訓練生をしごく鬼教官などなど……尊敬や敬愛、畏怖の目を向けられやすい彼女だが、女手一つで娘を育て上げた彼女からすると、どこにでもいる年相応の女の子だ。
「誤魔化すから余計に信憑性が湧くのだけど……それよりもいいの?時間」
「時間……あ゛」
時計を見ると昼休憩に入って10分経っている時間だった。時間ギリギリまでしようと思ったのが仇となったのか……なのはは経過した時間を取り戻すように光学式モニターとタッチボードを消して、いそいそと小さなリュックに出していた荷物を片付けていく。
「あ、ありがとうございます!では、行ってきます!」
いってらっしゃい〜と、手製の弁当箱を広がる事務職の女性に見送られて、なのはは大急ぎで教導官の職員室から飛び出して行った。すれ違う教え子たちに驚いた顔をされるものの、適度に挨拶を交わしてなのはは急いで管理局所有の訓練施設に備わる駐車場へと向かった。
この日のために借りた中型のモータークルーザー(MC)に乗り込み、あらかじめ設定しておいたナビに従いMCを走らせていく。ハイウェイに乗り、クラナガンの首都圏を抜けてたどり着いたのは旧沿岸空港跡地に新設された国際空港だった。
「Dの147出口……で、合ってるよね」
駐車場に車を停めて空港内のロビーを歩くなのはは、保存したメールに書かれている情報を頼りに到着便の折口フロアを右へ左へウロウロしていた。
新設された国際空港はミッドチルダ各所に運行する飛行機に加えて、外世界へ航行する次元航行船もアクセスするようになっている。その結果、施設の大きさは旧沿岸空港に比べて10倍に拡張されていて、搭乗口、降り口もミッドチルダ内線と、外線に別れることになった。
この広大な施設の中、合流できる目印を間違えてしまえば、再び出会うには多大な労力と時間が掛かってしまう。なのはは少し不安に思いながらもロックされた降り口が開くのをじっと待っている。
船の運行時間は正確。
目当ての便が到着してきっかり10分。
待ち望んでいた降り口の扉が開き、幾人の乗客の波の中から……特徴的な空色の髪をした相手を、なのははすぐに見つけることができた。
カラカラと音を立ててキャリーケースを引きずる相手は、息を呑むなのはの前に立って、穏やかに微笑んだ。
「よぉ、高町。久しぶりだな」
「う、うん。本当に……久しぶりだね。サガミくん」
なのはが待ち望んだ日。
それは同じく管理局で働く……サガミ・バルディオが、5年に及ぶ外縁世界調査任務から帰還する日であった。
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外縁部調査部隊。
通称、「時空の開拓者」と呼ばれる彼らは、時空管理局に所属する特殊な部隊だ。主な任務は次元世界の外縁部……つまり、時空管理局でも把握しきれていない世界の端を開拓し、新たな文化圏や生活圏、資源を持つ無人世界などを調査、記録する存在だ。
過去に管理局は幾度となく外縁部の調査へ乗り出してきたのだが、次元世界の中心部に位置するミッドチルダを含む管理世界から、外縁部を目指すだけでも相当な時間とコストが生じる。
ミッドチルダから外縁部に行こうとするば、片道が二ヶ月から三ヶ月……下手をすれば半年間ということも珍しくない。
なので、その任務に着く局員の任期期間は他部署とは比べ物にならない。
さらに、より詳しい外縁部調査を行うため、5年間を外縁部で過ごす……前人未到の調査任務「アウターエッジ作戦」が実行されたことで、外縁部調査部隊はその期間、一度も管理世界や、このミッドチルダへ戻ってくることはできなかったのだ。
「聞いてはいたが……こっちは大変だったんだな」
そんな調査任務を終え、ミッドチルダに帰還することになった男、サガミ・バルディオ。
6年前に外縁世界で起こった事件をきっかけに管理局へと入ったサガミは、その能力を買われて外縁部の調査任務「アウターエッジ計画」のメンバーに抜擢され、5年に及ぶ航海を終えたばかりだった。
なのはが運転するMCの車窓から見えるクラナガンの街並みは、復興は進んでいるものの、まだJS事件の痛々しい爪痕が残っていて、その痕跡を見るだけでも、どれだけ苛烈な戦いが繰り広げられたか想像するには充分だった。
手痛い傷を負いながらも、それでも立ち上がって復興を進めている。5年間、さまざまな世界を調査してきたが、どの世界でも人の根性と諦めない精神は偉大だとサガミは改めて痛感した。
「復興もかなり進んでるからね!それにはやてちゃんやフェイトちゃんも事後処理が終わって時間が……」
「それもあるが……1番大変だったのはお前だろ?」
自然と、そんな言葉がサガミ方から出てきた。ハンドルを握る手に少し力が籠った。
「うん……大変だった」
