機動戦士ガンダムSEED DESTINY~自由の福音~ 作:那珂之川
CE70に起こった地球・プラント間の戦争が終結後、オーストラリア大陸北部に位置するカーペンタリア基地は西欧のジブラルタル基地と並んで、ユニウス条約の監視団常駐基地および在地球公館としての役割を持つ形で残された。先の[オペレーション・スピア・オブ・トワイライト]によって、基地周囲を包囲していた地球軍を斥けた後は、軍備が更に増強されている。
オーブ沖での海戦の後、特に追撃を受けることも無く[ミネルバ]は無事カーペンタリア基地へ到着し、艦とモビルスーツの修理・整備に入った。
本来ならば、ジュール隊であるナイルはお役御免ということで宇宙に戻るものかと思われた。だが、それを許さない状況が地球・プラント間での戦争状態に起因した。基地に到着した後、基地司令部に呼び出されたナイルに対し、カーペンタリア基地司令が説明する。
「君の功績は伺っている。[インパルス]のパイロット共々、君には勲章の授与も検討されている。本来ならばすぐに原隊復帰の手続きを取りたいところだが、開戦の影響でそうもいかなくなってしまった。グラディス艦長には伝えたが、君には引き続き[ミネルバ]での待機を命じる。新たな命令は追って伝えるが、それまでは我慢してもらいたい」
「了解しました。こちらこそ、よろしくお願いします」
開戦で下手に戦力を動かせなくなったのと、先日の戦闘のことは基地内にも広まっており、中には英雄的な存在として基地の兵士が声を掛けてくることもある。士気を保ち続けるという意味で、[ミネルバ]の存在と実績はこれ以上ない程のプロパガンダとも言えた。
なので、出来ることと言えば機体の調整と訓練ぐらいで、後は自室の端末で調べ物をするぐらい。更には、ナイルが動けないことで、メイリンが部屋に入り浸るようになった。幸い、一人しか使っていない部屋なので、誰かが入ってくることは少ない。
そうして束の間の休息を各々楽しんでいたわけだが、ミネルバのパイロットであるレイと雑談をしていた時、そこに割り込んできたのは基地からの連絡。恐らくはナイルの今後の処遇について通達されるのだろう、とみられた。
ただ、本来ならばカーペンタリア基地司令部で受け取る筈のものだが、指定されたのはミネルバの艦長室。これにはナイルのみならず、傍で聞いていたレイも疑問を浮かべたような表情を見せていた。
「これは、どういうことなのだろうな?」
「俺に聞かれても分からん、としか言いようがない」
それはご尤も、とレイの返答を素直に受け取る。ともあれ、そう命令された以上は従う他ない。カーペンタリア基地も先日の地球軍侵攻を退けたばかりなので、今後の対応などで忙殺されていたとしても何ら不思議ではない。
「いずれにせよ、命令を受け取らない事にはどうにもならんな。すまんな、レイ」
「気にするな。ただ、これでお前と別れるのは少し寂しい気もするが」
レイの言葉は、生真面目と言うよりも“有り得ない冗談”の類に聞こえてしまったが、それについての詮索はせずにナイルはレイと別れて、ミネルバの許へと歩いていく。
気が付けば早歩きで歩いていたせいか、感覚的にはあっという間に着いてしまった感じだった。ナイルはそのまま艦長室へ向かおうとしたが、艦へ繋がる連絡通路の途中で、こちらに向かってくる機体の姿を捉えた。
(戦闘機? いや、あの形状は……[セイバー]!?)
ナイルの疑問に答えるように、戦闘機型の機体―――ZGMF-X23S[セイバー]は人型のモビルスーツに変形して、ミネルバの左舷カタパルトデッキに着艦していく。本来ならば無関係に見えるかも知れないが、ナイルには[セイバー]がどうにも関係ないとは断言できなかった。
ナイルが格納庫に踏み入れると、整備班だけでなくホーク姉妹もいた。ナイルの姿を見たルナマリアが話しかけてきた。
「あれ、ナイル? ここに来たってことは、[セイバー]を見たの?」
「ああ、俺の場合はミネルバへ戻る直前だったが」
そんな会話をよそに、ハンガーに固定された[セイバー]が格納庫内へ移動されてくる。その機体の通告は本国からあったようだが、いつ来るかに関しては全く未定だった。
すると、コクピットハッチが開いて紫色のパーソナルカラーが入ったパイロットスーツの人物が、タラップを使って降りてくる。片手に持っていたケースを床に置き、ヘルメットを取った人物の顔に、一同は驚く。
「アスランさん!?」
「認識番号:285002。特務隊『FAITH』所属:アスラン・ザラ、乗艦許可を」
パイロットスーツの左胸には『FAITH』のエンブレムが付けられている。『FAITH』は個人レベルで任命されるもので、戦績が著しく人格的に問題ないと最高評議会で判断された人間しか任命されない。
