デイリー告白   作:ぱらのいあ扇風機

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 すたすた、と周は気だるそうに、廊下を歩いていた。そしてその一歩後ろを、優衣が怪訝な顔でついていっている。

 

「先輩先輩。秘密基地ってなんですか?」

「物理準備室。別に秘密基地ではないんだけど、俺の友達がそう呼び始めて、なんか定着したんだよな」

「へぇ……」

「で、仮にも特別教室だから近いし……まぁ時間的にもイケるかなと」

「なるほど?」

 

 音楽室や美術室、物理準備室などの特別教室の類は、全学年からのアクセスをよくするために中間ポイントに位置している。

 校舎がアルファベットのEのような形をしていて、Eの縦線に相当する校舎が特別教室のあるエリア、横線がそれぞれ1年2年3年のエリアだ。

 昼休みは一番長い休み時間だが、昼食を終えた今、残り時間は多いとは言えない。

 

「何組かは知らないけど、まぁここからなら1年の教室もそんな遠くはないだろ」

「1年4組です!」

「へえ」

「先輩も4組ですよね!」

「まぁ」

「ふふん」

「よかったな」

「はい!」

 

 ニコニコとした後輩と軽く言葉を交わしながら、職員室を経由して鍵を借り、そのままの流れで物理準備室へ到着した。

 

「着いたぞ」

「秘密基地なのに鍵とか結構ちゃんとしてるんですね……?」

「秘密じゃない基地を略して“秘密基地”なんだよ実は。……自分で言ってて恥ずかしくなってきたな……」

「え、そんなことないですよ! ロマンありますよね!」

 

 鍵をまわして、ガラガラと戸を開ける。

 そこは、雑多で窮屈で自由な部屋だった。壁際には不要な本を詰め込んだ本棚が鎮座しており、その隣には埃をかぶった人体模型がある。他にも古びた段ボールが積まれていて、印象としては‟物置部屋”というのが相応しいだろうか。

 けれど、部屋の中心に寄せられた机の上にはトランプが置いてあり、この部屋が自由気ままに使われていることが見て取れる。

 

「物理準備室って授業で使わないんだよ。だからこんなことになってる」

「あ、なるほど」

「それに、ここなら誰も入ってこないし」

「えっ」

「?」

「いえなんでも……」

 

 途端にしおらしくなった優衣に怪訝な顔をしつつ、「まぁ座れよ」と、彼は席に着く。

 狭苦しいと言って差し支えない部屋で、向き合うように並べられた、学校の机。他に座る場所もないので、向き合うように二人は腰掛ける。

 

「…………」

「…………」

 

 今朝出会ってから、彼らが腰を据えて話すのは初めてだった。

 改めて後輩の顔を、まじまじと眺める。

 やはりまず目につくのは、栗色の髪。綺麗なストレートヘアで、よく見ると桜モチーフのヘアピンをつけている。

 頬は恥ずかしげに色づいていて、視線はちらちらと彼の顔を見たり、内装を見たりと(せわ)しない。

 

「正直ここに来たのに特に理由ないんだが、悪いな、付き合わせて」

「あ、いえ。こちらこそ」

「……まぁ、せっかくだから聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「はい」

 

 なんと言ったものかな、と思考をまとめる。

 

「一応なんだが、そもそも今朝の『付き合ってください』ってのどういう意味だ?」

「え?」

「……なんかあるだろ。実は『職員室まで付き合ってほしい』みたいな変な勘違いみたいの」

「あぁ、ありますよねそんな感じの漫画。でも普通にラブの意味合いですよ。……だ、男女のお付き合い的な?」

 

 改めて口にすると恥ずかしい、と照れる優衣を見て、彼は天井を仰ぐ。

 今朝のことから時間が経って、もしかすると変な勘違いの可能性はあったんじゃないか、と彼は考えていたのだが、それがいま明確に否定された。

 

「はっ。もしかして職員室までの案内を断られただけで、私はまだ振られてないってことですか?!」

「なんで──、あ? そうなるのか? いや、普通にどちらにしても無理だ! 断る!」

「新入生が職員室まで案内してほしいって言っても断るんですか……?」

「……校内マップでも見ればいいだろ」

「そんなのあるんですか?」

「下駄箱とかあるほうじゃなくて、職員用の入り口わかるか? そっちのほうにデカデカと掲示されてるよ」

「職員用の入り口……?」

「まぁ俺ら使わないからな……」

「ちょっとピンとこない……ですね……」

 

 職員用の入り口とは言っても、要は先生や来客用の玄関というだけなので、生徒用のそれと特別離れているわけではない。学内で少し過ごしていれば、すぐに気づくようなことだろう。

 けれど今は4月の初旬で、咲間優衣は今年入学の新入生だ。

 少女は、明後日の方向を眺めつつ、首をひねっている。そして何かに気付いた様子で、ハッ、としていた。

 

