管理局地上本部。
ミッドチルダ、クラナガンにあるこのクソ広い管理局の私有地で、一際大きなオフィスビルが立っている場所が地上本部の中枢部といえる建物だ。
佐官、幕僚クラスの管理局員の執務室や、上層部の個人オフィス、さらには大きな会議場も備わるその建物内に、海上警備部捜査司令となった八神はやての執務室があった。
J.S事件。いまだに忘れることのない大規模な事件を解決に導いた機動六課が解散したあと、特別捜査官となったはやては、守護騎士一同と共に地上本部に勤務し、密輸物や違法魔導師関連の捜査指揮に取り組んでいた。
そして事件の説明責任を果たし、事後処理も終わりを迎えた頃になって、はやてはJ.S事件解決の功績を認められ、改めて海上警備部捜査司令に任命されたのだった。
「いや、休暇中やのに相変わらずトラブルに巻き込まれすぎやろ」
そんな管理局でもかーなーり上のポストの席に座っているはやての執務室には懐かしい顔が訪れていた。ニヤニヤと面白そうにそういうはやてに、休暇中のサガミは、なんとも言い難い表情をしながら、頬杖をついて反論した。
「……好き好んで巻き込まれてない、とだけ言わせてくれない?」
「そういう星の元に生まれている、という自覚あるだけでマシというやつですねぇ」
はやてのデスクにいるリィンフォース・ツヴァイの毒舌に近いはっきりとした物言いにサガミは苦虫を噛み潰したような顔で応じた。
昼食後、午後の部も是非と引き止める訓練生たちを振り払って業務部にいき、諸々の手続きを終えたサガミは、せっかくだからとヴィータに言った通り、友人であるはやての顔を見に来た訳だが……。
「まったく……休暇中の色々を決めるだけに来たってのに」
息抜きで一階のカフェに飲み物を買いに来たはやてが、ビルの受付で「アポイントはあるか」と受付嬢に凄まれているサガミを見つけたのは本当に偶然だった。
受付嬢の凄みにおっかなびっくりな様子をはやては面白がり、動画に収めたところで助け舟を出し、そのままサガミを連れて執務室のあるフロアへと戻ってきたのだった。
「その割にはノリノリだったってヴィータから聞いてるけど?」
なぜ知ってる?とサガミが顔を上げると、午前中に起こった一部始終をまとめたメッセージがヴィータから届いていたようだ。まったくあのちびっ子め。メッセージを打つ暇があるから訓練生たちを扱けってんだ。
「で、住む場所とかはどうにかなったん?」
ひとしきり友人の醜態を楽しんだはやては話題を変える。サガミは長期探査任務から帰ってきたばかりだ。業務部で色々と手続きを終えたようで、その中にはこの休暇期間の住まいの話も含まれている。するとサガミは残念ながらと首を横に張った。
「独身寮は空いてるみたいだが、規定上は一ヶ月クリーニングが必要みたいだな」
「つまり?」
「一ヶ月はホテル暮らしってやつ」
ちなみにホテルの宿泊費は上限はあるものの保証はされる。福利厚生がしっかりしているのだが、はやてにとってはあまり面白くない回答だった。
「なのはちゃんのとこに居候すればええやん?」
「え、やだよ」
即答で嫌がるサガミに、手を組んではやては首を傾げた。
「えー、何が不満なん?美味しいご飯は出てくるし、可愛いヴィヴィオもおるし、なのはちゃんもOKしてくれるやろ?」
「人をヒモみたいに言うんじゃないよ。それに、仮に許してくれても家族団欒のところに住まうなんて邪魔にしかならないだろ」
「ヴィヴィオもサガミくんのこと気に入ってると思うけどなぁ……あ、もしかしてフェイトちゃん?」
そう聞くと、サガミはあからさまに顔を顰めた。おそらく図星なのだろう。うんうんとはやては頷き、当然の反応だと納得する。
フェイトの成長具合はなのは、はやてを抜いてダントツ。そのスタイルは他の女性など目じゃないほど整っている。つまり、彼は美少女二人の住まいに住むのは心苦しいと言っているのだ。
(まぁ、あのプロポーションやからなぁ……ドギマギしてしまうのも無理はないわ)
