銀世界の記憶は、いつまで経っても色褪せることがない 作:ぱらのいあ扇風機
「月ノ瀬さん、うちで働きませんか? お給料は弾みますよ!」
そしてそのまま、素っ頓狂な提案をしてくるものだから、彼は言葉を失う他なかった。
「……あれ、聞いてますか?」
「いや、聞いてるけど……なんでそうなった?」
「月ノ瀬さんは必要以上のものは受け取りたくない。私は相応なものを払いたい。両方の要求を満たすものが雇用関係では?」
「そうはならんだろと思うが。……まあそういう考え方もあるのか……?」
「『とあるお金持ちと縁があって、お給料の良いバイトに就くことができた』って全然おかしくないと思うんですよね。で、ちなみに我が家には仕事が山ほどあって、実は人手がほしいなとも思っていたんですよ! win-winですね!」
「へえ……」
嘘みたいにウマい話だな、と彼は思った。
「3点ほど聞きたいことができたんだが」
「はい。なんでしょう」
青嵐は、これまでの経緯を頭の中でリフレインする。
まず青嵐と少女は一緒に怪我をした。青嵐は自分からぶつかりに行ったようなものだと思っているからお礼を言われるようなことだとは思っていなくて、逆に少女はそうではないと言っている。
治療費にすら困っている青嵐に少女はお金をくれるという。
しかも割といいバイト先(少女の家)も紹介してくれる。それも、出逢って数日の彼に対してだ。
「まず一つ、腕折れてるけど、仮に働くとして仕事って何するんだ?」
「そうですね……。まあ、とりあえず無理しない程度の雑務とか? 物の仕分けとか、そういうのも山ほどあるので」
「ほー」
「あとは私とのおしゃべりですかね」
「……お喋り?」
「はい、おしゃべりです!」
「話してるだけで給料が発生する?」
「……あは。そういうことです」
「…………まあいいや。二つ目の質問いいか?」
「どうぞ」
なんとなく香ばしいような。
可愛い笑顔が胡散臭さを纏っているような。
そんな気がして、彼は顔を顰めつつ、問いを続ける。
「給料は? 即物的で申し訳ないんだが、やっぱり働くっていうなら金は欲しくてさ」
「そうですね……決まった給料があるわけじゃないんですけど。……うーん……時給……日給……。日給で、2万円とか?」
「2万……」
「あ、不満があるなら応相談──」
「いやないないない」
「そうですか。では日給2万円で」
2万×20日=40万!!!!
月に何日の勤務があるのかはわからないが、おそろしい数字だと彼は冷や汗を流す。
もちろん、目の前の少女の言うことをそのまま鵜呑みにするわけではないが──いやしかし、先程『自分で資産を増やしている』のようなことを言っていたし、確かな支払い能力はあるのかもしれなかった。
「……じゃあ、最後の質問」
「はい」
「マジで失礼かもしれないけど」
「どうぞ」
「おいしい話には裏があるって言うじゃん」
「言いますね」
「ぶっちゃけ何か裏とかあるのか?」
「ありますね」
「あるんだ……」
「はい」
それを不審に思っての発言だったのだが、まさか本当に馬鹿正直に回答されるとは思わず、青嵐は脱力する。
「別に詐欺のつもりはないですし、損をさせるつもりもないですけど、真意は別にあるというのが正直なところです」
「真意……?」
六花は笑う。
無邪気に、可憐に。まるで作り物のようにきれいな笑みを浮かべる。
「私の言うことを何でも聞いてくれる。都合のいい人がほしかったの」
それは笑顔から発せられた言葉で、軽い調子で発せられた言葉だった。
けれどその言葉に篭った温度はとても冷たく。まるで氷のように突き刺すような痛みを彼に与えた。
思わず、青嵐は目を見張る。