戦績は著しく、とりわけ最悪の事態を阻止したとしてアスラン・ザラは有名人と言える。だが、戦争を泥沼化させたパトリック・ザラ元最高評議会議長の息子というレッテルからして、ザフトとしては迂闊に部隊へ組み込めない。戦乱を徒に広げないという現議長の方針からすれば、彼のような存在は扱いを間違えると損害を受けることになる。
なので、彼を『FAITH』に置くということは便宜上においても非常に真っ当な判断でしかない。
すると、そこにシンが戻って来た。両手には買い物をしてきたと言わんばかりの状態で話しかけてきたが、アスランの姿を見て態度を硬化させる。
「ねえ、さっきの……アンタ!? どういうことだよ、何でアンタがここにいるんだよ!?」
「口答えは止せ、シン。お前がどう反論しようとも、彼が『FAITH』だというのは事実だ」
「えっ……えっ!?」
シンが困惑しても無理はないだろう。ナイルはアーモリーワンの件からオーブまでアスランと同行していた。だが、その時の彼はオーブ連合首長国のアスハ代表の私設護衛『アレックス・ディノ』と名乗っていた。それがいきなり『FAITH』となったのだから、困惑や怒りは尤もだろうが、納得してもらわなければならない。
ナイルはシンに強い口調で言い含めた後、真っ先に敬礼をした。その後、視線こそ向けなかったが、メイリンの動揺する声を聞く限り、シンは持っていた荷物をメイリンに押し付けて、身なりを整えてから敬礼をしたようだ。
敬礼を終えてから、アスランは艦長であるタリアの所在を聞いた。そこで声を上げたのはナイルだった。
「艦長でしたら、艦長室にいらっしゃることは確認できております。自分で良ければご案内させて頂きますが」
「……なら、お願いする」
ナイルについていく形でその場を後にしようとするアスラン。だが、そんな姿を見たシンが問いかけた。
「ザフトに戻ったんですか?」
「そういうことに、なるね」
「何でです?」
アスランはシンに対してそれ以上答えることなく、ナイルと共に格納庫を後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
制服に着替えたアスランを案内する形で、二人はエレベーターに乗り込む。そして動き始めたところで、ナイルは視線を向けた。
「―――で? オーブにカガリを置き去りにして、どうせ力を求めてプラントに渡り、ギルバート・デュランダル議長の甘い言葉に感動した挙句、あの“ラクス・クライン”にどうせ会ってて、終いには『FAITH』として[セイバー]のパイロットになったザフトのアスラン・ザラが何しに来たんだ?」
「ラクスみたいな鋭い物言いは止めてくれ。というか相変わらずの鋭さだな、ナイルは」
なまじ能力は高いくせに、彼の戦う原動力は誰かの為でもあった。尤も、その原動力を置き去りにしている時点で軽率としか言いようがない。それを今の彼に言ったところで意味がないのは確かだが。
「今の反応で、お前の経緯は大体把握した。流石に全部までは把握できんが」
「それもそうだな。そういえば、[ミネルバ]は何時オーブを出たんだ? 俺、何も知らなくて」
「条約に加盟した情報が齎された翌朝にだよ……というか、よく行く気になったな」
「その、まあ、カガリに会いたくてな……」
そんなに大事ならば、カガリの傍を離れる様な行動を慎むべきだったのだ。まあ、セイラン家を始めとした大西洋連邦に近しい連中は快く思わなかっただろうが。何も知らないアスランに対し、ナイルは淡々と事実を告げる。
「結論から言えば、アスハ代表―――カガリは今オーブにいない」
「いない!? どうして!?」
「これは確定情報と言えないが、どうやら政略結婚の類でユウナ・ロマ・セイランとの結婚式を行ったんだが、誓いの言葉が終わるすんでで[フリーダム]が式に乱入し、連れ去った後は[アークエンジェル]とともに姿を消したそうだ」
「[フリーダム]……キラが……」
カガリがあのまま誓いの言葉を承諾すれば、オーブは最悪の道を突き進むところだった。条約という枷は嵌められてしまったが、国としての体裁と理念を残すことは辛うじてできた形だろう。それを[アークエンジェル]や[フリーダム]は理解したからこそ、カガリを式場から連れ去ったと思われる。
「条約に加盟した状況証拠としては、[ミネルバ]がオーブの領海線を越えたところで地球軍の艦隊が待ち伏せしていた。シンは憤っていたが、俺はカガリがやったとは到底思っちゃいない。大方セイランの仕業だろう」
「そんな……」
「頭をハツカネズミにしている場合か? 割り切らないと早死にするだけだぞ。ほら、着いたから降りろよ?」
「あ、ああ……」
着任直後にオーブ絡みの情勢を聞かされて困惑するアスラン。そんな彼を内心で同情しつつも、案内するためにアスランの行動を促したのだった。
◇ ◇ ◇
艦長室には[ミネルバ]艦長のタリア・グラディス、副長のアーサー・トラインがいた。案内役としてナイルがノック代わりの呼び出し音を鳴らす。
「ジュール隊、ナイル・ドーキンスであります。特務隊『FAITH』所属、アスラン・ザラをお連れしました」