ただ、そのはやての思考は全く持って外れていた。
(仲睦まじい夫婦の間に入る間男とか……冗談じゃねぇ……サンドワームに飲まれて死ねってやつになりかねん)
サガミの中では、なのはとフェイトは夫婦。そしてヴィヴィオは二人の子供なのだ。そんな家族団欒な中に異分子である自分がいて良いか?答えは否である。なので、サガミからしてみれば早急に住む場所を確保し、彼女ら夫婦の安泰の地を脅かすような真似をしたくはなかったのだ。
彼の住んでいた世界、ヘンリー・ヴァンダーにはこんな言葉がある。「人の愛を邪魔する奴はサンドワームに飲まれて永遠に溶かされる苦しみを味わって死ね」と。
間男とか、NTRとかはフィクションの世界だけで充分なのだ。あと催眠もNG。彼の世界では極刑ものである。
「ま、今から長期ステイできるホテル探すのも難しいやろ?荷物もあるし……このまま今日も高町家で一泊すればええんちゃう?」
ヘラヘラとした笑顔でそういうはやて。言うは易しというが、なのはとフェイトの仲を誤解しているサガミにとって、それは二人の間を邪魔するお邪魔虫でしかないのだ。
「……おい、八神。お前にその決定権があるのか?」
「司令官やからな!」
「そんな自信満々に言われても……」
「あー!やっぱりここにいた!」
電子音と共にスライドドアが開くと、帰り支度を済ませたなのは立っていた。サガミをようやく見つけることができた。そんな彼女の手に握られているのは管理局敷地内にある独身寮のパンフレットである。
「業務部の人から聞いたんだけど。サガミくん、まだ住む場所決まってないんだよね?」
「おい、俺の個人情報筒抜けなんだが?」
教えてもらっちゃんたんだー、と笑顔でパンフレットを見ているなのはを指差してはやてに抗議するが、司令官である彼女はそっと顔を逸らした。
サガミが四苦八苦していた受付嬢相手に顔パスでビル内に入れるエースオブエース相手に、情報を秘匿するのは無理だ。諦めてくれと態度で訴えるはやてにサガミは片手で視線を隠して天を仰ぐ。
「よかったらウチに泊まって行ってよ!ヴィヴィオも喜ぶし!今日はフェイトちゃんも遅番だし」
「……それほんとに大丈夫なのか?」
「え?」
「ん?」
不安そうな顔をするサガミを見た瞬間、なのはに電流走る。共に暮らしているフェイトは、今日は出張対応のため帰ってくるのは明日以降。ヴィヴィオも基本的に21時にはベッドに入る。
つまり、夜……大人たちが過ごす時間、なのはとサガミは二人っきりなのである。
(これ、もしかして……意識されてる!?たしかにヴィヴィオが寝たら夜は二人っきりだけど……でもでも、まだそう言うの全然ないし!まずはお互いに色々お話を……!)
なのはにとって、サガミ・バルディオとは特別な存在。そして彼女はエースオブエースと言われ、ヴィヴィオという少女を育てるまではあるものの、まだ20歳にもなっていない乙女なのである。そして、魔導師としての激務の合間にある少女漫画や、カルチャー文化を楽しむ以上、一度は「理想の男性」と、ある程度進んだ関係になるという知識もあった。
まだ告白や思い……そもそも好意も伝えていないのだが、想像だけは勝手に膨らんでいく。なので、今のなのはに出来ることは不思議そうにするサガミを安心させることであった。
「いや……別にその……何の問題もないよ?」
まぁめちゃくちゃ目が泳いでいて、逆に不安を煽ってくる様子だったのだが。はやてもリィンフォース・ツヴァイも生温かな目で見ている中、一人サガミは出張でミッドチルダを離れているフェイトに謝罪する。
(不安すぎる……バレた時はフェイトからの怒りザンバーを甘んじて受けよう)
不貞を働くつもりは一切ないのだが……それはあくまで当事者の意識でしかなく。他人から見てグレーならばグレー。そして、そんな不埒な行為は彼の住んでいた世界では断罪対象に他ならなかった。
不安だ……。
サガミの中にあるのは、フェイトからどう言うふうに処断されるのか。ただただそれだけであった。