機動戦士ガンダムSEED DESTINY~自由の福音~   作:那珂之川

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各々の『敵』

 甲板上での射撃訓練。そこに姿を見せたアスランに対し、ルナマリアは愛想よく彼を誘った。それまで喧嘩腰の態度だったせいで、彼も困惑しているのだろう。尤も、どれだけルナマリアが愛想よくしているとしても、アスランが異性への愛情を彼女に向けることはない。

 何故ならば、彼が好いている女性は既に存在しているからだ。

 

「本当は私たちみんな、貴方のことを良く知ってるわ。元ザフトレッド、クルーゼ隊。戦争中盤では最強と言われた[ストライク]を討ち、その後は国防委員会直属特務隊[FAITH(フェイス)]所属、ZGMF-X09A[ジャスティス]のパイロットの―――アスラン・ザラ、でしょう?」

 

 軍人としての経歴で言えば、ほぼ間違いではない。だが、彼らは知らないだろう。その[ストライク]のパイロットの素性も、アスランとの関係も。

 何せ当時の地球連合軍が本来なら手放しで喜ぶべきところを必死に隠したということから、プロパガンダに使えない素性持ちなのは明白。ましてや、あの艦には[エンデュミオンの鷹]が乗っていたというのに、それすらも隠れ蓑にしなかった時点で腐り切っていたとしか言いようがない訳だが……そのことはオーブで隠居している彼女からの手紙で知ることとなった。

 ルナマリアは制式拳銃をアスランに差し出した。

 

「射撃の腕もかなりのものと聞いていますけど? お手本―――実は私、あまり上手くないですし、同期が見せたがらないもので」

 

 ゲーム感覚で見せるべきものではないため、ナイルはアカデミーの射撃訓練では手を抜きつつ、誰も見ていないところで自主練を積み重ねていた。そのうちの一回を運悪くルナマリアに目撃されたのは言うまでもないが。

 差し出された銃に対して、アスランは躊躇いなく受け取った。本人は手慰みのつもりだったのだろうが、ほぼ最速の標的設定で迷うことなく標的の中心を撃ち抜く。これには周囲の視線が集まっても無理はないだろう。

 

 それを隠れ蓑にしてナイルは標的の設定を弄り、別の標的目掛けて引き金を引く。アスランと遜色ない速度で撃ち抜かれる標的だが、ナイルは表情一つ変えることなく撃ち続け、最後の標的を終えたところで息を吐く。

 すると、アスランに向けられていた筈の周囲の視線がナイルに向けられており、とりわけルナマリアの表情は不満タラタラといった感じだった。壁際に立っていたシンに至っては、引き攣った笑みを浮かべるほどだった。

 

「ちょっとナイル! そんなに射撃まで上手いのに、なんでザフトレッドで最下位なのよ! どういうことなのか説明しなさいよ!」

「俺の場合は言えねえことのオンパレードなんだよ!」

 

 その最大の理由はZGMF-X10A[フリーダム]とZGMF-X09A[ジャスティス]のテストパイロットの件。当時最新鋭かつ核動力機の関係者というだけで引く手が数多すぎるし、その一方で敵対勢力からの暗殺案件も考慮されて、ナイルはアマルフィ家に居候することで関与の否定材料として扱われた。

 更に、本来ならパトリック・ザラとシーゲル・クラインのみが永久追放となった訳だが、レノア・ザラまで追放処分としたのは、その代償としてナイルの戦時における功罪全てを破棄することで決着したためだ。当人曰く『息子のことに向き合ってくれたお礼』と述べていたが。

 なので、ナイルに関するデータはアカデミー時代のものとプラント市民としての戸籍情報、それと現在所属しているザフト関連のみで、自身の秘密を話せる人間など数えた方が早い位なのだ。

 

「嘘よね?」

「嘘なんざ言えるか。ただでさえ年齢詐欺かつ化物クラスの英雄が実の母親だぞ? それで察してくれ」

 

 流石に母親から言われた約束事全てを話す気にはならないし、話したところで信じてもらえるかも疑わしい。成績云々よりも将来の伴侶探しを優先しろなどと言う母親の存在自体が異質なのだ。なので、話せる範囲で最大限の理由をぶつけた。

 その上で、ナイルは自身の銃と空になった弾倉を掴むと、足早に去っていく。あまりにも付いていけない怒涛の展開を目の当たりにしたような思いだが、アスランも銃をルナマリアにそのまま渡した後、ナイルを追いかける形で甲板を後にしたのだった。

 

 [ミネルバ]はオーブ連合首長国のとある島に到着した。態々ドックに案内するということは、大方カガリが手配したのだろう。その様子を甲板で見ながら、ナイルは久方ぶりの故郷の地を見つめていた。

