機動戦士ガンダムSEED DESTINY~自由の福音~   作:那珂之川

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夕暮れに染まる海

 [ミネルバ]は僚艦である[ニーラゴンゴ]を喪うことなく、インド洋を西に進む。ティグリスとユーフラテスが流れ込むペルシャ湾の奥部に、ザフトのスエズ方面司令本部が置かれたマハムールがあった。

 スエズ方面の支援が任務とはいえ、本来ならジブラルタルとの連携を以て行うべき作戦であり、プラント本国の唱えている『積極的自衛権の行使』の範疇の如何を問われてしまうためか、大規模降下作戦はジブラルタルとカーペンタリアの基地を包囲していた連合軍を追い払う以降は使用されていない。

 ペルシャ湾を航行している[ミネルバ]では、各モビルスーツのチェックに追われていた。

 

「この設定が使えるか分からないけど、お前―――ザラ隊長に預けることとするよ」

「ナイル、一々言い換えないでくれ……」

 

 ナイルは以前使っていた[セイバー]の調整データをアスランに渡した。当然本国の工廠で入念な調整は行われていたが、その調整とアスラン本人の操縦技術がマッチングするとは言い難い。なので、模擬戦とはいえ実際の兵器を用いての戦闘を知るナイルにアスランが頼み込んだ格好となる。

 そうやって話しているところで、ナイルはエイブスに話しかけられた。

 

「[リバティ]の調整でセンサーの帯域を調整したから、確認してもらえるか?」

「分かりました」

 

 アスランに対して手を振って別れ、リフトを経由して[リバティ]のコックピットへ乗り込んだ。[ミネルバ]に配属された機体の中で唯一の核動力機ということだが、整備班たちはその事情を把握している。

 ユニウス条約違反なのは確かだが、そもそも向こうから戦端を開いた以上は条約の云々など論じている意味がないのは確かだ。

 センサーの確認をしながら、ナイルは[アークエンジェル]のことを思っていた。

 

(アイツらが今のオーブに居れなくなったことは確かだ。そうなると、“ラクス”も間違いなくいるのだろうな……ただ、仮にオーブだけの事情で彼らが外へ出ていくというのは腑に落ちない)

 

 別にカガリを連れ出すだけならば、状況によってはカーペンタリア経由でプラントを頼る算段も成立していた。無論、本国の政治を牛耳る立場のセイランとしては面白くないだろう。デュランダルの方針からすれば、歴戦の猛者とも言える[アークエンジェル]のクルーを匿えるメリットは当然存在する。

 だが、そうせずに姿を晦ましたとなれば、『彼らがデュランダルを信用できない理由が生じた』と考えるのが妥当なのだろう。それも、彼らの命に関わりかねない事情が発生したレベルのことが。

 

(一番考えられるとすれば、ラクスやシーゲルさんが狙われた……と考えるのが一番妥当なのだろうな。次点に来るのは多分キラの事だろう)

 

 仮に襲撃されての国外脱出となれば、その相手次第で大分対応が変わってくる。今回の事態を鑑みた際、多分プラントが関与している線を除外できないと判断した。何せ、あの『ラクス・クライン』を本物と仕立て上げたい場合、本当のラクス・クラインを始末する必要が出てくる。

 幸い、本当の彼女は表舞台から姿を引いている以上、仮に暗殺しても誰かから明確な反論が出てこないし、それを証明する手段がかなり限定されてしまう。近親者であるシーゲルを殺そうとすれば、それは更にラクスの怒りを買いかねない。

 

 そして、[フリーダム]のパイロットであるキラ・ヤマトのことをデュランダルがどこまで把握しているか不明だが、ナイルの父親の資料が置かれた書斎の中から気になる写真が出てきた。双子と思しき子供を抱いている女性の写真だが、彼女の面影がキラやカガリを連想させてしまうほどだった。

 単に似ていると言えばそうなのかもしれないが、ナイル自身の直感はその連想を無視するべきではない、と結論付けていた。

 そんな風に思っていたところで、アナウンスが響き渡る。

 

『入港完了。各員は速やかに点検、チェック作業を開始のこと。以降、別命あるまで待機―――ザラ隊長、ドーキンス副隊長はブリッジに』

 

 呼び出しが掛かったため、ナイルはモニターの電源を落としてリフトで格納庫の床に降り立ち、歩を進める。ナイルの副隊長人事はアスラン提案、タリア承認の形で公的なものとなり、公では名字で呼ばれることになってしまった。

 ただでさえモビルスーツ黎明期に暴れ散らかした母親の名字と血筋を持つため、アスラン並に目立ってしまうのも確か。それはマハムール基地の埠頭で出迎えたザフトの士官たちの反応で実感する羽目となった。

 

「[ミネルバ]艦長、タリア・グラディスです」

「副長のアーサー・トラインであります」

「特務隊、アスラン・ザラです」

 

 正直、基地の人への挨拶はこの三人で十分なのではないかと思えてしまうほどで、ナイルは内心で溜息を吐きたくなる気持ちを抑えて自己紹介の言葉を口にした。すると、意外な反応を示したのは基地司令と思しき男性士官であった。