『入って頂戴』
そうして部屋に入る際は敬礼をした上で上官であるタリアに敬礼をするナイル。アスランも同じように敬礼をした上で、タリアの言葉を待った。
「貴方たち二人が同時に来てくれたのは、何というか都合が良かったのかしらね。それで、まずは貴方の方から話を聞かせてもらえるかしら」
まず話の相手はアスランからだった。彼がタリアに手渡したものは『FAITH』のバッジと命令書。アスランのみならずタリアまで『FAITH』となることを示すもの。これにはタリアも少し呆れたような態度を見せていた。
「貴方をザフトに戻すだけでなく、『FAITH』として最新鋭機の[セイバー]まで与えてこの艦に寄越し、そして私も『FAITH』とはね……一体何を考えているのかしらね、議長は。それに貴方も」
「……申し訳ありません」
「別に謝ることじゃないのだし、あの時のことは既に過ぎたことと認識しているわ」
表向きに見れば、[ミネルバ]を都合の良い様に動かしたいという意図が見えてしまう。そして、そんなことを意図している背景を察しながらもタリアはアスランに話しかけると、彼は謝罪の言葉を口にした。
その上で、タリアは『FAITH』の徽章と共に手渡された書類に目を通す。
「それで? 貴方から貰ったこの命令書だけれど、内容は知っているのかしら?」
「いえ、自分は聞かされておりません」
「そう……中々面白い内容よ」
そう零したタリアが見ている指示書の内容は、[ミネルバ]が発進可能になり次第ジブラルタルへ向かい、スエズ攻略を行っている駐留軍を支援せよ、というもの。
開戦後から悪化していくユーラシア西側の混乱を考慮すれば、ジブラルタル基地にとって無視できる要素ではない。かと言って、宇宙用戦闘艦であるミネルバに大気圏内戦闘を強いるというのは酷な事でもある。いくら大気圏内での立ち回りが出来ると言っても、実際に地上戦を行うのは別物だ。それは先日のオーブ沖海戦で証明されてしまっている。
ここで気になるのは、何故違う隊の人間であるナイルがその話を聞かされるのか、ということだ。これではまるで、ミネルバへの転属を仄めかされた様なものではないか、と。
ナイルの表情の変化に気付いたタリアが、視線をアスランからナイルへ変える。
「ここまでのことを聞かされたということは、貴方も薄々勘付いているでしょうけれど……基地司令部からの命令に加えて、アスランが持ってきた命令書には貴方の処遇についても触れられているの。ナイル・ドーキンスはこの命令書を以てミネルバへの転属を通達。更には本国からカーペンタリアへ送られてきた新型機を受領し、これまでの貴方の搭乗機はカーペンタリアで引き取ることになったわ。質問ぐらいなら受け付けてあげるけど、どうかしら?」
これには「ええっ!?」と声を上げるアーサーと、声にこそ出さなかったが驚きを見せているアスラン。それとは対照的にナイルは至って冷静な表情を見せていた。これにはタリアも思わず笑みが零れてしまったほどだ。
「質問ならいくらでもありますが、強いて挙げるならば部屋割りについてです」
「流石に『FAITH』の彼と同室になることはないから、安心して頂戴。アーモリーワンからオーブ沖までの戦闘を通してシンに匹敵する戦績を見せてもらった以上、貴方に対して疑う余地はないと判断します。改めてよろしく、ナイル・ドーキンス」
「ハッ! こちらこそ微力を尽くす所存で務め上げます、グラディス艦長にトライン副長」
これで[ミネルバ]のパイロットは全員ザフトレッドで固められ、五人のうち四人はアカデミーの同期組。幸い、アスランはナイルとの交友を持つために疎外感を変に感じることは無い。その辺を察した上での転属なのだろう。
艦長室を出た後、アスランに宛がわれる部屋へと案内しながらナイルが呟く。
「こうなると、立場的にアスランがモビルスーツの部隊指揮を執ることになるのかな。ザラ隊長とでも呼べばいいか?」
「やめてくれ……お前だけはせめて呼び捨てで呼んでくれないと俺が困る」
「分かったよ、アスラン。ま、公的な場で相応の呼び方となることは我慢してくれよ?」
「ああ」
にしても、タリアからの説明では[エールザクファントム]を引き取った後、代わりにカーペンタリアで新型機を受領する手筈になっている。あの機体でもミレニアムシリーズでは割とオーバースペック気味なのに、残さずに引き取るのはデータ解析の面もあるのだろう。
「それにしても、あの[セイバー]をお前が乗ることになるとは思いもしなかったよ」
「え? それはどういう意味だ?」
「ああ、俺も[セイバー]に搭乗したことがある。アーモリーワンでの強奪事件が起きる1か月前に実戦形式の模擬戦があってな。そこで操縦した。流石にあの時と比べて調整はされてるだろうから、安心はしていいと思うぞ」
なお、その[セイバー]に関する映像データをアスランに見せた所、どこか引き攣った表情を見せていたのは……別の話。