その日めずらしく非番であったなのはは、朝のジョギングから帰ってきたヴィヴィオと、起きてきたサガミと朝食を終えたところだった。
今日はどうする?クラナガンのショッピングモールでもいく?と昨日の挙動不審さが嘘のように天真爛漫な笑顔のまま提案していると、呼び鈴がリビングに鳴り響いた。
まかせて!とリビングから玄関に向かったヴィヴィオが、親しげに尋ねてきた相手と話をしているのが聞こえて、なのはもリビングから玄関に足を向けた。
「あれ、アインハルトちゃん?」
「おはようございます、なのはさん」
尋ねてきたのはヴィヴィオの友人であり、同じくストライクアーツを研鑽している少女、アインハルト・ストラトスであった。はて、今日は確かにヴィヴィオは練習のためにジムに行く予定なのだが……。
「どうしたの?こんな時間に……あ、ヴィヴィオを迎えにきたの?」
「それもあるのですが……本当の目的はヴィヴィオさんから聞いた話を確かめたくて」
そう言ってアインハルトはなのはやヴィヴィオとは違う方へ視線を向ける。なのはたちも釣られて視線を向けると、そこには何事かとリビングから廊下を覗いていたサガミが立っていた。
「貴方が、サガミ・バルディオさんですか?」
「あぁ、そうだが……えっと、はじめましてだよな?」
「初めまして。アインハルト・ストラトスと言います。さっそくですが、バルディオさん。貴方の使う剣技……それが飛燕式剣術であることは間違いないのですか?」
アインハルトの口から出た言葉に、ヴィヴィオは首を傾げ、なのはの表情は少し硬くなった。思わずサガミの方へ視線を向けるが、彼は特に表情に変化はなく……ただ、アインハルトに対しては初対面らしい遠慮したような気配を無くしているように感じた。
「あぁ、間違いない」
頷いて答えるサガミに、「そうですか」と何か思うことがあるかのように目を伏せたアインハルトは、意を決してサガミに頭を下げてお願いをする。
「会って欲しい人がいるのです。飛燕式剣術……正統派の後継者である人に」
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ナカジマジム。クラナガン郊外にあるそのジムは、なのはの教え子であるスバル・ナカジマの義妹であるノーヴェ・ナカジマが立ち上げたジムだ。
もともと、過去の事件から関わりがあったノーヴェが、個人的にヴィヴィオに指導をつけていたのだが、いつしかヴィヴィオのクラスメイトであるコロナとリオもトレーニングに加わり、更にノーヴェが見つけてきた覇王流の伝承者アインハルトが加わり、『チームナカジマ』が爆誕。
選手たちが頭角を現すにつれ、ノーヴェは指導者を専業とすることを決め、件のジムを設立するに至ったわけだ。
ジム設立から経営も軌道に乗り、新たな選手たちの入門、外部からスパーリングにやってくる選手たちも加わり、より本格的なストライクアーツの修練ができる場としてミッドチルダでも人気のジムとして頭角を表しつつある。
「はじめまして。ナカジマジム代表のノーヴェ・ナカジマです。……すいません、ウチのが無理を言ってしまい……」
アインハルトに懇願されて、色々と準備をしてきたわけだが、肝心の相手の了承を取ってないことにぶったまげたノーヴェだったが、挨拶をしたサガミ・バルディオなる人物の寛容さに救われることになった。
「では、今からお願いしてきます!」と意気揚々と出ていき、連れてきました!とドヤ顔で帰ってきたアインハルトは、ノーヴェに落とされたゲンコツによってできたタンコブを乗せつつも、ジムの奥でせっせと何かの準備を進めている。
「構いませんよ。こちらも気になることがありましたので」
なのはと一緒にきたサガミの服装は動きやすいもので、その手には長年使い古された練習用の木刀があった。必要になるとアインハルトに言われ、サガミはすぐにそれに応じた。
「やはり……ですか?」
「話には聞いていましたが……まさか正統後継者がいるとは予想外でしたよ」
内心、複雑な思いを顔に出すノーヴェにそう答えるサガミ。すると、準備を終えたアインハルトがサガミを呼びにくる。挨拶をそこそこにして彼女について行った先にあるのは、ロープの張られたリングだった。
リング中央には、サガミと同じ訓練用の木刀を前に置き、正座をし、目を閉じて黙想している少女がいた。
