機動戦士ガンダムSEED DESTINY~自由の福音~   作:那珂之川

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組み合いの無限ループ

 息子が母親のことを変人扱いするのは如何なものか、と追及したくなる人はいるだろう。だが、それに輪を掛けて突拍子もない行動や言動が目立つのは事実。それで迷惑を掛けられたことはあるが、それ以上に恩恵を受けているので強く言えない事実もあった。

 

 ナイルには父親がいない。母親曰く『産む前に亡くなってしまった』とのことで、自宅には生前の彼が遺していたという書籍や資料が一つの部屋を埋め尽くしていた。

 父親を知らないナイルにとって、それらに触れることで父親の足跡を辿っていた。医学や薬学などと言った医療分野のみならず、動物や植物などの生物学分野、更には遺伝子研究の資料も数多く残っていた。

 

 幼少期の人間ならば普通は読めないだろうし、そういったものを読ませまいと叱る母親もいるだろう。だが、レイチェルはナイルの行動を咎めず、時にはナイルと一緒に目を通すこともあった。

 レイチェルはアカデミーの教官をしつつも、プラントにある遺伝子研究所に勤めている。出生問題が深刻化しているコーディネイターの将来を解決するべく彼女も主任研究員として働いているらしい。ここら辺は本人談なので、嘘をついていない限りは事実なのだろうと思う。

 母親の言うことに対して懐疑的となるのはどうかと思われそうだが、誕生日プレゼントに『最新鋭のモビルスーツでも手配しようか?』などと平気で言ってしまうし、前の年は数百万もする新型バイクを何も言わずにプレゼントしてきたのだ。

 バイクの免許をクライン邸で働いていた時に無理矢理取得させられたのは事実だが。

 

 そんなナイルだが、アカデミーの同期の中でも最も過酷な現実と向き合っていた。それは、本来有り得ないであろう二つの部門(カリキュラムともいう)の取得だった。

 パイロット部門はまだいいとしても、レイチェルが手を回して軍医部門のカリキュラムまで取得することになった。恋人云々の件を事実だとしても、アカデミーでここまでのことをするのは後にも先にもナイルぐらいしかいないのだろう。

 

 更に一番残酷なのは、仮にそうしても平然とついていけてしまうナイル自身の異常さだった。

 

 パイロット部門は先の大戦時に核動力機のテストパイロット(この事実は言えないので、口止め料として今も支払われているし、セカンドステージシリーズの開発・設計にも携わっている)をしていた経験が生きている。そもそも、話したところで受け入れてくれるかも怪しいだろう。

 座学については現役のモビルスーツパイロット兼教官のレイチェルが懇切丁寧に教えてくれる。体術についても実家古来の武術を嗜んでいるとのことで、何度もあっさりと捻じ伏せられた。最近は勝ち越してきたが、『これで将来の伴侶でも見つけてきたらいいのに』とか宣った時は本気で投げ飛ばしてやった。

 

 射撃やプログラミング分野は苦手だったので、ここについても母の指導を受けつつ自主練を重ねていった。同期の赤髪を持つ勝気な女子はシンを見ながら『努力なんて無駄よ』とか宣っていた。いくらコーディネイターと言えども、最初から十全に出来ていたら教える立場の人間など要らないし、それは最早“化物”の類でしかないと思う。敢えて教えてやる義理もない訳だが。

 

 軍医部門は自宅に遺っていた父の書籍や資料を全て記憶している為か、アカデミーで学ぶ知識全てが復習扱いになってしまうという悲しい現実まで突き付けられた。実習部分でもクライン邸で磨いた手先の器用さが生きており、母親の親切さと慧眼に対して遣る瀬無さを覚えるほどだった。

 こうして思い返すと、ナイルにとっては逆にストレスが掛かる様なことばかりだ。それを分かっているからこそ、母親の言葉が的確に突き刺さってくるのは恨めしい。

 

 そんな風に思いながら軍医部門の部屋を先に出ると、パイロット部門で顔を合わせる四人と遭遇した。そのうちの一人はルームメイトであるシンだった。

 

「ナイル、そっちもこれからランチか?」

「ああ。その様子だと、シミュレーター訓練でまた突っ込んで早々に撃墜判定でも食らったようだな」

「うっ……」

 

 ナイルが軽口を交えつつもシンの様子から察した言葉を投げかけると、シンはバツが悪そうな表情を浮かべた。

 先程までパイロット部門はシミュレーターによる仮想戦闘訓練の時間だということは把握していた。だが、軍でも最新鋭の機体に触れることが多いナイルからすれば、[ザク]程度の反応速度しか出せない機体は足枷にしかならないし、実際のところナイルはシミュレーターを壊したことがあった。