脳裏に蘇ってくるのはJS事件で起こった数々の出来事。迷って、戸惑って、泣いて。時には深い痛みを負いながらも……みんなが、ヴィヴィオが居たから乗り越えることができた。
でも、心の奥底で……本当に本当は……誰かに助けて欲しかった自分もいた。誰かに寄りかかりたかった。誰かに全てを預けて……守って欲しかった。
隣にいたサガミがわずかに息を呑む。
「謝らないで、サガミくん」
先を読んだように、なのははそう言った。
6年前の時間の後、サガミはなのはに伝えていた。「助けを呼べ、必ずそばにいく」と。
けれど、なのははサガミに助けを呼ばなかった。
呼べば、きっと彼は駆けつけてくれたと思う。どんな場所にいても、どれだけ遠くに居ても、約束を果たすために彼はきてくれる。見返りも、栄誉も気にせず。自分が傷付くことなんてわかっているのに、サガミは絶対に助けを求める人の元に駆けつけてくれる。
いつか、はやてに言われたことをなのはは思い出す。自分と彼はとてもよく似ていると。容姿や性格ではなく……本質が。
【自分がどんな目にあっても、必ず助けを求める相手を助ける】。
だから、なのはは助けを呼ばなかった。それ自体が、なのはにとっての決意でもあったから。
「サガミくんには、サガミくんを必要とする場所があるから……そこを放ってまで助けに来てなんて、私……思ってないよ」
それに……となのは微笑む。
「みんながいたから……大変だったけど、みんながいてくれたから、なんとかなったんだよ」
きっと、6年前までなら全部を全部、1人でなんとかしようと思っていたのかもしれない。誰にも頼らずに、「もっと頑張らないと」と言って、ただがむしゃらに戦っていたのかもしれない。
けど、今は教え子が。部下が。友達や、親友が……多くの仲間が自分を支えてくれる。たった1人のヒーローじゃない。みんなで手を取り合って、みんなで立ち向かうことができたから、今があるのだと……なのはは微笑みながらそう言った。
「……そうか」
サガミは短く言葉を吐く。この長期間の航海の中。変わったのは街並みや世界だけじゃなくて、共に戦った戦友の思いも、大きく成長したのだと感じた。
ならば、その先は何も言うまい。
その決断に納得している相手に、かもしれないという可能性をいうほど、サガミはナンセンスではなかった。
「……ところでサガミくんは今日はどうするの?というか一年もおやすみなんでしょ?」
ハイウェイを降りると、もうクラナガン首都から大きく離れたベッドタウンに入ったあたりで、なのははこれからのことについて聞く。
5年に及ぶ長期任務を終えたサガミは、1年間は休暇を与えられている。本来なら、発見した世界や採取した原生植物などの研究、報告などもあるのだが、サガミの役目は調査時の護衛や戦闘時の要員であるため、早めの休暇に入ることができたのだ。
ただ、5年も船にとって航海し続けた結果、サガミには深刻な問題があった。
「一年の休暇……まずは住む場所からだな。管理局の独身寮に入るか、それとも手頃なマンションでも借りるか……」
「え、住む場所からなの?」
「当然だろ。5年間の調査だからな。それにミッドチルダのことなんて俺はほとんど知らないし……田舎者もいいところだ」
もともと、サガミは管理外世界に住んでいたため、ミッドチルダに来たのも、住んでいたのもごく僅かな時間だ。それに5年と言う月日の中でインフラ関係も大きく変わっている。彼からすればミッドチルダも立派な異世界だと言えた。
「じゃ、じゃあ!今日はウチにこないかな!?部屋もあるし、泊まることもできるの!」
信号で止まったタイミングで、なのはは「よし」と意を決したような表情でそう提案する。部屋については客間も空いているし、来客用の布団もしっかり準備してある。
「そういえば例の件で一軒家買ったんだっけか。……思いっきり良すぎないか?」
「お金なんてあっても最低限しか使ってなかったし!ここは心機一転で思い切って買っちゃったんだぁ」
「けど……いいのか?俺が行っても」
問題なし!となのは答える。もともと、今日はサガミに長期航海お疲れ様の会を開く予定だったし、なにより彼に会わせたい人もいた。
「今日はフェイトちゃんも帰ってくるし……それに、ヴィヴィオとも会って欲しいから」
そういうなのはに、サガミは「あー、そうだなぁ」と答える。
長距離通信で久々に連絡を取ったら、事件で大怪我を負ってるし、「娘ができた」とヴィヴィオを見せられた時は思わず声を上げてぶったまげたものだ。
「何度かビデオメールしたくらいで会ってないからな。じゃあ……お言葉に甘えて、お邪魔しようかな」
そう言って了承するサガミに、なのはは内心でガッツポーズをしながらもうすぐ見えてくる我が家に向けてMCを安全速度で走らせるのだった。
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サガミ・バルディオとは何者か?
