機動戦士ガンダムSEED DESTINY~自由の福音~ 作:那珂之川
ナイルのアカデミーでの生活は、全般を通せば至って平穏だと言える。
体術の授業でアグネスを叩き伏せてからというものの、妙な噂まで出回る始末だった。それを聞いた母親が爆笑した時は、彼女の口に買ったばかりのサンドイッチを突っ込んでやった。親子としてのコミュニケーションとしてはどうなのかと思うだろうが、このぐらいの距離感が丁度良かったりする。
ある日のこと。レクリエーションルームでシンと休んでいると、同期で技術部門のヴィーノ・デュプレからこんな質問が飛んできた。
「そういやさ、シンやナイルって好きな人とかいない訳?」
「え?」
「はあ?」
ヴィーノは一言で言い表すなら『女好き』。同期の女子に声を掛けては撃沈しているらしいと同じ技術部門のヨウラン・ケントから聞いている。それでも声を掛けた女子たちとは嫌われずに友人関係は続けられているようで、この辺はヴィーノの人徳なのだろう。
そんなヴィーノから色恋沙汰を問いかけられるとはどういう風の吹き回しだろう、とも思った。その理由を会話に参加していたヨウランが教えてくれた。
「知ってるか? フレグとルナマリアが付き合ってるって話」
「俺はそれとなく聞いたけど、ナイルは?」
「それなら本人に聞いたからな。無論知ってる」
十代の少年少女が通っているのだから、当然色恋沙汰は発生する。しかも、15歳で成人扱いとなるプラントからすれば、仮にアカデミー在学中の付き合いでも不純な交友に当たらない。生死と隣り合わせのパイロットからすれば、出来るだけ釣り合う相手を見つけたいのは当然の帰結だと思う。
ナイルはルナマリアだけでなくフレグとも交友があったので、二人が付き合うのは自ずと耳に入ったし、二人が付き合った際にフレグから相談されたこともあった。ただ、付き合いのない自分に相談しないでほしい、と内心で毒づいた。
「周りが色恋沙汰で盛り上がってるのに、我関せずなのはシンとレイ、それにお前ぐらいだぜ?」
「俺は授業についていくので精一杯だからなあ」
「そこまで考える時間がないんだよ、俺は」
何せ、いくらカリキュラムを簡単に進められるからと言っても、二つのコースを受けている以上は授業のスケジュールがカツカツなのだ。こうやって休憩時間で友人と話せるのは本当に貴重なレベルだ。
そんな時に『ナイルが一番考えたくないこと』を問われたら、流石の彼もあまりいい気分はしない。だが、それでもヴィーノとヨウランは引き下がる気など無かった。それは会話に参加していたシンにも理解できたようだ。
「でもよ、同期で可愛いと思ってる子ぐらい入るんじゃないのか?」
「そうだよ。その辺はどうなのさ」
「……まあ、否定はしない。そうだな……個人的にはメイリンがアリだと思ってる」
ナイルは大人同然の扱いを受けても、所詮は十代の男子。当然異性への関心は人並みにある。思い浮かんだのは同期の一人の女子で、ルナマリアは無論のことアグネスでもない別の女子。まあ、前者とその女子に関しては無関係と言えない間柄なのだが。
すると、どこか別の方向に目線を向けていたヨウランが目に入り、ナイルはヨウランに視線を向けた。それに気付いたヨウランは左手をナイルの右肩に置いた。
「ナイル、そこにいる奴みたくメイリンを泣かさないよう頑張れよ」
「ヨウラン?」
「いや、意味が分からないし」
何かを悟ったかのようなヨウランと動揺するヴィーノ、そして首を傾げるナイル。この後、シンに対して女の子トークを繰り広げることになって流れたと思ったのだが……その言葉の意味を知ることになるのは、この数日後のことだった。
◇ ◇ ◇
アカデミーの女子寮。寝間着姿の少女はモニターをぼんやりと見つめていたが、物音に気付いて視線を見やると、そこには頭にタオルを掛けたタンクトップと短パン姿の女子がいた。
「ちょっと、お姉ちゃんってば。流石にはしたないでしょ」
「別にいいじゃないの、メイリン。あんただって偶にバスタオル一枚で出てくることもあるんだし」
活発な女子の恰好をしているのはルナマリア・ホーク。そして、寝間着姿の女子はメイリン・ホーク。二人は血の繋がった一つ違いの姉妹で、アカデミーではルナマリアがパイロット部門、メイリンは技術部門のカリキュラムを受けていた。
