機動戦士ガンダムSEED DESTINY~自由の福音~   作:那珂之川

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通過点のローエングリン

 まるで衝立のように聳え立つ岩山の合間を縫うように、ザフトの部隊が渓谷を進む。レセップス級[デズモンド]とピートリー級[バグリイ]が先行し、この後尾に付く形で[ミネルバ]が超低空を航行している。

 マハムール基地を発つ前に行われた最終確認ミーティングには、何故かナイルが参加していた。本来ならばアスランが担うべき役割なのだが、ラドルからの指名となれば断るのも変な話だった。タリアとラドルから渡されたプランを見た後、これならば問題なく行けると判断を下した。

 

「一つ聞きたいのですが、シンの説得は誰が?」

「……できれば、貴方かアスランにお願いをしたいと思っているわ」

 

 シンのプライドをうまく刺激してやれば行けるのだろうが、何かと鬱憤が溜まっている彼を説得するのはそう容易くない。最悪は自分が矢面に立つことも考慮しつつ、今回の作戦概要をアスランに伝えた。最悪の場合、[リバティ]で高高度からゲート地下に敷設されている基地に侵入し、内部からの破壊を実施することも。

 ミーティングルームに入る前、ナイルは『現地協力員』―――ガルナハンで抵抗活動をしているレジスタンス―――と対面した。彼女はコニールと言い、見たところでは13,4歳といった感じの印象だった。

 

「はじめまして、ミス・コニール。ナイル・ドーキンスといいます」

「……ああ、はじめまして。その、私のことを侮らないのか?」

「その目を見れば、どれほどの苦労をしてきたのかが自ずと分かってしまうものでして。それに、貴女の手の感触でその苦労が並大抵ではないと悟ってしまいましたので」

 

 ナイルの物言いにアーサーは首を傾げ、アスランは驚くような素振りを見せ、コニールはキョトンとした表情を見せていた。これから街の未来が掛かっている状況なのに、何だか緊張感が薄れてしまった。

 ともあれ、四人が入室して作戦の概要を伝えることになるのだが、アスランの説明の際にシンの物言い―――自分もまだ十代の人間なのに、子ども扱いするような台詞を吐いた―――で、コニールが不信感を抱いてしまったのは確かなようだった。ナイルがコニールからディスクを受け取った後、シンに近付いて差し出すが、肝心のシンはそっぽを向いていた。

 

「ったー!! 何するんだよ、ナイ……ル……」

 

 それを見たナイルの対応は―――シンの脳天に拳骨を落とした。余りの痛みで涙目になりながらもシンは睨みつけるが、見上げたシンの目に映ったのは、目が笑っていない表情をしたナイルであり、これには周囲の人間も顔が蒼褪めていた。

 

「シン・アスカ。お前は[ミネルバ]所属のモビルスーツパイロットであるという前にザフト軍の兵士だ。今回の作戦は非常にシビアなものとなる為、ザラ隊長だけでなく、グラディス艦長やトライン副長、ラドル基地司令と綿密に協議を重ねた結果、お前が一番適任だと算定した上で今回の作戦を立案している」

(お、怒ってる……滅多に怒らないナイルが……)

 

 怒るというイメージが無いに等しい彼だからこそ、その彼を怒らせるということが『どういうことなのか』をアカデミーの同期―――特にシン、ルナマリア、レイは理解していた。そうでなくとも、この場にいる他のモビルスーツパイロットですら表情を蒼褪めている状況を見れば、その怒りは誰であっても理解している状況と言えた。

 

「作戦開始時間が近い以上、これ以上の問答は時間の無駄に等しい。今回の作戦の可否はガルナハンの街で暮らす人たちが今後生きられるかどうかにも直結するんだ。連合の支配下にいる状況でザフトに協力していることがどういう結果を齎すかなんて、それが分からないお前ではないだろう?」

「……分かりましたよ。絶対成功させてみせます」

 

 シンがナイルからディスクを受け取ったところで作戦開始ポイントのアナウンスが響き、アーサーは急ぎ足でブリーフィングルームを出ていく。それを見た上でナイルはシンへ言葉を掛ける。

 

「色々文句を言いたいだろうが、吐き出すのは生きて帰ってからだ。特に今回は最悪の事態も覚悟しないといけない相手なんだからな。アスラン、ミス・コニールは任せた」

「あ、ああ……すまないな、ナイル」

 

 それがシンに対する諭し方への謝罪と理解しつつ、ナイルは振り返ることなくブリーフィングルームを退出し、ヘルメットを被って格納庫の[リバティ]に乗り込む。

 今回の作戦はシンの動きに成功の可否が掛かっている。シンの乗る分離状態の[インパルス]が先行して飛び立ち、続けてアスランの[セイバー]、ナイルの[リバティ]、レイの[ブレイズザクファントム]、ルナマリアの[ガナーザクウォーリア]が発進。

 [ミネルバ]のタンホイザーで連合のモビルアーマーを引っ張り出し、モビルスーツも併せて引き付けることで[インパルス]の動きをさせやすくする。相手のローエングリンによって[ミネルバ]が窮地に立ってしまったが、[リバティ]を駆って敵モビルスーツ隊を悉く戦闘不能にしていく。こういう時は[フリーダム]に近い能力を有しているこの機体のお陰で何とかなったのは確かだろう。

