機動戦士ガンダムSEED DESTINY~自由の福音~   作:那珂之川

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投げかける疑惑

 [ミネルバ]がオーブに寄港した。とはいえ、今のナイルはオーブの人間ではなく、ザフトの軍人。所属が違うとはいえ、モビルスーツのパイロットとして乗艦している以上は勝手に離れるわけにもいかない。

 自身の[ザクファントム]ならば、単独での移動には事欠かないだろうし、カーペンタリア基地までの距離ならば無補給で飛行できるのは明白。あえてそうしなかったのは、この艦の修理に時間が掛かること。なら、外出許可あたりも便宜を図ってくれるだろう。

 そして、ナイルがもう一つ離れなかった理由と言えば、この部屋にすっかり入り浸っている人物にして、彼もそれとなく気に掛けている女性―――メイリン・ホークの存在だった。彼女は今何をしているのかと言えば、端末で“暇つぶし”をしている。

 

「そういえば、ナイルはオーブ出身だよね。外出許可が出たら、一緒に買い物にでも行かない?」

「すまないが、その時は知人に会いに行くつもりなんだ。立場上、滅多に会えないからな」

「むー……ま、解ってたけど。でも、ナイルのことを調べても綺麗なパーソナルデータしか出てこないって凄いよね」

「またハッキングしやがって……」

 

 ザフト・ファーストステージの機体は採用されている動力源のこともあり、電子データでの管理は全てオフライン端末、もしくは設計局のローカルネットワークでしか登録されていない。当然、パイロット関連も全て秘匿情報として一括管理されていたほどだ。

 なので、いくら調べても本来は出てくるはずのないもの。テストパイロットと言えども例外ではないため、ナイルの情報は表向きになっていない。

 

「折角男女が二人きりだっていうのに、ナイルったら襲ってこないし」

「恋人関係でもない異性を襲う時点でアウトだろうに。そんなことを言い出す側も人のことは言えないと思うんだが?」

「そんなんだから、お姉ちゃんにタイプだと思われてないんだよ」

「俺とルナはそんな関係を望んでないわ」

 

 上手くは言えないが友人になれたとしても、それ以上の関係性は望めないと思った。ルナマリアがフレグと別れた後、彼女の意識は自ずとシンに向いていた。あくまでもパイロット志望の同期生という間柄という関係に見えるだろうが、ナイルにはそう見えなかった。

 

「大体、彼女の意識はシンに向いている。そこに俺が割って入る意味がない」

「そういう他人のことを見れてるのに、どうして肝心なところは見れてないのかな。意気地なし」

「好きに言ってろ」

 

 ナイルはメイリンのことを異性として認識しているし、その逆も然り。それでも互いが恋人として付き合わないのは、自分たちがいま置かれている状況のせいでもある。だが、軍人となることを決めたのは各々の意思であるため、それを咎めることは筋違いであることも理解している。

 だからこそ、同じ部屋に一緒となることは受け入れても、それ以上の行動に踏み切ることはしない。『友達以上恋人未満』というのが、この二人を如実に表した言葉である。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 オーブの上陸許可が出て、ナイルはバイクを借りて走らせていた。行き先は郊外の海岸沿いにある大きな別荘。駐車場に着いて、メットを外してバイクから降りると、丁度扉が開いて目的の人物である男性が姿を見せた。

 まったく目が見えないというのに、それでいで待ち構えたように姿を見せた男性に対し、ナイルは頭を下げた。

 

「お久しぶりです、マルキオ導師」

「久しぶりですね、ナイル・ドーキンス。さあ、入ってください」

 

 男性ことマルキオに案内される形でナイルは足を踏み入れると、瞬く間に子どもたちが二人へ群がっていた。彼が身寄りを亡くした子供を引き取っているというのは聞いていたので、先日の破片落下によって発生した津波で家ごと呑み込まれたのだろう。

 

「おにーちゃん、だあれ?」

「どこの人? 変わった髪の色をしてる!」

「これ! ……すみません、うちの子たちが」

「いいのですよ。子どもならこれぐらい元気な方がいいです」

 

 流石にマルキオも窘めるように呟いたが、ナイルは笑って返した。そうしてリビングに通されると、一組の男女がソファーに座っていた。栗色の髪を持つ少年と桃色の髪を持つ少女で、ナイルにとっては馴染みのある二人がそこにいた。