「! 先輩、今後その校内マップまで案内してくれませんか?」

「なんでだよ。話聞いてたか?」

「ふふん。先輩は校内マップでも見ればいいだろって理由で断ってきましたけど、でも私はその場所がわかりません。これはもう、断る理由がないんじゃないですか?」

「どや顔うぜぇ……」

「うざくないです」

「いやまぁ100歩譲って案内してもいいけど、お前の通したい要求それでいいのか?」

「なるほど……。じゃあ付き合ってください」

「断る」

「今のOKしてくれる流れだったんじゃないんですか?」

「そんな流れ一度も来てないだろ……!」

 

 周は、盛大に大きなため息を吐く。

 告白と、その拒絶。

 明確な対応をしているつもりではあったが、いかんせん積極的な後輩のペースに呑まれている気がしてならない。

 自分の世界で相手を呑み込んでいる当の本人は、何が楽しいのかニッコニコである。

 毎秒ごとに表情がコロコロと変わるその様に、周は感心すらしてしまう。

 

「お前くらい可愛かったら、どんな男でもイチコロだろ。なんでわざわざ俺なんだ? 意地かなんかか?」

「……可愛い。私、可愛いですか……?」

「いや照れるな! そこじゃない」

 

 えー、と文句を言いながら、優衣は疑問符を浮かべる。

 

「……そもそも意地ってなんですか?」

「いやほら、冴えない男に振られたのが気に入らなくて成功してから自分から振るみたいな」

「先輩の中の私性格悪すぎじゃないですか?」

「……いや、まぁ。それくらいしか初対面の相手に熱をあげる理由を思いつかないんだ。気を悪くしたなら謝る」

 

 つっけんどんに言うと、優衣は目を瞬いて、可笑しそうに笑う。ひとしきり笑った後、「まぁ確かに、そう思っても仕方ないですよね」と、柔らかく微笑む。

 子どものようにコロコロと笑うのとはまた別の、落ち着いた笑み。

 それはまるで、春を象徴する優しい桜のような。

 清廉で、可憐で、暖かい。そんな表情を浮かべて、笑っていた。

 

 

「会ったその日に人を好きになるのって、おかしいと思います?」

 

 

 おかしいだろ、と周は思う。

 けれど言葉をつむぐ少女の顔が、あまりにも幸せそうだったから、何も言えなくて。

 

「私は別におかしなことじゃないと思います。会ったその日に貴方を好きになって、それがどうしても忘れられない。私の恋は勘違いじゃないし、それ以外の変な理由で告白してるわけじゃないですよ。……それだけはわかってほしい、かなぁ……なんて。えへへ」

「……オーケー。……わかった。悪かった。謝る。……そこは謝る。すまん」

 

 机にゴン! と額をぶつけながら、彼は謝罪する。

 友人とも話していたばかりだったのに、わかっていなかった。告白を疑うのは、相手に失礼だと。

 

「いや我ながらだいぶその。なんていうか、かなりご迷惑かけてるのはわかってるので……。あのすいません頭上げてください!」

「……」

「わー、額赤くなってる……」

「……物好きだな、お前」

「お前じゃないです。咲間です」

「じゃあサクマ。……って、そういやどういう字書くんだ。LINEに名前載ってるとかどうの今朝言ってたけど、全部ひらがなだろ」

「あ、じゃあ今送ります」

 

 咲間優衣。

 改めて、その名前が送られてくる。

 

「……咲間優衣(さくまゆい)

 

 たかが名前。されど名前。相手を認識するための記号。

 それを、ようやく周は認識した。

 

「はい! なんでしょう!」

「いや別になんでもない」

「! 呼んでみただけ……ってやつですか?!」

「まじでうるせぇな……」

「え~……」

 

 と、そんなやり取りをしていると、チャイムが鳴った。

 予鈴。もうすぐ授業が始まるから、自分のクラスに戻れと。

 

「……とりあえず、話はここまでだな。ていうかお前。……咲間、別にいいっちゃいいが、俺のことよりまずクラスと溶け込むとかそっちのほう優先しろよ」

「あ、そこ心配してくれてるんですね。大丈夫ですよ。友達ならもう一人できました!」

「そりゃめでたい。素っ気なくして嫌われないようにしろよ」

 

 とりあえず鍵閉めるからさっさと出ろ、と指示すると、渋々といった様子で優衣は立ち上がる。

 

「あの」

「なんだ」

「……また会いに来ます、ね?」

「『来てもいいですか?』じゃないんだな……」

「そう聞いたらダメって言われる気がしたので……」

「その聞き方大差なくないか?」

 

 話しながら、二人で廊下まで出る。

 優衣は「確かに……」と神妙な顔で悩んで、よし、と気合を入れる。

 

 

「じゃあ、また明日会いに来ますね!」

 

 

 そして笑顔でそう言い捨てて、廊下をぴゅーっと去って行く。

 その後姿を見つめて、彼は、「いいとは言ってねえよ……」とひとりごちて、ため息を吐く。

 

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