機動戦士ガンダムSEED DESTINY~自由の福音~ 作:那珂之川
[ミネルバ]の修復は完了したものの、動けずにいた。そもそも命令にあったのは破砕作業支援だけで、降下しながら[タンホイザー]で破砕する作業は独断でのものだし、オーブへの寄港は国家元首のカガリを送り届けるというものだ。
されど、情勢は日に日に悪化し続けている。それは確かな事だろうと思う。ナイルは端末のキーボードを叩きながら様々な情報に目を通す。元々はメイリン絡みで覚えたものだが、こんな形で役に立ってしまうことに苦笑を漏らした。
プラント本国に対する理不尽な要求と、相手の主張を受け入れない大西洋連邦。まるで、大統領の言葉が『当人ではない誰か』の代弁をしているように聞こえてしまう。完全に話が平行線を辿った結果、とうとう戦端は開かれてしまった。
プラント本国に対する核攻撃。それは何とか水際で阻止されたものの、プラント本国は『積極的自衛権の行使』という形で大規模な効果作戦を実施し、カーペンタリア基地とジブラルタル基地の救援という名目で交戦するとのこと。
ナイルは端末の電源を落として部屋を出ると、格納庫にある自機のコクピットに入り、電源を立ち上げてキーボードを引っ張り出し、叩き始める。
(大気圏内での戦闘となった場合、コイツを除けば[インパルス]頼みになる。何で積まれているかは分からないが、使わない手はないな)
ブレイズウィザードは高機動型なものの、いかんせん宇宙戦闘を想定している為に大気圏内を飛行できる能力は備わっていない。そうなると、健在かつパイロットがいる四機の内、空中で敵機を迎撃できるのが[インパルス]と[エールザクファントム]しかいない。
そうして何かのデータを書き出したディスクを掴むと、格納庫を出て廊下を歩いていたナイルの耳に聞こえてくるシンの怒声に近い叫び。
―――敵に回るっていうなら、俺が滅ぼしてやる! こんな国!
そう言いながらカガリの脇をすり抜けて歩くシン。怒りで見えていないのか、ナイルはシンに道を譲る形で通らせた後、カガリに歩み寄る。
彼女の表情は何かを決意しながらも表情を曇らせていた。それは同時に、シンがあのような台詞を吐いた時点で何かを察してしまった。だからこそ、ナイルは頭を下げた。
「申し訳ありません、アスハ代表。同期がご迷惑をお掛けしたようで」
「いや、いいんだ……首長たちを止められなかった私にも責はある。オーブをプラントの敵にしてしまったことも、私の責任なんだ」
今にも泣きそうなカガリを見て、ナイルはカガリの頭に手を置いた。思わず吃驚するカガリに、ナイルは笑みを零した。
「貴女が悪い訳じゃありません。悪いのは貴女を人として見ていないであろう人たちです……アスハ代表、これだけは約束してください。例え連合と同盟を結んだとしても、オーブの国の在り方や志は決して捨てないでください。中立を守るという意味を、貴女が成し遂げてください」
「お前……」
「それに、貴女には多くの人たちがいるはずです。人を頼ることは決して悪いことじゃない、些細な事でも誰かに相談してみろ―――それを、キラやラクスにも伝えてもらえますか?」
ナイルはカガリの頭から手を放してそう告げると、カガリも力強く頷いた。彼女の涙が引っ込んだのを確認した上で、ナイルはカガリを[ミネルバ]の
「これは?」
「自分の機体のデュートリオンビーム送電システムの認識コードが入ったプログラムです。使わずに済めばいいですが、状況からして待ち伏せは考えられると思います。最新鋭機を奪っても落とせなかった最新鋭艦となれば、躍起になるのは目に見えていますので」
「そうね。この後館内放送で告げるけど、明朝に[ミネルバ]は出航します。貴方の懸念は私も想定しているだけに、激戦は必至と思っている。貴方にも出撃してもらうけれど、宜しいかしら?」
「成り行きとはいえ、私も今はこの艦の搭乗員です。危機の打破に役立てるというのなら、微力を尽くします」
