機動戦士ガンダムSEED DESTINY~自由の福音~ 作:那珂之川
アスラン・ザラの経歴を見れば、大戦中の輝かしい戦績を持つ。
軍関係で言えば、最終経歴が最高評議会直属特務隊のエースパイロット。国民的アイドル、ラクス・クラインの婚約者であったという事実。だが、今の彼はそう言った輝かしい功績を全て投げ打ってカガリ・ユラ・アスハの私設護衛となっている。
当然、事情を知らない人間からすれば『何故?』とか『意味が分からない』などと吐き捨てられても仕方がない。
「……そんなものじゃない。俺はアレックスだよ」
「だからもう、モビルスーツにも乗らないと?」
ここに関しては若干暴論じみている。
確かに、空いている機体は一つ存在していた。だからと言ってホイホイと機体を貸せるほど軍の規律は甘くない。それが例え15歳で成人として認められるプラントであったとしても。それに対してアスランの今の身分はオーブの人間。いくら盟友でも弁えるべき分別というものを遵守しているという意味ではアスランに分がある。
明らかに不毛すぎる遣り取りを終わらせたのは、シンが投げやり気味に放った一言だった。
「もういいだろ、ルナ。オーブなんかにいる奴に―――何も分かっていないんだから」
シンはレクリエーションルームに入らず、そのまま背を向ける。レイがシンを呼びかけるも無視した。レイは一応艦を守ってくれた恩義に対する敬礼をした後でその場を去った。そして、ルナマリアはアスランの前に立つと、その場で敬礼をした。
「一応艦を救ってくれたことに関して、お礼を申し上げます。ありがとうございました」
最後まで挑発的な口調を崩すことなく振り返り、レクリエーションルームを後にしていくルナマリアとそれを追いかけていくメイリン。それを見届けた後でナイルは改めてレクリエーションルームの中に入ると、ドリンクのパックを二つ取り出して一つをアスランに差し出した。
アスランはその気遣いを受け取るように受け取り、ナイルはそのままベンチの隣に座った。
「すまないな、アスラン。彼らに悪気はないんだ。あいつらからすれば、お前は憧れとも言えるエースパイロットの一人なんだから」
「……ああ、それは分かってる。しかし、あの時お前が言っていた『選んだ道』とは、このことだったんだな」
あの時のアスランは、自分のことで精一杯だった。殺したと思っていた幼馴染の生存と、その彼に当時最新鋭の機体を与えた元婚約者。彼らが何故そんなことをしたのかという思いで、ナイルに対する気遣いが出来ていなかった。
そして月日が経ち、自分や自分の友人……とりわけ先の大戦で戦死した二コル・アマルフィと非常に仲が良かった彼がモビルスーツのパイロットとしてザフトにいるという現実にアスランは直面することとなった。
「あの状態のお前にどうこう言っても、どうせロクに覚えていないだろうと思ったが……そこはちゃんと覚えていたんだな」
「悪かったな。俺だって辛かったんだから」
「―――知ってるさ」
こういう時ばかりは、自身の直感の鋭さを恨めしく思ったりしてしまう、とナイルはそう感じつつもドリンクを口にした。
先の大戦では戦を嫌った。ただひたすらに戦争が終わることを願い、時には新型機の開発・設計協力を担ったこともあった。それで何が変わったのかと言えば、結局何も変わっていなかった。
ナイルとて、自分一人の力で全て終わらせられると思っているわけではない。人間一人の力でどうにか出来る世界ならば、この世界で最初のコーディネイターであるジョージ・グレンがとうに終わらせている。
そうなっていないということは、いくらコーディネイターであっても人間の領域を超えることは出来ない、ということに他ならない。
ドリンクを飲み干すと、ナイルは静かに立ち上がった。
「それで、アスランはどうするんだ? このままアレックスとして非力な自分で居続けるか、それとも……この先は他でもないアスラン自身が決めることだから、俺はこれ以上言わないよ」
パックをダストシュートに放り込んで、ナイルは右手を振って先にレクリエーションルームを後にした。彼が先に出た理由はルームの壁に張り付く感じで盗み聞きしていた人物を咎める為だった。
「―――で、人の会話を盗み聞きするとはいい度胸だな。メイリン」
「ギクッ。な、なんのことかな? 私は偶々戻ってきたところで」
「……過去にアカデミーでやってたハッキングのことを全てルナにばらすぞ」
「それだけはやめてください」
メイリンのハッキング技術は軍のセキュリティすら平気で突破しかねない実力を持つ。何故ナイルがそのことを知ったのかと言えば、以前買い物の約束をした時に連絡先を教え忘れていたことがあり、それをルナマリア経由で渡そうとしたところでメイリンからのメールが届いたのだ。
しかもアカデミーの男子寮で設定されているものではなく、プライベートアドレス宛だったことで、メイリンに教える可能性のある人物が一気に絞り込めた。その当該人物も知らなかったことで、三日三晩で参考書片手にハッキング技術を勉強し、逆探知したことでメイリンのハッキングの仕業だと判明した次第だ。
