機動戦士ガンダムSEED DESTINY~自由の福音~   作:那珂之川

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母親に対する呆れと懐疑

 そうして時は流れ、アカデミーの卒業式を迎えた。

 だが、その場にナイルはいなかった。

 

 何故かと言われると理由は単純なことで、間が悪いことに体調を崩してしまったのだ。幸い、診てもらった病院でウイルス性の病気ではないという診断を貰ったものの、流石に体調が万全でないのに卒業式へ出るのは憚られた。

 卒業証書はレイチェル経由で届けられ、簡易的な卒業証書授与を家のリビングでやる羽目になった。母親から証書を受け取ったナイルは感慨にふけりながら見つめていた。そして、視線の向こうでは涙ぐんでいるレイチェルの姿があった。

 

「あー、息子がこうまで立派に育ってお母さんは嬉しいわ。惜しむらくはメイリンちゃんとの恋仲が進展しなかったことぐらいかしら」

「後半部分で感動が台無しだよ」

 

 正直、ナイルもメイリンとの仲を進めていこうかと思った節はあった。だが、それに歯止めを掛けたのは彼女の姉であるルナマリアがフレグと別れたことに起因する。

 見るからに落ち度のようなものは見られなかったし、ルナマリアが原因とは思えなかった。だが、原因を探る前に別の色恋沙汰の話が出たことで、別れた理由を自ずと把握する羽目になった。

 

 フレグがルナマリアと別れた後、アグネスと付き合い始めたのだ。

 

 これには流石のナイルも訝しんだ。パイロット部門の同期が友人の彼氏を略奪したも同然の出来事なので、色々噂が飛び交った。当のルナマリア本人が割り切ってアグネスやフレグとの付き合いを続けていることで鎮静化はしたが、そのことでメイリンから度々メールを貰うことはあった。

 仮に自分とメイリンが恋仲となった場合、流石に付き合っている身でコナを掛けてくるとは考えづらいが、そうでなくとも散々突っかかって来た彼女を信用する材料が皆無。下手をすれば、フレグは心に深い傷を負いかねない。

 

 念のためにアグネスの身辺調査を行ったのだが、過去にも同様の略奪に近いことを起こしては、両親に揉み消してもらっていたのが判明した。こんなのがパイロットしての優秀な素質を持っている……性質が悪い、とはこのことだろうと思う。

 尚、母親のレイチェルは同じ女性としてアグネスを訝しんでいたらしく、独自の伝手で調査したらしい。その結果がナイルに対して『彼女には本気で当たりなさい』とのことだろうと納得した。

 

 フレグのこともあるが、メイリンに迷惑はかけられないし、何より戦場で死ぬ確率が高いモビルスーツのパイロットを恋人にして、仮に亡くなった時の心身へのダメージは計り知れない。異性として意識はするが、今の自分に出来るのは彼女の幸せを願うことだけだ、と割り切ることにした。

 そんなことを考えていると、笑顔を取り戻したレイチェルが話しかけてきた。

 

「そうそう、貴方の配属先はジュール隊になったわ。エザリアさんに頼み込んだらオッケーしてくれたし、工廠からあなた専用のザクとウィザードも手配してくれたから」

「……何しとんねん」

 

 普通なら部隊配属は卒業後から数週間後に公示の予定だが、その辺の常識が通じない母親に何を言っても無駄なのは、今に始まった事ではない。

 しかし、プラント政府高官に頼み込んだ挙句、本来指揮官用のザクファントムに加えて新型のウィザードまで寄越してくれるというのは太っ腹にも程がある。レイチェルからディスクを渡されたナイルが近くの端末に差し込んで見てみると、確かに部隊配属の辞令と受領予定の機体の名が表示されていた。

 

「大気圏内航行可能の高機動型ウィザード……[グフ]のためのコンペ用試作型ウィザードか」

 

 現状、ザフトで宇宙戦闘用に生産・運用されているのは[ザク]がメイン。[グフ]は次のミレニアムステージシリーズの中核となる機体候補で、他にも[ドム]などがコンペの対象として挙げられている。