 

「[ミネルバ]所属、ナイル・ドーキンスです」

「ドーキンス……成程、君が教官の息子さんとは―――失礼した。マハムール基地司令のヨアヒム・ラドルです。遠路、お疲れ様です」

 

 ラドルはタリアと握手を交わした後、[ニーラゴンゴ]の艦長とも会話を交わしたが、[ニーラゴンゴ]のほうは基地の担当に任せて、[ミネルバ]組の四人はラドルに案内される形で基地司令部に案内された。

 ここに来る途中で彼は『こんな場所ですが、良い豆が手に入りましてね』と述べた言葉通り、いい香りのするコーヒーを差し出してくれた。テーブルは戦略パネルとなっており、付近の地図が表示されている。

 その状況の中で、ラドルはナイルに話しかけた。

 

「それにしても、ナイル君といったか。教官はお元気ですか?」

「母はいつも飄々としておりましたよ。偶に来るメールで愚痴を吐きまくってますが」

「はは、相変わらずですな。私もアカデミー時代は彼女に扱かれまして、良き薫陶を得たと思うほどです」

 

 何だかんだ言って良き教官としての評価が高いため、彼のような人物がいるというのも確かであった。ただ、ラドルの表情はまるでナイルに何かを悟らせたいという表情が見て取れた。先程は社交辞令ということで言葉を呟いたが、ここから先は恐らくこの周辺の内情についての話となるだろう。

 ナイルは三人に目線を向けると、アーサーは困ったような表情をしていたが、タリアとアスランは察した上で軽く頷いたので、ナイルはそれを見た上でテーブルの戦略パネルに目線を落としつつ、ラドルに問いかける。

 

「……無礼を承知で尋ねますが、ラドル司令官は何かを期待されての視線だと認識してよろしいでしょうか?」

「はは、すまない。だが、彼女のご子息ともなれば、彼女譲りの慧眼を有しているのではないかと期待している節もある。今の状況から見て、君がどこまで読み取れるのか」

 

 彼の期待にどこまで応えられるか分からない、と思いつつもナイルは戦略パネルを見つめる。

 

 現状、勢力圏の範囲で言えば連合側に分がある。スエズの戦力を以てすれば、マハムールを陥落させることはそう難しいことでもない。単純な軍隊の物量で言えば連合軍に軍配が上がるし、いくらブレイク・ザ・ワールドの被害を受けていたとしても、数的優位は簡単に覆せない。

 数量による押し込みが出来ない理由となれば、一番のネックがこの地帯にあるということ。最近の話の中で聞き覚えのあるユーラシア西側の独立騒動が最大の理由。そうならばマハムール基地としても安全ラインの確保という理由で進軍できるかもしれないが、それすらも止められている。

 

「そうですね……ここまでの状況からすると、ここから近いガルナハンに連合側が強引な方法で拠点を作り、こちらの動きを止められるだけの戦術兵器を見晴らしのいい高台に設置していて、その対処に苦慮しているというのが一番可能性のある話になりそうですが、如何でしょうか?」

「ええっ!? そんな荒唐無稽な話が―――」

「いやはや、全く以てその通りなのだよ。君はその兵器が何だと思っているのかね?」

 

 ナイルの予測に対してアーサーは驚きの声を上げるが、ラドルはそこまで読み切ったナイルの慧眼に末恐ろしさを覚えつつも、更に踏み入った質問を投げかけた。

 

「相手の装備に関わらず一掃できる戦術武器となれば、陽電子砲ですね。それに付随する形でこちらの攻撃を防御できるモビルアーマーも布陣している可能性が高いと思います。オーブ沖で戦ったモビルアーマーもその類であったと思っていますので」

「ナイル。もしかしてその可能性が高いと思ったからこそ、シンと一緒に対処したのかしら?」

「はい。あの状況で[タンホイザー]を使ってしまうと、甲板にいたレイやルナマリアも巻き添えを食らうことになると判断してのものです。なので、シンと二人がかりで抑えることにしたのです」

 

 正直、[リバティ]で高高度から急襲するという手段もありだし、最悪相手のモビルスーツの発進口があるというのなら、侵入してフルバーストで破壊しまくる方法もある。だが、それはあくまでも保険で有しておくべきだと考慮することにした。

 

「はは、正直君の分析能力に驚かされたよ。これでは説明する立場も無くなってしまったな」

「別に司令官殿の面子を潰すつもりなど無かったのですが、すみません」

「いや、謝らなくてもいい。いずれにせよ、そうやって状況を呑み込んでくれたのは幸いだった」

 

 大方、[ミネルバ]にさしずめ[ローエングリンゲート]と呼ばれる連合の拠点攻略をしろ、と差し向けられたのは明白。それに、ラドルの反応からして陽電子砲を防御できるだけの能力を有するモビルアーマーの存在も確定。矛と盾を引き離し、その間に攻略を進める―――そのプランの話し合いはこれからの話であった。

 