「レオさん。来られました」
友人であるアインハルトの声に、ゆっくりと目を開け、置いていた木刀を手に取り緩やかな所作で立ち上がった少女は、サガミに向け、軽く頭を下げる。
「改めてご挨拶させていただきます。飛燕式剣術、正統派の後継者……レオ・アーウィンです」
「サガミ・バルディオだ」
そのただならぬ気配を、なのはやヴィヴィオたちも感じ取っていて、サガミは木刀を包む袋を縛る紐を解き、木刀を抜く。
トンっと小さな音を立て、リングの四方に張られたロープを軽く飛び越えるサガミを見て、レオ・アーウィンは小さな笑みを浮かべた。
「なるほど……思った通りです」
そんなやりとりを、なのはとヴィヴィオのいる反対側のコーナーに移動するアインハルト。そこでリングを見ていた「弟子」が話しかけてきた。
「ハルさん、飛燕式剣術ってなんです?」
フーカ・レヴェントン。縁あってナカジマジムで働く彼女は、アインハルトが有する「覇王流」の教えを受けていて、現在目下修行中の身であった。
そんな弟子の問いに、アインハルトは少し考えを整理してから答えた。
「飛燕式剣術……その生まれは古代ベルカまで遡ります」
この剣技の発祥は、古代ベルカのシュトゥラ。
覇王イングヴァルト……彼が扱う「覇王流」と対を成す剣術として生み出され、ベルカ戦役ではシュトゥラに仕える騎士たちの剣術基礎教練にも取り入れられた。
攻撃特化であった覇王流に対抗するため、飛燕式剣術は防御とカウンター技を基盤として発展したものであり、防御後、すぐさま反撃に転ずる「防即斬」と、敵の初撃の前に攻撃を差し込む「初手潰し」が特徴となっている剣技だ。
その飛燕式剣術には大きく分けて二つの流派が存在している。
ミッドチルダや管理世界に伝わる「正統派」は、初代担い手であったアストラ・ノートの妻、ジュリア・ノートの手で後世に受け継がれたもの。
そして、管理外世界で独自に発展した「騎士剣術派」は、シュトゥラ騎士団の副団長であり、同盟関係であったアスレニア騎士団と共に戦ったイオニア・ハイデルヴァインから脈々と受け継がれたものとなっている。
正統派と騎士剣術派について、基本的な型は同じであるが、その進歩はそれぞれ全く異なっている。
正統派は基礎を踏襲しつつ、戦乱期を乗り越え、平和となった世の中で「不殺」、「活人剣」として格闘スポーツという面でも独自の進歩を遂げ、その結果、剣技のみならず短刀や薙刀、格闘術といった分野も開花させていき、アームドデバイスを扱う魔導師たちの格闘技にも大きな影響を与えた。
一方で、戦乱後の混迷と治安が不安定な外世界で発展した騎士剣術派は、徹底した実戦形式、まさに殺人剣術であり、防即殺という理念のもと、戦場剣技として発展を続けるに至っている。
「不躾な申し出を受けていただき、ありがとうございます」
そう言って一礼したレオ・アーウィンは、飛燕式剣術の祖「アストラ・ノート」の血を引く子孫であり、正統派の後継者として研鑽を続ける剣士。
対するサガミ・バルディオは亡国の守護騎士として名を馳せた「イオニア・ハイデルヴァイン」の血を引く子孫であり、騎士剣術の使い手として圧倒的な実力を誇っている。
「あー、そんなに畏まらなくていい。若いんだからもっと楽にしていいぞ?」
「武を学ぶ者として、礼節は大切ですから」
今回の申し出は、アインハルトから「騎士剣術を使う魔導師」の話を聞いたレオから、どうしてもと懇願されて実現したことだった。
覇王の記憶を持つアインハルト。飛燕式剣術、シュトゥラ騎士団、そしてレオとサガミ。浅からぬ因縁がある彼女は、レオの願いを聞き入れたアインハルトは、二人の間に立った。
「僭越ながら私、アインハルト・ストラトスがこの戦いの見届け人となります。両者、前へ」
アインハルトの言葉に従い、レオとサガミがリング中央へと歩む。その様子をリングの外からなのはやヴィヴィオ、チームメイトたちが固唾を飲んで見守っている。シン、と静まり返る中、アインハルトはそれぞれの目を見る。
「この戦いのルールはひとつ。どちらかが負けを認める。それでよろしいですね?」
頷き、そして剣を構える。飛燕式剣術の特徴である体の一部に刀身を寄り添いさせるような構え。奇しくもそれは、まるで鏡合わせのように見えた。
「では……はじめっ!」