「それはそうだけれど……ねえ、お姉ちゃんに相談があるんだけど」
「相談? あたしでいいんなら相談に乗るけれど」
メイリンからすれば、年が一つしか違わないのにスタイルがいい姉のことを羨ましく思うこともあれば、コンプレックスに感じている。パイロットとしての出来も良く、最近は彼氏も出来た。
出来る姉は自慢でもあり、悔しくもある相反する存在。勿論、ルナマリアも妹のコンプレックスや悩みは理解しているものの、持つ者からすれば持たざる者のの悩みは分からないこともある。
それでも姉妹仲が良いために、寮は同じ部屋となった経緯がある。
「流石にお母さんならともかく、お父さんには相談できないよ……えっとさ、お姉ちゃんってどうやってフレグに声を掛けたの?」
「どうやってって、最初は一緒に昼食とかデートとかで交友を深めて告白したって感じよ。もしかして、気になる人でも出来たの?」
「まあ、そんなところかな……」
まさかメイリンから色恋沙汰の話が出てくるとは思わず、彼氏持ちとして話を聞いてあげようとルナマリアはメイリンの隣に座った。そのメイリンの様子はというと、少し前のルナマリア―――異性に対して気になっている素振りを隠しきれていない―――みたいな状態だった。
「それで、相手は誰よ?」
「明確な好意というよりは、気になる異性ってぐらいだから。お姉ちゃんみたく今すぐ付き合いたい男性がいるわけじゃないよ」
(異性ねえ……)
ルナマリアはメイリンが照れながら話したことで、彼女の交友関係を思い浮かべた。妹の交友関係は広いものの、彼女とて選り好みはするだろう。
(カリキュラムで言うなら技術部門だけれど、それは無さそうだし……レイは、どうなのかしらね……シンは無さそうだし、ナイルは流石に無いでしょう)
アカデミーの同期だけを思い浮かべたとして、ルナマリアが候補に挙げたのはメイリンと同じ通信部門の面子か、あるいは自分の彼氏であるフレグぐらいしかいないと思った。
いくら妹でも姉の彼氏を奪うようなことはしないだろうと思い、フレグは候補から外された。残るはメイリンと同じ通信部門の面子だが、そこにいる男子もあまりパッとしない。メイリンの言い方からするに、まだハッキリと気持ちが定まっていない印象を強く受けた。
なので、ルナマリアは当たり障りのない答え方を選んだ。
「なら、今週末に買い物でも誘ったら? その反応で確かめてみるのが一番だと思うわよ」
「そうだね、そうしてみるよ。ありがとう、お姉ちゃん」
この時、ルナマリアはメイリンの動向をこっそり確認して、妹が気になっている相手を特定してやろうと意気込んでいた。この時の経験が後に別の形で生きることになろうとは、当人ですらも予想していなかったのだった。
◇ ◇ ◇
「はあ……失敗しちゃったな。何よ、あの人……」
次の日の放課後。メイリンは落ち込みつつも特定の人物に対する恨みを零す様に呟き、女子寮へ続く道を一人で歩いていた。
姉からのアドバイスを受けて、早速気になる相手を見つけて声を掛けた。いざ用件を切り出そうとしたところで、そこに割りこんできたのは姉と同じパイロット部門のエリートであるアグネス・ギーベンラートだった。
『あら、パイロット志望でもないのに声を掛けるなんて図に乗ってるんじゃないの?』
明らかに侮辱としか思えない内容。これにはメイリンが声を掛けていた男子がキレて、アグネスと共にその場から去っていった。結局、話したい内容も言えずに帰宅の時間を迎え、普段ならルナマリアと一緒に帰っていたが、今日は一人でトボトボと歩いていた。
仕方がないから、誰か同じ部門の女子でも誘って出かけようかと思っていたところ、後ろから声を掛けてくる人物がいた。
「メイリン! 良かった、まだいたか」
「えっ? って、ナイル?」
振り返ったメイリンの視線の先にいたのは、金髪混じりの黒髪を持つ男子ことナイル・ドーキンスだった。
実を言うと、メイリンが声を掛けていた男子こそナイルであり、更にはナイルとシンたちの会話を偶々聞いていた。そこでナイルがメイリンの名を出したことに思わず恥ずかしくなって逃げだしたのだ。
でも、いざ思い返すと……気に掛かっている相手から気になる異性として見られていることに嬉しさを覚えていた。だからこそ、アグネスが割り込んできたことに物凄く腹が立った。