 ファーストステージの機体設計や開発に携わっていたことで、ザフト統合設計局から就職の斡旋を受けたことはあったし、ユーリ・アマルフィからも熱心に誘われたこともあった。だが、パイロットとしての活動を優先的に考えたいと固辞する代わり、統合設計局の特別技術顧問という職を拝命する形になった。

 なので、現在進められているザフトの次世代機に関する情報は嫌というほどに入ってくる。

 

 ナイルの機体に与えられる試作型ウィザードの名は[エールウィザード]といい、現在開発・設計が進んでいる[インパルス]の高機動型ユニットの試作型として開発された。

 設計や調整はナイルも関与している為、[エールウィザード]の仕様については理解している。ただ、最大稼働させると機体が空中分解しかねない推進機構が備わっている為、通常時は出力リミッターを掛けた状態での運用となる。

 

 機体も驚きだが、自分の配属先がジュール隊というのも驚きだった。ナイルにとってはその隊を率いる隊長と知己であり、その補佐をしている部下も知り合い。レイチェルとしては、見知った顔がいるところにいたほうがやりやすいだろう、という配慮なのだろう。

 

「そうそう、ナイルと同室だったあの子、シン・アスカ君。彼は[ミネルバ]に配属が決まったわ」

「聞いておくが、何かしてないよな?」

「私は何もしてないわよ。強いて言うなら、今の議長をやってる小僧のせいじゃないかしら」

 

 レイチェルが『小僧』と宣ったのは、パトリック・ザラとアイリーン・カナーバの後継として新たな議長となったギルバート・デュランダルのことだ。彼女からすれば一回り以上も下なので、小僧扱いはそれとなく理解できる。

 遺伝子研究の権威で、レイチェルから聞いた話では当時遺伝子研究のメッカとも謳われたL4コロニー“メンデル”の関係者らしい。その彼が人事にも口を出した結果、シンは最新鋭艦のミネルバ級一番艦―――LHM-BB01[ミネルバ]の所属パイロットに選ばれた。

 

 更に、レイチェルはナイルにミネルバクルーの詳細を教えた。

 

 ルナマリア・ホーク、レイ・ザ・バレル、ヴィーノ・デュプレ、ヨウラン・ケント、そしてメイリン・ホークと見事に同期が複数人も[ミネルバ]への配属となっていた。同期かつザフトレッドで三人もパイロットとして配属されるのは異例だろう。

 ナイルは紆余曲折あって卒業時のパイロット部門の総合成績は第10位―――上位10名が“赤服”と呼ばれるザフトレッドに名を連ねた。なお、軍医部門は文句なしの首席で卒業を決めているものの、ナイルはパイロット優先志望で希望を出した。

 

 ちなみに、ナイルの目の前にいるレイチェルは元オーブ国軍二佐。プラントに移住後はアカデミーでぶっちぎりの首席卒業を成している。この記録は()()アスラン・ザラと同じ歴代一位。

 なお、彼女曰く「至って普通の第一世代コーディネイター」とのこと。

 

「にしても、軍医の方は優秀なのにパイロット志望なんだね。お母さんは悲しいです」

「自分のことを棚に上げるな」

 

 この母親の武勇伝は本当に尽きない。

 

 実年齢は49歳なのに、傍から見ても20歳代前半にしか見えない。それでいても男を引っ掛けたりするようなことはしてないあたり、ナイルの父親でもある夫のことをまだ愛し続けているのだろうと思う。

 それに加えてモビルスーツのパイロットとしても優秀で、前大戦の犯罪人となったラウ・ル・クルーゼと同レベルの戦果を挙げておきながらも、本人は部隊指揮官の話を固辞してアカデミーの教官となった。

 それが却ってクライン派との関係を強く見られることはなく、精々監視程度しかなかった。そして、それは同じくクライン家に関わっていたナイルもアマルフィ家での居候に止まったほどだった。

 

「どうせ母さんも察してるんだろう? 前大戦の火種はまだ燻ぶったままだってことも」

「……そうね。あの小僧が何かをやらかそうとしてることも感じてるわ」

 

 確かに連合とプラントの大戦は終結を迎えた。あの戦いの中でブルーコスモスの盟主も戦死したという噂も聞いた事がある。だが、果たしてそれは根本的な解決になったのかと言えば、必ずしもそうとは言えない。