 そうして少しの間を置く形で岩壁が爆発し、飛翔する三機の戦闘機は合体して[インパルス]へとなったシンは一目散にローエングリンへと突撃する。シンが動きやすい状況を作れるよう、[リバティ]で砲台やモビルスーツを瞬く間に無力化していく。

 

「シン、後ろは何とかする! お前はあの砲台を叩け!」

『ああ、わかってる!』

 

 互いに諍いがあったとしても、これまで長いこと共に切磋琢磨してきた同期だからこそ、互いに背中を預けられる戦友として見事に連携が取れていた。あの時ナイルが発破を掛けたこともあって、シンは的確な判断でローエングリンを見事に破壊せしめた。モビルアーマーについてはアスランの[セイバー]が問題なく破壊できたようだ。

 ガルナハンの街に降り立った[インパルス]と[セイバー]。だが、[リバティ]は街に降り立つことなく[ミネルバ]に帰還した。喧騒や英雄扱いが嫌いというわけではないが、この状況で起きうることが理解していたからこそ、それを見ないようにしたかった。

 その後、シンからは逆に『迷惑を掛けてゴメン』と謝られた。理不尽な理由など一切なく、シンのことを思って叱ってくれたのが、思わず両親のことが頭を過ったそうだ。「俺は別に親代わりなんてする気はないけどな」とだけ返しておいたが。

 

「もう、死ぬかと思ったよ。慰めてよぉ」

「調子に乗るな」

「あうちっ!!」

 

 ナイルの部屋にメイリンがルームメイト同然として居座っているという事実は[ミネルバ]のクルーが知っているし、ヴィーノやヨウランにも揶揄われている。タリアからは『まあ、私からは何とも言えないけど……』と、デュランダルとの関係を思ってか余り煩く言われない。

 ルナマリアはその事実があってもナイルとメイリンが恋仲になるとは思っていないようだった。

 

「つーか、ルナマリアがあそこまで鈍感なのは……何か解釈が拗れそうな気がするけど」

「多分だけど、お姉ちゃんはナイルに嫉妬してるんじゃないかな? シンと仲が良いし」

「アブノーマルの趣味など皆無なんだが」

 

 シンとはオーブの出自もあって仲が良いのであって、同性である以上は親友・友人の関係を超えることは無い。シンがどうしても子どもっぽいのは精神的な要素が大きい……それは彼の目の前で家族が爆散するという残酷な光景が脳裏に焼き付いていて、本来ならメンタルケアを優先するべきところを、シンは感情を優先した。その結果としての今の精神なので、こればかりは仕方がない。

 

「シンがガキっぽいって思うのは無理もないことだが、目の前で家族を喪った人間の精神がまともだと思えんからな。いくら身体が頑丈だといっても、中身が脆かったら何にもならん」

「……医者っぽいことを言っちゃうんだね、ナイルは」

「これでも軍医の資格持ちだからな、俺は」

 

 いくら遺伝子で身体を強化しようとも、精神の強さを決めるのは結局環境に他ならない。資質があろうとも、身体能力ありきで努力を怠れば負けることだってある。同じコーディネイター同士で起こりえているのだから、ナチュラル相手にだって当然発生する。モビルスーツの戦闘で圧倒的優位に立っていない事を鑑みれば、もう少し省みる事だって本来は必要なのだ。

 

「ところで、さっさと帰って来たけど……ガルナハンの街で何かあったのか聞かないの?」

「聞いたところで胸糞が悪くなることばかりなんだろう? それに、大方の予想は付くからな」

 

 先の大戦においてユーラシア西側・南側はザフトの勢力圏内だったが、ユニウス条約によって連合勢力圏に含まれた。当然、双方の支配体制を実感した住民から不満による反発が起きても何ら不思議ではない。

 そして開戦の影響でゲリラ・レジスタンスの活動が頻発化した。当然、連合の支配から解放された市民たちは責任を連合の軍人にぶつけるだろう。それによって生じた負の感情による連鎖を見ないようにして。

 

「あ、そうだ。最近プラントでラクス・クラインを見るようになったじゃない。何か、大分変わったなって気がするんだけど……ナイルはどう思う?」

「あくまでも個人的な意見だが、あれはラクス・クラインの名を借りたアイドルにしか見えん」

 

 普通の女の子らしい感覚は持ち合わせていても、ラクスが芯の強い人間であったとしても、彼女は自分自身の決定や判断を誰かに委ねることはしない。ましてや、誰よりも戦いを嫌う彼女が必要に迫った時以外の戦いを許容するとは到底思えない。キラ・ヤマトに[フリーダム]を渡した時も、彼女は彼の決定をただ尊重しただけに過ぎないし、[ストライク]を討ってプラントに帰還したアスランを諭した時も、彼に意思の決定を委ねたことは確かだ。