「ドーキンス教官のご子息と聞いて、少しばかり期待を抱いたのは確かです。では、作戦については後日話し合うということでお願いいたします」

 

 ラドルの言葉に、ナイルは内心で溜息を吐きたくなった。オーブ沖海戦から[ミネルバ]の名が独り歩きし始めているという事実に。そして、喜望峰周りではなく態々ユーラシア西側へ直行するようなルートを選択させたあたり、あの議長なら平気でやりかねないと思いながら、司令部を後にした。

 

「申し訳ありません、艦長」

「別に謝ることじゃないわよ。基地司令が貴方を試したのは確かでしょうけれど、これが私たちの仕事だということも納得しているわ。アスランや貴方へかなり負担を強いることになるけれど、それは勘弁して頂戴」

 

 本来ならば連戦続きなど想定できる筈もないし、戦艦単独で行動するなど特殊部隊や少数精鋭の特務隊の範疇に含まれる。いくらタリアが『FAITH』に任命されたとしても、現場の指揮官からすれば面白くない感情を抱くことは多い。

 そして、それはタリア自身も理解できていることだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ミネルバのブリッジに足を運んでいると、扉を潜って通路の向こうに消えていくアスランを見かけた。誰かと話していたのか? と思ってナイルはそのままブリッジに向かうと、そこにはシンがいた。

 

「ナイル?」

「なんだ、シンか。アスランが出ていったから何かあるのかと思ったが……言いたいことは言えたのか?」

「うん、まあ……でも、何か見透かされたのが納得いかない」

 

 シンからすれば『当然の反応』なのかもしれない。そもそもパトリック・ザラの功罪を知っていれば、こんなこともなかなか言えないのかもしれないが……それに対してナイルが口を開く。

 

「……シン。何故アスランがオーブに亡命したのか分かるか?」

「えっ……どうせ、アスハの」

「当然それもあるかも知れない。だがな、彼の母親が戦争―――それも連合軍の放った核ミサイルのせいで亡くなるかもしれなかった。彼女が命を狙われたことで暴走して、危うく地球を滅亡にまで導こうとしかけた父親のことで悩まされた。こんな状況でプラントにいたいと思えるか?」

 

 核ミサイルの時点で被害が出たプラント側の構造物はユニウステンとボアズの二つ。なので、そのどちらかだったというのはシンでも理解できるだろう。プラントで散々嫌な思いをした以上、ここに止まる意味などもうないに等しい。

 

「……それ、本当なのか?」

「ああ、本当だ。何せ奴との付き合いは五年になるからな。言っておくが、アスランにこのことは聞こうとするなよ?」

「どうしてだよ?」

「お前にとっての家族の喪失と同じ……いや、それ以上だろうな。多分、アスランはこう言わなかったか? 『その力を手にした時から、今度は誰かを泣かせる者となることを忘れるな』と」

「っ!?」

「……やっぱりか」

 

 アスランの言葉の真意は、今のシンには理解できないだろう。

 ナイルはアスランを知っている。ラクスを知っている。カガリも知っているし、キラも知っている。だからこそ戦争に直接関与はしていないが、[フリーダム]と[ジャスティス]に大きく関与した者として知る権利を行使し、戦争の顛末を全て知り得た。

 一方、何も力を持たなかった一般市民のシンには、その全てを知ることなど出来ない。その状態で家族を喪えば、オーブやアスハ家を憎んでも仕方がないのだろう。その反動で力を有した時、シンが何を成すかによって彼に対する評価は様々に変化し得る。

 

「戦争という言葉を使えども、結局やっていることは人殺しだ。その正当性と免罪符を国家が保障しているという大義名分がなかったら、死刑など生温い所業になり得る」

「でも、それは!」

「俺だって、無抵抗で死ぬなんて御免だ。無論、危機が迫れば銃を握ることに躊躇いはない。その点でお前の考えも決して間違いじゃない」

 

 シンが建設途中の連合基地の攻撃で救った者もいれば、討たれた者もいる。国家が『敵』として切り捨てた者まで業や命を背負え、なんて偉そうなことは決して言えない。

 

「もし、シンが命を助けた兵士を見逃した結果、それがいつか大きな障害となってより多くの者を泣かせることになったら、それを許容できるか? お前は、自分の責任を以て『敵』として切り捨てることが出来るのか? 相手だってナチュラルである以前に人間なんだ。当然、討った者たちに近しい友人や知人、家族は相手を恨むだろう―――『なぜ殺されなければならなかったのか』とな」

「……それは」

「だから、アスランや俺は相手の戦闘能力を奪うだけに止めている。無論、シンにそれを強要したりはしない。軍人として割り切るのは難しいだろうが、何とどう戦わなければならないのかを見極めろ。勿論、戦ってるときに余計なことを考えたら死ぬだけだからな?」

「分かってるよ!」

「なら、いいさ」

 

 ナイルは決して自分の考えを誰かに強要しない。誰かの影響もあるわけだが、納得出来る結論を出せるのは自分自身に他ならないのだから。

 




ちょっと多忙で久々の更新になりました。
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