そんなことを考えていると、ナイルは頭を下げて謝って来た。
「昼間はすまなかった。あんなことを言われたら黙ってられなくてな……先程のお詫びを兼ねて、もし今週末の予定が空いてたら一緒に買い物に行かないか?」
「……え、え、ええっ!? えっと、予定は空いてるからいいけど……私でいいの?」
“お詫び”と称したナイルからの申し出に、メイリンは思わず声が上擦るほどに動揺していた。元々メイリンから誘う予定だったので、週末の予定は既に空いている。そこに向こうから申し出てくれたことが余りにも衝撃的だった。
姉と比べると女性らしいとは言えない自分。身内に対するコンプレックスを持つメイリンからすれば、エースパイロット候補とも言えるナイルが声を掛けてくれたこと自体、まるで御伽噺でも語られているかのような感覚だった。
「メイリンだからこそ誘ったんだ。俺なんかだと嫌か?」
「そんなことないよ! えっと、集合時間は後で連絡していいかな?」
「ああ、それでいいよ。それじゃ、また週末に」
そう言って早足で去っていくナイル。その様子を見送って呆然としていたメイリンだが、ナイルと買い物の約束を取り付けたという意味を思い返していた。
「えっと、ナイルと二人きりってこと……これって、デート……だよね?」
誘った人数的にナイルとメイリンの二人だけ。男女が一緒に買い物へ行くという状況を考慮した結果……そうなるであろう風景を想像した瞬間、メイリンは顔を真っ赤にして立ち竦んでいた。
「メイリン? おーい、生きてる?」
「わひゃっ!? だ、だいじょうれひゅよ、おねえひゃん!?」
「……いや、本当に大丈夫? 熱とか無いわよね?」
メイリンを追いかけるようにして姿を見せたルナマリアに声を掛けられるまで、メイリンの思考は完全に停止していたのだった。なお、赤面していた理由についてルナマリアから追求は来たものの、何とか誤魔化すことで事なきを得たのであった。
◇ ◇ ◇
迎えた週末の土曜日。約束の場所は市街地中心の噴水にした。ナイルは1時間前に到着して近くの喫茶店で時間を潰していたが、メイリンからのメールに気付いてお会計を済ませ、待ち合わせの場所に向かった。
流石に付き合っているというわけではなかったので、アカデミーの近くで待ち合わせることにはしなかった。そうしてナイルが数分ほど待っていると、こちらに向かって急いでくる女子の人影に気付く。
それがメイリンだというのは直ぐに理解したが、ナイルは彼女の姿に目を丸くしてしまった。
「お待たせ、ナイル……って、どうしたの?」
「いや、少し吃驚してしまってな」
メイリンとは他の同期と一緒に遊んだりすることはあったものの、割と足の露出度が高めの恰好が特徴的だった。だが、今の彼女は膝上程度の長さのスカートを履いているのもそうだが、いつもツインテールにしている彼女の髪型は髪を下ろした状態で整えられていた。
年頃の女子っぽさよりも女性らしさが前面に出ていたことで、ナイルも驚いてしまったという訳だ。
「それで、どこか行きたいところはあるか? 一応プランは立てておいたんだが」
「新作の服を見たいけど、先にナイルの用事を済ませてからでいいよ」
「なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
そうして並んで歩きだす二人。
ナイルの用事はプラントでも珍しい古書店。事前に注文していたのか、店主から古びた本を受け取っていた。その際、店主からは興味深そうにメイリンを見つめつつもナイルに話しかけていた。
「おや、坊主の彼女かい?」
「彼女ではないですよ。そうなりたい欲はありますけど……」
ここの店主はナイルの母であるレイチェル・ドーキンスと知己で、彼女の繋がりで面識を持った。前大戦ほどではないにせよ、地球では絶版などになって見つからない書籍が多数存在するので、そういったものを読みたい時に重宝している。
「にしても、あのレイちゃんがここまで立派に育てたのは奇跡だよ」
「そこまで言いますか……いや、自分でもそう感じてしまいますが」
「でも、悪い子じゃないんだよ。母親もそうだけど、彼女と仲良くするんだよ?」
そうして用事を済ませたところで、メイリンとカフェテリアへ行くことにした。そのカフェテリアはこの間オープンしたばかりで、一度行ってみたいということとなった。流石に買った本をこの場で読むことはせず、会話に興じた。