タリアとしても、戦力が一機でも多く動かせるのならば有難い。しかも、彼の[エールザクファントム]がデュートリオンビーム送電システム対応機となれば、継戦能力も保障されている。彼の機体が一線を画していることに疑問を持つところではあるが、この状況で問い質す意味がない。
ナイルが敬礼をすると、タリアも敬礼で返し、彼はブリッジを後にした。
◇ ◇ ◇
翌日の早朝。まだ日が昇っていない時間に目が覚めたナイルは甲板に出て外を見つめていた。そして、静かに瞼を閉じると……次々と浮かんでくる未体験の描写。何故だかは分からないが、ナイルには意識的に未来を予測することが出来た。
母親にはそんな能力など持ち得ていないため、父親絡みなのは間違いないが……ナイルの脳裏に浮かんだのは、攻撃を仕掛ける地球軍のモビルスーツと艦艇。そして、『見慣れないモビルアーマー』の姿がハッキリと見えていた。
しかも、その光景には何故か[ミネルバ]の陽電子砲を防ぎ切るという描写も含まれていた。
(……一筋縄じゃ行かない、というのは確かだな)
最初は何かの夢だと思ったこともあった。だが、その予測と完全に合致する出来事をナイルは経験した。“血のバレンタイン”―――[ユニウステン]への核ミサイル攻撃で崩壊するシーンを、ナイルは予測しきってしまった。
なればこそ、この事実も夢ではないのだろう……と思いながら、パイロットアラートへと足を運ぶ。パイロットスーツに着替えてソファーに座り、仮眠をする。声が聞こえたところで瞼を開けると、ルナマリアがナイルのほうを覗き込んでいた。
「やっと起きた。こんな時に寝れるなんて呑気ね」
「状況からして、何もなく通り抜けられるとは思っちゃいない。間違いなく妨害はあるだろうな」
その言葉を指し示す様に、コンディション・レッド発令の警報が鳴り響く。ナイルはヘルメットを掴むと、それを被ってドアへと向かう。タラップへ向かう間にタリアから現在の状況説明がなされた。
『艦長、タリア・グラディスより[ミネルバ]全クルーへ。現在、本艦の前面には空母四隻を含む地球軍艦隊が、後方には自国の領海警護と思われるオーブ軍艦隊が展開している』
待ち伏せしている地球連合軍の艦隊は空母四隻を含む艦隊であり、後方にはオーブ国防軍の艦隊が展開している。傍から見れば、これは『差し出された』と見ても仕方がないと思うだろうし、シンは間違いなく憤るだろう。
『本艦の戦闘がこれまで以上に厳しいものとなるのは必至だが、我々の活路は地球軍艦隊を突破するほかにない。この[ミネルバ]クルーとしての誇りを持ち、最後まで諦めない各員の奮闘を期待する!』
だが、これも国家の情勢によるものであり、それを決めたのは政治家の仕事。軍人にとっては机上の会議で決まったものを出されて、それをただ実行することしか出来ない。上がまともならば下も機能するし、その逆も然り。
ナイルは[エールザクファントム]のハッチを閉め、全モニターに光が灯る。ハンガーが動き、左舷カタパルトデッキに移動する。ハッチが開いた先に見えるのは海原で、そのはるか遠くに見える黒い点がモビルスーツや艦艇の姿を映し出していた。
「ナイル・ドーキンス、ザク、いくぞ!」
こんな場所で死ぬわけにはいかない。ナイルは叫ぶように告げて、発進した。[ミネルバ]で動かせる四機の内、レイとルナマリアの[ザク]は甲板上での迎撃を余儀なくされる。飛行可能なのは[インパルス]二機に対して、向こうの[ダガー]や[ウィンダム]は大気圏内を飛行できるストライカーを装備している。
ビームライフルで的確に敵機を落としつつ、ビームガトリングも使いながら敵機を海面に墜としていく。ヴァリアブルフェイズシフト装甲でない分、バッテリーへの負荷は低いものの物理攻撃に対する防御手段は迎撃か防御、もしくは回避となる。
シンの[インパルス]もビームライフルやビームサーベルで敵機を墜としていく。それでも減る気配のない敵機の群れを見つめていると、いきなり中央から大きな敵影が姿を見せた。ナイルには、それが自身の脳裏に見せた映像のものと一致した。
『ナイル!』