 小・中規模の国単位での戦争ならば、まだマシだっただろう。だが、地球連合軍を構成する大西洋連邦とユーラシア連邦の規模が大きすぎるが故に、戦後の混乱は完全に尾を引いている。

 

 それに、戦争終盤で互いが受けた損耗が桁外れに大きすぎたのも原因だ。

 

 連合軍はどこからか調達したニュートロンジャマーキャンセラー(NJC)を戦術核ミサイルに搭載して、物量によるプラント本国への攻撃を解禁してしまった。それに対抗する形でザフトは本来外宇宙航行用のマスドライバーの役目を果たすはずだった[ジェネシス]を軍事転用、実際に使用してしまったのだ。

 最早形振り構わない状態となり、互いに引けない局面で双方のトップの戦意が喪失して戦争は終結を迎えた。

 

 地球連合側はブルーコスモス盟主のムルタ・アズラエルが死亡したこととプトレマイオスクレーターの地球軍基地が壊滅したことで戦闘継続が不可能になり、降伏。ザフト側はレイチェルとシーゲル・クラインの説得によってパトリック・ザラ最高評議会議長が連合の降伏を受け入れた。

 

 パトリック・ザラ最高評議会議長兼国防委員長とレノア・ザラの夫妻、シーゲル・クライン前最高評議会議長はプラント側の戦火拡大の責任を取ってプラント本国から永久追放。その後の行方は公文書の文言だけで片付けられた。

 実際のところ、その三名はレイチェルがマルキオ導師を通してオーブ連合首長国に亡命させた。パトリックは“パーシヴァル・ディノ”、レノアは“エレノア・ディノ”と名を変えてオーブ本国で働くこととなり、シーゲルは隠居という形でマルキオ導師の許に身を寄せることとなった。

 

「俺一人でどうにか出来るなんざ思っちゃいない。母さん一人で動いてもそこまでが限界だったんだから。でも、何もしないで放置するなんて俺にはできない」

 

 戦争の舞台から姿を消した友人や仲間たち。彼らが居ても尚、世界は自ら変わろうとすらしていない。コーディネイターの存在が出て数十年の時が経ち、互いの軋轢は深まる一方だ。本当ならば、誰だって自分たちの領域さえ脅かさなければ穏便でいたい筈だ。なのにそれが出来ないのは……理屈や道理というレベルで解決できない負の感情の蓄積。

 

 人同士が関わる以上、どうしても比較するということは起きてしまう。それはナチュラルとコーディネイター間の問題ではなく、ナチュラル内とコーディネイター内でも起きうることだ。その不満不平を外的要因に求めたことで、互いに滅ぼし合おうとする状態へと発展してしまった。

 

「俺は軍人という立場でギルバート・デュランダルの為人を見極める。彼が何を目指すのかが完全に理解できた時、もし障害となり得るのであれば排除することも辞さない」

「そっか……頑張りなさい。でも、これだけは忘れないで。貴方の帰る場所はここにあるのだってことを」

 

 誰かの言うことを鵜呑みにはしない。自ら見聞きしたものでギルバート・デュランダルを判断する。彼がもし、人類という存在を殺すのであれば……その時は反旗を翻すことも辞さない。

 

―――決して己の信念や信義を裏切るな。迷えば己が死ぬと心得よ。

 

 この言葉は一部がプラント特務隊の信念として定められているが、ナイルの母であるレイチェルが彼に託した言葉でもあった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 時を同じくして、プラント本国に停泊するナスカ級戦艦[ボルテール]。ジュール隊の運用艦として活動しているが、整備と補給の為に本国へ帰還していた。

 その指揮官室では、整えられた銀髪と切れるような端正な顔立ちを持つ指揮官服姿の青年がデスクに座って書類を見ていた。すると、ノック代わりの呼び出し音が鳴る。

 

『隊長、お時間宜しいでしょうか?』

「構わん、入れ」

 

 聞こえてきたのは緊張感のない声。その声に対して咎めることもなく入室を促すと扉が開き、入ってきたのは一般兵士の制服を着た金髪と浅黒い肌が特徴的な青年だった。

 