 子どもたちはマルキオが相手してくれるということで、その場に三人だけが残った状態となったところでナイルから話しかけた。

 

「キラ、ラクス。手紙や通信では遣り取りしていたが、元気そうだな」

「うん。ナイルも元気そうだね」

「お久しぶりです、ナイル。こうしてお会いになるのは随分久しぶりになりますね」

「そうだな」

 

 連合の[ストライク]、そして[フリーダム]のパイロットだったキラ・ヤマト。

 ザフトでは平和の歌姫と呼ばれ、反逆者と呼ばれることを覚悟の上でザフトに反旗を翻し、最悪の未来を回避した英雄の一人であるラクス・クライン。

 この二人と直接会うのは、キラが傷ついた状態でクライン邸に運び込まれて、ザフトの大規模作戦『オペレーション・スピットブレイク』の本当の目標がアラスカの地球軍本部だと知らされ、[フリーダム]をキラが手にしたあの時以来だった。

 

「表向きは元気でも、心の傷は大きいようだがな。まあ、無理はせずに困ったら誰かを頼るぐらいはしろよ? お前らは困ると一人で抱え込むところがそっくりなんだから」

「うん……全く、敵わないね」

「俺からしたら、即決即断出来るお前らの方が凄いと思うがな」

 

 気が付くと、ナイルの頭にはラクスのペットロボットであるピンクのハロが乗っかっており、肩にはキラのペットロボットであるトリィが二人を見つめていた。奇しくもこの二つはナイルの良く知る知人が手掛けたものなのだが、能力はあるくせに対人関係がボロボロなのは、職人気質でもあるのでは……とも思えてしまう。

 そんな様子をキラは羨ましげに見つめ、ラクスに至っては少し頬を膨らませて睨むような視線を送っていた。

 

「相変わらずハロに懐かれてるようで、少し嫉妬してしまいますわ。それで、ナイルはどうしてオーブに?」

「ちょっと訳アリでな。だが、無関係のお前たちを巻き込まないためにも詳しいことは言えない。すまないが、これは俺自身の戦いでもあるのだから」

 

 ナイルがザフトの軍人となった事や[ミネルバ]に乗っていることは、遅かれ早かれカガリやアスランの口から伝わることになるかも知れない。だが、彼らは先の大戦で深く傷ついた以上、例え能力があろうとも戦場に出してはいけない。

 優れた能力があるのならば、それを生かせる場所に置くというのは筋として通るが、当人の意思やモチベーションを無視して配置するのは、それこそ色んな意味で破綻しかねない。人間は機械のように単純でないため、思想や心情を無視すれば確実に歪みが生じる。

 

 ナイルの言葉にキラやラクスは何かを察したようで黙り込んだところ、そこに登場するのは複数のカップをトレイに載せて持ってきた陽気な男性の姿だった。そして、ナイルからすればその男性のことはよく存じていた。

 

「お待たせ、今日はスペシャルなブレンドにしてみたよ。そして、久しぶりだなナイル。僕の師匠―――君の母上はお元気かな?」

「お久しぶりです、バルトフェルド隊長。コーヒー好きなのは相変わらずですか」

「そりゃあ、僕のライフワークだからね」

 

 アンドリュー・バルトフェルド。ザフト軍・元アフリカ方面軍指揮官で、当時の異名は『砂漠の虎』。見た目は怖さを感じさせるカッコよさを持つが、飄々とした口調で容姿のイメージがあっさり崩れ去ってしまうほどに陽気な印象が強い。

 そして、バルトフェルドにとってナイルの母親ことレイチェル・ドーキンスは教官と教え子の間柄であり、彼のコーヒー好きは彼女から伝播したものだった。なお、レイチェルのブレンド能力は相手の好みを一発で当ててくる程に神懸っている。

 そうして彼からもらったブレンドを口にするが、思ったよりも苦みが強い印象で、これにはキラやラクスも苦笑が漏れていた。それを見やったバルトフェルドも一口飲んだ後、納得したように頷いて飲み干していた。

 

「どうかな、僕のブレンドは?」

「変に苦みが効きすぎてませんか? 徹夜したい時ならアリかもしれませんが」

「確かにね……師匠のように上手く出来れば、尚のこと良いのだがね」

「あれは人間業の領域を超えている埒外です」

 