ナイルとメイリンでは部門が違うため、話せる内容も当然異なってくる。なので、アカデミーでのカリキュラムの話題よりも同期たちの話題になっていた。
「でさあ、お姉ちゃんってばこの間私が言ったアドバイスを無視したんだよ。あの様子だと誰かに取られても仕方が無いと思うんだけど」
「酷な事を平気で言うなよ。というか、身内なのに辛辣過ぎないか?」
メイリンが話題に触れたのは姉のルナマリアのことだった。妹として将来の身内となる可能性がある姉の恋人ならば、気になって仕方がないのだろう。実際のところ、ルナマリアは彼氏であるフレグと上手くやっているのは確かだ。
だが、二人が付き合っている陰にアグネスの存在がちらついた。彼女はルナマリアが見ている前でフレグに話しかけたり、思わせぶりな態度を見せることがあった。二人と親交が深いナイルの目から見ても、アグネスのやっていることは人として異常だと思えてならなかった。
「身内だからこそだよ。上手くいけばいいけれど、同期の子から聞いた話だと『あの女』がフレグにちょっかいを掛けているんじゃないかって思えるぐらいに言われちゃったし」
「容赦ねえな……」
ルナマリアから何かしらのアクションを起こさないと、このままだと別れてしまうのでは……と危惧したメイリンがルナマリアにアドバイスをしたらしいが、彼女はそのアドバイスを無視して付き合いを続けているようだ。
いくら妹からの言葉とは言え、本音では彼氏のことを信じたいのだろうと思う。いくら彼でもルナマリアを裏切るなんて考えられない……と。
「だからと言って、俺が関与する気はないぞ。色恋沙汰に首を突っ込んで馬に蹴られたくないし」
「そこまでは求めてないよ。って、ゴメンね。余り気分のいい話じゃなくて」
「いや、一人っ子の俺からしたら兄妹や姉妹の話って新鮮だからな。俺は気にしてないよ」
コーディネイターの出生率の関係とはいえ、兄弟や姉妹は見るからに少なかったりする。かく言うナイルは父親を知らないので、両親や兄弟姉妹がいる家族を羨ましく思ったりしたことはある。
「ところでさ、これは聞いていいのか迷うんだけれど……アグネスとのことはどう思ってるの?」
「同期として対等に付き合うことは許容するが、人間としては一番嫌い」
「ストレートに返ってきて吃驚なんだけど」
これまで多岐に渡る分野を齧って来たナイルにとって、人の努力を馬鹿にする人間ほど嫌いだった。いくら下地が良くとも、立派なものを作るには堅実な積み重ねが必要となる。それを嫌というほど実感してきた。
アグネスの場合、両親がプラント理事会でも政府高官の立ち位置にいる。親の七光りなのか、それとも家庭環境の拗れなのかは知らないが、恵まれた環境下で育てられた人間が上手く才能を開花させたに過ぎない。
シンを馬鹿にしていることも正直に言って気に入らない。元々のスタート地点が違うのだから、成績に開きが出てもそれは仕方がないことなのだ。だが、シンはそれを言い訳にしないで努力をひたすら積み重ねて、少しずつ改善しつつある。
そして、これが一番重要だが……シンは自分以外の近親者を目の前で喪った。プラントに移ってからメンタルケアは継続しているものの、妹の形見を手放さないことで心の傷の深さは推して知るべきだろう。
彼が如何にして力を求めるかも、その理由も自ずと理解できる。シンが諦めないという“二度と失いたくない必死さ”は今のアグネスにとって決して得られないものだ。
それを理解も納得もしようとしないアグネスを、ナイルは辛辣に吐き捨てた。
この後、ナイルはメイリンとウィンドウショッピングをした際、彼女が欲しがった服を値段も見ずに買ってあげた。言うまでも無く、メイリンが帰寮した際に服を見たルナマリアから物凄く追及されることとなったのだった。
内容がやや過密なのは、アカデミー時代を消化しないとアニメ本編に入れないためでもありますので、ご了承ください。
本文中で察することも出来ますが、ナイルのヒロイン候補であるメイリンの登場です。実際にはナイル関連でヒロインはまだいますが、その辺は追々明かしていきます。
これじゃデートじゃなくて、単に買い物してお喋りしただけだという感想は出て来そうですが、この二人は恋人ではありませんので。