「──と、いうのが真意です。こういう明け透けなことを言うと大抵嫌な顔をされるので、一応私なりに気を遣ったつもりですが。ついでに言うと治療費とかも、傷害罪とかで訴えられる可能性があるなら最初からお詫びする姿勢を見せておいたほうがいいかなというのが本音ですが。結果論として損はしていないわけですし、まぁいいかなと」
「自分で落っこちといてふてぶてしいなコイツ……」
「真意を聞かれて嘘を吐くのも変じゃないですか」
「ふうん……」
真意を聞かれて真意を答える人は、一体どれだけいるだろう。
きっとあまりいないだろうし、それが親密な相手ではないなら尚更そうだろう。
「まぁサパッとしてるほうが、報酬受け取るのもやりやすそうだし。そっちにも得があるって言うなら、よくわからんけど納得はできる気がするな」
「つまり?」
「やるよ。てかそもそも俺に選択肢とか言うほどないしな。働かせてもらえるならそれだけでめちゃくちゃありがたい」
「……あは。じゃあ契約成立ですね」
月の瞳が、柔らかく細められる。
どこか吸い寄せられるような引力を持つ、不思議なまなざし。
そこには息を呑むような魅力があって。彼は、初めて少女の瞳を直視したときのことを思い出していた。
「……そういえば」
「?」
「初めて会ったときも『猫被ってる』みたいなこと言ってた気がするけど」
「はい」
「どっちかって言うと、そっちが素?」
彼の目から見て、少女は妙にテンションが高いときと、シンと冷たいときがあるような気がした。
花のような可憐な笑みと。
氷のような冷たい言葉と。
どちらが本質なのか、まるで霞のように、掴み切れないものがあった。
「そうですね。一応こっちが素だとは思いますけど」
「ふうん……へぇ……」
「言いたいことがあるならどうぞ」
六花の声は、淡々としていて、表情も先ほどとは打って変わって無機質で。
それがなんとも、彼にとっては──、
「いいな」
変にとり繕われた同情なんかよりも、好ましかった。
「そういうの、いいな。そっちのほうが好きだわ」
「……あは。それはなによりです」
「今後も付き合いがあるんだろ? できれば素のほうで頼む」
「……男の人は愛想のいいほうが好きかと思ってましたけど」
「そりゃまぁそうだろうけど。それとこれとは別じゃないか?」
「そういうものですかね」
唇に指を当て、少女は考え込む。
そして彼は、なんか変な流れになってきたな、と嘆息を吐く。
まさかこんな話をすることになるとは思わなかった、と。
「初対面ならともかく、だいたいはそうだろ──って、あ。雇用主? になるんなら敬語とかのほうがいいのか」
「特に気にしないので、話しやすいほうで構いません。……それに、堅苦しい話がしたいわけでもないですし」
「そうなのか」
「そうなんですよ」
六花は、紅茶で唇を湿らせて、なんでもないように淡々と告げる。
「私、恋がしたいんです」
不思議な文脈の話に、青嵐は目を瞬く。
「だから男性の価値観とかが知りたくて、そういう話を、堅苦しい口調でやり取りするのもおかしいでしょう。……あぁ、『おしゃべり』というのはそういうものを含んでいるんですけど」
「ツッコミどころしかなくて困るが、めちゃくちゃ人選ミスだな!」
「月ノ瀬さんが恋愛上手でも恋愛下手でも別に構いませんけど」
「いやそういうことじゃなくて……」
青嵐は呻いて、直後にまあいいか、とかぶりを振る。
この少女に普通の論理で話しても仕方がない気がした。
「……恋愛か」
「別に私に恋してくれてもいいんですよ? 私、“きれい”でしょう?」
「からかってんのか? あのときのは気が動転しててだな……」
月のような琥珀瞳。
氷のような冷笑。
それらを携えた少女は、確かにきれいだと思うが、それとこれとは話が別だった。
「なにはともあれ、これからよろしくお願いしますね。使用人さん」
「……どうも。よろしく」
この出逢いが、会話が、すべてがまるで嘘のようで。
つまり結局なにしたらいいんだ? と内心首を捻りながら、彼は主従関係を承諾した。