 ナイルはオーブを生まれ故郷だと思っている。シンの心情を慮ることはあっても、それは彼自身が決着させなければならないことだ。無論、自身がオーブで辛い経験をしていないというのもあるだろうが。

 

 勿論、ナイルにとってもアスカ家の人たちは家族同然の存在だった。シンから話を聞いても、どこか半信半疑の感覚は拭えなかった。でも、その彼が部屋から出てこないとなると、こればかりは事実なのだろうと受け入れる他なかった。

 沿岸部は破片の落下による津波の爪痕が見て取れるほどだった。それだけユニウステンの落下による影響は大きいものだと肌で感じられるほどに。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 カガリは出迎えたウナト・エマ・セイランやユウナ・ロマ・セイランに連れられる形で首都オロファトのオーブ行政府に戻った。そして首長同士の会合でいきなり提案されたのは、安全保障条約の締結という文言だった。

 

「大西洋連邦から条約締結の打診? 優先順位以前の議論ではないのか? 今は国内の被災地に対する復興支援方針の確定・即時実行が最優先なのは貴方方とて存じている筈だ。国民を飢え死にさせろと仰りたいのか?」

「いえ、そういう訳では……条約には被災地への救援・支援も」

「そんなレベルならば政府間交渉でどうにでもなる。それとも何だ? ユニウステンに関する原因の情報でも齎されたのか?」

 

 とても十代後半の少女とは思えぬほどに、カガリの正論を他の首長たちは黙って聞いている他なかった。見た目はか弱く見えたとしても、その背後に偉大な父親の面影が垣間見えるような振る舞い。そして、カガリが見てきた情報を把握しているような素振りの首長らに、彼女は容赦なく問い詰めた。

 

「え、ええ……大西洋連邦より、このような情報が齎されました」

 

 そうしてモニターに表示されたのは、ユニウステンで目撃した[ジン]の映像。それを見てカガリは確信を得ていた。あの[ボギーワン]は地球軍、もしくはそれに近しい勢力の戦艦なのだと。だが、ここでその主張を彼らにぶつけたところで言いくるめられるだけだと判断したカガリは、改めて問いかける。

 

「だから、同じ地球の同胞と手を結んで、プラントを討つ道を選ぶと? オーブからそう遠くない場所に何があるのかを首長たちは忘れたわけでもあるまい。今度はザフトが我が国を焼いたとして、其方たちは責任を取れるのか? 先代の我が父を含めた首長たちが、連合の侵攻に際してマスドライバーとモルゲンレーテを破壊した二の舞を再び演じろと?」

 

 物量面ならば確かに連合軍が有利だ。だが、下手に性急な事をすればザフトに有利な状況を作られかねない。ましてや、今のプラントの議長は口が達者な論理派の人間。彼と直接相対したカガリだからこそ、連合に与した時の損害を考えると気が重すぎる。

 

「世界を二分すれば、その先に待っている末路は凄惨なものとなる。ひとまず国内の被災地に対する復興支援の仔細を詰める。国外に対する復興支援体制の策定はその次で、安全保障条約の如何はそれからだ。異存はあるか?」

「……いえ、ありません」

 

 ウナトや他の首長がカガリに対して強く出れないのは、死去しているカガリの父親ことウズミに大きく関係している。両親亡き後、カガリの法的後見人は『ルミナ・セラ・アスハ』なる人物が彼女の身元を保証している。

 

 その仔細をカガリは知らないが、彼女がカガリの養母(ウズミの妻)と縁戚関係にあり、彼女の息子がカガリと縁戚関係にあることがオーブの国立医療機関で証明されている為、法的後見人として決定されている。

 何せ、ウズミが生前に法的後見の手続きを進めていたため、カガリは実際に会ったことがない。時折カガリ宛に季節の手紙を送ってくることはある。非常に達筆で、カガリのことを気遣う内容が綴られている。婚約者とされているユウナでも、女性の手紙を奪うような真似はしなかったため、カガリが座っている執務室のデスクには、これまでに送られてきた手紙が大切に保管されている。

 

 しかも、オーブ国民としての戸籍も保有している為、ウナトたちがカガリを引き離そうと画策しても、法的な手続きを踏まなければならない上、彼女が元国防軍の軍人ということもあって、彼女を慕う人間が多い。

 写真はカガリも見たことはあったが、ウェーブが掛かった黒髪に蒼穹の瞳を持つ女性の姿に、最初は『学生の頃の写真なのか?』と訝しむぐらいに背が低く、これには彼女のことをよく知る軍人が苦笑を滲ませたほどだった。

 

 閑話休題。

 

 会議を終えてカガリは足早に執務室へと向かう。中には彼女の秘書であるエレノア・ディノ―――アスランの母親であるレノア・ザラが書類を纏めていたところだった。彼女はカガリの姿を認めると、深く頭を下げた。