彼との出会いはミッドチルダではない世界だった。最初の頃は「親身になって協力してくれる現地協力者」といった認識であったが、時間を経ることにその認識は大きく変えられていった。
見返りを求めず、誰かのピンチには迷うことなく足を踏み出し、守るために、倒すために、救うために彼は剣を振るう。
まるで御伽噺……いや、1人で過ごしていた子供の頃に見ていた「勇者」のような人だということがわかってきた。
それがわかってから、どこか彼のことが不気味だと思っていた。まるで誰かを助けることを、誰かを守ることを強要されているような……強迫観念に突き動かされているような……鬼気迫るその生き方が、どこか不気味だと思ってしまった。
ただ、そんなサガミと共に旅を続ける中、満点の星空が降り注ぐ荒野でキャンプしているときに、はやてから何気なく言われた一言があった。
【なのはちゃんとサガミくんってどこか似てるよね】
その言葉に、なのはは内心で凄まじいショックを受けていた。リスクを考えずに助けを求める人を助ける。そのために戦う。振り返ってみれば、魔導師としての自分はいつもそうやって戦っていた。
いつからだろう。我が身を顧みなくなってしまったのは。
いつからだろう。自分で抱えることが誰かを背負うことができると思い込んでしまったのは。
それを何だ。自分の有り様を棚に上げて……似た土台を持って戦うサガミ・バルディオを見て、気持ち悪い、不気味だと思ってしまうなんて。
今になって思えば、彼はまるで鏡のような存在だった。戦う理念を、戦う理由を「誰かを守る、救う」に置いた、自分自身の根っこを写す鏡。
それを見て、なのはは自分の本質を突きつけられた。誰かの涙を見たくないから走り続けた結果、足はボロボロになって、立ってもられなくなって……いつかは壊れてしまってたのかもしれない。
けれど、その結末を変えたのも……他ならぬサガミだった。
『1人じゃ守れないから……!誰かの手を取って!背中を預けて!肩を並べて!頼って、頼られて、前に進むんだろ!』
彼は1人じゃなかった。1人じゃないと言うことをしっかりとわかっていた。当たり前のことだけど……自分じゃない誰かを丸ごと信じることができたのだ。
誰かを頼る。
誰かに背中を預ける。
皆んなを頼る。
1人じゃできないことが弱さじゃない。1人で誰にも頼らないから弱いんだ。皆んなを頼って、1を10に、100にして戦う。1人じゃどうしようもないことを皆んなでどうにかする。
その大切さを知っているのが、なのはとサガミの大きな違い。そして、その大切さを教えてくれたのも紛れもなくサガミだった。
だから、JS事件でなのはは他の敵をみんなに任せることができた。ヴィヴィオの元に向かうことが出来た。教え子たちに戦う力を与えることが出来た。1人じゃできないことを……教えることができた。
先が見えない道を、何の道標もなく進んでいた。けど、彼と出会ってからは、その先にずっとその背中が写っていて。
時には隣に立って肩を貸してくれる。
立ち上がる勇気をくれる。1人じゃないと……背中を押してくれる。
高町なのはにとって、彼との出会いは……運命の一つだったのだと思えた。