 先の大戦ではアスラン・ザラの婚約者という体裁こそあれども、軍の行動を許容するような人間ではない。だが、今プラントにいるラクス・クラインは戦争そのものを許容しているようにも聞こえてしまう。

 そもそも、ナイルは一目見た時点でプラントのラクス・クラインが偽物だとすぐに理解した。長いことクライン邸の使用人をやっていたからこそ、ラクスの真偽をすぐに見抜くことが出来た。

 

「納得がいかないって感じ?」

「彼女の歌姫としての本質は『厭戦』―――防御的な音調が主体だ。でも、プラントで活動しているラクスはその真逆―――攻撃的な音調となっている。士気を上げて戦争の正当性を稼いでいるようにも見えるしな。まあ、何かしらの心境の変化とかあったのかもしれんけれど」

「断言はしないんだね」

「本人のことは本人にしか分からんからな」

 

 だが、下手に嫌疑を抱くような印象を周りに与えたくない。ラクスのことを真に理解できる人間の方が少ない。それだけ『ラクス・クライン』という名が独り歩きしているのは事実だった。それを許容しているプラントの現最高評議会議長など信用できる筈もない。

 寧ろ、その議長が都合のよい手駒としてあのラクス・クラインを準備したとしか思えない。

 

「……で、何で首を傾げる?」

「だってさ。あの見た目に関して何も言わないって……枯れてる?」

「失礼な奴だな、お前は。性的に反応しても、何にもならない相手なんて御免だ」

 

 彼女が何を思ってどんなムーブをするかなんて分からないが、少なくともアスランの反応を見る限りで『ラクス・クラインはアスラン・ザラの婚約者である』という前大戦の事象を引き摺っているのは確かだ。

 そんな状態の相手にアプローチなんて無意味なので、精々事務的な対応をする程度だろう。

 

「ヴィーノやヨウランは勿論、男性クルーも結構騒いでいるのに?」

「アスラン・ザラの様子を見てる限りだと、ラクス・クラインが本気になる相手は限定されるようだからな」

「? そこでザラ隊長の名前が出るってことは、婚約関係はまだ続いているの?」

「さあな」

 

 ただ、アスラン本人はラクスとの婚約解消を前提に動いているし、本当のラクスもアスランのことは割り切っているだろう。そんな事実を敢えて漏らす必要はないため、メイリンの問いかけに対しては適当にはぐらかしたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ガルナハンを攻略した[ミネルバ]はそのまま内陸部を抜け、黒海に面したディオキアという都市に停泊することとなった。レクリエーションルームではモニターに映る様子を見ているクルーが大勢いる中、ナイルはレクリエーションルームに向かいながらアスランと歩いていた。

 

「一先ず、ここで小休止は出来るだろう」

「休暇という言い方は出来ないのか……?」

「[ミネルバ]の置かれた立場からしたら、それも無理な相談だと思うがな。それはアスランだって感じているだろう?」

「まあ、な……」

 

 当人たちはそう思っていなくとも、[ミネルバ]はプロパガンダという役割を与えられてしまった。前大戦では当時最新鋭の連合艦[アークエンジェル]、そして連合最強と謳われたGAT-X105[ストライク]の想起。アスランが配属となったのは、その機体を討ったという実績を買われているというのも事実なのだろう。

 加えて、[フリーダム]を想起させる[リバティ]の存在がそれに拍車をかけている。実母がモビルスーツ黎明期の英雄という存在を加味している可能性も捨てきれない。レクリエーションルームに入ったところでアスランの姿に気付いたルナマリアが近寄ってきたため、彼女の相手をアスランに任せてシンとメイリンのところに近寄った。

 

「ナイル。隊長と何か話してたのか?」

「ちょっと世間話程度だよ。しかし、何だか基地が騒がしいように見えるが」

「確かに……歓迎ムードとは何か違う様な気がするね」

 

 三人の疑問―――ディオキア基地の兵士たちが集まっている場所に特設のステージが存在していることに気付いたナイルが声を上げる前に、クルーたちがざわつく。二機のモビルスーツに抱えられる形で降下してきたのは一機のザクウォーリア。それも、特注カラーと言えるピンク色。

 存在を際立たせるためにパーソナルカラーの塗装は分からなくもないが、それに加えて文字や絵のペイントまで入っている。そして、それを指し示すかの如く登場した人物はザクウォーリアの掌に乗っていた。

 

「わああっ!! ラクス・クラインだって!?」

(まあ、そういうのは予測していたな。となると……『あの人』もいそうだな)

 

 単に慰問というだけならば、ラクス・クラインが態々ここに来る意味がない。そうなると、彼女の傍には『かの人物』も一緒にいるのだろうとナイルは推察しつつ、ラクス・クラインの登場で盛り上がるクルーたちを見ていた。

 ここでふとアスランを見てみると、当の本人はラクスの姿を見て驚きを隠せていなかった。というか、まるで『何でこんな場所にいるんだ!?』と言わんばかりの表情を見せていた。あの様子を見る限りにおいて、アスランとラクスの婚約は既に無いと言っても過言ではない。

 寧ろ、こんな様子だとアスランがボロを出さないか不安で仕方がない……と思えてならなかった。

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