 

「おかえりなさいませ、アスハ代表。仔細は他の首長たちから存じていることかと思われますが」

「ただいま、エレノア。あの場に私も居合わせたから、状況は理解している」

 

 カガリはレノアにそう告げながら、デスクに座って書類に目を通して決裁を進める。国内の被害状況は数日で判明しきれていない部分も多く、こんな状況で地球上の国家間による安全保障条約など論外でしかなかった。

 それも自分たちの思うようにカガリを動かしたいという思惑が見え見えで、こんなことが分かりたくて政治を学んだのではない、と毒づきたかったほどだった。

 

「飲み物は如何なさいますか?」

「紅茶にしてくれ」

「畏まりました」

 

 レノアが部屋を退出すると、カガリは少し考え込んだ。

 ウナトが伝えてきた情報からすれば、最悪[アーモリーワン]からの一件が地球軍による関与だとしても別に驚くことでもない。ユニウステンについては、シンやアスランが『[ジン]に搭乗していたのは旧ザラ派のパイロットだ』と明言していた。言いぶりからするに、通信で聞いてしまったのだろう。

 この二つが共謀したとは到底思えないが、もし何らかの形で利用した人間がいるとするなら、話は変わってくる。無論、ギルバート・デュランダルの関与も捨てきれなくなってしまう。

 

「何が何だか、一体どうなっているんだ……」

 

 無論、相手を錯覚させるために別陣営の機体を使うこともあるだろう。だが、それでは済まない程の被害まで伴ってしまっている。仮にユニウステン落下が地球軍側の策謀だとしても、自滅行為を自ら進んでやるリスクなど負いたくはない筈だ。

 なので、アスランやシンの言葉を信じる方が妥当ということになり、そして一部の過激派がやったことは、どう足掻こうともコーディネイターが起こしたという事実に変わりない、ということにも繋がる。

 

 オーブはナチュラルやコーディネイターなどといった遺伝子に拘らず、国の法と理念を守るものであれば居住を許可する数少ない国家の一つ。ウナトや彼に賛同する首長たちの思惑はただ一つ―――カガリの周囲からコーディネイターを合理的に排除すること。それは、彼女の大切な存在や近親者にまで波及すること。

 そこまで考えたカガリは、一つ手を打つことにした。

 

「私もこの手は使いたくなかったが……父上が居たら、叱られるかもしれないな」

 

 彼女が思い浮かんだ手段。全てを騙し、下手をすればこの地位すら追われるかもしれない一手。無論、彼らにも迷惑を掛けることになるかも知れないし、多くの人間を巻き込んでしまうことにもなるだろう。

 けれども、真っ直ぐなだけでは政治など出来ない。オーブの信念を守る為に清濁併せ吞む覚悟が必要になる……この日、カガリは誰かに相談することなく決めたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 プラントの市街地の郊外にある墓地。そのうちの一つの墓石を訪れ、花束を置くザフトの黒服を着た女性。彼女―――レイチェル・ドーキンスは、懐かしそうにその墓石を見つめていた。その墓には、意図的に削られた跡があったのか、名前は完全に見えない。

 

「あの頃は、色々と楽しかった。でも、あんなことがあって、皆別れてしまって……結局、生き残ったのは私とあの小僧と……どこかで生きているであろう“若作り”」

 

 レイチェルとて、自分の研究が危険なことは承知していた。その危険性を自分が愛した人にも伝えたし、その妻にも伝えた。だが、彼らは子どもたちの将来の為に犠牲となる道を選んだ。そして、愛した人はレイチェルに冷凍された受精卵を手渡した。

 

―――俺に出来る手筈は整えた。この子が無事に成長して、“キラ”や“カガリ”とまた出会える日を願っている。彼らを見守る役目は、君が代わりに担ってくれ。これは妻からの願いでもあるのでな。

 

 その受精卵をレイチェルは自身の子宮に着床させて、無事に産んだ。その子こそが息子であるナイル・ドーキンスであった。自分の身を痛めて産んだからこそ、彼女は出来る限りのことを息子に学ばせた。

 戦争を通してキラと出会い、息子もその道へと向かおうとすることに彼女は苦笑を浮かべて墓石を見つめていた。

 

「ユーレンやヴィアも勝手だし、ラクスのことも貴方は人任せにして……私を何だと思っているのだか。いっそのこと、彼女をウチの養子にしちゃうんだから、文句は言わないでよ」

 

 そうぼやいた彼女に対し、墓石はただ静かに佇んでいた。まるで、死人にこの先の世界のことは関与できない―――そう囁かれているように、穏やかな風が吹くのであった。

 

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