 別に八つ当たりをした訳ではなく、前に個人戦のシミュレーター訓練を行った際、ザクのOS設定を自前で持ち込んだもので戦闘をした結果、先に機械が壊れる事態となった。持ち込んだOSにウイルスとなる様なものは確認できなかったが、この先壊され続けては堪らないということでナイルはシミュレーター訓練を免除されてしまった。

 すると、シンの隣にいたショートの赤髪の女子―――ルナマリア・ホークが口を開いた。 

 

「ホント、ナイルって察するのが早いわよね」

「まあ、若干羨ましいと思っているのはあるがな。俺なんてシミュレーターを壊したせいで訓練を免除されてしまったし」

「前に一度OSを見せてもらったが、アレは俺でも理解できなかったな」

 

 ルナマリアとナイルの会話に入ってきたのは、金髪の美男子とも言える出で立ちのレイ・ザ・バレル。本人はクールでやや無口なミステリアス系男子みたいな印象だが、真面目で成績も優秀。ナイルはレイと入学式に知り合って、互いに話し込んだ。

 ピアノのことについて話すと目を輝かせており、暇さえあればピアノを弾いているという。ナイルは先の大戦で亡くなった友人のこともあって、一時期居候していた家のピアノを使わせてもらうことがあった。そのピアノは自宅へ戻る際に譲ってもらい、プラントの自宅に置いている。

 

 ナイルがシミュレーター訓練を免除される前の成績はルナマリアとレイに負け越している。だが、二人ともナイルが本気でやっていないことを見抜いていた。というか、知っていた。

 正確にはツインテールの赤髪を持つ女子―――個人戦トップのアグネス・ギーベンラートにナイルが唯一圧倒的に勝ち越している人物だからだ。そのアグネス当人はナイルに噛みついてきた。

 

「ちょっとナイル、勝ち逃げなんて許さないんだからね! というか、あの落ちこぼれと代わってアンタがあたしと組みなさいよ!」

「組み分けを決めたのは教官だし、俺は当面訓練禁止の身だぞ? ……その様子からすると、いいとこ10秒少々でシンが撃墜でもしたか?」

「……流石ね」

 

 全てを言わなくても、ナイルならばある程度の事情を察してしまう。的確に当ててみせた彼の言葉にアグネスは感心も含んだような反応を見せつつ、口調が少しトーンダウンした。その様子に呆れている表情を見せたのはレイだった。

 

「正確には14秒だ。しかし、実際の場面を見ていないのに時間まで当てるとは流石だな、ナイル。教官も惜しんでいたほどだからな」

「今のシンの技量はルームメイトとして把握しているからな」

 

 シンはコーディネイターだが、現時点での成績で言えば“落ちこぼれ”なのは確か。

 しかし、それも仕方がないことなのだ。

 

 ナイルがシン、ルナマリア、レイ、アグネスの四人と成績から見た経験値を比べた場合、間違いなくナイルが抜きん出てしまう。これは才能の面もあるだろうが、単純に経験の差が如実に出る形だ。

 それに、シンはオーブ連合首長国からの戦争難民。オーブとプラントでは成人と認められる年齢が異なる為、当然教育に関する部分が如実に出てしまう。これまで未成年と扱われていた人間がいきなり成人扱いで成人相当の教育を受けるのだから、下地が出来ていないシンにとっては苦労の連続だ。

 

 ナイルはオーブからの移住者なので、当然その事情も把握している。だからこそ、アカデミーの寮もシンと同じ部屋に分けられているし、シンからの頼みで座学やシミュレーター訓練での反省会もやっている。

 彼はシンの努力を間近で見ている理解者であり、シンの努力を見た上で自身にも生かせる知識を得ている。シミュレーター訓練が出来ない人間からすれば、実際にやっている人間の視点で見れるのは貴重なのだ。

 

「ホント、あんたは甘いわよね。ちゃんと言ってやれば? シンにパイロットなんて向いてないって」

「……才能があるからといって、努力を馬鹿にするような人間へ答える義理などない」

 

 アグネスの物言いに対して、ナイルは冷たく返した後で一足先に食堂へ足を向けた。後ろの方から技術部門の同期の声が聞こえたが、それに対して反応することも無く歩を進めた。

 

 彼女が優秀なのは事実だし、それは成績として確かに証明されている。だが、ここで教科書通りの成績を収めたとしても、実際の戦場で全て通用するとは限らない。戦争となれば、いくら戦略や戦術があろうとも、その通りに動くことなど稀なのだ。