今にして思えば付焼き刃気味の所業なのに、良く判明させられたよなと内心で感じていた。
ここでは人の邪魔になると思ったため、メイリンをそのままナイルが宛がわれた部屋に連行した。嫌がるかと思えば寧ろ嬉々としている状況で、部屋に入ると真っ先にベッドへ腰掛けた。
「で、私はどんなことをされるのかな? そ、その、えっちなこととか?」
「[ミネルバ]がこんな状況でそんなことなんて出来るか」
「つ、つまり、この艦が無事ならやる気があったってこと!? えと、まだ心の準備が」
「やる前提で話を進めるな」
頬を赤く染めてもじもじする女の子らしい一面があるのかと思えば、小悪魔ムーブの如く変にからかったりすることもあって、ナイルは少し呆れ気味にメイリンの爆弾級発言を咎めた。
それに対するメイリンの反応はと言えば、些か不服そうな様子を見せていた。
「どうせお姉ちゃんよりスタイルは良くないですよーっだ」
「そこで拗ねる意味が分からん……で、だ。どうせ聞いてたんだろうから質問には答えてやる」
実際のところ、メイリンがルナマリアを追いかける素振りを見せた後にレクリエーションルームの入り口近くで此方を見ていたことは気付いていた。気配で感じていたのもそうだが、流石にツインテールの片方が見えている状態で偶然を装う方が無理だろう。
とはいえ、態々問うつもりもないし、下手にハッキングして調べられるよりは白状した方がいいと判断した。これにはメイリンもキョトンとした表情を見せていた。
「いいの? 結構突っ込んだ質問とかするけれど」
「答えられる範疇でなら答えてやる。前以て言っておくが、俺とアスランが出会ったのは5年前の話だ。そこからの付き合いになる」
放っておけばハッキングで調べかねないため、それならば情報を与える方がいいと判断。メイリンは少し考えた後、ナイルに問いかける。
「ナイルはその、アスランさんとはどういった感じで知り合ったの?」
「母親の紹介だな。いつどこで知り合ったとかは詳しく言わなかったが」
隣に引っ越してきた母子がいるということで様子を見に行ったところ、レイチェルと仲良く話す女性―――その人がアスランの母親であるレノア・ザラで、近くにいた気真面目そうな少年がアスランだった。
「ってことは、幼馴染みたいなものじゃない。エースパイロットを友人に持つなんて凄いことなのに、なんで教えてくれなかったの?」
「言えるわけないだろうが。うちの母親の件だけでも色眼鏡を通す奴らだっていたんだぞ? アスランのことなんて追い打ちを掛ける結果にしかならん」
自身の母親に匹敵する実力をアカデミーの時点で発揮した幼馴染。友人としては鼻が高いだろうが、面倒事が付随する可能性も十二分に存在する。アスランは無論のこと、イザークやディアッカのことだって言えないし、何故か奇跡的に生き残ったミゲル・アイマンやラスティ・マッケンジーも友人関係なんて決して明かせない。
バレてしまった時は明かすが、変に言いふらす気など無い。そこがせめてもの最低限度のラインだった。
「とりわけ、あのバカを調子に乗らせることとなる。面倒事は勘弁したかったしな」
「バカって?」
「―――アグネス・ギーベンラート」
「あー……」
あのステータス至上主義と言わんばかりの同期の存在。その名を出すだけでも嫌だと言わんばかりに顔を顰めたナイルに対し、それを見たメイリンの表情も疲れたような素振りを見せた。
何せ、互いにアグネスの被害を受けた意味では同じ立場にいる二人。寧ろ、あの人間相手に図太く付き合いを続けていたルナマリアの方が遥かに大人だろう、と思ってしまうほど。
普通なら人の彼氏を取ったことで修羅場になっても不思議ではないし、成人同士の揉め事として下手すれば裁判沙汰にもなってしまう。どうせ彼女の両親が揉み消したとみるのが妥当なラインだと思わせてしまうほどに、アグネスの所業は倫理や道徳を疑いかねないレベルの話なのだ。
尤も、当人は気にしていないのだが同性からのアグネスの評判はすこぶる悪い。同じジュール隊の隊員やシホですらも嫌悪感を示すほどだったぐらいだ。ちなみに、アグネスの配属先である月軌道艦隊にいる男性の先輩からのメールでは、彼女の実力は認めつつも素行の悪さについては呆れ返っているようだった。
「それと、何故アスランがオーブへ亡命してアレックス・ディノと名前を変えてしまったのかだが、結論から言えば『隠さざるを得なかった』というのが正しい。主に彼の父親の所業のせいで」
「彼の……あっ」
アスランだけで前大戦の功罪が完結するならば、彼は態々名を隠す選択など取らなかった。問題は戦争を主導していた立場のパトリック・ザラと親子関係にあったことで、アスランにも少なからず影響を及ぼしてしまったことだ。