「シン、あのデカブツを墜とすぞ! 単に図体だけの代物じゃない気がする!」
『あ、ああ!』
流石に未来予測で見たとは言えないため、シンには『嫌な予感がする』と通信で伝え、二機で大型モビルアーマーの前に出る。あのクローに捕まるだけもマズいし、更には大火力のプラズマ砲とビーム砲まで備えている。
さらに問題なのは、ここで二機のパワーが危険域に達していること。ここでシンがナイルに告げた。
『ナイル、コイツは何とか俺が抑える! お前は[ミネルバ]に戻ってパワーを戻してくるんだ!』
「シン……解った、無理はするなよ!」
モビルアーマーの相手を任せ、ナイルは機体を翻して[ミネルバ]に告げる。
「[ミネルバ]、デュートリオンビームを!」
『ええっ!? そんなのが[ザク]に付いてるの!?』
『メイリン、指示に従って!』
『は、はい! デュートリオンチェンバー、スタンバイ! 側的追尾システム、[ザク]を捕捉。デュートリオンビーム、照射!』
ナイルからの要請に驚くメイリンだったが、タリアの言葉で落ち着きを直ぐに取り戻し、艦上に到達した[エールザクファントム]の頭頂部につけられたアンテナに向かって、艦橋右方の射出口から一条のビームが伸びる。
デュートリオンビーム送電システム―――[ミネルバ]の動力炉から得たパワーをデュートリオン
本来、このデュートリオンビーム送電システムはセカンドステージシリーズの機体にしか搭載されていない代物。だが、この[エールザクファントム]は元々コンペ用の実験機だったものに[ザクファントム]の装甲を取り付けたようなものでしかない。
だからこそ、ナイルの[ザク]はデュートリオンビームの恩恵を受けることが出来る。それによってパワーゲージが快復したのも束の間、オーブ艦隊が砲撃してきた。恐らくは領海への侵入を許さないためのものだろうが、明らかにコースを外れていた。
だが、それによって[インパルス]が動きを止めたため、モビルアーマーのクローに捕まって急降下する。そしてフェイズシフトがダウンして脚部が切断され、落下していく。
「シン!」
ナイルがそう叫んだのが効いたのかは分からないが、[インパルス]のスラスターが唸ってモビルアーマーの攻撃を間一髪で躱す。余計な邪魔が入らないように、ビームトマホークを投げつけて[ウィンダム]を墜とし、ライフルのマガジンを交換して[ダガー]や[ウィンダム]を墜とし続ける。
[インパルス]もデュートリオンビームによってパワーゲージが戻った証として、灰色だった機体は再びトリコロールのカラーリングを取り戻した。
『ナイル!』
「ああ!」
[インパルス]が先頭に立って、盾を構えながら前進。[エールザクファントム]は直前で躱してビームの直上を飛んで切迫する。[インパルス]はビームサーベルを頭頂部に突き刺し、[エールザクファントム]はもう一本のビームトマホークを後部に突き刺してすぐさま離脱。
モビルアーマーが爆発しながら海へと落下し、海面に叩きつけられた衝撃で大きな爆発を起こす間に、[インパルス]は負傷した下半身部分を切り離して、新たに射出されたレッグフライヤーと合体。更にはフォースシルエットからソードシルエットに換装して、敵艦に切迫した。
それを見たナイルも、アンビデクストラスビームアックスを展開し、別の敵艦に切迫する。
敵艦がミサイルや機関砲を撃ってきても、それを回避して次々と艦橋や船体を切り刻んでいく。そうして暫く経った頃から、帰還を呼びかけるメイリンの声が聞こえたことで、漸く我に返った。
『[インパルス]! ナイル! 帰還してください!』
モニターで見つめると、残った数隻の敵艦は撤退しており、パワーゲージもあまり心許ない。ここが潮時だと判断して、[エールザクファントム]は帰還したのだった。
◇ ◇ ◇
タリアは不思議な面持ちで目の前の光景を見つめていた。
ミネルバの武装で最大火力を誇る陽電子砲<タンホイザー>を封じる手段として陽電子リフレクターを搭載した大型モビルアーマーまで投入してきた。更には、オーブ領海を封鎖するかのようなオーブ海軍の態度で、オーブが先日世界安全保障条約に加盟したのは明白だった。