 この人は分かっててやっている節がどうにも否めない。でも、憎めない人柄だからこそ彼は人望を集めやすい。寧ろ、何故軍人をやっていたのかが分からないと言わしめるほどの人物だが、なまじ能力があったからこそ戦っていたような節も見受けられた。

 キラとラクスは女性に呼ばれて去っていき、リビングにはナイルとバルトフェルドが残った。バルトフェルドはコーヒーが入ったカップに一口付けた上でナイルに問いかける。

 

「どうやら、君は戦っているようだね。それも『ザフト』の人間として」

「……ええ。流石に隠し切れませんか」

「別に言いふらすつもりはないさ。無論、彼らにも黙っておくことにするよ。しかし、あれほど大人しかった坊主がここまで立派な少年になって、師匠はさぞ鼻が高いだろうな」

「当人は俺のアカデミー入学に際して『将来の恋人でも作れ』とか宣いましたけどね」

 

 バルトフェルドの観察眼は凄まじく、彼の問いかけに対してナイルは隠すことなく答えた。前の大戦でキラとラクスは多かれ少なかれ心の傷を負った。だからこそ、彼らを巻き込むつもりなどなかった。

 しかし……とナイルはバルトフェルドに真剣な表情を向けた。

 

「この情勢で行くと、オーブの立ち位置を迫られるのは明白。そして、貴方方もオーブにいられるとは言い難い」

「まあ、それは確かなことだな。では、プラントでも頼るべきか?」

「いえ、それは止めた方がいいと思っています」

「ほう? その根拠を聞かせてもらってもいいかね?」

 

 バルトフェルドのプラント行きにナイルは難色を示した。様々な理由はあるが、ナイルは今の時点で開示できる理由を持ち出した。

 

「オーブにいる貴方がどこまで聞いているか解りませんが、ラグランジュ4の中立コロニー[アーモリーワン]でザフトの新型機が強奪されました。形状や状況的に地球連合軍の所属艦である可能性が高いと睨んでいます」

「それだけを聞けば、連合が悪いということになるだろうが……それだけではないのだろう?」

「問題は、その新型機を最新鋭艦に搭載しなかったことが疑問でした。まるで、先の大戦のヘリオポリスに準えるような状況を意図的に作り出していた、とも」

「……」

 

 奪われたくないと思うのならば、何らかの策を講じておくのが常套手段。何だったらプラント本国でサプライズ的な発表にしてもいい。あの議長ならば適当に上手い逸らし方を考慮するだろう。だが、それすらもしなかった。

 

「しかも、最新鋭艦には[インパルス]―――系統的には[ストライク]の正当な発展型と評していいでしょうが、それだけはきちんと格納されていました。世界情勢的に[ミネルバ]が[アークエンジェル]と似たような道を辿るとは思えませんが……」

 

 状況に応じて機体の得意距離を変えられる兵装換装型モビルスーツと最新鋭艦。その組み合わせだけで前大戦の[ストライク]と[アークエンジェル]を意識していると言ってもいい。流石に砂漠への降下はしなかったが、それでも孤立無援の状態なのは確かだ。

 

「私は、最初からギルバート・デュランダルを信用していない。ザフトに身を置いたのは、自分にとってやるべきことと見極めたいことがあるから。無論、いきなりこんな話をして信用するか否かなど判断できないでしょう」

「まあ、それはそうだな……まさかとは思うが、キラやラクスに危害が及ぶ可能性も?」

「否定は出来ません」

 

 キラはまだしも、ラクスはプラントで顔を広く知られている。ブルーコスモスが狙う理由にはなるだろうが、それだったらこれまで狙われていない理由が分からなくなる。もし、彼らがその被害に遭う時が来たとなれば、どちらかか両方が己の陣営にとって障害となり得ると判断した場合になる。

 コーヒーを飲み干した後、ナイルはゆっくりと立ち上がって窓の外を見つめた後、バルトフェルドに向き直ってこう告げた。

 

「コーヒー、ご馳走様でした。丘の上に煩いカラスがいる様なので、原因を駆除しておくのをお勧めします」

「ああ……俺が言えた義理ではないが、頑張ってくれよ」

 

 バルトフェルドにそう告げた後、ナイルは速やかに別荘を後にした。ヘルメットを被ってバイクに跨ると、エンジンを吹かしてターンした後、そのまま市街地へと走らせていった。

 

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