当然アカデミーの座学ではプラントの歴史に関する部分も学ぶので、パトリック・ザラの名は誰しも聞き覚えのある名だ。そして、アカデミーの歴代優秀成績者としてアスラン・ザラの名も残っている以上、二人の名を知らないザフトの兵士など居ないに等しい。
名を知られているだけでなく、親子関係も公然の事実。パトリックがアスランに戦争を強要したのでは? と疑問を投げかける者もいれば、アスランの功績がパトリックの強硬路線を加速させたのでは? と非難混じりの問いかけをするものも出てくる。
犯罪の加害者のみならず、その家族にまで影響が波及するように、戦争という『国家公認の殺人』の功罪が内外へ波及するのは当然の帰結。しかも、パトリックとレノアが永久追放処分を受けておきながら、アスランに対しては表立った永久追放処分を言い渡されていない。無論、彼の功績を鑑みた結果という理由はあるのだろうが、それに対して納得できない人間は一定数存在するだろう。
「確かに、彼はザフトにおけるエースパイロットだった。それは純然たる事実だ。だが、彼はプラントを永久追放された両親の行方を捜した結果として、コーディネイターでも居住を許可しているオーブに身を寄せた。両親と会えたかどうかは分からんがな」
「……そういえば、ナイルはシンと同じオーブの出身なんだよね? ナイルはオーブに対して不満に思ったりすることはないの?」
「ないな。移住したのだって結局は母親の都合だしな」
オーブが地球連合の侵攻を受けて一時期占領下にあった際は、それこそ母が憤慨していたほどだ。色々手を回して地球連合の悪評をバラまきまくっていたようで、特にブルーコスモスへの批判は強烈なものへと化していた。
それほどまでにレイチェルはオーブという国を愛していたのだと感じていた。
ナイル自身、故郷に対する愛着はある。母親に連れられてモルゲンレーテ内を見学したこともあったし、当時は存命だったシンの両親にも会った。あの人たちにもう会えないというのは悲しかったが、だからと言ってオーブを憎むというのは違う気がした。
「もし、シンがアスハ代表等に暴言を吐いたときは俺が叱るつもりでいる。シン・アスカ個人で話すならばまだしも、今のアイツはザフトレッドの軍人であり、プラントでは一人の成人。一応事前に釘は差しておいたが、あの様子だとまた言いかねんからな」
「そこまでやってあげる義理は無いと思うんだけど?」
「―――頼まれたからな。当時は存命だったシンの両親に」
―――もし、あの子が人の道を外れるようなことをしたら、思いっ切り叱った上で諭してやってくれ
―――君なら、あの子の幼馴染としてきちんと正してくれると思うから
無論、将来死ぬことを想定してのものではなかったのだろう。恐らくはレイチェルの為人を理解しているからこその言葉でもあったと思う。だが、それは結果的にナイルのシンに対する行動原理として根付いていた。
今のシンには、悲しみを受け止められるだけの余裕がない。自分以外の家族を一瞬にして目の前で喪ったのだから、無理もない話だ。そして、シンは力を求めた……その先に起こるであろう事実と向き合う覚悟を持たぬまま、戦場に出てしまった。
もし、シンがナイルの大切な人を殺そうとするのならば、躊躇うことなく引き金を引く。だが、それは決して彼を殺す為ではない。結果として殺すことになった場合は、粛々と受け止める他ないだろうが。
そうならない道を選びたいと思うが、それが叶わなかった場合は殴ってでも止める。誰かを救おうとしたところで、それは誰かを見捨てることでもあるのだと理解しなければならない。残念なことに、今のシンにはそれが理解できていない。
偉ぶるつもりはないし、ナイル自身もそこまで高尚な人間でないことは理解している。だからこそ、誰かが泣いている状況を見過ごしたくない。
あの時、見てしまったキラ・ヤマトの涙を。
ラクス・クラインの決意を帯びた笑みを。
その思いを決して無駄にするようなことは出来ない、と。
「さて、俺から話せるのはこれぐらいだな。普通なら男女でいると要らぬ誤解を受けるんだから、とっとと自分の部屋に戻れよ」
「えー、暫く当直じゃないんだし、このままこの部屋に居座ろうかな。多分アスハ代表とアスランさんは一緒にいるんだし、別にいいじゃない」
[ミネルバ]艦内の風紀を持ち出して自室に帰るよう促すナイルに対し、駄々を捏ねる様な態度でカガリとアスランの事例を持ち出しつつ部屋に残ろうとするメイリン。完全に会話が平行線となったため、これでは埒が明かないと判断したナイルは制服の上着を脱ぎつつこう告げる。
「好きにしろ。ただし、寝るときは自室に戻れよ」
「上着を脱いでどこに行くの?」
「シャワーを浴びるんだよ」
部屋の空気というよりも、気になる異性と一緒にいることへの気恥ずかしさもあって、シャワー室へ逃げるように駆け込んだナイル。なお、その後にシャワーを浴びてバスタオル姿で出てきたメイリンに対し、バスタオルを投げつけるように被せたのはここだけの話。