「レイ機、ルナマリア機、収容完了。[インパルス]、ナイル機、帰投しました」
「これ以上の追撃はないと考えたいところだけれど、分からないわね。パイロットはとにかく休ませて頂戴。アーサー、被害状況の確認をお願いね」
「はい。ダメージコントロール、各セクションは速やかに状況を報告せよ」
奇しくもアカデミーの同期として卒業したザフトレッド二人の活躍によって、連合艦隊はモビルアーマー[ザムザザー]を含めて全滅。この結果にミネルバクルーが驚きを隠せない中、一番驚いていたのはミネルバの艦長を務めるタリアだった。
「シンのことも驚いたけれど、ナイルも十分に戦果を出してくれた。あの二人の活躍が無ければ、この艦はあっという間に沈んでいたでしょうね」
「ええ、全くです! 二人合わせて空母四隻を含む敵艦を十隻以上だなんて!」
タリアの言葉に対し、アーサーは興奮気味に答えた。ただ、彼女は艦長としてナイルに対する感情を出さないように努めた。何故かと言えば、彼女は艦長という職務において軍の人間でも一握りしか知らない情報を有している。
(ナイル・ドーキンス……まさか、ここまでとはね……)
この艦には、[インパルス]のパイロットであるシン・アスカの同期生が多く在籍している。パイロットのルナマリア・ホークやレイ・ザ・バレル、オペレーターのメイリン・ホークに整備クルーのヴィーノ・デュプレやヨウラン・ケント、他にも多くの同期生が名を連ねている。
メンバー選定の際、タリアはパイロット候補としてナイルのことを把握していた。ただ、成績がザフトレッドでもギリギリ最下位の結果だったため、選考から漏れる形となった。無論、シンと同期でありながらも選考から外れたザフトレッドは少なくない。
元々新型機の実験艦という色合いが強いため、クルー全体の年齢も若い。とてもではないが、すぐに実戦へ投入できる状態ではなかった。[アーモリーワン]での進水式を皮切りにして、ゆっくりと経験値を積んでいく―――タリアはそう思っていた。
それが、[アーモリーワン]での新型モビルスーツ強奪事件に端を発し、数々の戦闘経験をこなしてきた。ザフトの新型機を預かるシンでも、周囲の兵士から見ればヒヨッコの新兵。その同期が搭乗するMSがいくら大気圏内対応の装備を持っていたとしても、そこまでの戦果は期待できないだろうと見込んでいた。
(彼が引き付けたお陰で、シンは十分に時間を稼げた。彼も自力で帰還している……私の目が節穴と言う他ないわね)
ブレイク・ザ・ワールド阻止作戦ではテロリストと思しき特型の[ジン]を20機撃墜させた。配属先の上司が前大戦を生き抜いたパイロットということもあって、その賜物と見ることも出来るだろう。
けれども、タリアは『それだけでは説明できない』と思ってしまった。その理由はレイに尋ねた際の彼の評価にあった。
『お言葉ですが、グラディス艦長。私はアカデミー時代に彼よりも優秀な成績で卒業することは出来ました。ですが、彼の本当の実力はパイロットコース:個人戦トップだったアグネス・ギーベンラートを歯牙に掛けないほどの技術を有しています』
他人に対してあまり関心を示さないレイが手放しで褒めているのは極めて珍しい。しかも、当人が『本気を出されたら勝てない』と評したことも、シンやレイたちと同期で卒業した人間が勝てない……ナイル・ドーキンスという人物は、底知れぬ力を秘めているのだと、タリアは確信めいたものを感じた。
「カーペンタリアに着き次第、叙勲の申請をする必要があるわね。軍本部もさぞ驚くことでしょう」
タリアの脳裏には、とある人物が思い浮かんでいた。シンに匹敵する実力を見せた以上は、彼も恐らく動くとみられる。もしかすると、ナイルが宇宙へ戻される可能性も潰えることになるだろう。
ともあれ、今の自分に出来ることをやらなければならない。一刻も早くカーペンタリアに入ることで、パイロットやクルーたちを休ませることが先決だと割り切った。