銀世界の記憶は、いつまで経っても色褪せることがない 作:ぱらのいあ扇風機
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左腕骨折、全治4週間。
あの後、少女と共に病院に行った際の、彼の診断結果はそのようなものであった。
やはり木から落ちるのは元より、人ひとりぶんの体重というのは相当なもので、怪我を負っていたのだった。
最悪の場合、頭部を強打して死亡──、ということも考えられた状況であったため、むしろこの程度で済んで良かったと言うべきなのだろう。
けれど彼の場合、片腕が使えないというのは、誇張抜きで死活問題であった。
それが何故なのか、というと。
ちなみに年齢は18歳の職業フリーターで、まともに保険も入っていないため、アルバイトができないと生活費が出せない。
端的に言って、人生が軽く詰んでしまっていた。
「──というわけで月ノ瀬さん。何がほしいですか?」
けれど捨てる神あれば拾う神ありと言うべきか、不幸中の幸いと言うべきか。
青嵐に手を差し伸べる存在が現れた。
それが一緒に木登りをして一緒に怪我をした少女──、
「一応聞くが、それ『一軒家』とか俺が言ったらどうするんだ?」
「善処しますよ!」
「えぇ……」
きれいな笑みを浮かべて言い切った六花に、彼は頬を引きつらせる。
「私、これでもお金持ちのお嬢様なので! 大抵の、お金で解決できることは何とかできると思います! ……と、いうか。本来は治療費や当面の生活費に含めて、相応の慰謝料や、あるいは謝礼金をお渡ししたいところなんですけど」
「治療費とかはマジ助かったけど、そもそも別に俺はアンタが悪いとか思ってないんだよな……。だからまあ、それ以上のことは正直いらないんだが」
「私は私が悪いと思ってますし、払うものを払わないと立つ瀬がないので平行線ですね! ……というかまぁ、そのあたりの折り合いをつけるために今日来ていただいたわけですし」
木登り少女落下事件から早二日。
昨日一昨日は病院だのなんだのという所要があり、ようやく自由になれたのが今日というわけだった。
だから、色々あったとはいえ、彼らは初対面に等しい。
けれど一緒に木登りをした仲だからか、あるいは六花が明るい笑顔を浮かべるタイプであるからか、比較的言葉のキャッチボールは軽快であった。
「だからってここじゃなくたってよかっただろ……」
「だからお伺いするって言ったじゃないですか〜」
「それもちょっとな……」
彼らが今いるのは、小洒落たカフェだった。店内は何もかも上品で、そうでないのは青嵐くらいのものだろう。
木登りをして落っこちるようなお転婆少女も、今日は非常に品が良い。
夜空のような黒髪は、非常に艶やかで、枝毛ひとつ見当たらない。
それに月のような琥珀瞳もまた美しい。
六花を着飾る衣類も、先日のカジュアルなパーカー姿からは想像もできないほどしっかりとしていた。
上品なブラウスに、ハイウェストスカート。かけてあるコートもしっかりとしたシルエットで、くたびれた安物のコートしか着ていない彼からすると、なんだか気後れをしてしまうものがあった。
「まあ、なんにせよ足怪我してる奴に外出させるの罪悪感あるんだよ。電話とかで良かったろ」
「そこまで気を遣っていただかなくても、私の怪我は大したことないですよ」
「つって、治るのは遅くなると思うけどな」
「近所ですし、ここまでは車ですし、帰りも車ですし。固定具は付けていますし、そもそも軽傷ですし。……ほら、固定といってもこんな程度ですよ?」
六花は、スカートをたくしあげて、足元を見せてくる。
そこには簡単な固定具があり、少女の足首が動かないようになっている。
およそ、全治2週間。
骨折よりは軽傷だが、六花もまた怪我を負っていた。
「やめろやめろ。恥じらいを持て!」
「タイツ穿いてますけど」
「そういう問題じゃないだろ……。会って数日の男によくそういうことができるなって話をしてんだよ」
「タイツ穿いてますけど……」
「タイツへの信頼すごいな」
お金持ちのお嬢様は、タイツへ全幅の信頼を置いているようだった。
一般論からしても、そこに年頃の少女の脚を感じることができるなら邪な感情を抱くものだと彼は思う。
なんなら、タイツがあったほうが好ましいと思う人種もいるだろう。
そういったことへの理解が薄いのか、と青嵐は首をかしげる。
「私も薄手のタイツだと恥ずかしいですけど、これ110デニールですからね! 安心のぶ厚さですよ」
「見解の相違を感じる」
「男の人にはわからないかもしれませんね」
「それはそうかもしれんが……いやそういう問題か?」
ころころと笑う六花を、青嵐はジトっと見つめる。
何をどう考えても彼女は変人であるし、額面通り受け取るのは少し憚られた。
「もしかして月ノ瀬さんは薄手のタイツのほうがお好きですか?」
「それなんて回答しても俺の世間体にダメージが入らないか?」
「月ノ瀬さんに守るべき世間体とかあったんですか?」
「急に攻撃力強くなったな」
「……あは。ごめんなさい、つい」
「いやまぁ別にいいけど」
こほん、と小さく咳払いする六花に、青嵐は関心を抱いていた。
薄々思ってはいたが、やはりちょっと素っ気ないというか、塩対応というか、少し冷たい。
笑顔の朗らかさと、ほのかに冷たい言動。そのギャップ。そのあたりが面白いな、と彼は思う。
「それで、結局どうしましょうか」
「ていうか素朴な疑問なんだが、今ここで俺らが話すことに何か意味あるのか? 例えば俺がなんかほしいって言ったとして、叶えてくれるのはアンタの親御さんなんじゃないのか?」
「確かに私のような小娘と話す価値がないというのはわかりますが」
「そこまで言ってないだろ……」
「私、これでも自分で資産運用しているので、月ノ瀬さんにお支払いしているお金のすべては私のポケットマネーから出てます」
「……へー」
「もっと敬ってもいいんですよ!」
「いや現実味がなくてさ……」
六花は、彼よりも年下の女の子だ。
大人びた外見はしているものの、積み重ねた月日というのは有限で、そしてそう多くの時間が割かれたわけではないだろう。
その限られた中で確かな実績を残しているというのは、彼にとって想像の枠を越えるもので、あまり現実感がない。
「じゃあなおさらお金とか受け取れるわけなくない?」
「……なんでですか?」
「年下の女の子にそういうことされるのは流石にちょっと……」
六花は、きょとんとした顔で目を瞬く。
「じゃあ例えば、月ノ瀬さんは、バイト先に年下の先輩がいたとして、その人が“下”だと思うんですか?」
「いやそんなことはないけど。そもそもアンタはそうじゃないじゃん」
「そうですかね……?」
小首を傾げて、少女は考え込む。
そして一拍の後、ぽん、と両手を合わせて微笑む。
「私、いいことを思いつきました」
指が、ピンと一本立てられる。
「つまり、私が雇用主になれば万事解決じゃないですか?」
「え?」
少女は、まるで花咲くような華やかな笑みを浮かべる。
あんまりにも綺麗で、見惚れるような華やかさ。
「月ノ瀬さん、うちで働きませんか? お給料は弾みますよ!」