 新型機を開発・設計するにあたって、ザフトから提出された映像データを確認したことがあった。宇宙に始まり……アフリカ、インド洋、オーブ沖とザフトのモビルスーツや連合から奪取した機体のデータに映るのは、白き戦艦と共に戦うトリコロールカラーの連合製の機体。

 その動きは最早軍事の教科書にない非常識的な機動。だが、数的不利を埋めるために極めて合理的な最適解でもあるやり方。

 

 アカデミーでやると確実に怒られるやり方だが、こんなやり方を真似しろと言われても実践できる人間はまずいないだろう。ナイルの場合はというと『出来なくはないがやりたくない』のが正直な答えだ。

 

 ナイルはその映像を通して悟った。白き戦艦の名は連合製の特装艦[アークエンジェル]、そしてモビルスーツの名はGAT-X105:ストライク。その機体を駆っていたのは……ラクス・クラインを通して知り合った一人のモビルスーツのパイロットであるキラ・ヤマトである事実も。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ナイルはシミュレーター訓練こそ禁止される羽目になったが、それ以外のカリキュラムは普通に受けていた。とはいえ、同期の面子と比べると経験値の差が如実に出かねないため、そこそこ手を抜くことはしていた。

 それでも、体術関連については自身の命にも関わる案件なので、それなりに真面目にやっていたし、レイチェルも教官として『アグネス相手なら本気でいいわ』と太鼓判を押していた。これらの事情が重なるとどうなるのかと言えば、その答えはシンとルナマリアが揃って絶句する光景だった。

 

「……ま、まだ、よ……」

「あのさ、ルナ」

「大丈夫よ、シン。言いたいことは分かるから」

 

 状況を説明すると、体術の授業でナイルとアグネスが組み合う形となり、ナイルは軽々とアグネスの力と勢いを利用して投げ飛ばした。それにキレたアグネスが何度も立ち上がっては掴みかかろうとして、ナイルに投げられるループ状態と化していた。

 その近くでルナマリアと組手の形で鍛錬していたシンだったが、あまりの喧騒と床に叩きつけられる音で流石に心配となって視線を向けた。これにはルナマリアも冷や汗が流れるほどだった。

 

 既に40回以上も投げられっぱなしで、担当教官も止めようか悩むとアグネスが睨むために止められなかった。シンやルナマリアのみならず、これが一体いつまで続くのかと心配するギャラリーの生徒が増えていく中で、その均衡を破ったのはナイルだった。

 このままでは授業に支障が出ると考慮して、アグネスを投げる際に遠心力を強めに掛けて意識を完全に飛ばした。アグネスが完全に気絶しているのは確かだが、それでもうわ言のように呟いていた。

 

「ま、まだ、よ……」

「あ、終わった」

「終わったわね」

 

 そうして完全に沈黙したアグネスは救護の教官によって運ばれていき、ナイルに対しては担当教官が注意した。男女間の差別ではなく、流石に遊び過ぎであると判断されたようだ。すると、二人のもとにレイが近付いてきた。

 

「シン、ルナマリア。向こうは終わったようだな。お前たちも終わりか?」

「あ、レイ。流石にあんなのを見せられたら、無理は出来ないなって……今度教わろうかな」

「いや、流石に命がいくつあっても足りないわよ」

 

 体術だけであんな芸当を見せられたというのに、これでナイフ戦となったらどうなるかなんて想像もできない。興味津々のシンに対して、疲れたような表情を垣間見せるルナマリア。すると、レイが少し考え込む表情を見せていた。

 これにはシンが気付いて問いかけた。

 

「レイ、どうかしたのか?」

「いや、自分の都合の話を思い出しただけだから、気にするな」

 

 この日を境に、アカデミー同期の中では『ナイル・ドーキンスこそが真のトップなのではないか?』という噂が多かれ少なかれ流されるようになったという。

 




 こういうことって普通は可能なの? と思われるかもしれませんが、設定の整合性を取る為には母親が規格外の存在になるしか方法が無かった、とも言います。
 リアルだと軍人関連と軍医関連は分離していますが、プラントの人口的にその方法を取るよりも同じ学校の別課程にしたほうが実習もやりやすくなるので、この方式にしました。

 スレ元ではあまり本腰でやっていなかった形ですが、それだと成績にもろ影響が出かねないと考えた結果、いっそのことシミュレーターを壊して訓練免除になったせいで本気になれなかったことにしました。

 ただし、アグネス。てめーは本気で叩き伏せる。
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