「失礼いたします、隊長殿」

「変な時に畏まるな。そういう性格でもないだろうに、お前は。で、ただ俺を揶揄うだけに来たのではないのだろう?」

 

 互いに理解し合っているからこその言葉のやり取り。一般兵士の制服を着た青年の名はディアッカ・エルスマン。一方の指揮官服を着た青年はイザーク・ジュール。二人とも前大戦を生き抜いたエースパイロットである。

 挨拶もそこそこに、イザークはディアッカに対して本題を要求した。

 

「ああ。部隊配属の通達が来たんだ……お前の母親経由で」

「はあ? 母上経由でだと?」

 

 ディアッカの言葉にイザークは訝しんだ。

 

 前大戦の戦争責任を取る形で大半の最高評議会議員は辞職しており、イザークの母親であるエザリア・ジュールも元評議会議員の一人。その後は知り合いの伝手で仕事をしているとしか聞いていないが、事あるごとに縁談を勧めたり、時には部隊内の女性を見極めたりしている有様に辟易していた。

 そんな母親から自身の部隊配属に関する話が出てくるとなると、女性の兵士でも送りこんで来たのかと身構えてしまう。そんな指揮官の姿を見たディアッカは笑みを零した。

 

「安心しな。あくまでもお前さんの母親はメッセンジャー。正式な通達は軍本部から出るとさ」

「俺にとっては安心できる材料が皆無なのだがな。それで、配属される奴は誰だ? 今年のアカデミーの奴か?」

「まあ、正解とも言えるし、俺らにとっては気兼ねなくやれる相手だよ」

 

 日頃のことで母親に対する疑惑を重ねているイザークだが、その緊張をほぐす様にディアッカが告げた後、手に持っていた文書をデスクの上に置いた。それを手に取って読み進めていくうちに顔が強張るイザーク。そして、驚きを貼り付けたような表情をディアッカに向けた。

 

「おい、これはどういうことだ。ナイルが赤服になったことも驚きだが、その配属先がうちだと!?」

「ああ。しかも工廠から専用の[ザク]とウィザード付きだそうだ」

「有り得て堪るか、こんな話!!」

 

 イザークがキレ散らかすように叫んだのは単純明白で、彼らはナイルの()()()実力を知っている数少ない理解者たち。

 何せ、イザークとディアッカはナイルの家庭教師みたいなことをしていた。彼がアカデミーに入学するということで、時間を割いてアカデミーに必要な技術を教えていたのだ。見るからに次々と吸収していく順応能力を見て、二人は戦慄を覚えたほどだった。

 

「聞いた話だと、どうやら軍医部門と並行して授業を受けていたそうだ。パイロットはギリギリ赤服の10位だが、軍医は首席卒業だってさ。ただ、体調を崩して卒業式には出れなかったらしいぜ」

「事情は分かった。まあ、オーブに行ったあのバカ並に使える奴だが、コミュニケーションは問題ないな……ディアッカ。いくらアイツと仲が良くても、程度は弁えろよ?」

「了解しましたであります、隊長殿」

「だからそれを止めろ。そういう言い方をされると怖気が走るわ」

 

 なお、イザークとディアッカのこの遣り取りは今に始まった事ではなく、既に艦内のクルーならば承知のことだった。

 




 ここで補足説明。
 原作ではユニウスセブンが核ミサイルの攻撃を受けてレノア・ザラ(アスランの母親)が死亡していますが、ユニウステンが代わりに犠牲となったことで、レノアが生存に。
 その結果、パトリックの強硬路線も『不満のガス抜き』という側面が強くなり、フリーダム強奪については戦後の軍事法廷で裁くことを理由に軟禁を指示。命を奪うようなことは厳禁となっています。

 プラントを追われた場合、アスランとラクスの事を鑑みれば三人ともオーブへの移住となることは明白。少なくともカガリのバックアップが補強されますので、運命終盤で自由レベルの政治力にまで引き上げられるでしょう。
 何せ、プラントを纏め上げていた二人がカガリの教師となれば……ねえ? なので、運命本編のカガリの対応も大分様変わりする形になります。
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